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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章7  『陽の下の決意』

 


 ――世界が、ばらばらに砕け散った。

 破片は肉眼で見えないほどに小さくなり、ここからでは修復するのすら困難だろう。
 いつかその欠片たちは、誰かに懐かしまれることなく、土に還っていくのだ。

 ふいに、それらが何かに引き寄せられるように、一点へと集中していく。凝縮して、それはまた新しい形と色を象った。
 象って、また、次なる世界を迎え入れるように――。


 _______________________




「――――サン。儂の名前はサンじゃ。サン婆とでも、好きに呼ぶがええさね。……じょい」

「―――じょい?」

「流石にじょい、と呼ばれるのはやめて欲しいじょい」

 聞き覚えのある独特の語尾。そして、それを発する声の主を想像しやすい皺くちゃの声音。
 前を見る。そこにいるのは、こちらを上目遣いで見る白髪が目立つ老婆だ。そのまま、じっと彼女を見つめる。しかし、脳がまだ朧気なままで覚醒していなかった。
 それに対して、老婆はイツキに見つめられていると理解した途端、妙にくねくねしだすと、

「何じゃい? やっと儂の美しさに見惚れ始めてきたじょ? 気持ちは分かるわい。儂も若い頃はきゃーきゃー言われ続けたからのう。まぁ、それにしても遅すぎるよのう」

「―――じょい?」

「……お主、聞いておるのか?」

「―――じょい?」

「じょいって何じょ!?」

「いやあんたの語尾だよ!?」

 反応が一向に変わらないイツキに、老婆――サン婆は変に思ったのかボケをかます。
 何処か懐かしさを覚えながらも、イツキは思わず突っ込み。それにサン婆は満足気に頷き、

「なんじゃ、ちゃんと気は確かなようで良かったじょい。ついさっきいきなり気を失ったんじゃ。まだ怠いようなら休んどって構わんぞ?」

「うん。……うん? あんた、サン婆ちゃんだよな? 他人の空似とか、実は双子でしたっ! てへ☆ とかじゃないよな? あれ? あれ?」

「何を言うとんねや。ついさっき……これこそついさっき、名乗ったばかりじゃぞ? まさか頭打ってボケたか? 親不孝なことよ」

「勝手に人をボケさすなよ! 平気だよ! ……いや、どっちかと言えばボケてんのはあんただろ! てか色々と聞きたいことが……」

 言いながら、段々と状況の不気味さを感じ取ったイツキが空を見る。
 空は快晴。雲一つなく、もうすぐ太陽が最も高く上る時刻だろうか。太陽がイツキの瞼の裏を焦がしているのが分かる。
 そして、すぐに存在を誇張し始める空腹感。鳴る腹を抑えながら、イツキはサン婆に向かい直って、

「俺、どれくらいの間眠ってた?」

「ふむ。ほんの四時間ほどじゃな。余程酷く頭を打ったか……まあ、若くてよかったのう。羨ましい限りじゃ」

「嘘とかじゃないよな? それ本気?」

「さっきまで儂の魔法講義にうんうん頷いとった奴が何疑っとんのじゃ。本気に決まっとろう? 嘘つくメリットがないじょい」

「だよ、なぁ……?」

 仮に事実として四時間眠っていたとして、あの夜からたったの四時間でここまで日は上るだろうか。
 魔法で視界を惑わせていた、となれば話は別だが、そうするメリットはエバンにもあの三人組にもない。

「エバ―――!?」

「――! おい!? どうしたじょ!?」

 イツキの脳裏に浮かぶのは、瞬間的にイツキの全身を侵した恐怖。そしてその原因となる、グロテスクと表現することすら生易し過ぎる映像だ。
 大剣が、小柄な少女を正面から切り裂いた。その時見えた白い肌。内側から除く筋繊維が浮き出た肉。そして噴き出す血潮は、イツキを怯えさせるには充分すぎるものだ。そして、その大剣はイツキの喉元にも及び――、

「くっそ……今思い出しただけでも、吐き気が半端ねえ……。何なんだよあれ」

 おまけに、男三人を首から上で切り裂かれるのも目にしたのだ。ホラー映画なら耐性はあるのだが、実際のものとそれはやはり違い過ぎる。

 ――結論として、エバンは猫を被っていたのだ。
 アイラに跪いたあの仕草も、イツキを救うために駆けつけた勇気も、優しさも、全ては彼の演技で、偽りだった。
 今思えば、彼の手法は騎士と呼ぶにはいささか手荒すぎるものだった。あの三人組だって、峰打ちなどで済ませ、後で取り押さえることだって出来ただろうに。
 どれもこれも、彼がただの『騎士のなりすまし』だったのならなるほど頷ける。

