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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章20 『未来を観たのが俺だったから』

 


 ――眼前で披露される人技を外れた剣舞を前に、ただイツキは己の弱さに歯噛みするだけだった。

 すでに人の域を卓越したその剣戟は、一手一手に死を伴い、しかしどこか美しいそれに涙すら流す者もいるのではないだろうか。もちろん、初心者のイツキの目には容易く追えるはずはなく、故にただただ恐ろしいという感想しか浮かびやしない。

 かつてイツキは、目の前の光景、そしてそれに至るまでの経緯を、数にして二つ前のループで一度経験してきた。だから、それが導く結果も、現実の非情さも、全て知った上で今この場に立っているのだ。
 つまり、

「それを踏襲させないように、ここまで来たってのに……ッ!」

 またもや同じ未来を辿ってしまうのであれば、自分は何のために巻き戻ってきたのか。

 歯痒い。悔しい。実に腹立たしい。
 アイラに任せた、とはよく言えたものだ。任せたらどうなるか、その結末を知っているくせに。
 アイラに一任してしまえば、それで終わりなのだ。それ以降の未来は約束されておらず、やがて待つのは無情な『死』という現実のみ。

 今こうしている間にも、刻々と時は過ぎていく。勝負を決するその瞬間は、イツキがこうして地団駄を踏んでいる間にも、やって来ようとしているというのに。

「――――」

 青髪の騎士に勝てるビジョンなど、浮かんでなどいなかった。どこでどう足掻いても、ここでアイラに全て任せてしまった今では、もう何も、間に合わない。
 何もかも、手遅れで。

「…………」


『―――うむ。お前さんの課題は、集中力が無いところじゃな』

 ――そんな時、声が聞こえた。
 厳しくて、けれどどこか懐かしいそれは、皺くちゃだけど、確かな熱を帯びていて。

『私はまだ死なないし、あなたもまだ死なせやしない! 根拠もないのにそんなこと、私が許さないっ!!』

 ――また一つ、別の声が聞こえた。
 否、どこか似たような二つのそれは、確かに背中を押そうとしてくれていて。
 そして、

『油断してたから……だから! これが! その結果だ!!』

「―――ッ」

 暴力的だけど、確かに己を叱咜し続けるその声は、イツキに目を背けることを許さなかった。

 だから、

「……俺が」

 アイラに任せるのではなくて、俺が――俺も、なんとかしなければならないのだ。

 前を見る。アイラがいる。――そして同時に、押し負けて体勢を崩した、青髪の騎士の姿もあった。
 この光景には、既視感がある。紛れもなく、三度目の世界で無情にも全てを消し払った『悪』による暴力。その決定打となるものだ。

 でも、イツキはそれを、知っている。
 決して少なくない命を犠牲に、ようやっと知り得た、対価と言うにはあまりにも少なすぎるものだ。

 けれど、それしかないと、思ったから。
 それを伝えるのは、イツキにしか出来ないことだから。

 だから。

「―――下だぁぁあぁァァッッ!!!」

 だから、次の瞬間イツキの喉は、張り裂けそうなほど大きな声を上げて――運命を、変えた。



 _______________________



「ちょっと! あなた、何やってるの!?」

「あぁ、これか? ちょっとスコップ的なもの無かったから、とりあえずあのクソ野郎の残骸を……」

「いや、そうじゃなくて……なんで土なんか掘って、そんなことしてるのよ!?」

 山の中腹に広がる、草一本すら生えてない砂地――それらを丸ごと覆うようにして巻き起こった、アイラの剣技による白爆発。
 それは見事憎き青髪の騎士を撃破し、残された二人は同時に安堵のため息をこぼした。……こぼしたのだが、しかしそれも、直後怒りを顕にするアイラの声音でおじゃんになる。

