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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章3  『別れと、出会いと』

 


「んじゃ、そうゆう事で。色々と世話んなった」

「おう。目に余る発言もあったが、老躯の暇潰しにゃ、それなりに最適だったじょい」

「語尾が洗剤になりつつあるぜ?」

 ちなみに、イツキの中では『じょい』と洗剤の『JOY』を掛けたつもりだったのだが、サン婆には分からなかったらしく首を傾げるだけだ。
 まあここで洗剤だけ発達させられてても困るのだが。

 老婆との情報交換を終え、民家から出てイツキは軽く会釈する。
 外から見ると予想通り家は小さく、石畳の端にポツン、といった簡素な物だ。一つ言うこととすれば、玄関に飾られた石製のピノキオ像が変に薄気味悪かった。
 それはさておき、この世界の背景もうっすらとだが知ることが出来たのは事実だ。

 端的にまとめると、この国は貧富の差が大きい。そして魔法が盛んに発達しており、魔法と共に栄えた国、といったところだ。
 知れたのはそれくらいだが、この短時間では上出来。
 まあ欲を言えば、あと知りたい事も一つだけある。

「なあ、そう言えば」

「なんじゃい? 早く部屋に戻って、一人で夜の慰めをしたいんじゃが……」

「ババアが生々しい話すんなよ! つか今真昼間だしな! 本当に夜になってからしてくれ!」

 と、下々しいボケを見せてくねくねし出す老婆はさて置き、イツキはふう、と一息入れると、

「なんか、こう、急に頭ん中にこう……莫大な情報量が送られてくる魔法、みたいなものって無いか? すごい頭痛を伴う系なんだけど……」

「知らんな」

「あっさりぃ!!」

 流石に自重したのか、くねくねを止めた老婆は、つまらなそうに淡々と返すのみだ。それにイツキは突っ込みを入れるが、

「知らんもんは知らんわい。最後に何を言い出すかと思えば魔法の話か。大体、魔法については疎いんじゃなかったのじょ?」

「もう語尾に対する突っ込みは入れねえぜ? いや、確かにそうだったんだけど、ちょっと心当たりがあってな……」

 確信があった訳では無い。それは飽くまでも予想だった。
 訳の分からない苦痛と疲労感。もしそれが、第三者の誰かによる魔法だと仮定すれば、なるほど納得は出来る。
 もっとも、そんな事をされる筋合いはないのだが。

「ふむ。魔法にはそれなりに深い関わりがはずじゃが、そんな魔法は本当に知らんのじゃよ。魔法には大概、戦闘特化と常用特化の二種類があるんじゃが……その魔法はどちらにも属されんからの」

「うーん、やっぱりか。俺も、魔法にするにはなんか中途半端だな、とは正味察してたけど」

「仮に莫大な情報を直接脳内に叩き込む魔法だとしても、それに対する対価が強烈な鈍痛じゃろう? 話だけを鵜呑みにすれば、二つが釣り合って無さすぎるんじゃ。そんな馬鹿な魔法、現存しておるはずがなかろう」

「ひどい言われようだけど……なるほどなあ。まともなあんたを初めて見た気がするぜ」

「こっちこそひどい言われようじゃぁい!」

 だが、彼女の言い分が参考になったのは事実だ。魔法ではないとすれば、それこそ本当に実態の知れないものだろう。
 気味の悪さが伴うが、一時のストレスなどとするのが最も最適だろうか。

「まぁ、魔法ではない可能性もあるがの」

「つまり……幻術や呪術の可能性もある、ってことか?」

 それも、ラノベやアニメ、そしてゲームで培った、イツキなりの仮定だ。魔術と呪術、そして幻術は、そもそもの根源が異なるというのが大体のお決まりだろう。
 敢えてそれに付け加えるとすれば、〇遁などでお馴染みの忍術くらいだってばよ。

