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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章6  『世界の決壊』

二日目にしてたくさんのPV・ユニークありがとうございます。よろしければお気に入り、感想などお願いします。

……モチベに繋がりますので(本音)
 

「なんだぁ――ッ!?」

 ふいに突風が巻き上がる――と思った時は既に遅い。視界が真っ暗になり、体の至る所がぶつけられていく。骨が色々な角度に曲がっていそうで怖い。

「ぶいぶっ!? いーぃぶいっ!」

 奇声を上げ、反響する声から全身が何かに覆われていることに気がついた。遅れて、身体中が隅々まで圧力を受けていることも。

「ん、んだこれ……イケボが聞こえたと思ったら……ああ……?」

 瞬間的にそれが瓦礫の山だとわかる。
 頭にのしかかったそれを押しのけ、なんとか現実へ回帰。慣れていない目に光が差し込み、イツキは目を細め、

「―――ん!?」

 ――は、しなかった。
 光の種類が太陽ではなくそれが反射したもの――つまり、月明かりだったからだ。
 夜になっていたことに変な気分を覚えながらも、イツキはそこにあった異変に絶句する。

「おいおいおいおいおいおい……この家、屋根あったよな?」

 うつ伏せになった状態で首だけを擡げる。視界の先、そこにあったはずの屋根――それが無くなり、そこに見えたのは星々の輝く夜空のみだ。
 つまり、吹き抜け状態になっている。元々、光が差し込むこと自体、おかしいのだ。

「普通に考えてこれやったのはさっきの声の主……あれ人語だよな? 人語話すの人間だけだよな? 動物が人語を話す……そんなニャースみたいなことあったら別だけど」

 と、憶測を独り言のように呟くイツキ。しかし、その視線は既に剥き出しになった空には向けられていない。目の前の百八十度。或いはそれ以上と、視野の広がる限り『声の主』となる人物を探していた。
 しかし、一向にその姿は見当たらない。

「通り魔にしてはタチが良いのか悪いのか……助かったことには変わりないけど、その通り魔と……あと、あの三人組は……」

「通り魔なんて、酷い呼ばれようだな。心外だよ」

「ふぁいあーさんだぁふりいざぁぁあッ!?」

 と、またもや奇声を発して前のめりになるイツキ。前のめりになり過ぎて、弁のように手を引っ掛けていた瓦礫から手が外れる。そして、顔面から地面に激突。
 鼻頭から鼻孔にかけてつんとした痛みが走るのを感じながらも、涙目になって後ろを見る。

「……まじでえ?」

「どうしたかな? ……ああ、済まないね。少しだけ怯えさせてしまったようだ」

「いや、そういう話じゃないんだけど……まじでえ?」

 言いながら、自分の青髪を撫で付けるのはイツキより十センチは身長の高い美丈夫だ。いや、美丈夫というには語弊がある。青年、それ当たりが最も適切だろうか。
 格好は白を貴重にした制服を連想させるもので包んでおり、イツキと同じ黒瞳は何処か余裕があると言った風。現に、全てにおいて余裕がありそうなイケメンのテンプレートと言った顔つきだ。その整った顔は、イツキのいた世界ではジャニーズ事務所に勧誘されそうだが――、

「別に、それに怯えてるわけじゃねえんだよな。いや、そもそも怯えてなんかないし。ちょっとビビってるだけ。つか知らねえ内に後ろに立ってるって、ゾッとしねえ……」

 何よりも、彼の肩に斜めに掛けられた、彼の背と同じくらいの大剣がその存在を誇張していた。鞘も青年が包む制服と同じ白色で、端が薄い空色に塗られている。

「そうかい? なら、何か声を掛けるべきだった。不甲斐無いよ」

「いやそうじゃないんだけどな!? 別にあんたのせいでビビったってわけじゃ……いや、あるのか? 直接じゃないけど、間接的にはすごいビビらされたっていうか……」

「―――?」

 と、イツキが言うのも、理由がある。
 目の前に立っている青年――その顔に、見覚えがあったからだ。

 それはどこでか。そもそも、ここは異世界だ。イツキと同じように異世界に召喚されたとあっても、余りにも非現実的過ぎる。では、何処から?
 ――その答えに、イツキは確信があった。

