挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
見習い魔女の探索行 作者:フジムラ

ワルプルギスガーデン

17/31

迷い仔

 ずいぶん深い場所に来てしまったらしい。ともすれば勝手に進み、迷子になりかねないものみに注意しながら、無限回廊を歩いている。

 まだ上下は分かっているつもりだが、階段を登りきると元の場所に戻っていたり、回廊の傾斜が体感と視覚で齟齬を生じていたりで、どれだけ戻れたのかも怪しい。

 この辺りはまだ人がそれほど入り込んでいないからか、目を離すと容易に構造が変わってしまう。精神をすり減らしながらの進行に、不本意ながら足が止まりがちになる。

「びゅーんって飛んで戻れないの?」

 手摺りから身を乗り出し、吹き抜けを見上げるものみ。

「それに失敗したから歩いてんだろ?」

 試してはみたが、風を操り二人分の体重を運ぶことと、観察し構造を確定することを同時にはこなせなかった。
 エステルの領域を打ち砕くほどの風も、ヤツが領域として確定していたからこその威力だったという、皮肉を突き付けられる結果となった。

「トキノだいじょうぶかな……」
「心配ねぇよ」

 安い気休めだ。幸運にも朱鷺乃ときのは一度エステルの罠をすり抜けている。黒犬にも嗅ぎ当てられない場所に迷い込んだ可能性があるが、それは同時に彼女にとって、非常に危険な状況を意味している。

「ところで、お前はなんでその格好になったんだ?」
「うん?」
「どうして人の姿になりたいと思ったのかってことだよ」

 天屍てんしの欠片、エーテル体――あるいはアストラル体を含んでいるのかも知れないが――の羽根が生物に影響を与えるのは確認済みだ。だが、異形化に留まらず、どうしてこの猫は明確に人の形を取ることができたのか。

「んー、トキノと遊べるように……ううん、ちゃんとともだちになりたいと思ったからかな?」
「元の姿でも遊んで貰えてたろ?」
「ものみは前の子のかわりだから……」

 ぽつりぽつりと漏らすものみの言葉を拾うと、どうも朱鷺乃が長く飼っていた猫が死んだため、父親がプレゼントしたのが、ものみだという事らしい。

「ちゃんと友達だと思われてるぜ?」

 ものみが消えた後の朱鷺乃の狼狽えっぷりはこの目で見ている。正式な手順ではないが、使い魔であるのと同じように、朱鷺乃の思いも影響してのこの結果じゃないだろうか。

「……でも、いっしょに寝るといやがるし」

 ベッドに潜り込んでくるのが仔猫じゃなく人間じゃあ、そりゃ戸惑うだろう。想像すると何だか笑えてきた。

「もーっ! 何がおかしいの!?」
「悪い。何だったらあたしの使い魔になるか?」
「いーや! ゴスロリちゃんよりトキノのほうが、絶対おいしいごはんくれるし!」
「……そうかい」

 残念だ。猫と人の姿を任意で変えられるのなら、随分役に立つ使い魔なんだがな。
 歪んだ回廊を歩き続けるも、進んでいる実感がない。これまで扉を見掛けても避けていたが、そろそろ試さなきゃならないか。

 アビゲイルには、無限回廊の扉を不用意に開けることの危険性は、嫌というほど教え込まれている。違う時代に送られる程度ならまだ救いがある。下手をすると、どことも知れない異界に迷い込み、死よりも悍ましい目に合うこともあると。

「なあ、ものみ。ちょっと鼻を効かせてみろ。開けてみたいドアはないか?」
「いいの?」

 今までドアノブに手を掛けるたび叱られていたのに、どういう風の吹き回しだろう。そんなものみの表情も長くは続かず、すぐに興味津々という顔で探し始める。

 ちょっとでも朱鷺乃と心の繋がりがある分、当たりの扉を探し当てる確率があるかも知れない。大当たりなら、開けたその場で主人に再会できるだろう。

「これあけたい!」

 何の溜めも躊躇も無しに、いきなり手近の扉を押し開けるものみ。
 ……大外れだ。目の前には、異様な光景が広がっていた。

 生物の内臓めいたぬめりと曲線を見せる床。壁の縄目模様がじわじわと動いて見えるのは、決して気のせいではない。奥は薄暗くどうなっているかは分からないが、進んで確認する気にもなれない。

 床や壁があるだけまだマシだろう。いきなり何もない空間に放り出されていれば、事態はさらに面倒な事になっていた。

「ここは駄目だ。次行くぞ」

 厄介事が起こる前にと声を掛ける。何かに気を取られているようだったものみが、いきなり異形の部屋に飛び込んだ。

「こらこら、危ないだろ! 勝手に動くな!」
「ほら、つかまえた」

 慌てて襟首を捕まえ引き戻す。にぱーっと笑みを浮かべたものみは、誇らしげに手の中の物を見せた。

 それは一見ぬいぐるみのライオンの頭のように見えた。つぶらな黒い瞳を持ち、柔らかそうな繊毛からイカに似た長い二本の触腕を伸ばしている。見ようによっては、どこか可愛らしく見えなくもない。なんだこの生物?


「噛まれるかもしれないぞ。置いてけって」
「えー、でもー」

 ものみの掌を離れると、それはしばらくふわふわと浮かんでいたが、すぐに空気の抜けた風船のように床に落ちる。

「なんか元気ないね?」
「…………」

 あたし達と同じように、迷子になっていたのか。無限回廊に棲みつき、幾つもの世界を渡り歩き狩りをする存在や、出口を見失いさ迷ううちに、別の存在になり下がってしまうものの話を聞いたことがある。

 ポケットから黒曜石をひとつ取り出すと、指の腹を切り血を一滴たらし、それの前に置く。

 魔力と生命力のおすそわけ。血か石のどちらかでも取り込めるなら、もう少し生き延びることができるだろう。今のあたしに助けてやれるほどの余力はない。同情からの気まぐれだ。

 微かにフルートの音色のようなものが聞こえている。アビゲイルから教わった危険信号だ。ここはあたし達が長居していい場所じゃない。

「ほんとうに置いてっちゃうの?」

 それはそろそろと触腕を黒曜石に伸ばしている。上等だ。生き残る意思があるなら、あとは運次第。

 未練がましく眺めているものみの手を引き、異形の空間を後にした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