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ワルプルギスガーデン 作者:フジムラ

ワルプルギスガーデン

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宗蓮院朱鷺乃の依頼(脅迫)

「だから、悪かったって言ってるだろ?」
「それが謝罪する態度ですの? とりあえずテーブルから足を下ろしなさい」
「勘弁してくれよ。今は指一本動かすのだっておっくうなんだから」

 それでも大人しく足を組みなおし、ソファーに身を沈める。
 目の前には、黒のワンピースに着替えた猫パンツの縦ロール――宗蓮院しゅうれんいんの娘、朱鷺乃ときの。その後ろには女執事が控えている。

「殴りますか、お嬢様」
「おやめなさい灰里かいり

 そりゃあ殴れないだろう。気を失っている二人を屋敷に担ぎ込んで、介抱してやったのは、あたしなんだから。
 あのまま逃げるのは簡単だった。でも、失敗して出し抜かれたまま帰れるはずもない。このお嬢から情報を引き出して、黒狗使いを追わなければ。

「それでアスキス、貴女本当は何者ですの?」
「何回も言ってるだろ魔女だって。あたしみたいな美少女が魔女っ子だって言ってんだ、信じとけよ夢がねぇなあ」

 何が不満なのか。主従は無言のままあたしを見つめ続ける。

 実際、今夜こいつらが目にしたのは、2組の不法侵入者である、あたしと眼帯の女、それに黒犬だけ。観察する余裕があったなら、正確には犬に似た別の生物だと気付いたかもしれないが。人間は信じたい物を信じるものだ。言葉を尽くして、部外者に魔法や化物の話を説明するのも、いいかげん面倒だ。

「あーいいよ、それじゃあ美少女怪盗ってことで」
「お嬢様、殴っていいですか?」
「……いいでしょう、分かりました。通報は見合わせますわ。今回貴女はここに不法に侵入しただけで、犯行は未遂に終わったんですから」

 ため息まじりで執事を制し、首を振る朱鷺乃。「あくまで、結果論ですが」と付け足すのを忘れない。

「それで、“鍵”は無くなってるんだな?」

 頼りない話だが、あたしは目的の品について、アビゲイルからは“鍵”だとしか教えられていない。それでも朱鷺乃には思い当たる物があったのだろう。神妙な顔で頷いた。眼帯女は目的のものを簡単に見付けられたらしい。室内に荒らされた形跡はなく、失われた品がそれ以外ないというのなら、まず間違いないだろう。

「葬儀の後、父宛に郵送で届いていた物ですわ。差出人は記されてはいませんでしたけれど、酷く乱れた文字が印象に残っていますわね」
「不吉だな、おい……」
「消印は無名都むめいととありました、お嬢様」
「有能だな、おい!」

 この別荘で紅劾こうがいが死去したのは一週間前。それなりの名士だから新聞記事にもなったはずだが、差出人はそれを知らなかったのか、それとも不幸にして生前に届けることが叶わなかっただけなのか。

「父はそれのせいで殺されたと思います?」

 真剣な表情で朱鷺乃が問いかける。紅劾の死因は心不全。事件性はなかったはず。もっとも、何も不審が見当たらなかったから、心不全で片付けられただけ。家族にとっては、持病もなく働き盛りでの死そのものが、受け入れがたいのも理解できる。

「お父様が亡くなったあの夜、私もここに滞在しておりましたの。なのに、何も気付いてあげられなくて……」

 夫婦仲が悪く、紅劾はこの別荘に寝泊りすることが多かったというのは事前調査どおり。遺体の第一発見者はこの娘だったはずだ。自責の念に駆られているのか。

「鍵を奪っていった、あの女が犯人という可能性はありませんの?」

 黙り込むあたしに畳みかける。

「いや、それは違うな。奴が犯人なら今夜の仕事も、もっと簡単に冷徹にやってのけるはずだ。あたしらを殺さずに済ます理由がない」

 くやしいが、手加減されたのは認めざるを得ない。鍵の詳細と併せ、それを求める存在の心当たりを、アビゲイルに問い質したい衝動に駆られる。だが、連絡には手間がかかるし、なによりババァに失敗を報告することになる。わざわざあたしの無能を証明するような物じゃないか。

「こんな物にうつつを抜かしているから、喧嘩ばかり……」

 朱鷺乃の声が沈んだものになる。壁には南洋の面にネイティブアメリカンの羽根飾り。棚にあるのは水晶玉に栄光の手――これはさすがにレプリカか。素人民俗学者というより、オカルト趣味だったらしい。

「お母様の言うように、まとめて処分していれば……」
「そう思うなら、なんであんたは、わざわざここに泊まりに来た?」

 学生には夏休みの期間。朱鷺乃が喪中に、母親の意に逆らってまで泊まり込みに来ているのは、それなり以上に大事な思い出があるのは、容易に推察できる。おかげでこっちは仕事をしくじる羽目になったが。

「実業家に験を担ぐタイプは珍しくないぜ? それに、物を見る目はそれなりに確かだったようだ」

 先ほど庭で拾ったものを取り出し、テーブルに置く。

「これは……」

 割れた青い石の欠片。効果を失くした護符の残骸だ。

「黒犬からあんたを守った品だ」
「………………」

 朱鷺乃は握りしめた石を胸にぎゅっと目を瞑る。泣き出してしまうんじゃないかと、ひやひやしたが、しばしの沈黙の後、毅然とした表情で口を開いた。

「分かりました。それでは貴女を雇い入れますわ」
「うん? なんだそりゃ?」
「依頼内容は奪われた鍵の回収」
「おい」
「回収後、鍵は貴女に売却します」

 ん……筋は通っているのか。

「条件は私の同行ですわ」
「まてまてまて、今さっき危ない目に合ったばかりだろ?!」
「あら? 通報のほうが宜しかったかしら?」

 執事が差し出す電話に手を伸ばす朱鷺乃。

「脅しか!? さっき通報しないって言ったばかりだろ?!」
「経費は用意しますわ。貴女も、物わかりの良いクライアントがいたほうが、いろいろやりやすいんじゃなくって?」
「ぐぬぬ……」

 何が物わかりの良い、だ。鍵をダシに、あたしに父親の死の真相を探らせる気じゃねーか。
 だが、出し抜かれ大いに出遅れた今となっては、資金面での援助は確かに魅力的かもしれない。

「オーケー分かった。あんたがボスだ」

 にっこり笑顔で差し出された朱鷺乃の右手。
 握り返すあたしの表情は、敗北者のそれに近かったかもしれない。
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