「相変わらずの推理力じゃの。もしそうであれば、色々と面倒くさいが……」

「あー、めんどい事はいいや。それなりに、参考にゃなったからな」

「――ところで」

「ん?」

 ふと声の調子が変わり、イツキは徒ならぬ疑念を感じながらも老婆を見やり、

「お前さん、何故その術の事を問い掛けたんじゃ?」

「……え、あー」

「別に、疚しいことを追及している訳ではなかろう。ただ、どうしてか聞いているだけじゃ」

 と、片目をつむり問い掛ける老婆の発言は、しかしそれ以上の言い訳を許していない。
 質問に対する解答以外は即却下。そう、目が訴えているのがひしひしと伝わってきた。

 本当の事を言うことは出来たのだろう。しかし、イツキの脳裏に送られてきたあの白黒な無声映像は、何処か他人には言ってはいけないものだと思ってしまって。

「……なんと、なく? 昔本で読んで、もしかしたら魔法かもー、みたいに思っただけだよ」

「――ふむ」

「―――」

 老婆は何も言っていない。ただ、その片目で「嘘は通じんぞ」と言っているのが分かる。
 その射抜くような瞳に体が固まり、口元が引き攣っているのを感じた。極度な緊張感に、心臓が圧迫され、呼吸が止まっていくのが分かる。

 ――怖い。何故か、それがイツキを支配していた。
 しかし、そんなイツキとは対照的に、老婆は溜め息を一泊置いて、

「若いのう……長話になったじょい。言いたいことはそれだけか?」

「……え、あ。なに、俺あとちょっとで殺されんの? 婆ちゃん怖い」

「何言ってるか分からんのじゃが」

 急な話題転換と緊張感の解れに、イツキも刹那だけ戸惑う。しかし臨機応変に感覚を戻し、先程までの緩い空気に早戻り。
 まるで銃口を向けた相手が言いそうな事だが、そのネタを老婆が知っているはずもないだろう。渋い顔をする老婆に、イツキは苦笑いで応じた。
 ふと、会話の流れである疑問が生まれた。

「ところで婆ちゃんや」

「なんじゃい爺さん」

「爺……!? あれ、ここ龍宮城?」

「はよ本題に入らんかい!」

 珍しく老婆からの突っ込みを得て、イツキは流れを取ったと心の奥底でガッツポーズ。
 取り敢えず茶番はいいとして、

「婆ちゃん、あんたの名前は何て言うんだ? そう言えば俺が名乗っても、あんたのだけは聞かされてなかったしな」

「……ふむ」

 その語感は、先程イツキに畏怖感を覚えさせたものと同じだ。しかし、語調は全く違う。老婆は柔らかな、まるで実祖母を相手にしているかのように錯覚させる皺で顔を覆って、

「なんじゃい。儂を口説こうとしても遅いぞ? 既に儂の心に決めた相手は決まっておるのじゃ。緩いあそこが更に緩く……」

「うるせえよ!! 頼んでもない情報をくねくねしながら語るな! 照れるなよ! 誰得だよ! 誰得だよ!!」

 勿論、高校一年生ともなればイツキも生粋の思春期。しかし、ノーマルの性癖を持つイツキにとって許容範囲はプラス五歳からマイナス二歳まで。八十近いババアの生々しい事情など聞いても興奮などするはずがない。
 しかし、そんな老婆は本気で照れているよう。目をちょくちょくこちらから背けるのに鬱陶しさも感じながらも、

「名前は! ――君の名は!?」

「何を言うとるんや? たかだか名前を問うくらいで、そんなに必死にならんでも良いのに」

「うるせえな! ちょっと流行りに乗ってみただけだよ! ……はあ、名前聞くだけだってのに……」

「あー、分かったわい分かったわい。ちょっと儂も、悪ふざけが過ぎたじょい」

 本気でうざったそうに溜め息を吐くイツキに、観念とばかりに老婆は折れた腰を更に折り込む。
 すっかり慣れた語尾をちゃっかり入れつつ、彼女は細い目を少しだけ広げて、言った。

「――サン。儂の名前はサンじゃ。サン婆とでも、好きに呼ぶがええさね。……じょい」

「今キャラ忘れつつあったよな!?」

「うっさいのう! 折角花も恥じらう乙女が名乗りを上げたんじゃ! それに対する対価くらいあろう!」

「あー、そうだよな。でも、花も恥じらう乙女って意味くらい弁えといた方がいいと思うぜ? それって、それこそ乙姫とかにのみ使われる言葉だから。……サン婆ちゃんよ」

「本当に最後の最後まで礼儀がなっちゃおらんガキじゃったのー! 望みを聞いてやったんだから帰れ帰れい! これだけ他人と話すことなど久し過ぎて張り切ってもうたじょい!」

