挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

3/25

第一章2  『乙姫の邂逅』

 


「――ぅ、あ……」

 暗い世界に、ゆっくりと瞼の形で光が差し込む。光と言っても、そこにあるのは太陽光など刺激的なものではなく、何処か淡い、照明のような薄オレンジ色のものだった。
 深い眠りから覚める時と浅い眠りから覚める時で、意識の覚醒の仕方は全く違うと思う。世界を囲う輪郭の繋がり方が、眠りの深い方が段違いで早いのだ。

 この場所に来る前、イツキは年中無休の引きこもりだった。無論、普段から浅い眠りだったのは言うまでもない。
 そんなことを何となく思いながら、イツキはむくりと上体を起こし、

「……ふあーぁ」

 一つ間を開けて、大欠伸。涙と涎の匂いを感じながら、きょろきょろと辺りを見回した。

「知らないベッドと、家。民家か?」

 真上を見ると、木目が目立つ柱が屋根を支えている。屋根の造りも丸太を組み合わせたような簡素なもので、中学校の頃のキャンプで泊まった宿を彷彿とさせるものだった。

 しかし、部屋は隅々に掃除が行き渡されており、主の清潔さが垣間見ることが出来た。
 そして身体中を纏う、薄らとした布団の匂い。

「お日様の香りぃ! ……ってやつか。ニートやってた身としては嫌いな匂いだ。てか、お日様の香りって布団についてたノミの死臭って聞いたことがあるんだけど」

 昨日まで寝起きしていた場所では、イツキの腰あたりにスライド式のテーブルがあり、その上にPCを乗せて終始カタカタしていたわけだが、それがないとどうも落ち着かない。

 指をエアでわしわしさせながら、イツキはここまで来た経緯に思いを馳せていた。

「雰囲気を見るに、随分日本的だな。遂に戻ってこれたか……と、そんなはずは無かったようだ」

 イツキの横に厳かに設置された、ホテルに置いてそうな照明。イツキのいた日本でよくあるそれは、LEDなり豆電球に光を通過させる布を被せた、デスクライトという奴だ。

 しかし、下から覗いてみると、そこにはあるはずの電球が無い。
 何製かも分からない物体が、ドーナツのように中央に穴の開いた薄い図形を型どり、その真ん中で黄色の光源がふわふわと浮いている。中心には紫色で、謎の紋様が回転していた。

 それは、元いた場所では決して見ることの出来ない物体で、

「浦島太郎みたいに未来へタイムスリップ、って可能性もあるけど、変な箱を開けた覚えもないし、体にも異常はないみたいだし、乙姫に会った覚えも……」

「目が覚めたようじゃの」

「おォとひめぇ!?」

 ふと掛けられた声は、聞いただけで姿が連想できる老婆の声だ。
 あまりの驚愕に擡げていた首を振り上げ、奇声を発しながら体を跳ね上がらせる。そこに立っていたのは、予想通り腰の曲がった、八十近い老婆だ。老婆を乙姫と間違えるという、尋常ではないシチュエーションである。
 彼女はイツキの反応に、怪訝そうに眉をひそめて、

「おとひめとやらに覚えはないが、姫という呼び方には照れるのう。ババアなりに、若さを取り戻すわい」

「あ、ああ。そうだよな……前言撤回だ。女の方が老けるなんて話聞いたことがないし」

「お前、老けるとか言ったかの? おお? 調子乗るんじゃないじょ?」

「じょ!? いや、てかさっきババアとか自分で言ったよな!? あといつから居たんだよ!」

 イツキの急激なテンポアップに老婆は疲れた様子。疑問にも答えず、「やれやれ」と首を振ると、ベッドの横に置かれていた椅子に座り込む。

「あー、ところでお婆ちゃん」

「なんじゃい?」

「俺のほっぺた、引っ叩いてくれてもいい?」

「はぁ?」

 ――直後、静謐な一部屋に、乾いた音が炸裂していた。


________________________



 痛かった。それはつまり、そういうことで。

「その様子じゃ、体調は平気なようじゃの」

「ん? まあ。特に痛みも……うん。痛みもないし、ばっちりだ。ところで、ここはどこだ? 察するに、あんたがこの家の主ってとこ?」

「おぎゃあおぎゃあと五月蝿いガキじゃのう。確かに儂が家主で、倒れ込むお前さんを拾ったわけじゃが……その前に言うことがあるじゃろ?」

「おぎゃあは言ってませんけどね!? 言うこと……ああ」

 老婆の言っている意図が分かり、イツキはベッドの上で姿勢を正す。そのまま皺くちゃの目の、その奥の奥まで見据えると、

「助けてくれて、ありがうございます。あんたがいなかったら、路上で踏まれて死んでた」

「なんじゃ、ちゃんと礼は言えるようじゃの。驚いたわい。急に見ない顔の若造が現れたと思ったら、白目剥いて倒れたんじょ」

「じょって言うのなんなんだよ! やめろよ! 力抜けるわ! ……っても、助かったってのは本当に事実だ。まあ、驚いたのはこっちも同じなんだけど……」

 イツキの脳に浮かぶのは、強制的に送り込まれた訳の分からない無声映像だ。映っていたのは黒髪の見知らぬ女と、正装したイケメン男性。そして――、

「あれ……? 思い出せねえ……」

 もう一人誰かいた気がするのだが、それがどうにも出てこない。シルエットが、影となったままなのだ。

 取り敢えず、意味の分からない映像のせいで、イツキは死にそうなほど頭に鈍痛を受けた。あれだけ悶えたことは、中学の技術の授業で両足の小指の上に同時にトンカチが落ちてきた時以来だろう。全治一ヶ月の大怪我で、今思い出しても全身の力が抜けそうになる。