「送られてきた、あの映像。……女と対峙していたあいつと、ほとんど同一人物なんだよ」

 この異世界に、召喚された直後。あの陽の光を浴びた瞬間に起こった、最初の無声映画。

 そこに映っていた、二つの対峙する人影。
 片方は女。黒髪を長くなびかせており、見惚れるほど美しかったのは鮮明に残っている。
 そしてもう片方は長身の男。白い服装で、白黒だったから分からないが、髪は少し薄い黒。鼻は高く、大剣を携えており、

「まんま、目の前にいるこいつと一致するんだな」

「僕に見覚えがあるのかい? なら、どこで出会ったかな。言い難いんだけど、こちらとしては身に覚えがないんだ」

「ああ、すまねえ。こっちの話」

 ―――ただ、映像の中で、その顔を喜びとも怒りとも取れる表情で歪めていたのだ。
 その表情は、今眼前の青年とはお世辞でも相応しいとは言えないもので――、

「もしかして、あの映像……」

 もしイツキの仮定が正しければ、その先には。
 と、そこまで連想したところで、イツキは首を振る。

「んなことあるはずがねえ。……取り敢えず、あんた」

「なんだい? やっと話が纏まったかな」

「いや、さっきのは本当にどうでもいい話。俺にとってちょっとだけ引っ掛かるとこがあっただけだ。それよりも――」

 言いながら、イツキは瓦礫を除けて立ち上がる。眼前の青年と相対することになり、身長の差がはっきりと浮き出るのに悔しさを感じながら、

「――ありがとう。あんたがいなきゃ、俺舌噛んで死んでた」

「助けを呼ぶ声が聞こえた。騎士としてそれを見殺しにするなんて出来ないよ。だから、感謝される理由なんて……」

「名前なんて言うんだ?」

「唐突だね」

 青色の髪を撫でつけ颯爽と手を前にだす騎士に、しかし用は済んだとばかりに次の話題へ移ろうとするイツキ。
 その身勝手さに困惑しながらも、騎士は臨機応変に対応し、右手を差し出した。

「フォークシー家の末裔。エバン・フォークシーだ。君は?」

「俺はホノヤ・イツキ。小さな島国からやってきた元守護神だ。すげー無力だから、よろしく。あ、色々聞きたいことあるんだけどいいか?」

「島国……その割には清潔にしているように見えるけど。ああ、その答えは勿論イエスだ。答えられる限り、という条件付きだけどね」

「なら心置き無く」

 握り返した手を離し、エバンから一歩距離を置くと「こほん」と咳払い。笑顔で口を開くのを待っているエバンにやっとまともな人間に出会えた、と思いながら、ふいにイツキは人差し指を一本、それを空へ向け、

「とりま、この屋根よ。速攻で来てくれたんは嬉しいけど、流石に派手すぎやしねえか? 別に俺の家じゃないからいいんだけど」

「済まない。僕の能力上、それはどうしようもないことなんだ。それに、わざわざ扉から入ったら締まらないだろう?」

「やっぱりそういうの気にすんだな。それに、さっきは聞きそびれちゃったけど、あんたが来てくれたのは俺の叫びがあったからか?」

「ああ。そうだとも。そのために呼んだのだろう?」

「そうだけど、そうじゃないっていうか……」

 言いながらイツキが回想するのは、つい先程檻の中で逃げ出すための陽動として使った救助要請の声だ。
 出来るだけ相手の三人組を怯ませられるよう大声を張ったつもりだが、よもやそれが本当に騎士を呼ぶとは思ってもいなかった。
 結果論として、イツキを助けたのはその騎士だ。世の中、何が幸いするか分からない。これぞ塞翁が馬。

