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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章8  『再会、そして』

 


 啖呵を切って、イツキはその場で拳同士をぶつけ合う。アニメなどでは良くある気合いの入れ方だが、現世界では見ることは殆どない。むしろ、やったらイタイ人と思われがちだ。この異世界ではどうか分からないが。
 周囲の白けた目がそれを無言で示しているような気もしなくもない。

「もちろん、気合い入れたは良いけどやることが分からない、なんて事は無いんだぜ。今回は」

 異世界召喚当時は行き場もなく、その場の流れに飲まれて、盗人に襲われ、気がついたら小屋の中で殺害現場を数々目撃――常人には恐らく出来ないであろう貴重な経験を経てしまったわけだが、今回はそうもいかない。
 時間遡行したからには、あの少女、そして癪だが盗人三人、ジャイアン・スネ夫・のび太の命も救わねばならず、イツキにはそれが出来るのだ。イツキ自身も、殺害現場を目撃したい訳では無い。

 だから、今まずすべき事は決まっているのだ。

「行くべきはあの小屋! 三人組のアジトってとこか。取り敢えずエバンがそこに来るまでにアイラとのび太達の避難を呼び掛けるのが第一か」

 そもそも、イツキと三人組が干渉しなければ、あの時間に彼らがアジトにいる可能性はぐっと減るのではないか。

「――いや」

 たまたま獲物がイツキでなくなるだけで、他の人物を攫ってアジトで監禁、そしてエバン襲来という可能性もあるのだ。それに、獲物が見つからず渋々アジトにトンボ帰り――そんな可能性も。

「じゃあ……エバンを止めるのが一番良いんだろうけど、俺にはその実力がない」

 エバンの実力、といえば、イツキの見た限りでは、刹那で一つの家を崩壊させる程。そして、太刀を鎌鼬のように飛ばし、それぞれ離れた三人の首を同時に落とす。また、ポーカーフェイスにもかなり優れているようだ。
 それに、それがエバンの実力の限界だと捉えるのも希望的観測が過ぎる気がする。そうしたいのは山々だが。

 それに太刀打ちするとすれば、イツキに用意された更に秘めたるチート能力――それも、これまた希望的観測が過ぎる。
 戦わずに逃げるのが、最も吉だ。

 黒髪の少女を見つけ出して、その後に待っているであろう危機を伝える。
 そのために、

「だから、取り敢えず今から行くのは……」

 ――あいつらのアジト。
 そう言いかけた所で、イツキの声は固まった。
 そして、同時に自分はとんでもない事を見落としていることに気がついた。

「……アジト、どこだ?」

 ―――自分はまだ、スタートラインにすら立てていないということに。


 _______________________



「どこに行ったら、地図的な物を貰えるんだろう」

 その疑問を持ったのは、既に十分ほど前になる。
 しかしイツキも馬鹿ではない。引き篭もりだったが、学校は中高一貫のそれなりな私学校だったため、地頭はそれなりにいい方だと自負している。

 と、それはいいとして、イツキにも策はある。
 だから考えた打開策は、『聞き込み』という至ってシンプルな方法だった。と言っても、『この辺の地図を持っていますか』という聞き込みではない。答えの信憑性が低いからだ。
 そこでイツキが問い掛けたのは、『ここら辺の地形に詳しい人はどこですか』といったものだった。日本で言えば地方警察に当たるだろうか。だいたいそうだと当たりをつけ、聞き回ったところ、

「……ここ、ね」

 辿り着いたのが、イツキの土地勘でこの国――『ベルニザ』だったか、その大体中央部に位置するどでかい城だ。白を基調とした石壁に黒の旗が窓に沿うように掛けられており、それぞれにこの国のものであろう国章が描かれていた。
 しかし、それは見上げてようやっと見える程度。イツキの前にそびえるのは、それ以前のもの。

 イツキの背の何倍もある、大門だ。

「そこに、この国での警察機関に値する……騎士、がいるらしいんだけど」

 ぶっちゃけ、『騎士』という二文字にイツキは良い思い出がない。この異世界で知るたった一人の騎士が、悪人といえど市民の首を軽く撥ね、しかもそれはただ騎士に成りすましただけの偽物で、本人も極悪人という事実。
 イケメンイケボチート能力――全てを兼ね備えていながら悪人への道へ進んだのは、サン婆の言う通りこの世界の発展に付いていけなかったのか。しかし、彼と短時間でも接したイツキだからこそ、その可能性はあまり考えにくいのだが。

「……と、あれ? ここ、もしかしたら国王とかがいるところ……か? 察するにそうだよな。だとしたら」

 ――だとしたら、アイラという少女もこの城に居るのではないか。

 飽くまで騎士を装っていたエバンは、アイラを視界に捉えた瞬間跪き、騎士として自分が果たした役目を報告するのを第一とした。ただ、当たり前だが、アイラ本人も彼を騎士と認識はしていなかったよう。
 それらから察するに、アイラは王女、あるいは騎士以上の地位を持つ少女。
 それは勿論、国において大きな役割を担っているはずで。

 ――では何故、あの時アイラは姿を現したのか?

