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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章5  『人生のツケ』

 

 意識が暗転した。否、意識は完全に消え去っていた。
 何かに殴られた――とはまた、違う。意識は外側からではなく、内側にある何かによって消されたのだ。前触れもなく、フッと消えていく。

「―――」

 視界が朧気になる。輪郭が曖昧になる。色が薄れていく。視野が狭くなったり広くなったりを繰り返して――そして、

「――よ! ――す!」

「――だ――ろ! ―――った――よ!!」

「あ――! と―――ず――す! ――――す!」

 何かが、騒がしい。ふわふわした意識で、何となく、声のする方に目をやった。
 男だ。男達二人が、何かを必死に叫んでいる。一人は見覚えのある男で、もう一人は、知らない。

 ここは、怒りを見せるのが一番良いのだろうが、何故か今はそんな気になれなかった。
 取り敢えず、

「……気絶、何度目だ……」

 そんな感慨と共に、イツキの意識はぷつりと切れた。


 _______________________



「ん……」

 気絶させられて眠りに落ちた場合、それに対する寝起きの悪さは異常だ。後頭部がずきずきと痛み、喉の奥の発声器官にも違和を感じる。
 眠りに落ちる前の記憶も不鮮明で、最悪、と気分を害するのがほとんどである。

「おはよー……とか、言ってる場合じゃねえみたいだな」

 と、背伸びをしながら朝の挨拶――それも、こちらを見つめる視線と、今の状況に遮られた。

 イツキが目を覚ましたのは見る限り、恐らく牢屋の中だ。目の前に何本もの鉄格子が嵌められ、まるで囚人気分である。
 ただし、服はTシャツのまま。靴も履いており、枷のような物も嵌められていなかった。
 ただ、剥き出しの肩に残る謎の擦り傷が気になったのだが。
 そして、

「この傷だけど……乱暴にしちゃだめよ」

「はぁ? なんだよてめぇ。自分の状況が分かってねえのか? あァん?」

「やめとけです。変に挑発しても、またさっきの二の舞になるだけです。まだ痛みも引いていないんだろです? ですね、兄貴」

 鉄格子の奥に、いかにもヤンキーっぽい座り方をしている男二人。
 一人はイツキより一回りも大きそうな男で、薄い服から見える胸筋含め、筋肉質なのが見て取れた。紫色の髪と太い眉が特徴的である。
 もう一人はイツキより小さめ。だが、参謀的な扱いだろうか、それっぽい口調とつんと尖った目が、また嫌な感覚を抱かせる。
 そして、彼らが振り向いた方向にいるのが――、

「―――まじか。素直にびっくりした」

「そうか? まあ、あの演技は我ながら力作だったと思うしな。面白い騙され様だったぜ」

「どうでもいいけど、あんたが兄貴って奴?」

「……そうだとも。まあ、貴様があれだけ戦えるのには驚いたがな。そこだけは褒めてやろう」

「おいィ!? 何勝手に褒めてんだよ兄貴!? あれ、失うかと思ったぞ!?」

 と、巨躯を持つ紫髪の男性が突っ込みを入れる男――長身で細身の彼は、イツキにとって既視感の塊でしかなかった。
 それもそのはず、イツキが意識を失う前、丁度盗人から救ったばかりの商人だったのだから。
 彼の発言から察するに、なるほどあの弱々しい風貌とリンチは、演技だったらしい。名演技だと素直に賞賛したい気分だ。

「となると、覆面の男は……あんたか。その説は、悪かった。仕方無かったとは言え、さすがに金玉蹴るのは男として……」

「あァ!? っるせえよ。ちょっとは身分を――弁えろやァ!!」

 消去法によるイツキの予想に、多分そうであろう紫髪の巨人は額に青筋を浮かべ、イツキを囲う鉄格子に拳を食らわす。
 自然、耳を劈く音が木霊し、さすがにイツキもそれには目を丸くした。――瞬間、小さな音を立てて、鉄格子に罅が入る。