「あ、エバン。黒髪を腰くらいまで伸ばした、超絶美人な女の人知らねえ?」

「急な話題転換には驚くが、そんな女性には心当たりが……おっと、お出ましのようだ」

 ふいにエバンはイツキから目を逸らし、イツキの背中側――元々、檻があった方を見やる。
 それに倣ってイツキも振り返り、鉄屑とかした檻の残骸、そしてその奥の瓦礫の山が、内側からごそごそと動いていることに気がついた。

「――! まさか……!」

「そのまさかだろうね。全く、しぶとい奴らだよ」

 ―――その声音にただならないものを感じて、イツキは思わず振り向いてしまう。
 視線の先、すぐ側に佇む青年が、背にかかる大剣に手をやって、とてつもない形相で目の前を見据えていることが分かった。
 そして、同時に放たれる覇気。それを感じて、思わず喉が塞がってしまう。

「――さあ、どこからでも来い」

「―――ぐ、あぁァ……んだァ? 何が、あったよォ……」

 構えの姿勢を崩さないエバン。
 そんな彼の前で真っ先に姿を現したのは、頭をさする巨漢だ。やはり見た目通り体はタフなのか、しかし単細胞。眼前の青年を視界に入れると、

「て、めぇかァ!! くっそがァ! 俺達の計画の邪魔をしやがってェ!!」

「――うる、さいな、です。……全く、何が……き、騎士!? 騎士です! あ、兄貴! 早く起きろです!」

 巨漢の怒号にうるさそうにのそりと起き上がったのは、語尾が特徴的な小柄な男。しかしその反応は巨漢とは真反対で、騎士の姿を発見するとすぐに、瓦礫の中にいるであろう『兄貴』の目覚めに掛かる。
 そしてやがて、イツキにとってはトラウマになりつつある男が目を覚まし――、

「騎士がどうしたよォ! あんなん、周りからチヤホヤされて気取ってるだけじゃねェかァ! ビビるこたァねェよォ!!」

「何言ってるんだです!? さっきの攻撃見たですか! この家の屋根軽くぶっ飛ばしたんだですよ!?」


「―――喚くな、小賢しい」


「―――」

 全身に、訳のわからない怖気を覚えた。

 ――憎悪と迫力と殺気。それを全てぐちゃぐちゃに織り交ぜたような禍々しい声が、その場にいる全員の鼓膜を劈いた。
 それを受けて動きが固まる子分二人と、イツキ。しかしエバンだけはそれに応じそうな様子もない。

「お、おい。エバン。魔法とかにゃ疎いけど、こりゃやばいって。相手相当怒って……」

「イツキ。黙っていくれ」

「―――ッ」

 動きを見せないエバンにイツキは軽く忠告。しかし更に忠告で返され、何も出来ないイツキは取り敢えず両手で口を塞ぐポーズ。
 見れば、『兄貴』の子分である二人も、既に廃墟と化した家の端で蹲っていた。

「さっきは驚いたが……貴様の顔は初めて見るなぁ。つまり無名。無力。若く、経験も浅い。たまたまメインが破壊型の能力か……俺には、余り影響を及ぼさねえな」

 と、傷一つ見られない『兄貴』は、不敵な笑みを浮かべながら手の平を翳す。ふいに、その中心に薄らと白い光が宿り始める。
 徐々にそれは色の濃さと大きさを増し、やがて空色から青、そして黒へと変貌し――、

「喰らえぇぇ!! 死に晒せやァァ―――」

「―――」

「―――――ァ?」

 ぼとりと、何かが落下する音が鳴った。

「――ひ」


 下を見る。そこに、『それ』が転がってる。
 それだけで、全てを理解できるだろう。


 男の頭が、首から上で切断されていた。


「―――醜い」

 制裁――。下したのは、紛れもない眼前の騎士、エバンだ。
 彼はぼそりとそうとだけ罵ると、いつの間にか振り上げていた大剣を鞘に収める。その白い刃先は血には染まっておらず、剣技の美しさが垣間見れ――、

「って、そういう話じゃねえよ……うぷ」

 首から上を失った男の体はそのまま魔法を放つことなく倒れ込む。転がった首は、白目から血涙を流して動かないままだ。
 やがて、じわじわと血が溢れ始める。最初は浮き出るように、やがて滴るように、最後には流れるように、床を赤く染めていった。

