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見習い魔女の探索行 作者:フジムラ

ワルプルギスガーデン

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銀貨

 危険を感じ、全力で足刀を入れる。根の張った木でも蹴るような手ごたえ。まるでダメージを与えた様子はないが、肩を掴んだ手を引きはがすことに成功し、転がるように間合いを取る。

 スケアクロウの右手は黒い瘴気を吹き出し、異形と化している。四角い瞳孔を持つ山羊の瞳。蹄を持つ黒い脚。蝙蝠の羽根。それらが瘴気と共に無尽蔵に溢れ出し、廊下を塞ぐほどの大きさになる。

 複数の脚を縒り合わせ、巨体を支えるに足る三本の脚を形成すると、牙を持つ複数の口から唾液と咆哮を撒き散らした。

「Bheeeeeea!! Bheeeeeea!!」
「黒い……仔山羊!」

 ジジの投げ付けた短剣はスケアクロウの右手で受けとめられ、黒い瘴気に呑まれた。溢れ続ける異形のパーツは、さらにもう一体の仔山羊を生み出す。儀式も供物も無しに呼び出すとは、こいつ自身が化け物じみている!

 枯れ枝のような触腕が、でたらめに振り回される。狭い廊下に逃げ場はない。辛うじて腕でガードするも、馬鹿力で薙ぎ払われ、壁を突き破り室内に投げ出される。黒い仔山羊は壁の穴を広げ、追ってくる。振り回される触腕が触れる前に、あたしは窓を破り身を投げた。

 この黒い瘴気と蹄持つ脚は見覚えがある。いや、忘れようがない。

「10年前のスペイン、カルモナを覚えているか!?」

 あたしの問いに、黒い仔山羊越しに見える、スケアクロウの顔が曇る。

 瘴気の中から次々と蹄持つ脚を生み出し、空を駆け上がりながら形成される黒い柱。圧倒的な質量に踏み砕かれる、巨大な翼持つもの。墜とされるそれが巻き起こした、断末魔の悲鳴にも似た暴風と、崩れ落ちながらも、それを踏み砕き続ける黒い異形の柱に巻き込まれ、一つの街が消えた。

「お前が!!」

 間違いない、あたしのパパとママを殺しやがったのはこいつだ。体力精神力ともに少しは回復している。ここでは魔法も封じられていない。振り下ろされる触腕を避けながらスケアクロウを狙う。

 轟音とともに礼拝堂の壁をぶち抜き、黒い仔山羊に跳ね飛ばされたジジが庭園に現れる。あたしの姿を目にした瞬間、飛ばされながらも三本の短剣を投げ付ける。

「邪魔すんな!」

 振り払う腕に風を纏い、跳ね除ける。

「よそ見をしている場合ですか?」

 背後からの声に振り向きもせず飛びのくも、スケアクロウが生み出す、異形の群れが形作る巨大な棍棒は避けきれない。着地したジジに叩き付けられ、そのまま諸共に地面を転がる。

 格が違う。確かによそ見しながら勝てる相手じゃない。追い打ちで振り下ろされる黒い仔山羊の脚を、ジジを突き飛ばした反動でどうにかかわす。距離を取り立ち上がったジジが睨み付けているのは、あたしか黒い仔山羊か。こいつはどうにも表情が読みづらい。

「構ってられるかよ!」

 僅かな時間で集中し、疾く速く放った風の群れ。ジジは同時に短剣の雨を放つ。仔山羊をすり抜けた風と短剣は、相殺され互いに届かない。だが、残りのほとんどを一身に受けた黒い仔山羊は動きを止める。

「念のため、増やしておきましょうか」

 迫るもう一体の向こうで、スケアクロウがふざけたセリフを吐く。黒い瘴気を纏いながら大きくなる肉塊越しに、鐘楼から見下ろす白い人影が見えた。

「銀貨!!」

 天屍てんしから白い羽根が降り始める。にこにことほほ笑みながら見下ろす少女の背後に、目を閉じたままもう一つの人影が歩み寄る。同じ姿形をした二つの影は、重なると一つになった。

「アストラル投射じゃない! 目覚めてしまったのですか」

 銀貨に気を取られ、仔山羊の触腕に絡めとられてしまう。あたしに構わず、スケアクロウは仔山羊を呼び出しかけていた右腕を、銀貨に向け振りかざす。無数の脚を生み出しながら、黒い柱は駆け上る。規模は違うが、神である名付けざられしものを砕いた力。

「止めろ!!!」

 目を開けた銀貨は小首を傾げ何か呟いた。――「こうかな」、か?

 指し示す細く小さな指に従い、舞い降る羽根は無数の短剣の雨に変わり、駆け上がる速度より早く、黒い柱を細切れの肉片に変えてゆく。

「オサリバン先生!」

 叫ぶジジの背後に巨大な甲冑の右腕が現れる。使い魔というには強すぎるが、神とも言えない何か。あたしの知らない地球の小神か、あるいは神智研しんちけん製の人工精霊か? そのまま大剣を形作り、銀貨に振り下ろす。

 銀貨が立てた人差し指をくるりと回して見せると、巻き起こされた黒い旋風は、剣ごと甲冑を掻き消した。

 あたし達の戦いを眺めるだけで、見よう見まねで同じことをやって見せたのか?!

 肩口まで削り落とされ、右腕を失ったスケアクロウが、焦りの表情を見せる。白い羽根が降りしきる中、足元から振動が伝わり始めた。

 地震じゃない。学舎が崩れるのが見える。礼拝堂の庭園にも亀裂が走り、巨大な縦穴が広がってゆく。結界の効果も消え、地下に隠されていた構造物が崩れたのか。鐘楼が傾き、崩れながら縦穴に飲み込まれて行く。

 考えるより先に体が動いた。足場を失い、拘束を緩めた黒い仔山羊の触腕を振りほどき、そのまま穴へ身を投げる。地下から伝わる巨大なものの気配。周囲の物を黒い風に変え、ゆっくり浮上してくる存在は、空に浮かぶ天屍と同じ形をしている。毀されたハスターの肉体か。

「銀貨! 銀貨!」

 ようやく捕まえた小さな身体を抱きしめる。増殖する白い羽根が、二人の身体を飲み込んだ。
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