「……ただ筋肉付けただけ、ってわけじゃないんだな」

「今の見てそんな感想しか浮かばないのかです!? っというか、何でそんな余裕ぶってんだよです!!」

 あくまで傍観者的な目で感想を述べるイツキに、突っ込みを入れたのはつり目の小柄な男だ。
 男はそのまま立ち上がると、イツキに向かって唾を飛ばし、

「貴方、今の状況理解出来てんのかです!? 監禁ですよ、監禁! 下手したら、殺すかも知らないんだですよ!?」

「おっといけねえ。早くやらねえと、今月の小遣いが……ってそれは換金!」

「貴方、何なんです!?」

 半ば脅迫的な男の物言いに、しかしイツキは余裕の姿勢を崩さない。一人ボケに、一人ツッコミ。ノリノリのイツキワールドに、再び青筋浮かべたのは、細身で長身の、『兄貴』と呼ばれるボスと思しき男だ。

「目に余る所もあるが……追い詰められたらそうなるのは人間だ。だから――」

「これで追い詰めたつもりでいんのか、お前ら」

「――! はっ、余程……死にたいらしい」

 そう言うと、『兄貴』は二人の男を後ろに下がらせる。
 よく見れば、イツキを囲う檻の向こう側は普通の民家と変わらないものだ。もっとも、小さな机に一つの椅子、そしてベッドと、簡易なものだが。
 そんなことを思いながら、鬼気迫る表情で近付く男にイツキは、

「だってお前ら、弱そうだもん」

「―――」

「貴様ァァ!!!」

 見るからに、目の前に控える三名、格闘的な意味で言えば弱そうなのだ。
 真ん中の兄貴は見るからにひ弱、左にいる小柄な男性は蹴ったら吹っ飛びそう。そして最もまともな右端の巨人は――言うまでもないだろう。
 ニートを本職にしていたにしろ、一応六年間は空手により肉体を鍛え上げ続けていたのだ。それにあっさりと負けるのは、少しだけ癪だ。
 それより今、考えなければならないのは、あの時のデジャブの原因で――、

「煽り耐性ない時点で自分に自信がないも同然……」

 言いかけたところで、イツキの口が固まる。
 それは、先程の石畳での回想――何者かによって、意識を潰えさせられた時の記憶だ。
 その時イツキは、いかにも奇妙な感覚を得た。それは、正しく内側から意識を潰されたかのように感じるもので――、

 ―――それがもし、魔法によるものだとしたら。

「ごめんなさい」

「「「えっ」」」

 だって、魔法に勝てるわけない。

 この異世界に来て、魔法の存在は幾度となく聞いた。しかし、実際は目にしたことはない。
 それでも、不可抗力的にイツキの意識を沈めたあれが魔法だとすれば、もしかすればイツキの思うよりも強力なものかも知れないのだ。
 魔法を打たれる前に倒す――それも、あまり現実的ではないだろう。

「おいおォいィ。急にどうしたよ……えェ? 頭おかしいんじゃねえのかァ?」

「ほんっっと、すいませんでしたぁ!!」

 だから、低俗的ではあるだろうが、こうして謝罪の意を見せるのが最善だろう。
 許されるとは思っていないが、これで少しは怒りも晴れ――、

「おいおい。そんなんで許すんだったら騎士はいらねえ。おい、さっさと檻から出せ」

「へいへい兄貴ーです」

「あー、やっぱりい?」

 しかし、イツキの訴えも知らぬ存ぜぬと言った風に、『兄貴』は子分二人にイツキを檻から出すよう指示。
 多分これから、リンチやらなんやらされるのだろう。
 であれば、このまま必死で抵抗して逃げる。成功率はかなり低いが、可能性は無くもない――。

「―――――ッ!!」

 ――三度目のそれは、そんな時にやってきた。
 もう慣れつつある、前触れもない痛みの感覚。耳鳴りが炸裂し、脳髄が掻き回される。
 奥歯を食いしばらないと、やっていけそうにない。

「また、かよ……ッ! こんな時にィ……!」

「お、おい。兄貴? です」

「あ? 俺はまだ何もして――」

 分かる。
 今からイツキの元に、またあの映像が送り込まれるのだ。
 遠く、遠くなる。男たちの声が、あれだけの不安が、意識から消えていく――。



 ――男三人が、首の上から、消し飛んだ。



「―――――!?」

 それが、たった今、イツキに送り込まれた映像だ。
 あまりにも一瞬。あまりにも端的。そして、余りにも、残酷だった。
 拍子抜けした、というのは違うが、強く構えていた分体の力が抜けていくのが分かった。

「おまえ、ら……」

 だんだんと意識が現実へ回帰するイツキに、男三人はまたもや目を丸くする。
 頬を伝う涎。そして、手の平から零れ出す血。拳を強く締めることで、爪によって手の平の皮が抉れたのだ。