 ――そしてそれは、家の角にいた二つの人影も同様だった。

「お、おぇえ……あ……ぐぁあ……っ」

「ちょ、イツキ!? 大丈夫かい? 済まない。少し過激にやり過ぎたようだ」

「やり過ぎって、レベルじゃねえ……あぁ……気持ち悪ぃ……ぉえ」

 余りにも残虐的で、それはゆとりに近いイツキには、吐き気以外の何者すら受け付けなかった。胃が締め付けられ、黄色と緑の混ざった見たことのない液体が床に散布される。それが男達の血と混ざって、不快感しか覚えることが出来ない。
 そして同時に、この光景には既視感があり、

「まさか、あの映像……って」

 なんとか気を落ち着かせ、壁を使いながら立ち上がるイツキ。その発言の意図は、たった一つ。
 予想が、確信と変わりつつあることを察していた。

「――本当に、規格外だろ……」

 相手は悪だ。紛れもない、悪である。
 それでも、先程まで会話していた相手が目の前で残虐的に殺されるというのは、夢見が悪過ぎた。
 また別のやり方が、あっただろうに。

「――? どうかしたかな、イツキ。何か問題でも……」

「問題しかねえよ。……お前、頭おかしいんじゃねえのか?」

「そう言われると、流石に傷付くね。これしか手が無かったんだよ」

「これしかって……う、また思い出してきた」

 ここまで荒らされては、エバンの精神も狂気性を疑うしかあるまい。
 無論、荒らしたのはこの現場ではない。イツキの、心の中だ。

「―――」

 ふいに、エバンが指を鳴らす。
 ――それに呼応するように、三つの死体が風に巻き込まれて消え去った。

「……これなら、少しは平気かな?」

「――あ、ぐっ……」

 ――平気なわけない。そう言うには、今のイツキには苦難過ぎた。

 気持ち悪い気持ち悪い。
 自分のせいで、三つの尊い命が消え去ったのだ。それも、死体すら残してもらえず、無残に。
 後味が悪いという話ではない。それ以前に、息苦しかった。

「異世界に来て初日でこれって……最っ悪だ」

 この世界の住人は、恐らくだがイツキのいた世界と感性の違いがありすぎる。
 ――少なくともこいつは、正気じゃない。
 イツキの本能が、そう訴えかけ続けていた。


「―――あの……」

 ――ふいにイツキが耳にしたのは、これまでのどれとも違う、何処か心を揺さぶるような鈴の音だった。

「―――」

 ついさっきまで患っていた吐き気や頭痛、そして恐怖が一時的にだが霧散し、たった今、イツキの視線は眼前の新しい人影に向けられた。
 それは何処か華奢で、しかし威圧的な貫禄すらあるもので。

「あ―――!!」

「……来たな」

「え!? 何!? 何ですか!?」

 それぞれがそれぞれの反応を見せる、廃墟での一幕。
 彼女は紛れもない、イツキにとって今最も気に留めていた少女。
 腰まで届くほどの黒髪を、束ねずに下ろしている。一見幼く見えるが、しかしどこか艶かしい色すらも放っている気品に満ちた女性。
 そしてワンピースというラフな格好に体を包んだ『映像の少女』が、扉――扉だった場所に、驚いた顔で佇んでいた。


 _______________________



「お前――!?」

「え? なんなの、あ、私に何か用? ですか?」

 黒髪の少女は戸惑いながら、廃墟と化した家へ足を踏み入れる。それこそ今は足の踏み場もない状態だ。彼女は爪先で歩きながら、両腕を伸ばしてバランスを取っている。
 なんとも可愛らしいが、彼女はイツキに送られた映像の中でも登場していた。顔を怒りの形相に変え、エバンと対峙するような体勢になっていたのは記憶に新しい。

「用も何も、エバンは……おい!? エバン!?」

 同時に青髪の騎士の顔も脳裏に浮かび、言いながら振り返る。しかし、振り向いた後方には彼の姿が見当たらない。
 咄嗟に前を見、その視線の先で、エバンがゆっくりと少女の元へ歩いているのが目に入った。

 ――まずい、戦闘になる!?

