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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゾンビ蔓延る終末の世界と吸血鬼の食卓事情

作者: 夏川優希


 ある洋館の一室。

 三人の吸血鬼が神妙な顔でテーブルを囲っていた。皆上品に着飾ってはいるが一様に顔色が悪く、どこか疲れを感じさせる風貌をしている。吸血鬼はもともとそう言った顔をしているのが普通だが、それにしても酷い。

 しかし大扉から白髪の紳士が入って来るとテーブルを囲む者達はみんな背筋を伸ばして小さくお辞儀をした。


「待たせてすまないね、では会議を始めよう。議題は――今後の食料について」


 紳士がそう言うと、テーブルの周りの吸血鬼たちは一様にため息を吐いた。

 他の者達を慰めるためなのか、それとも自分に言い聞かせているのか、紳士は朗らかな笑顔を浮かべて明るい声をかける。


「そう悲観するものじゃないよ諸君。我々にはこの屋敷がある、それだけでも幸運な事だ。とりあえず今の状況を整理してみようじゃないか」


 紳士に促され、若い男が紙を取り出し口を開く。


「地下の冷蔵庫には病院から運んだ輸血パックがまだありますが……もってあと数日。しかし皆さんもご存じのとおり最早電気は通っていません。屋敷の冷蔵庫はガソリンで動く発電機によって温度を保っていますが、遠方の病院等から新たな輸血パックを手に入れるのは絶望的でしょう。血液は腐りやすいですから」

「ヒッ……い、いま腐るとかそういった発言は謹んでくださいます?」


 ギラギラした宝石をこれでもかと身に着け、厚化粧を施した女性が声を震わせながらヒステリックに喚く。発言していた若い男性は面倒くさそうにため息を吐いた。


「申し訳ありませんマダム。しかしいつまでも屋敷の外をうろつくゾンビ共から目を逸らしたままという訳にはいきませんよ」


 若い男の言葉に、大きく頷くものが一人。男の隣に座った可憐な少女である。


「そうよ、あなたってば『こわいこわーい』って言ってばっかりで何もしていないじゃない。誰が腐った人間だらけの街を飛んで病院から輸血用パックを取ってきたと思ってるの? だいたい、恐くてお外に出れなーいって歳でもないでしょうに」

「なんですって! 誰があなた達を屋敷に入れてあげたと思っているの。私が無視していればあなた達は今頃飢え死によ!」

「なによ偉そうに、あんたの家じゃないでしょう!」

「まぁ、二人ともその辺で」


 言い合いを続けようとする二人を紳士が制止する。二人ともやや不満そうな表情をしていたがそれ以上口を開こうとはしなかった。


「とにかく今は食糧問題の解決が急務。それも根本的な解決でなければならない。我らは長命、小手先の解決では餓死の運命を変えることはできない。なにか解決策はありませんか?」

「うーん……近くの建物を探しまわり、人間を見つけるというのは」

「いるかどうかも分からないし、いたとしてもきっと数名だわ」

「じゃあその数名を地下室で飼うってのはどうかしら。人間たちも牛や豚を飼ってるじゃない? あんな風にするのよ。子供を生ませればずっと食べ物に困らないし」

「悪い案ではないが、その人間たちを養う食料を調達できるかが問題だな。商店などに行けばある程度は確保できるだろうが、人間を何人も、数十年に渡って飼い続けるというのは現実的なのだろうか」


 その発言に答えられる者は誰もいない。

 一瞬希望を感じた者たちも下を向いて黙りこくってしまった。

 しばらくの沈黙の後、吸血鬼の少女がため息混じりに口を開く。


「あーあ、まさか吸血鬼が餓死と戦うことになるなんて思わなかった。病気や天候不良で人間の数が減ったことはあったけど、私達の喉を潤すには十分な数がいたわ。それなのに、今はこの有様」

「本当ね。わたくしもまさか自分が生きている間にこんなことが起こるとは思ってもみませんでしたわ。あんなにたくさんいた人間のほとんどが恐ろしい怪物に変わってしまうなんて……」