「まんまと、嵌められたってことかよ……ウザってえ……! 最初から違和感はあったんだ……早く気付いとけば」

 否。恐らくイツキは、最初から気が付いていたのだろう。敢えて何も知らない素振りをすることで、その事実から顔を背けていたのだ。

「みっともねえ……くそ!!」

「どうした? 怖い顔でぶつぶつ言いおって……休んどっていいんじゃぞ? さっきは一人の慰めとか言うたが……別に儂はお前さんが隣におっても……」

「誰が婆さんの慰めなんか見るかよ!? ……あー、なんでもねえ。心配かけて悪い。なんとも無いよ」

「それでなんとも無いなんてことはないと思うんじゃが……」

 と、無駄に察しの良いサン婆にイツキは苦笑。
 だが、本当に心から優しい女性なのだろう。一見ふざけてはいるが、怒鳴っていきなり壁を殴りつけるイツキを前にしたら、怯えて逃げない時点でもう神だ。神ってる。
 事実、この台詞にイツキはたった今救われたのだ。

「となれば、やることは一つ……だな」

 同時に、仮説――それも、確信となりつつあるものが二つある。
 それを真実だと確かめるために、イツキにやらねばならない事がたった今、出来たのだ。

「何か、覚悟が決まった顔じゃな。イケメンじゃないのに」

「それ今言う!? もう! 最後まで締まんねえなこの人! あ、あとお願いがあんだけど―――」

 言いながらも、その顔には笑みが色濃く出ている。サン婆にもそれは同じで、小さい手と杖を目一杯に使って大袈裟な見送りだ。
 手を振る。影が、どんどん小さくなる。やがて薄れていって、それは消えた。

 ――本日、サン婆との二度目の別れは、こうして幕を閉じた。


 _______________________



「――さてさて、やって来ました例の石畳」

 と、イツキが自信満々に立ち尽くすのは、異世界に召喚された直後、イツキがいつの間にか立っていた石畳だ。――いや正確にはその一歩手前。目測ここ、といった感じだが、多分大体合っている。
 亜人達の視線を一斉に浴びながら、しかしイツキは知らぬ存ぜぬと言った風に、

「まず実験その一。召喚された石畳に足を踏み入れたら、あの激痛はまた来るのか」

 サン婆との一度目の別れで、イツキは再びここにやって来た。そこでこの石畳を踏み――その瞬間、またもや例の、二度目となる無声映画を迎え入れたのだ。
 ここでの実験の目的は、同じ映像が二度送られるか、という事。詳しい状況説明は後回しにしておいて――、

「―――来ない、な」

 恐る恐る爪先から。そして徐々に足の平、そして両足と踏み入ったが、一向に何も激痛らしい激痛は訪れない。もっとも、訪れるのは群衆の「あの人イタイわ」みたいな激痛であって、それは含めないものとする。
 待つこと十秒。二十秒。――そして、約一分。それは訪れないものとして、イツキは足を例の石畳から離した。

 取り敢えず、ここで『同じ映像は二度送られない』という事が証明された。
 それが分かり、イツキはふうと一息入れると、

「ここで、今までの状況把握と、整理だ」

 既に癖となりつつある人差し指。それを一本突き立て、胸元辺りでちらちら振りながら、

「まず、考察その一。あの強制的に送られてくる白黒の無声映像だけど」

 異世界に召喚されてから今に至るまで、イツキの脳内には合計で三つの痛みを伴う無声映像が送られてきた。

 一回目は異世界召喚直後。
 出てきた人物は二人。白い制服らしきものに身を包んだ青年と、黒髪ロングの女性だ。
 二人は互いに睨み合い、その表情を様々な捉え方ができる色に変えていたが――、

「今思えば、あの二人は多分エバンとアイラだ。他人の空似……ってことは多分無いと思うし、よくよく思い出せば二人が睨み合ってた背景は木製の壁だった気も……しなくない。つまり、俺が盗人三人組に監禁されてた小屋にそっくりなんだ」

 そして二回目。サン婆との別れを終えて、再び召喚された場所に戻ってきた時。
 出てきた人物はこれも二人。覆面の巨漢と、痩せ細った男性。巨漢が両手に抱えていた物は小包に包まれた小さな荷物だったような気がするが、