「その発言からはまるであんたが山篭りの仙人みたいに聞こえますが!?」

「そうじゃもん」

「嘘だと分かってても否定切れねえのが辛ェ!」

 手まで皺に包まれた彼女の容姿は、口を開かなければ山に篭っていたも何ら違和感は感じさせないだろう。それが口を開けば下ネタをぎゃあぎゃあ言い始めるのだから、世の中捨てたものではない。
 と、老婆――改めてサン婆は、気を取り直したように短い腕を振りかざすと、

「儂も疲労感で死にそうじゃい! 楽しかったよまたおいで!」

「本音が隠しきれてない所がいいな! ツンデレも捨てたもんじゃねえ!!」

「つんでれやらつんどらやら知らんが、帰れい帰れい!」

 サン婆は片腕と杖をばたばたと動かして、イツキを追い払うような姿勢に入る。
 イツキも笑いながらそれに同調して、小走りで進みつつ、遠ざかって行く小さな人影に手を振った。
 ――小さく、小さくなる。そしてふと、随分と、短いながらも充実していたように思った。

 異世界に召喚されて、およそ四時間程度。
 彼の道のりは、まだまだ長い。


 _______________________



「――サン婆ちゃん、ね」

 見えなくなるまで手を振り続けた背の高い人影を見送って、一人残された老婆はぽつりと呟いた。
 ふいに、まだ明るい青々とした空に目を向けて、

「―――随分と、小さくなっちまったもんじゃねえ」

 と、誰にも聞こえない声で言ったのだった。


 _______________________



 ――召喚された場所へ舞い戻ることに、大した時間は掛からなかった。
 意識を失って運ばれたものだから、どれだけ遠距離に避難したのかと思っていた。実際はそうでも無く、長々と続く石畳をちょっと駆け足で行けば、すぐ見慣れた群衆が見えてきた。
 つまりそれが、何を意味するのかと言えば――、

「さてさて。――行き場がまた、無くなっちまった」

 石畳の真ん中で、腕を組んで唸る。亜人達の冷たい目が突き刺さることに、もう嫌悪感は抱かなかった。
 そう。召喚時の状況に、逆戻りしたのだ。

「ところで、例の話になるけど」

 例の話、というのは、初めてサン婆と邂逅した時、直後に喰らった平手打ちだ。
 無論、あれはイツキがドMだった訳では無い。――これが夢か、確かめるための措置だ。

「痛かった。あれは確実に痛かった。それに……」

 空を仰ぐ。太陽がさんさんと照り、それは確実にイツキの瞼を焼いている。
 この感覚が現実でなくて、なんと言えよう。

「そんで、作り込まれた世界観。……夢にしても、出来が良すぎんだろ、これ」

 大旱魃など、どれだけコアな設定だ。そんなラノベも読んだことは今のところないし、夢である可能性はここでも低く思える。

「異世界、召喚……本気でされたのか。……VRとかじゃねえよな」

 もしそうでも、この紫外線までは表現しきれないだろう。
 つまり、そういうことだ。

「まじかぁ……。くっそ、どうしてくれんだよ、おい」

 認めざるを得ない。が、そこまで至ったところで、イツキは今自分がどうしようもないことに気が付いて蹲る。
 狙っていた課金は、当分諦めた方がいいだろう。依存しかけている己の身にはかなりきつい扱きだ。

 つまり今考えるべきことは、ここからどうやって脱出するか、という点だ。ヒントもなく、暗闇の中で八方塞がりのように思える。
 つまり、残る光明はただ一つ。

「行く場所も無い。頼る人もいない。当たりもついていない。となれば……あれについて考える、だな」

 『あれ』とは、無論脳内に送り込まれた無声映像のことだ。何故か痛みを伴うそれだが、サン婆の言が正しければ正体は魔法ではない。
 極めて珍しい魔法か、幻術や呪術の類か。いずれにしろ、第三者がいるのは確実だろう。
 それについて何ら考察もできていない今、問題に向き合うだけでも重要なのだと、そう思う。

 ――二度目のそれは、この機を待ちかねていたかのように訪れた。

「―――――ッ!?」


 それは何の前触れも無く、歩き出そうとしたイツキの足を、まるで嘲笑うかのように引き止めた。
 膝から崩れ落ちそうになる所をなんとか側の壁に寄りかかることで防ぎ、飛びそうになる意識を繋ぎ止める。

「これ、は……ッ!」

 痛みはまるで弄ぶかのように、イツキの脳味噌をぐちゃぐちゃにかき混ぜ始めたのだ。
 そして再び、恒例の無声映像が流れ込むのだった。

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