 マダムがそう言った時、若い男は目を見開いて立ち上がった。みんなの視線が注がれる中、男は目をキラキラさせながら話し始める。


「そうだ、そうだよ……あんな恐ろしい怪物だって、元は人間なんだ。アイツらの血液を飲むことはできないだろうか?」


 男の言葉にマダムは悲鳴をあげる。


「なんて恐ろしい! あんな怪物の血液なんて飲める訳ありません!」

「確かに一見腐ってるように見える。でもやつらは地面に転がってるわけじゃない、歩き回ってるんだ! ということは筋肉は確かに動いている。血液だってきっと」

「あるかないかは問題ではありません! あんな汚らわしい者たちの血液など飲めるはずないとわたくしは言っています!」

「どちらの言い分も分かります」


 口を開いたのは白髪の紳士。

 二人が口を閉じるのを見てさらに続ける。


「しかし屋敷の外をうろつく者らの血液が飲めるのならこんなに良い解決法はありません。なんせやつらは今や世界中に何億もいるのですから」

「し、しかしですね……」

「とにかく一匹捕まえてきて確かめてみませんか? とにかくこのままでは餓死するだけなのですから」

「もうすぐ日が沈みます。僕が一匹連れてきましょう」


 若い男が勇敢にも手を上げる。

 マダムも文句を言うことはできず、渋々頷いた。




 男が屋敷の外に出て僅か十数分。

 彼はあっさりと一匹のゾンビを連れて屋敷へと戻ってきた。男は息を切らした様子も着衣の乱れもなく、まるで散歩から帰ってきたかのよう。人間を前にすると捕食しようと暴れるゾンビも吸血鬼の前では実にしおらしい。


「こんなにあっさり捕まるなんて。驚いた」

「ああ。コイツら、僕を見ても襲うどころか避けて歩いていくんだ」

「このゾンビ、なんだか私達を怖がってるみたい」

「やっぱりコイツらにとって僕たちは捕食者なのかもしれないね。まるで狼に追い詰められたウサギだ」

「まぁ、とりあえず切ってみよう」


 紳士は刃先の尖ったナイフを持ち出し、ゾンビの手首を落とす。しかし血は流れない。


「ほ、ほら。やっぱり血なんて流れてないのよこの怪物には」

「いや待ってください。僅かだがナイフに血がついた。末梢に流れるは血液は僅かで、その大部分は中心に溜まっているのかもしれない」

「では心臓をやってみようか」


 紳士はそう言って躊躇いもなくゾンビの胸にナイフを押し込む。血が派手に吹き出すことはなかったが、引き抜いたナイフには血がべっとりとついていた。


「なるほど、血圧が酷く下がっている」

「きっと頸動脈を切ってもそれほど血が流れることはないわね。まるで死人だわ」

「まぁ、とりあえず血を見てみようじゃないか」


 そう言って紳士は蝋燭でナイフを照らす。

 やや粘度が高そうで色も黒っぽいが、人の血とそこまで変わらないように見える。


「思ったより……悪くないんじゃないか。腐った感じはしない」

「匂いも……悪くないわ」

「じゃあ、その、テイスティングといってみるかい?」

「わ、わたくしは嫌ですわよ!」

「よし、じゃあ僕がやってみよう」


 声を上げたのはまたしても若い男。

 彼は紳士からナイフを受け取り、刃先に付いた血を指ですくう。そして恐る恐る口に運んでぺろりと指を舐めた。

 途端に男は目を見開き、低く唸る。


「ど、どうなのよ……?」

「すごい……」

 