「多分あの二人は、『兄貴』ともう一人の……名前が分からん。ジャイアンでいっか。よし。今日からあの三人組はのび太、ジャイアン、スネ夫だ」

 因みに、『兄貴』と呼ばれていた男がのび太。覆面をしていた巨漢がジャイアン。そして後に登場する、小柄で語尾が特徴的な男がスネ夫だ。

「とにかく、二度目の映像はまるでのび太がジャイアンに物を盗まれている、みたいな、あの時俺が出会った状況にそっくりなんだ」

 そして三回目。
 これは衝撃的で、恐らく一生、記憶からは抜けないだろう。
 のび太、ジャイアン、スネ夫の頭が、首から切断されたのだ。

「代名詞を付けると随分とふざけた文章だな!? けど、これも多分、エバンが俺を助けに来たとかいう出任せ次いでにやったあれに、かなり類似した状況で……」

 この三つの映像。そして、イツキがその映像と似たような状況に次々と陥っているという事実。
 これを組み合わせるに、出てきた結論はこうだ。

「多分あの映像は、『未来予知』みたいなもんだな」

 それも、いつ来るか分からず、意識が飛ぶほどの痛みを伴う欠陥品だ。

「これが俺に与えられたチート能力なら、召喚した奴も悪趣味してやがる。ステ振り間違え過ぎだろ……」

 と、顔も知らない誰かさんに悪態をつく。もっとも、そんなことをしても今更仕方が無いのだが。

「あぁ、あともう何個か気になる点」

 この『未来予知』において、イツキは合計で五名の人物を目撃している。
 しかし、それとはまた別に、三つの映像に共通して登場した人物がいるのだ。

「顔が真っ黒で、体の輪郭を掴むのが精一杯なシルエット。全部の映像で端っこにしろ真ん中にしろ色々いろんな場所に居たんだけど、状況を鑑みるに、あれは多分……」

 ――イツキ自身だろう。
 そうでなければ、登場人物的にも辻褄が合わない。逆に、それがイツキだとしたら納得出来るものだ。
 しかし、それがどんな輪郭をしていたかは何故か思い出すことが出来ない。故に、それがイツキであるという確証がないのだが。

「何で顔だけ見えねえんだろ……。まあそれは置いといて、この『未来予知』が発動する時の条件みたいなもなんだろうな。俺が、必ずその現場に居ることが。――んで、次だ」

 ――神もまた、嫌な能力をイツキに押し付けたものだ。
 恐らく、イツキが授かったチート能力(と言っていいのかは分からないが)は、『未来予知』一つでは無いのだ。

「日本でも、同じテストが二日連続で出てきたら、流石に気付くってもんだろうがよ……」

 サン婆の家の門前で、サン婆との小話。そして大袈裟な別れ。それと、サン婆の証言を踏まえての結論だが、

「『未来予知』に加えて……多分、『時間遡行』もしちゃってんな、俺。エバンに出会うまでの流れが全部夢オチだったってのはもう、流石に無い。あの平手打ちも痛かったし」

 異世界召喚された時点で、もう何があっても驚かない。『時間遡行』くらいあるだろう。
 それが、現実主義であるイツキの結論だ。

「まぁ、『時間遡行』の場合俺が昔読んだラノベでそれを知ってた、ってのもあるけどな。……まさか俺がそれを受けるとは」

 一度目のループでのイツキの最後の記憶は、アイラがエバンに胸を斬られた後、その大剣が自身へと猛威を奮った瞬間だ。
 エバンの狂気的な笑みと、無感情な双眸。それに押し潰されそうになり、こちらまで気が狂いそうになった直後、イツキの世界は終わったのだ。
 恐らくあの後、イツキはエバンに首ごと斬られたのだろう。アイラやのび太達と、同じように。

「のび太って締まらねえ!! けど怖ぇよ! ……でも、最後にちょっと気になんのが……最後の感覚だ」

 世界の終わり方、と形容すれば良いのだろうか。
 まるでガラス板を割るかのように、四つ角から亀裂が入っていった。そして、それはやがて全体を覆い、破壊された――そう感じた途端、神経を刺激したのは老婆の声音と陽の光だ。
 なにより痛みというものを感じなかった。あの大剣は、イツキの喉を突き刺したはずなのだ。喉笛から血を噴き出し、勢い余った剣先はそのままイツキの首から腹、そして股間部へ一直線に――。

「そういう心持ちだったんだけど……気になんのがなあ……」

 痛みが、感じられなかったのだ。

 もちろんイツキはこれまで、死んだという経験はない。あれで死ななかったのは流石に非現実的過ぎるだろうし、それにしても痛みを伴わない死というものがあるのだろうか。
 全神経が恐怖や怖気などの感情に回されていたから痛みの神経が働かなかった、じゃ済ませられる問題ではないだろう。
 であれば、

「なんて言うか、『死に戻り』っていう可能性は少ないと思う。論理的な思考が建前で、死ななければならない、っていう現実から目を背けたいのが本音かも知れねえけど……ぶっちゃけ、ヒントが少な過ぎる。あと分かるのはさっきの実験通り、同じ未来は時間を巻き戻しても二度見ることは出来ない、ってことくらいか。まぁ、だからどうしたよって話だし、記憶がおじゃんになったら終わりってわけで……」

 しかし、そうなればこの『時間遡行』の条件が上手く掴めない。
 もし『未来予知』のように前触れがないものだったら、いつどのタイミングで戻るか分からないのだ。
 つまり、

「使い勝手悪過ぎんだろ……。貴重な異能力だとしても、最っ悪だ。……それに」

 必ずしも、これがイツキ本人の能力という訳では無いのだから。第三者によるものでは無いと、そう確証付けられていないのだから。
 これがイツキに課せられた指名なのだとしたら。果たさなければならない義務なのだとしたら。

「受け入れろ、俺。多分、相当危険なことしようとしてるから。……慎重に。これは、異世界RPG異世界RPG異世界RPG。ゲームだと思ったら、やれる」

 若干洗脳的な部分があるにしろ、イツキにはあの華奢な黒髪の少女を、見殺しにするなんてこと出来やしないのだから。
 あの狂気的な笑みが脳裏に浮かぶ。奴の手玉になんか乗ってやらない。
 そう、思ったから。

「とりま待ってろよ……エバンの野郎!!」

 その啖呵を区切りに、異世界での二度目の朝が始まった。


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