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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章4  『無慈悲なひと振り』

 


 男がいた。男は必死に何かを叫んでいた。手を伸ばしていた。
 伸ばした先には、もう一人男がいた。男は覆面をしていた。顔が見えなかった。走っていた。そして両腕に、何かを大事そうに抱えていた。
 それだけではない。更にその先に、またもや顔の見えない男がいた。彼は腕を翳し、まるで覆面男に威嚇しているかのような素振りを見せ――、



「―――戻って、きた……ァッ!!」

  突如として訪れたそれに、イツキは圧倒的な解放感を得て現実への回帰を果たす。片手で顔の半分を覆い、額からにじみ出る汗を拭った。


 この世界に来て二度目の、体中を針で刺されるような苦痛を伴う無声映像。
 白黒でかつ音もないそれは、一度目とは違い、情報量は比較的少なめだった。

 ―――ふと、拭った手の甲に、何かがべとりと付いているのが分かった。

 血だ。イツキの手の甲に、赤黒い血がこれでもかと付着していたのだ。

「どう、して……」

 その状況に、イツキは戸惑いながらも患部である額を擦る。当然、切り傷のような痛みが伴った。しかし、それに耐えつつちろちろと触れていると、爪の形で五つ、皮が剥けているのが分かった。

 それが分かってすぐに、傷の正体に気が付く。
 ――無意識の内に、意識を紛らわそうと自傷行為に走っていたのだと。

「恐ろしい、な……映像が送り込まれる時は、現実世界への意識が大体持ってかれるからな。無意識で自傷行為とか、次あれが来たとき何するか分かんねえぞ」

 なんとか気を失うことだけはしまいと、奥歯を噛み、額に五指で刺し傷を開けた。
 バトル系アニメであるあるな展開だが、それがまさかの額とは締まらない。もしこの前髪がオールバックだったら、可哀想な自傷癖のある男だと見られていただろう。もっとも、それを考慮しても前髪の間からこっそり覗けるが。

 と、イツキの発言から分かる通り、イツキは無声映像が送り込まれる時の状況について、ある程度考察は出来ていた。
 それを整理すると、

「映像が送り込まれる時は前触れなし。いつ来るか分からない――だから、常に気を張っても足りない、ってことだ」

 だからと言って、何か打開策があるかと言われればそれは『ない』になる。
 精神的なトレーニングは専ら経験が無いイツキにとって、そんな消耗が目に見える行為は出来れば控えたいものだ。

「そんでもって、映像は完全白黒。無声映画みたいに音もない。断続的で、コマ切れみたいに流れてくる。……ってのが、記憶を総動員して分かる内容だな」

 イツキは小さく人差し指を左右に振りながら、

「あとは内容……だけど、今の所合計二回、映像が送られてる」

 一度目は、この異世界に召喚された直後。ふいに起こったものだ。
 内容は、黒髪の女――そして、正装した美丈夫が、睨み合い対峙しているような図だ。

 そして二度目。それはつい先程、サン婆との邂逅の後、この召喚場所に再び戻ってきた直後だ。
 一人の青年が、覆面の男を追っているような形だった、と思う。

 この二つを並べると、

「共通点は、映像には必ず人が出てきてる。けど俺はぶっちゃけ、その人らを知らない。どっかで会ってるのかも知れないけど、実際覚えてない。そんでもって……顔が見えないもう一人の男も、おまけで付いてる事だな」

 そうだ。
 映像に登場する人々の他に、二つの映像に共通して顔が真っ黒に塗りつぶされた男も出てきているのだ。勿論、その男にもイツキは心当たりがないが。
 それについても、未だ解明が難しい問題である。

「他に考えられるのは……例えば、異世界召喚された時の丁度この場所に立った時、映像が流れ込む仕組みとかか? その線は結構でかいと思うんだけど」

 もしそうであれば、この場所に近付かないようにすればいい話だ。
 だがしかし、ここは先程から見るに人々の行き来が多い。つまり、国の中心である可能性も高い。
 となれば、この世界で少なからず生きていく上では、避けて通れない門である。

 と、そこまで整理したところで、また発生する次の問題がある。

「三回目の可能性……だけど」

 二度あることは三度ある。
 将又、三度目の正直。

 矛盾した二つのことわざに、よくよく翻弄されるのが日本人だろう。
 しかし、もし三度目があるとすればゾッとしない。なにせ、この映像の意味が分からない以上、イツキにとってはただの頭痛現象なのだから。
 こういう時にドMは羨ましいな、と思いながら、

