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ワルプルギスガーデン 見習い魔女の探索行 作者:フジムラ

ワルプルギスガーデン

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天屍の浮かぶ空

「ものみがいませんわ!」

 朝っぱらから騒がしい。泥のように眠り込んでいたソファから身を起こす。
 まだ日が出たばかりだが、それでも2時間ほどは眠れたようだ。
 物見ものみというから、警備員か管理人のことかと思ったが、朱鷺乃ときのが飼っている猫の名前らしい。

「騒ぎの間玄関や窓が開いていましたから、驚いて逃げ出したのかもしれません」

 鹿爪顔で応える執事。

「腹が減ったら帰ってくるだろ? こっちも飯にしようぜ?」
「あの子はまだ小さいんですのよ。きっとどこかで怖くて震えています
わ!」
「すぐに捜索の手配をします」

 猫はあたしの勘定には入っていない。騒ぎを尻目に、熱いシャワーと朝食にありつき、人心地付く。
 鍵が置かれていた紅劾こうがいの書斎をもう一度調べてみる。
 眼帯の女が黒犬の相手をしているあたしを尻目に、玄関から悠々と入るのは見たが、出て行く姿は目にしていない。

「角度……か」

 セイレムに、計算した角度に基づく魔術を使う家系があると聞いた覚えがある。帰りは一方通行のショートカットでも使ったのだろう。

 なにやら調べ物をしていた朱鷺乃が、慌ただしく旅支度を始めた。無名都市むめいとしへ向かうという。
 手がかりが少ない今、その判断は正しいとは思うが、あたしは少々ご不満だった。
 その方針についてじゃあない。あたしの扱いについてだ。

 あたしは今猫探しをさせられている。
 出立の準備が整うまでの間というが、あたしは便利屋や使用人として雇われたわけじゃあないだろ?
 既に執事が警察や保健所に連絡を済ませている。充分じゃないのか?

 宗蓮院しゅうれんいんの別宅は山際に建ち、隣家とは離れている。裏手は山に面していて、木製の低い柵があるだけ。
 山に入り込んでいたなら厄介だ。簡単な獣寄せの呪いなら、仕掛けて置くことも出来なくはないが、猪や熊でも寄ってきたなら面倒な事になる。
 早々に切り上げ玄関に戻ると、支度を整えた朱鷺乃達が待っていた。

「見付かりましたか?」
「いや」

 あからさまな落胆を見せる朱鷺乃に、少しばかり気の毒な気持ちを抱くも、

「魔女と言ったところで、役に立ちませんのね……」

 という呟きにその気も失せた。聞こえてるぞ、ちゃんと。


 執事の運転する車で無名都市へ向かう

 無名都市むめいとし。十年ほど前から開発の始まった新興都市だという。山を切り崩し造られたそこは、目立つ産業はなく、学術機関が多く見られ、周辺部ではいまだ開発が続いているそうだ。朱鷺乃にはそこに何か思い当たる手掛かりがあるらしい。

 無名都。嫌な響きだ。日本ではおかしくないのだろうか。

「ところで、なんでこいつは執事の格好なんだ?」

 運転席の後ろ、あたしの隣に座る朱鷺乃に聞いてみる。

灰里かいりの父、芳賀はがが宗蓮院家の執事を勤めておりますの。灰里も学校を出たら、うちで働きたいと言ってくれましたから」
「説明になってないぞ? 家政婦ならこのお仕着せはおかしいだろって聞いてんだ」
「ほんとうはメイド服を用意したのですが、灰里がどうしても嫌がって」
「だからお仕着せをやめてやれよ?」
「何事も相応しい装いというものがありましてよ。私には、貴女の服装にも不満があるのですけど」
「とんがり帽子でわし鼻の、か? 期待に沿えず悪かったな」
「いえ、ピンクのミニにフリルたっぷりで、光るステッキの」
「そっちかよ!」

 あたしはこれで良いんだよ。いちばん大事な人が決めてくれたんだから。

「そろそろ着きますわよ?」

 頬杖をつき晴れ渡った夏空を眺めていた視界に、そびえ立つ巨大な石柱が映った。電柱やアンテナ塔の類ではない。何かのモニュメントか。さらに遠くにも、同じように一本。

「停まれ!!」

 内臓を素手で弄られるような、異様な感覚。
 後ろからサイドブレーキを引き、無理矢理停車させると、執事の抗議を無視し車外に飛び出す。

「どうしましたの?」

 驚く朱鷺乃の問いに応える余裕はない。なんだ、この違和感は?
 すぐ背後には通り過ぎたばかりの石柱。一つ、二つ、三つ……視線を巡らせると、遠景の建物の合間にも同じ形の影が見える。全部で8……いや、9本。石柱は街並みを囲むように配置されている。

 違う、これじゃない。上……もっと上だ。

 襲い来る悪寒と不快感をこらえ、額に脂汗を浮かべながら上げた視線の先に、さっきまで存在しなかったものが見えた。

 空を覆い街を見下ろす巨大な異形の影。それは一見鳥のように見えた。――いや、鳥だったモノか。

 複数の眼球を持つ頭部はその右半面を砕かれ、内部器官が覗いている。翼のようにも、巨木の枝のようにも見える器官は、左翼のみしか存在しない。あるいは初めから片羽根なのか。はみ出した肋骨と、そこからこぼれる臓物。続く下半身は存在しない。その背から伸ばされた二本の触腕は、力なく垂れ下がっている。

 半ば透き通るそれに実体はない。アストラル投射されたものか。活動している様にも見えない。

「鳥籠……」

 石柱と併せ、その景色は鳥籠を想起させた。異形の屍骸を閉じ込めた檻。毀されてもなお、地上を見下ろし、場を支配するもの。

 白い壁。
 強い日差し。
 咲き誇る大輪の花。

 うずくまり、胃の中のものを全てぶちまけた。錆びた釘でも打ち込まれたかのような頭痛が襲う。異形に対するおぞましさだけではない。脳を掻き毟りたくなるようなもどかしさを抱く。

 折れた指。
 空の蒼。
 白い羽根。

 あたしは以前あれを見たことがあるはずだ。

『だいじょうぶ?』
『そんなにしてまで、欲しいものがあるの?』

 覗き込むのは、銀色の天使。

「大丈夫ですの!?」

 違う。あの子はもういない。これは今の雇い主だ。
 駆け寄ってきた朱鷺乃や執事に、あれは見えていないのか。
 制御しきれない苛立ちと喪失感を抱えたまま、あたしの意識は闇に落ちた。
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