「首は、ある……よな」

「あァ? 何言ってんだ気持ち悪ぃ……兄貴、こりゃ薄気味悪いの拾っちまったんじゃねえか?」

「あ、ああ……そうかもな。金も見たことない紙幣だった。気味が悪いのは事実だろう」

「紙幣……つと、ああ、諭吉さんか。やっぱり、日本じゃねえのは確か、だな……」

 今思えば、日本語が通じるのはどうも違和感がある。
 ただ、そんな懊悩よりも、たった今送られた三度目の映像が衝撃的すぎた。

「余りにもリアルだろ……そういう漫画は読んでても、あそこまでグロテスクには再現できねえぞ……っと」

「ぶつぶつうるせえです。さっさと出るですよ」

 イツキの独り言にうざったそうにしながら、小柄な男は無理やり牢から引っ張り出す。
 見た目によらず、なかなかのパワーである。もしかしたらこの三人で一番弱いのは、その筋肉質な体とは対照的にこの大柄男ではないのか。

「んあァ? んだよ?」

「ん、いや別に……それと、こっちにも秘策はあんだ」

 言いながら含み笑いをするイツキに、『兄貴』は何か面白い冗談を見たかのように噴き出し、

「なんだよ秘策ってよお! はっはは……やってみろってん――」

「騎士様ぁぁぁ!! たーすーけーてー!!」

「――だ?」

 『秘策』とは、余りにも低俗。
 大声を張ることによる、陽動作戦だ。
 先程の『兄貴』による言葉に、『騎士』というものがあった。元いた世界で言う警察機関のようなものが、この世界にはあるのだろう。

 ――二秒。隙があれば充分だった。
 作戦は的中。男達の口は、開いたままだ。

 イツキはそれを見計らい、まず腕を拘束していた小柄な男性の腕を弾く。
 そのまま右足を小柄な男性の腹へ――開いた右腕で、大柄の男の顔を殴りつけた。
 そして残るは、眼前の『兄貴』――だが、

「そんなに甘く見られちゃ困るぜえ」

「―――ッ!」

 ふいに、イツキの威勢が、何者かの手によって崩れる。膝から床に落ち、手を首元へ移動させる。異変が起きたのだ。
 息ができない。それは間違いなく――魔法だ。

「くっ……そ……ッ」

「原始的なもんも案外捨てたもんじゃねえな。陽動か……中々姑息な手段だったが、『器』もねえようじゃ、俺には勝てねえ」

 『器』。それは、確か前にも聞いたことがある。
 サン婆――そう、サン婆と話していた時で、その時も同じように、『器』がないと言われていた。
 それがないと、この男には勝てない――つまり、元々の絶対的な差が、二人にはあるのだ。

「……ぐ、あ……っ!」

「ここまでだろうな。ちょうど、お前の体付きだけはかなり評価されるものだ。だから北の方へ売って……奴隷にでもしてやろうか」

「どれ――!?」

 それを耳にした瞬間、とてつもない拒絶反応がイツキを支配する。
 イツキの持つ奴隷という単語へのイメージ――それが、脳を掠めたからだ。この国には、奴隷解放宣言などといったものが行われていないらしい。なんて遅れた国だろうか。

「ゆっくりと、毒が全身に回るさ。それまで大人しく、そこで寝てな」

「――めェ……」

「あ? 聞こえねえな。おい、お前ら、寝てねえでさっさと起きろ」

 ――ここで、死ぬのだろうか。
 いや、奴隷に送られると言っていた。となれば、このまま生け捕りにされ、北の方へ送られる――ああ、なんともまあ惨めな生涯だ。
 それならここで、

「―――! おい!」

「こいつ……舌を!!」

「―――」

 ――死んだ方が、よっぽどましだ。
 異世界に来たと思ったら、ここで無様に死。ニートやってきたツケが、ここで回ってきたかよ。
 ふいに、訳のわからない安堵感が、心の底から込み上げてくるのが分かった。全く、笑いが溢れてくる。
 溢れ、溢れ、血が――、

「―――そこまでだ」

 ――運命はそれを、許さない。

 動揺する三人と、歓喜の声を上げる一人。
 その間に割り込むように、男の、颯爽とした声音が飛び入ったのはその直後だ。
 ――突如として旋風が巻き起こったのも、それと同時だった。


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