「―――お?」

 ふと、イツキの周囲で買い物をしていた亜人や人間が、ざわざわと騒ぎ始めているのに気がついた。
 一瞬自分のことかな、と己の格好を見てみるが、特に異変も無いし群衆もイツキを見ているわけではない。しかし、先程とはまた違う賑わい方は、異変を表していることと同義のようなものだ。
 その証拠に、群衆達は一斉に、同じ方向を向いているのだから。

「何かあったのか? 奥様が喜ぶのはバーゲンとかだけど、異世界でもそれは同じとか?」

 小言を言いながら、イツキも群衆の一定の視線の先をなぞる。
 その先には確かに、小さいが三つの人影がある。
 しかし、余りにもそれは遠いため、影の表情や声などは聞こえにくい。それが分かるのは、人間で言えばやはり魔法か、亜人で言えばそれ独特の特化した性質か。
 しかし、イツキにも彼らがどんな状況なのかは察すことが出来た。

「……あー、物騒な世の中だ」

 一人は横倒しになり、それを囲うように二人の男が何か行動を起こしている。大体予想はつくが、恐らく蹴っているか踏んでいるか、と言ったところだろう。

 サン婆の言っていた通り、この異世界――ベルニザだっか、やはり治安は安定していないらしい。
 と言っても、流石にここまでの被害は、群衆達の反応を見れば分かる通り日常茶飯事という訳では無いようだ。

「……ん?」

 ふいに、男二人は屈むと腕をごそごそと動かし始める。そのまま一人の男は奥の方へ逃げ、もう一人はこちらを見据え――勢い良く、走り出していた。

「捕まらないためにバラけて逃げるパターンか。見る限り窃盗だし、その方法は正攻法だとは思うけど……逃げ道にこっちを選ぶか!? 普通!?」

 言いながら、イツキはサン婆との会話を思い出す。
 普通逃げるとすれば、人通りのいない路地裏とかだが、確かそこは物乞い達の吹き溜まり。つまり、今こちらに向かってきているような輩が沢山いるということだ。
 わざわざそこに逃げれば、せっかくの盗品も物乞い達の餌食になってしまうかも知れない。そういう算段だろう。

「盗人にとっても、他の盗人は怖いのか……弱肉強食って感じだな」

「どけェーー!! 殺されたくなければそこをどけろォーーッ!!」

「ひえー、こわい」

 片手に盗品と思われる物を抱えた男が、脅迫するかのようにざわつく主婦達に怒声を浴びせる。
 避けるように道の中心を開ける群衆に、イツキも「これが無難かな」と面倒事に巻き込まれたくないのか、同調して道を譲ると、

「そこのお兄さん――!!」

「へっ?」

 ふいに、逃げる盗人の奥から更に声が木霊する。それは、二人にリンチされていた、被害者の男性のものだ。
 彼はよろよろと立ち上がると、その細身には似合わない大声を張って、

「白い薄着のお兄さんーー! 盗人から、それを取り返して下さい――! 僕を助けてーー!」

「白い薄着って……Tシャツのことか! まじか! 異世界にもそんなファンキーな格好のやつが!?」

「あなたですよ! 黒髪の!!」

「え! 黒髪……俺!?」

 半ば苛ついた風の男性に、イツキは自分のことかとようやっと自覚する。と同時に、面倒事になったなと思った。
 人助けは嫌いではないのだが、今は絶賛空腹中。出来れば無難に過ごしたかったのだが、奥で追い掛けようと走っている被害者の男と、周囲の主婦達の視線が、それを許していなかった。

「あーもー……しゃおらあ! 来いやあ!」

 ここで断ったら自分も悪役になってしまう。異世界人を敵に回すのは良くない――そんな打算的な考えの結果、イツキはしぶしぶ盗人と相対することを決める。
 両手をV字に広げ、どこからでも男を仕留められるような姿勢に。そして改めて、目の前に走り続ける男を見据えると、

「―――」

「あァ!? なんだよその惚けた面はよォ! 死にたくなけりゃとっとと失せろォ!!」

「……あ、いや。デジャブってあるんだなあって思って」

 改めて見た男の顔は、太い眉に釣り上がった目、そしてボサボサの黒髪に無精髭と、まさにこれこそ泥棒と言った風貌――ではなく、見えなかった。
 それもそのはず、その面貌を、紫色の薄い布で覆っていたから。
 まさに、つい先程無声映像で見たばかりの、覆面の男と瓜二つだった。