「……あぁ、これはな。うーん、何ていうべきか……俺の生まれ故郷に代々伝わる、土葬っていう埋葬の仕方だ。由来は色んな説があるけど、俺は呪いを防ぐため、ってのは聞いたことがあるな。……とりあえず、れっきとしたやり方だ。決して、こいつらを侮辱してるわけじゃねえよ」

「そう、なんだ。……ならいいの。ごめんなさい、変に疑ったりして」

 火葬の方が適切なのだとは思うが、イツキはもちろん、どうやらアイラも自力で火をおこす術は持ち合わせていないらしい。剣術は常人を卓越しても、魔法はからっきしとのことだ。

「知らなかったんだからしゃーねーよ。俺も、こうやって人を土に埋めるのは初めてだし、やっぱりなんか、ちゃんと弔ってやりたい気持ちはあるけどよ。……これで勘弁してくれ」

 そう言って、イツキは掘った縦長の穴に、三つの亡骸を収める。それを確認すると、再び白いシャベル代わりの大剣を引っ張り出し、土を被せていく。

 ――この三人は、イツキが尽力しても、救えなかった尊い命だ。
 かつてイツキが行った五回のループで、彼らの命を救えた周回は一度も無い。彼らと出会わなかった場合を除いてだが、仮に出会っていなくてもどうなっていたかは分からない。

「…………」

 ただ、だからと言って戻るなんてことはもうしない。必要な犠牲なんて、そんな事言う気も毛頭ない。
 ただ、やっと掴めた今だから。偶然だと分かっていても、繰り返せるかも分からない『未来』に希望を預けるより、必ず迎えられる『今』に目を向けたいと、勝手だけどそう思っているから。

『樹。俺はお前の顔が分からなくても、お前といるこの瞬間が大好きなんだ』

「――――」

 声が聞こえる。既に懐かしくも感じる、大好きだけど大嫌いだった声。
 ――首を振ることでそれを払って、イツキが立ち上がって後ろを向いた。

「……さて、どうしたもんか」

「あの青髪の……エバンの、こと?」

「ん」

 イツキに倣って手を合わせていたアイラが、黒のワンピースを直しながらイツキを見上げる。それにイツキも頷き、やがて二人の視線は同じ場所に向けられた。

 そこに広がるのは、何かの圧力によって抉れた地面と、瓦礫と化した小屋。そして一人分の足跡だ。

 足跡は、最後の剣戟を放つアイラによるもの。抉れた地面も、副産物的に発生した白爆発によってだ。
 アイラの見かけによらない攻撃力に今も震えが止まらないが、気に留めるべきは今はそこではない。
 それよりも大事で、重大な事態が発生していた。

「――――」

 ――エバンの体が、爆発の後晴れた砂埃の中から消えていたのだ。

「本当に、お前が消滅させたとかじゃないよな?」

「ち、違うわよ! あの剣は人を殺すことなんて本人の意思がない限り出来ないし、消滅なんて以ての外! 爆弾みたいなのと一緒にしないで! 何度言ったらわかるの!」

「……だよなぁ」

 消滅でないのであれば、それは自他の意思云々にしろ、あの攻撃を逃れたということ。
 しかしそれは、範囲から見ても時間から見ても、物理的には不可能なはずで。

「多分、あいつがアイラの衝撃を受け止め切れずにぶっこけたのは、ガチだったと思う。前のループでも同じシーンはあったし、抵抗しなかったのを見ても演技じゃねえとは思うんだ。どちらにしろ満身創痍のエバンに、何が出来るんだ……?」