 イツキの『ある仮定』が正しければ、この先に待つのは少女とエバンが対峙する現実だ。それが発生しては、恐らくここにいるイツキも巻き込まれかねない。
 しかし、ここで見殺しに出来るのか。戦闘力という面に於いて、少女>エバンというのはどうも現実的ではない。
 では、どうすれば――。

「―――」

 ――しかし、そのイツキの懊悩も、眼前に発生した光景で杞憂に終わった。

「――アイラ様。被害を大きくして、申し訳ありません。ただ、相手が稀に見る強敵故、少々手荒な手法を取らせて頂きました」

「え、あ、あぁ……そうなん、だ。その格好……貴方、騎士様よね? 初めて見る顔だけど……お務め、ご苦労さま」

「いいえ。騎士として当然のことをした迄です。この身には重すぎる御言葉ですよ」

 なぜなら、黒髪の少女――アイラの元へ歩み寄ったエバンが、その場で跪いたからだ。
 その美し過ぎる一連の動作にイツキは唖然。そして、眼前の二人の関係を即座に察する。

 ――恐らくこの二人は、王女と騎士の関係だ。

 いや、王女と断定するにはまだ早い。しかし、騎士よりは上の身分。そこらへんに疎いイツキにとっては、王女かな? くらいの察しくらいしか出来ない。
 一国の王女が夜中に外を彷徨いている時点で、イツキのいた世界とはだいぶ違いがあるが。

 しかし、仮にそうなら、何故二人は対峙した?

 もっとも、対峙するのが確定という訳ではない。それはイツキの仮説の延長上に過ぎない。しかし、そうだからこそ、その危険性があるのだ。
 いつ、どんなきっかけで二人のバーサスが起きるのか分からない以上、ここはしっかりと目を張らなければ。

 と、そこまで試行錯誤した時点で、イツキは正面を見やり――、


「―――」




 ――目の前で、アイラの胸が斜めに斬られているのが目に入った。




 漆黒のワンピースから亀裂が走り、中から白い肌と胸がはだける。そして徐々に徐々に、赤い線が一文字に浮かび上がる。
 やがて、血潮が勢いよく噴き出した。

「なに、して……」

 声が震える。
 正面、見据える先には、背中から倒れ込む少女と、振り向く青年がいた。

「―――」

 頬と白色の制服に返り血を付着させた一人の『騎士』が、無表情でこちらを見る。
 その黒瞳は無感情で、幼子がクレヨンで無造作に塗り潰したような不気味なものだ。



 ――ゆっくりと、その口が裂けて、狂気的な笑みを浮かべた。


「ひ……っ」

 怖い。怖い怖い怖い。怖い怖い怖い怖い。
 膝が震える。全身が震える。手が震える指が震える。焦点が定まらない。耳が聞こえない。口が動かない。声が出ない。喉が凍ってしまっている。全てが使い物にならない。
 どうする。何も出来ない。逃げなければ逃げなければ。足――足、動かない。腰、動かない。腕、動かない。目、動かない。ただ、何も出来ない。怖い怖い怖い。――怖い。

「あ、ぁあ――」

 ――やがて、世界の決壊が始まった。

 ゆっくり、ゆっくりと、イツキの視界が端から罅割れていく。まるで、ジグソーパズルを壊すかのように、罅は四方から中心へ向かって、分かれた枝を繋げていく。

 剣が、振るわれる。守ってくれるはずの剣が、殺しにやってくる。視界はそれを捉えきれずに、裂けた。腹が破けた。頭が割れた。全てが消え去った。もう逃げられない。ただ『それ』を待つだけ。もう目の前に迫る『それ』が。来る、来る、来る――。
 ――そして、

「―――」


 ぴしり、と音を立てて、世界は脆く剥げ落ちた。


 ――二度と失わないと、そんな決意を背に。


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