 一体あれが何だったのかは、今も謎のままだ。
 何を示していたのかも分からず、得たのは痛みと虚無感、そして疲労感のみ。特に意味があったのか突っ込みたくなるが、ただただ映像は鮮明に残っていた。

「路上で踏まれて死んでたってのは、否定しきれんのが嫌なところじゃの。ほれ、茶じゃ」

 悩みの色を見せるイツキに、老婆は熱々の湯呑みを手渡す。それを啜りながら、イツキは首を傾げて、

「? って言うと?」

「あのまま寝ていたら、調子に乗った不逞な輩に殺されていたかも知れん、という意味じゃ」

「―――」

「何のために、と言った顔じゃな」

 事実、イツキが思ったのはそういう事だ。老婆はふう、と一息つくと、

「大体は、お前さんの思うとることと変わらんわい。家のない者達や物乞いが、金銭や服を盗んでいく。最悪殺されることもあるんじゃ。路上で倒れていたお前さんは、恰好の餌食というわけじょ」

「なるほどな。でも、本当にそんな側面があんのか? 俺が見た限りでは、結構賑わってた風なんだけど」

「それは表の面じゃよ。ここを出たら、民家の路地裏にでも入ってみい。生きて出ることはまず出来んじゃろうからの」

「―――」

 それを聞いて、イツキは全身に怖気が走るのが分かった。
 無声映像が送られてくる直前、イツキは身を隠そうと路地裏に入り込んだばかりだ。思考をまとめるために、おおよそ三分ほど潜り込んでいた。
 こういう時に発揮された悪運だが、もしかしたら死んでいたかも知れないと思うとゾッとする。
 しかし、

「けど、何でそんなに貧富の差が生まれるんだ? やっぱり、勤めてた企業が倒産とか?」

「何を言っとるかは分からんが、その疑問は、良い目の付け所じゃな」

 言いながら、老婆は白髪に触れて窓の辺りを見やり、

「十五年前の大地震。それが主な原因じゃろうな」

「大地震……」

「そう。そして立て続けに起こった大干魃で、人々の半数が死に、建物はほぼ崩壊。あの時は流石の儂も、終わったと思ったじょ」

「大事な話してる時にじょ、って言うのがイマイチ締まらねえけど、それならまあ、良くここまで立て直せたよな」

「やっぱり、魔法の力が大きいからのう。魔法大国、というのも嘘じゃないわい」

 目を細め、感慨深いように老婆は一人で頷く。それに対し、イツキは新しく現れたワードに眉をひそめ、

「魔法まであんのか。やっぱりここは、異世界と認めざるを得ない……?」

「魔法まで知らんのか? 確かに器も見当たらんしのう……お前さん、一体何処から来たんじゃ。そういえば、まだ名前も聞いておらん。北のスパイか何かかの?」

「スパイとかおっかないこと言われてるけど、残念ながらそれは杞憂だよ。名前はホノヤ・イツキ。来た場所は……小さな島国だ」

「島国……その割には、随分清潔にしておるようじゃが」

「汚れる理由が無かったんですもの。だって……あー、止めて! 深入りしないでえ!」

「お、おお……? よく分からんが、分かったわい」

「要領を得ない返事だな……けど、サンキュ」

 自分が引きこもりであるという事実は、イツキにとってはコンプレックスのようなものだ。
 直接そう指摘されると何も返せなくなるし、変に悟られて可哀想な物を見るような目で見られるのは、もっと嫌だった。
 だから、そう察される前にその芽を潰しておく。それが正攻法だ。

「じゃあ、貧富の差が生まれるってのは……察するに、攻撃魔法しか使えないか、魔法は使えても下手くそか、そもそも魔法が使えないか……後はそいつらの子供達。そんな奴らがいるから、ってとこか?」

「察しがええのう。まあ、大方正解じゃ。唯一言うとすれば、魔法が使えない奴なんてそうそうおらんことかのう」

「当たりか。けど、一般人と魔法が使えるやつに分かれてるって訳じゃないんだな。そこは予想外」

 魔法のパターンは、日本でよくあるアニメから仮定したものだ。どうやら、この世界の常識は、イツキにとっては馴染みやすいものらしい。
 魔法が使えず役立たずとされたものが、収入源が無くなり追い剥ぎに逃げる――随分と、日本らしい話だと思った。

「あれ!? 魔法が使えなくて収入源が無いって、俺も同じじゃね!?」

 そうだ。今のイツキは、ここに居続けても、何も出来やしないのだ。
 召喚時に与えられたチート能力などないし、あったとしてもそれはまだ姿を現していない状態だ。
 早く帰らなければ、餓死してしまうのが目に見えてしまう。
 事実、課金アイテムと共に夜食も買おうとコンビニへ出向いたのだ。腹もそろそろ限界が近しい。

「ともまあ、これが現在、治安最悪とも名高い……」

「それちょっと言っていいのかよ!? 印象最悪だけど!?」

「冗談じゃよ。そう呼ばれとるのは本当じゃが……『魔法大国』ベルニザじゃ。よく来たの」

 そう、改めて老婆が皺くちゃの目に更に皺を寄せて、歓迎の言葉を浴びせたのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