 男は目を輝かせながら叫んだ。


「美味い!!!」


 三人とも男の言葉に目を丸くする。

 食べられなくはないと言う言葉を期待してはいたが、まさか美味いだなんて言うとは思っていなかったのだ。


「美味しいって、人の血より美味しいの?」

「ああ、これを口にしてしまったらもう輸血パックの血なんか飲めないね!」

「でもこんな怪物の血が美味しいだなんて……」

「熟成させた方が美味しいものなのかも。ワインみたいに」

「なるほど、人間たちはたくみに食べ物を発酵させて色々な食品を生み出したというし、ありえなくはない話だ」

「とにかく百聞は一見に……いや、一口にしかずだよ!」


 そう言って男は三人にナイフを差し出す。

 最初に紳士が、次に少女がナイフの血を指ですくう。

 マダムは最後まで血に触ることを躊躇っていたが、他の二人が血を口にはこぶや目を丸くして顔を綻ばせているのを見て、震えながら血を舐めた。その反応は他の3人と同じ、いやそれ以上である。


「な、なんて美味しいの! 本当、輸血パックなんて比較にならないわ。新鮮な人間の血だって、これを飲んだ後には酷く不味く感じられるでしょうね」


 輸血パックの血液は味が悪い。それも限られた量しか口にできなかった。そんな中現れたご馳走だ。飛びつかないはずがない。

 最初はナイフに付いた血を舐めるだけだった吸血鬼たちも我慢が出来なくなり、とうとうその腐った身体に歯を突き立てるようになった。最初はゾンビの名を聞くのも、それを見るのも嫌がったマダムさえその朽ちかけた体に齧り付いて血をすすっている。

 しかしその血はすぐになくなってしまった。4人で吸ったからか。いや、それにしたって少なすぎると一同首をかしげる。


「血圧が低いから末梢に残る血液を吸いだせないのだろうか?」

「いや、そもそも血液の量が少ないんじゃないかしら。この美味しさは血液が濃縮されていることから来ているのかも」

「まぁなんでもいいよ。人間を狩るよりずっと容易いし、数はそれこそ腐るほどいるんだ。血液量が少ないのならその分多く捕まえれば良い」

「それもそうね」


 血を吸い尽くされたゾンビは玄関脇に捨て置かれ、4人はそれぞれゾンビ狩りへと出かけていく。

 これで食糧問題は解決されたかに思えた。

 だが次の日、不思議なことが起こった。玄関に捨て置かれたゾンビがいなくなっているのだ。血を吸われてなお生きていたのである。不思議な生物だと4人の吸血鬼は呆気にとられるばかりであった。

 そしてさらに数日後、4人は外でゾンビがゾンビの首筋に噛り付いているところを目撃した。首筋に噛り付いているゾンビは他のゾンビよりも色が白い。そしてその顔に4人は見覚えがあった。そのゾンビは最初に4人が血を吸った個体だったのだ。


「まさか吸血鬼に血を吸われた人間が吸血鬼になるというのはゾンビにも当てはまるのか」

「なんと……これからは血を吸った後確実に殺さねばならないかもしれませんね」


 しかし気付くのが遅すぎた。吸血鬼化したゾンビたちは本能の赴くまま他のゾンビの血液を貪り、その数を爆発的に増やしていったのだ。

 そしてもう一つ、吸血鬼たちの身体にも着実に変化が起きていった。


「ねぇ、なんだか肌の調子がおかしいの」

「僕もだよ。皮膚がズルズルだ」

「きっと栄養が足りないんだよ。もっと血を摂らないと」

「そうね、もっと飲まなきゃ」

「飲まなきゃ」


 皮膚が徐々に腐り落ち、食欲が増し、知能の低下が日に日に酷くなっていく。

 しまいには屋敷の外をうろつく吸血ゾンビたちとどこが違うのか分からなくなってしまった。





 一方、生き残った人間達は日々食糧を求めて彷徨い、ゾンビとの戦いを繰り広げていた。

 しかしある時、色の白いゾンビがゾンビを襲っていることに人間達は気が付いた。そのうちすべてのゾンビの色が白くなり、ゾンビ同士の共食いは見られなくなった。

 白いゾンビが人間を襲うことは無く、人間達は比較的平和に暮らすことができるようになったのである。

 それが吸血鬼達のおかげであることは誰も知らない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 人外が主人公の話が好きなので楽しめました。吸血鬼の食料事情とちょっと変わった切り口でのゾンビもので面白かったです。
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