「回避系の……ううん、瞬間移動系の魔法を使えた、とか?」

「その可能性もあるかもな。けど、そしたらなんで大剣が破壊される時までそれを使わなかった……? いやでも、それならあいつがいきなり現れたのも納得できるし……」

「第三者の可能性?」

「……そっちの方が、でかいかもな」

 もしエバンが単独でアイラを狙っていたわけでないのだとしたら、それこそ彼――否、彼らの目論見は完全に制圧しきれていないというわけで。

「あいつら、アイラの『心臓』を狙ってんだよな。それが奴らの共通の目的だとしたら、おちおち安心もしきれねぇし」

「……ねぇ、ちょっといい?」

「お? どうした、アイラ」

「そのこと、なんだけど」

「そのこと……?」

 考察の海に沈むイツキに、突如眉をひそめたアイラが突っ込みを入れる。その意図が分からず、首を傾げたままのイツキに、更にアイラが眉をひそめながら、

「私の、その……アイラ、っていう名前を知っているのはいいんだけどね? いいんだけど、いきなり呼び捨てにされるのは、ちょっとなー……って」

「………あー」

 なるほど、イツキからすればアイラとの邂逅はこれで三度目なのだが、アイラからすればそれこそ言葉通り身に覚えのないことだ。
 個人的に最も仲が深まったのは二度目の邂逅――都合三度目のループだが、それもあの憎き騎士のせいですべておじゃん。くそやろう。

「えー、と……どっから説明すべきか」

「あ、何か質問を重ねるみたいで申し訳ないんだけどね。あなた、もしかしてエバンのことも、事前に知ってたりしなかった……?」

「ぎく」

 核心的な疑問を突かれ、イツキはさらに顔色を青くする。
 あの時はついついその場の衝撃と勢いで激昂してしまったが、その後のことなんて考えてすらいなかった。無論、考えられる今があることが幸せなのだろうが。

「いや、そーぉのー……うーん。どこで聞いたったかなー。なんか、俺の故郷には『女のピンチは天気で分かる』っていうことわざがあって、な? うん、そう。それだ。だって今日の天気は……」

「……ふふっ」

「晴、れ……? ……ぅおい、何笑ってんの」

 とんでもない嘘をつきながらあたふたするイツキに、ふいに少女が微笑むことで、その勢いも制止させる。
 半笑いになりながらそれを問い掛けると、アイラは己の黒髪を撫で付けながら、

「ううん。ちょっと、懐かしい感じがして。……もしそのことわざ通りだったら、ほとんどの日が女の子のピンチじゃないの?」

「え? あ、そうだった! さすがアイラ! よく分かったな!!」

「もー、茶化したら斬るわよ?」

「えっ、あっ、なんそれ怖」

「そんなに怯えないで!? 冗談だってば!」

 冗談だと分かってもアイラが言ったら妙にリアリティを感じてならず、何かの傍に隠れようと思ったがしかし平地なので何もなく、どうしようもなくなり己の背中に隠れようとして延々と後転を一人で勝手に繰り返すありさま。
 アイラの言及でようやっと信用し、土埃を払いながら立ち上がる。それを見届けて、アイラは「ふぅ」と一息吐きながら、

「しょうがないから、これ以上は聞かないであげる。私もそこまで鬼じゃないし、助けてもらったのは事実だもん。しかも二回。……三回、かな?」

「物理的には二回だよ。ってか、どっちかと言えば俺がお前に助けてもらった感が強いんだけど」

「ううん。そんなことなく……もないけど」

「そこ肯定するんだ!? いやいいんだけどよ!?」

 アイラのその、己の功績を素直に認める姿にどこかサン婆臭を感じながら、しかしそれは事実なので何も言い返せない。
 エバンを撃破し、今こうしてアイラと話せていることだけでも夢心地である。

「えーと、だから……こういうの、あんまり言うの得意じゃないんだけど……」

「? おう」

 なぜか頬を朱に染めてもじもじしだすアイラ。
 意図が分からず首を傾げるが、やがて訪れたアイラの行動に、さすがのイツキも察することが出来た。

「…………」

 少女の白い手が、イツキの元へ伸ばされていた。

「助けてくれて、ありがとう。あなたがいなかったら私、どうなっていたか分からなかった……から、ね?」

「AMT……あっぶね! パクるとこだった! てかだせぇ! コンビニに置いてるやつみてえだな」

「ちょっと!? あなた最後までそんなにはしゃぐの!? 締まらないでしょ、なんか!!」

「あ、あぁ、すまん。なんか似たような状況をn回はアニメで見てきたもんで……と」

 睨みつけてくるアイラに戯言も無粋なだけと察し、イツキは迷いも生まずにその手を取る。
 そしてこちらを見つめる赤い瞳と目を合わせ、ようやっと言えたその言葉を、言った。