 夜で、おまけに盗人のアジトだ。こんな賑やかな場所に建てられたと言う訳では無いのは場所を把握していないイツキでも分かる。
 なら、何故アイラは――王女は、夜中に外を彷徨いていた?

「それが不可解でならねえ。そもそも、王女様を守るのが騎士様の役目じゃないのかよ……それを抜け出す王女様も凄いけど、簡単に抜け出させる騎士様も案外大したことないんじゃ……」

「僕らに何か御用かな?」

「いや、御用ってわけじゃ……いや、御用はあったんだ。そうだ、俺は今、ちょうどその騎士様に用事が―――うおおおぁ!?」

「なんだい? そんな顔されてしまうと、少し悲しいよ」

 ――驚くのも無理もない。余りにも自然に流れに入られ過ぎて、咄嗟の反応に遅れてしまった。故に今、通常ではする必要のなかった絶叫まで上げてしまった。

 忘れるはずもない。
 青髪に射抜くようなイツキと同じ吊った黒瞳。整った顔立ち、鼻、口、声、全てにおいてパーフェクト。イツキが知る中で、最も完成された男児と言っても良いだろう。白を基調にした制服に、背中に携える大剣も特徴的だ。
 もっとも、その暗い暗い性根を除けば、の話だが。

 だって、イツキのすぐ傍に立っていたのは、

「……驚けない理由がない……ってか……おぇえ……っ」

「大丈夫かい!? すぐに手当てをする。すまないが、手を貸して……」

「――――」

 咄嗟に脳裏によぎったのはグロテスクな殺害のシーン。首から上が撥ね、胸が縦に裂かれ、中から覗く桃色の肉と筋繊維、骨、様々な排泄物。悪臭。異常。狂気。狂気。狂気。

 それがイツキの胃の奥を締め付けて、食道の奥から温く酸っぱい何かが上ってくるのが分かり、その場で膝を付く。味の濃い涎が溜まり、口呼吸に切り替え、息を落ち着かせ、深呼吸、しかし止まらぬ嗚咽。

 ――そこに、イツキの身を案ずる手が伸びてきて。

 彼にだけは、建前でも、演技だとしても、救われるのは御免だ。
 だから、それだけは駄目だと思ったから、

「――触んじゃ、ねえ」

 だからイツキは、そう悪態をついて、目の前の騎士――否、極悪人、エバンの手を弾いた。

 一瞬驚いたような表情を見せるエバンに、イツキは刹那でしまった、と察する。このまま白昼の元でイツキを殺すことも、エバンの技量なら可能かも知れないのだ。
 自分の落ち度に悔やみ、もしかしたら自ずと誘き寄せてしまったやも知れない『死』にしばし瞑目する。
 しかし、

「すまない。何か、君の気に障る事をしてしまったかな? 言いづらいんだけど、自覚が無いんだ。はっきりと指摘してくれても構わない。それに、他に僕が出来ることは……」

「あ、あぁ……こっちこそ、済まなかった。あんたに出来ることはねぇよ。悪いな。取り敢えず、腹痛いからトイレ行ってくるわ。近いのは何処らへん?」

「最も近いのは、この門から城に入って……」

「あぁ、そりゃいいよ。わざわざトイレ行くためにこの大門開けるのも馬鹿らしいし、騎士様達の重苦しい雰囲気にも耐えられる気がしねえ。それ以外で」

「それくらい、僕から頼むことも出来たんだけどね……だったら、手前の噴水を右に曲がった場所に、小さい公衆便所がある。それが僕の知る限り、一番近いはずだ」

「噴水を右、ね。さんきゅ。助かったわ、ありがと見知らぬ騎士様」

 さきほどまでの悪態は何処へやら。
 イツキは何度か行き方を復唱すると、首だけ回して噴水の方へ走り出す。

 これは余談だが、イツキの正面に堂々と構える噴水には、中心にそびえ立つ縦長の結晶から水が連続的に噴射されている形だ。イツキのいた世界のそれより何倍かは美しいが、何処にその違いが、と言えば、結晶の中でふわふわと回転する謎の紋様だろう。
 あの紋様には既視感があり、それは前回のループでサン婆の小屋に設置されていたデスクライトにも象られていた。つまり、大体この異世界の街を作る上で重要なのは、この紋様なのだろう。よくよく目を凝らせば、あの特徴的な紋様は至る所でふわふわと浮いている。街頭や、看板、そして人力車のような車に至るまで。
 それさえあればエネルギーが無制限に生み出させるのだとしたら、イツキのいた世界よりよほどハイテクだ。

「まぁ、トイレってのは嘘だけどな」

 それは、その場しのぎの嘘だ。
 もしあのままあの場所にいたら、イツキは恐怖で正気すら保てていたか分からない。なにより、エバンに何をされるか分からないのだ。
 結果としては上手く撒けた――が、引っかかるポイントがいくつか、また生まれた。

「エバンは……もしかしたら、本当に騎士なのか?」

 そもそも、彼がただの騎士の成りすましなら、何故国の中枢とも言える場所をうろつける。

 騎士の決められた制服さえ着込んでいれば、変に疑われる事は無く、安全性が高い可能性も――しかし、少なくともアイラは、彼のことを騎士かどうか決め付けあぐねていた。
 つまり、騎士一人一人は顔でも覚えられているという可能性もあるということ。