「おいおい、たまに『これ、夢で見たことある!』ってのはあるけど、ここまで鮮明なのは初めてだぞ……!」

「ごちゃごちゃうるせえよォ! どかねえんなら死ねやァ!!」

 さすがに動揺を隠せないイツキに、腹面の男はお構い無しと飛び込む。盗品を両手に包んで、イツキの胸元にタックルするような形だ。
 周りからすれば、華奢な男が一回りも大きい巨躯を持つ盗人に、捻り潰されるのが目に見えているだろう。それほど、覆面の男の迫力は、凄まじいものがあった。
 しかし、それに対しイツキは小さい声で、

「あー、体つきはいいな。鍛えあげれば将来有望格。けど、フォームがなっちゃいない」

「何言ってるか知らねえけどよォ! 逃げるなら今の内だぜおらァ!!」

「もう逃がす気ないですよね!?」

 男は雄叫びを上げ、その広い背中をイツキに打ちつけようとする。大きな体に太陽光が遮られ、影が生まれるのを感じながら、

「―――ッ」

「――おォーー!?」

 ――男の急所となる部分を、思い切り蹴り上げた。

 それを受け、盗品を抱えていた両腕は即座に患部へ――そのまま泡を吹き、覆面の男は音を立てて崩れ落ちる。
 男は何があったのか、と言った顔色でイツキを見上げている。しかしやがて、その目も色と光を失い、白目となって彼の意識は潰えていった。

 それを見届け、イツキは満足気に悪い笑みを浮かべ、

「何があったか、って?」

 そこまで難しくはない。簡単なことだ。
 ぎりぎりまで男を引き付け、そのまま横へ回避――よろけた男の股間部を、下から思い切り蹴飛ばしただけなのだから。

 もっとも、イツキは小学校一年生から六年生まで、空手を習っていた。それなりに大会でも名を轟かせ、体も鍛えてあるのだが、敢えてそれをしなかったのは、

「お腹すいてたから、だな。派手な動きはしたくないし、こっちのやり方の方が楽だろ?」

 一連の流れを見届けていた群衆の中には、痛みを共感して嘆く者や崩れる者、「鬼だ……」とか言ってる者もいたが、わざわざ突っ込んだりはしない。

「ありがとう、ございました……」

 と、遅れて駆け込んできたのは男二人にリンチされていた被害者の男だ。長身で細身の弱々しい男は息を切らしながら頭を下げて、

「本っ当に、ありがとうございます。助かりました、あれが無くなったらどうしようかと……」

「ああ、これなあ。何か細長いけど、何なんだこれ?」

 イツキは覆面の男から得物を奪い取り、布に包まれたそれを男に手渡す。男は汗を拭いながらそれを受け取り、

「商売に使う物です。仕入れるのに結構な手間を要しましたから。……えーと、その傷は?」

「ん? 傷……なんて、負ってないと思うけど」

 首を傾げるイツキに、男は己の額を指さす。
 それを見て、イツキも「あ」と声を漏らし、

「これな。ちょっと自傷行為に走っちゃったやつ。痛いけど、さっきの巨人にやられた訳じゃねえよ」

「ああ、良かった。よく見たら、体つきも良いですし、筋肉もしなやか……清潔ですし、どこで育ったんですか?」

 と言って腕をぺたぺた触る男に、イツキは苦笑いしながら、

「清潔ってさっきも言われたんだけど、そうでもないと思うんだよなあ。生まれもちょっと金はあっただけだし。――多分、ここに住んでる奴らが……あ」

「いいんですよ。本当のことですし。……っと、つまらないものですが、ほんのお礼です。丁度これしか持ち合わせていなくて……」

 と、控えめな男が取り出したのは拳一つ分くらいのパン風の食べ物だ。中央に罰字で穴が開けられており、焼いてから時間は経っていそうなものの、なかなか美味しそう。
 男に申し訳ないなと思いながら、しかしイツキは手をかざして、

「いいよ。腹は……減ってないし。それにしても、お前もそこまで大事に至ってない感じで、良かったよ」

 サン婆が言うには、顔を知らない人から物を受け取るのはあまり良くないとのこと。
 ぶっちゃけ、彼への印象は『怪しい商人』なのが本音だ。彼が苦労して手に入れた商品、という時点で中々怪しそう、とイツキのラノベで培った勘が危険信号を発していた。

 だから、嘘も方便――とは違うが、ここは受け取らないのが吉だと――、

「そうですか。――なら、仕方ない」

「―――」

 男がそう言って笑った――と思った瞬間、イツキの意識は暗転していた。


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