「俺の名前はホノヤ・イツキ。鬼やら守護神やらなんやらしてるけど、とりあえず個人的には異世界チーレム出来てると思い込んでる残念な男だ。よろしく」

「いせ……? ううん、もう分からない言葉は放置で。とりあえず、やっと聞けた」

「…………」

「ありがとう。―――イツキ」

「――――」

 どくんと、イツキの心臓が鳴った気がした。

 同時に右手に感じる柔らかい感触も相まって――イツキの瞼の裏に、情熱的な何かが溜まっていくのが分かった。
 求めてきたそれが、待ち望んだその言葉が、イツキにはとても重くて、優しい言葉に聞こえた。
 どれだけこの瞬間を思ったか。ただがむしゃらに走って、馬鹿みたいなことをして、無駄に現実主義なせいでこんなことですら溢れそうなそれを何とか堪えて。

「……おうよ。俺、そのためだけに頑張った感あるからな。……あいつらには、ちょっとだけ申し訳ないけど」

「それは、ね。……後日私が、ちゃんとした埋葬を……ううん、やっぱり止めとく」

「……おう、サンキュ」

 アイラの優しさに逆に申し訳なさを感じながらも、とりあえずはその意を汲んだ発言に感謝。
 あいつらの分まで生きるなんて、そんな格好のついたこと言えるわけがない。上から目線にも限度があるし、何よりそんなことイツキにはとても重い。
 ただ、イツキはその分、十字架を背負って生きていく。忘れないように、生きていく。それだけで良いのだから。

「――――」

 ――元の世界に帰りたいなどと、この時には既に忘れていた。

「…………」

 イツキに『未来』を見せたのは、見知らぬ第三者だとイツキは己自身で仮定した。
 実際がどうかは分からないが、もしそうだとすれば『時間遡行』をイツキに与えた者も同一人物で、イツキをあんな目に遭わせたのもそれの可能性が高いだろう。

「……へへっ」

「――イツキ?」

 もしそれの目的がイツキを不幸に遭わせることだったならば、それは運の尽きだ。

 ――未来を観せたのがホノヤ・イツキだった時点で、奴の目論見は潰えたのだから。

「……と?」

 その瞬間、イツキは己の視界がぐらつくのを感じていた。足元が朧気になり、体が中枢から捻じ曲げられたとも感じられるそれは、イツキの意識を強制的に奪おうとするものだ。
 そしてそれを、イツキは知っている。

「……ぁー」

「ちょっと! 大丈夫!? イツキ!?」

 それは、都合四度目の周回でも体験している。
 ――精神と体の齟齬による、気絶だ。
 前回はその後、まさかのその場面での『時間遡行』を行わされ、衝撃を受けたものだが。

「しっかりして! あー、もー! 魔法は使えないの、私! 大丈夫!?」

「……おぉう、大丈夫。たぶん」

 明滅を繰り返す視界の中で、こちらを覗き込む黒髪の少女を見たら、それを心配する気も失せてくる。
 まだ考えることもある。分からないことも、ある。
 ただ今は、右手に感じるこの熱を忘れないように。

「本当に!? ちゃんと元気になるわよね!? ちょっと!!」

「……だから、だい、じょう……」

「イツキ!?」

 二度と失わないと、そんな思いを背に。


 ――ざまあみやがれと、そんな思いも背に。





ごめんなさい。幕間とか言っておきながら、もう一話続きそうです。
次回でちゃんと終わらせます。
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