 なにより彼は、先程こう口にしていた。

『それくらい、僕から頼むことも出来たんだけどね』

 その発言は、ただの変装した男が出来る発言だろうか。大門を管理する騎士と横の関係を持っていなければ、決して言及出来ないことだ。
 ――もし仮に、エバンという悪人が、本当に騎士に務めていたのだとしたら、

「多分あいつの狙いはアイラの殺害……もしかしたらただの殺人鬼って可能性もあるけど、それは却下で。――もし前者なら、どれだけ用意周到なんだよ」

 それだけする価値がアイラにあるのか、それとも何かの執念か。いずれにせよ、エバンと関わるのは今日これきりにしたいものだ。

 だから、取り敢えずはアイラを救うために、三人組のアジトへ向かう。
 エバンが彷徨いている可能性があるため、もうこの城には寄れない。であれば、そこへ無事に辿り着くには、

「――と?」

 ふいにイツキはバランスを崩し、間抜けな声を上げながら膝から崩れ落ちた。
 先程の嗚咽感がまだ残っているのか、これまでの有り得ない現象への疲労感か。

 いずれにせよ、群衆の目の前でぶっ転けたのは恥ずかしい。別に何か、足元を引っかかるようなものも無かったはずだ。
 四つん這いの状態で周囲を見渡す。意外と目立っていなかったのか、あまり視線は集中していない。あるいは群衆のさりげない優しさか。
 もしかしたらこれは本当に、トイレにこもるべきだろうか。

「なんてなあ……っし、ここで疲労困憊なんてダサすぎる。行くぞ、俺」

 と、なんとかイツキは立ち上がり、見据えるは異世界召喚時に立っていた人が集中する石畳だ。
 早く行かなければ、夜の帳が落ちるのも時間の問題――。

「―――あれ?」

 しかし、立ち上がることが出来ない。
 再びがくりと膝の力が抜け、おかしいと額に手を当てる。熱はない。視界、呼吸も問題なし。
 そして脈は――、

「―――脈?」

 イツキが差し出したのは左腕。脈を測るには、一般的にはもう片方の指が必要だ。
 肩を回す。右肩だ。しかし、一向に訪れるはずの指が訪れなかった。
 いったいなんなのか。肩へ視線をずらしたのは、その違和感からだった。

「―――――」


 ――右肩から先が、綺麗な断面で切断されていたから。


「―――ぁあああああッッ!!?」

 それを自覚した途端、不意に意識し始める痛み。痛み。痛み。

 美しい直線の断面図は筋繊維と筋肉、骨や緑色の脈が覗き、じわりじわりと桃井のそれから赤い何かが斑のように浮かび上がる。

 絶叫じゃ足りない。白目を剥き、奥歯を噛み締め、唇を引き裂いた。頭から石畳に何度も激突させ、痛みを紛らわせるがそれでも甘い。
 空気に患部が触れる。その度に、全身を針で刺されるような痛みが襲う。開いた左手で必死に髪の毛を抜き、それを口にする。服を破るかのような音を鳴らして髪を抜き、口へするを繰り返す――それでも、足りない。

「―――ぁ……ッた、あ……あぁあ……ッ! あぁあああ……!!」

 ずきずきずきずき。ぶちぶちぶちぶち。血涙を流し、その場で転がり回る。仰向けになると、溜まった涎が喉を塞ぎ、咳き込みながら、ふいにそれが鼻に掛かる。不快感を覚え、それでも痛みは止まない。
 口の中で涎と血液と髪の毛が絡まり合い、息苦しくなる世界でもう鳴らない喉笛を必死に動かしていた。
 絶叫じゃ足りない。絶叫じゃ間に合わない。絶叫はもう、出来ない。
 
「――君みたいな人は、本当に厄介だよ」

「――ふー……ふー……」

 ふいにそれが頭上から投げかけられ、しかしイツキはそれに取り合えない。
 それでも気に留めないのか、声は続け、

「何処で知ったか知らないが……いや、疑わしきは罰せよ、と言ったところだ。君の挙動不審な態度が、君の落ち度だ。……と」

 そこまで言ったところで、声は続けるのを止めた。眼前の光景に、気が付いたからだ。

 ―――回りくどい言い方をする声は、もう既に、イツキの耳には届いていないことに。

「――――」

 足音、足音が鳴った。そして、

「―――また一つ。私の糧となった」

 と、何処か名残惜しむような声を区切りに、その世界に音が生まれることは無かった。


 _______________________



 割れた。割れたのだ。
 何が? 世界が。
 ジグソーパズルのようにピースに分かれた世界は、無造作に散りばめられ、ばらばらになって地面に落ちる。

 ―――それを、もう一度繋げねばならないから。

 割れた世界を埋め尽くすよう、数々のピースが引き寄せられていく。
 引き寄せられて、新しい形に、色に、大きさになっていく。
 真っ白のピースを、何かで埋め尽くすために。


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