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ワルプルギスガーデン 作者:フジムラ

ワルプルギスガーデン

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無銘の心臓

 眩暈がする。貧血で倒れる寸前の、血の気が引く感覚。

「ゴスロリちゃん大丈夫!?」

 ふらつくあたしを、ものみが慌てて支えてくれた。

「ああ、そうだった。お前はあれの顕現した街で死に損なったんだったねえ。何か思い出したかい?」

 額に脂汗を浮かべ、口元を抑え吐き気をこらえるあたしを、アビゲイルは爬虫類めいた冷めたい目で見ている。

「具合が悪そうだねえ。ほら、温かいお茶でも飲んで落ち着きな」 

 書架の一部がスライドし、奥からティーセットを載せたカートを押す大男が現れた。室内なのにフロックコートを着込み、山高帽を目深に被っている。アビゲイルの使い魔、人の顔を持つ鼠のグレイ・ワーウィック。あたしがいない間、代わりに人型で雑用に使われていたのか。

「ところで、その子は何なんだい? 見たところ、お前の使い魔でもないようだが」

 一目で人間でないことは見抜いたのか。値踏みするような眼をものみに注いでいる。

宗蓮院しゅうれんいんの娘の飼い猫だ。あれの――ハスターのエーテル体にあてられたらしい」
「エーテルどころか。これはアストラル体の欠片まで取り込んでるみたいじゃないか。良い素材になりそうだねえ」

 理解できなくとも、不穏な空気は察したらしい。怯えたものみが身を摺り寄せてくる。

「待って! 今はあたしの依頼人の身内だ。手を出されちゃ困る!」
「なあに、獣の魂を頂くだけじゃないか。猫一匹捌けないようじゃあ、一人前の魔女になれやしないよ?」

 給仕をしていたグレイが、背後からものみを捕まえ吊り上げる。

「にゃッ!? はーなーせー!!」
「止めろ、このッ!!」

 暴れる手が山高帽を叩き落とす。グレイの陰険な鼠面を見たものみは、何かを思い出すような顔で動きを止めた。ひくひくと鼻を動かし匂いを嗅ぎ、大声をあげる。

「こいつ、パパが死んだ日おうちに入り込んでたやつだ!」
「どういう事だババァ!? 何か仕込みやがったな!!」
「だからさっさと捌けと言ったんだよ……」

 紅劾こうがいを手に掛けたのはアビゲイルか!? 一体どういう筋書きだ? あたしに何をやらせようとしている? 
 激昂し詰め寄ろうとするも、抉るような胸の痛みに足が止まる。

「てめ……アビゲイル……どういう……」

 椅子に座ったまま右手を差し伸べるアビゲイル。その掌中に、赤く脈打つ肉塊が形を取り始める。
 ヤツの魔法だ。アビゲイルの認識に事実が追い付くとき、あたしは心臓を抉り取られることになる。

「ほう。これはなかなかの見ものだねえ」

 感嘆の声を漏らすアビゲイル。脈打つ心臓からは、何枚かの白い鳥の翼のようなものが生えている。あれは本当にあたしの心臓なのか?

 それが完全に形を取る寸前、スカートのポケットで何かが砕ける感触。同時にアビゲイルの掌中の心臓も姿を消す。ありがたい、朱鷺乃に貰ったお守りか。僅かな隙に呼吸を整え、ばら撒いた黒曜石で風を巻き起こす。めくら撃ちでグレイは弾き飛ばせたようだが、アビゲイルは一房の髪さえ乱した様子はない。

「ゴスロリちゃーん!!」

 上手く着地しグレイの手を逃れたものみが駆け寄り、あたしの背中に隠れる。ちょうど良い。残りの石もばら撒き、あたしを中心に全力の暴風を生み出す。

「やれやれ、同じことさね。手間かけさせるんじゃないよ」

 再び胸を抉る痛み。以前この部屋を出た時とは、比べ物にならない程の風を起こしているはずなのに、アビゲイルを椅子から立たせる事すら叶わない。

「がんばれ! がんばれ!」

 目を固く閉じ、あたしの背中にしがみついたまま。それでもものみは精一杯の応援を続けてくれている。

 やらせねえよ。良いように使われて、何も分からないまま死ねるかっての!

 左肩に感じる痛み。制服を突き破り、古木の枝のようにも、翼のようにも見える器官が形成される。天屍てんしの、いやハスターのものと相似形を為すそれが白い羽を撒き散らすと、風は黒く染まり威力を増した。

「まったく、やってくれるよあの小娘。この儂の目を、10年も欺くなんてね」
「銀貨の事か!?」
「こんな芸当出来る奴が他にいるのかい? お前を使って名付けざられしものの制御を頂いたら、探し出して挨拶にいかないとねえ」

 あたしを導く銀の月。やっぱり生きてたんだ! あんなに綺麗で強い存在が、簡単にいなくなるはずがない!

 アビゲイルが杖を手にして立ち上がった。さすがに余裕が無いか。それでも、既に掌の中の心臓は完全に形を表しつつある。

 あと一押し、何か!

「まだ死ねるかよッッ!!!!」

 叫びに呼応するように、あたしの眼前で無数の虹色の球体が現れ、シャボン玉のように弾けて消えた。目の前に浮かぶのは、無限回廊で見付けたふわふわの繊毛と二本の触腕を持つ生物。それが挨拶でもするかのように斜めになると、吹き荒れる風は威力を増し、書斎の全てを吹き飛ばすほどの旋風と化す。

 律儀に借りを返しに来たのか? 感じるのは使い魔がするような演算の補助と魔力供給。契約に必要なのは血と名付け。ならば。

「ルール―、あたしの目の前全部吹っ飛ばせ!!」

 黒い暴風は、心臓を手にする寸前だったアビゲイルの皮を剥がし、肉を削ぎ、骨を砕きながら吹き飛ばす。

「強くなったねえ。それでこそだ。馬鹿でまだまだ未熟だけど、儂のたった一人の――」

 負け惜しみなのか捨て台詞なのか。無限回廊の中、本や書架の残骸とともに、どことも知れぬ場所へ飛ばされて行く我が師は、皺だらけの頬を歪め笑ったように見えた。
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