挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

20/24

第一章19 『悲しい気持ち』

 


 ――訳が分からない。

 確かに、日々の日課で脱走していたのは罪悪感はあった。しかし、それに対する報いがこれなら、余りに理不尽だ。
 それにしても、あまりに唐突じゃないか。


 今夜は、月が綺麗な夜だった。

 何度目になるか分からない多重結界を斬り裂き、窓から飛び降りて枝を足場に飛んでゆく。今日は特に夜風が気持ちよく、足取りも軽かった。

 この国、ベルニザは治安こそそこまで良くはないが、しかし魔法大国だ。

 昼は王都周辺の広場を中心に、そこから派生する路のあちこちに商店街が並ぶ。辺りは働く男や話す女の声で賑わい、その裏に潜む闇さえ感じさせない、明るい活気で満ち溢れていることだろう。

 やがて夜になると、噴水の水は様々な色に変わり、周辺を覆い尽くすのは魔法の光だ。
 石畳の上では踊り子が笑い、淡い光はまるで精霊が舞っているかのようにさえ錯覚させられる。それはそれは言葉を失うほど幻想的で、みんなが皆、昼の疲れを癒しに飲み食いしては騒ぐ。
 これこそ楽園――祭りなのだ。

 そこかしこで響く喝采。楽器の音。そして人々の感謝の歌声。笑い声。
 それを遠くに聞きながら、少女はやがて森に辿り着く。

 当たりは静謐な空気に包まれており、中心街とのギャップが堪らない。まるで、隔離された、自分だけの特別な国にいると思えるこの空間が、大好きだった。
 既に慣れた道無き道を行く。盛り上がった根を踏み込み、どこからか聞こえる虫の囀りに微笑みを浮かべる。垂れ下がった蔦を避け、やがて開けるのは山の中腹にある広場だ。

「わぁ……!」

 そこからは視界を遮る樹林達もなく、見上げると広がるのは満点の星空。それらを毎晩見に行って、少女は日々の鬱憤を晴らしているのだ。
 己の髪色と同じ漆黒の夜空は、己の存在が、日々の悩みが、どれだけ矮小なのかを思い知らせてくれる。――だから好きだ。


 それらを体育座りで眺めて、十分は経っただろうか。

「……うん、明日も頑張ろう」

 軽く笑みを作り、それだけ言うと、黒髪の少女――アイラは立ち上がる。

 尻の部分に多少の土が付着している。黒のワンピースだから目立ちにくいだろうが、それもやはり、あの騎士様達の前ではバレバレなのだろう。戻るとすぐに見つかって、心配そうな顔で叱られてしまうのは目に見えている。

 まあそれも、この夜空の前ではちっぽけなことだ。

「……あれ?」

 そんな時、眼下の広場に見覚えのない小屋が見えて、アイラは首を傾げていた。


 _______________________



 青髪の騎士と対峙しながら、アイラはここに至るまでの複雑な経緯に思いを馳せていた。

 小屋を発見した後からは、本当に理不尽の連続だった。
 見覚えのない黒髪の青年が現れたかと思えば、なんと生首をこちらに隠すように屈み込んでいたのだ。

 なぜそんな目になったのかも聞き出さねばならないし、しかしそれを問おうとすれば逆ギレされる始末だ。
 先程までの泣きそうな面はどこへやら。いきなり憤怒の色に変え、こちらを指さして唾を飛ばし、

「なんで、考えもなしにこんな所に現れたんだよ!!」

 考えもなしなわけじゃない。

 確かに好奇心で訪れたことは否定できないが、それにしてもまさか亡骸があるなんて普通は思わない。それも一つではなく、三つだ。
 そんなこと、予知しろという方が無理な話である。
 なのになぜ、こちらが憤怒されなければならないのだ。意味がわからなかった。

「早くしねえと、あいつが! エバンの、野郎が……ッ!」

 名も知らぬ青年がそう叫んだ――爆風が巻き起こったのは、その直後だった。

「――――」

 頭上から目を細めるほどの閃光が走り、アイラは咄嗟にこれが眼前の青年のものであるかと危惧する。魔法剣を召喚のも、それと同時だ。
 が、両腕に剣の決して重くはない重みを感じて、ふいにとある疑念が走った。

 ――もしかしたら、かの青年が危惧していたのは今の現象なのではないか。

 眼前を見る。黒髪の青年がいて、歯痒そうに腕で風から身を守っているように見えた。
 それは決して、この破壊行為を行った本人が取るべき行動では無いように思えて。

「…………」

 もし彼の主張が、事実ならばどうする。――否、疑う余地はないだろう。
 『器』がないのに、彼がこれほど必死になるのもおかしな話なのだから。

「―――はぁぁぁッ!!」

 その瞬間、アイラは己の黒剣を盾のようにして地に突き刺す。背後に、一人の青年を守るようにして。

「―――ッ」

 足を踏ん張り、なんとか迫り続ける猛襲に耐える。
 流石、長年連れ添った愛剣だ。自分の我儘にも、しっかり誠意を以て応えてくれている。
 この厳ついフォルムが、未だどうにも慣れないでいるが。

「――――」

 ――砂埃が晴れ、眼前に立っていたのは見覚えのない『騎士』だった。
 先程まで自分が立っていた小屋は大破。なんとか三つの亡骸は無事なようだが、肝心のあの青年は、

「…………」

 アイラに守られたことが不服なようだが、しっかりと守られてくれていたようで、とりあえず安堵のため息を吐く。
 もっとも、これからは勝手な真似をしていられたら守り切ることは出来ないが。

 だって、

「騎士様じゃないよのね。あなたは……誰」

「この、エバン・フォークシー。――貴女の命を、攫いに参じた」

 いつの間にか現れた『騎士』は、独特の青髪を、男児にしては長めに切りそろえた美丈夫だった。
 見た目通りの美声は、普通の女性が聞いたら耳をとろけさせて喜ぶことだろう。もっとも、アイラの場合はそういう感情に疎いのでなんとも思わないが。

 さらに、それだけではない。

「なんて、禍々しい……!」

 きちんと調えられた、この国特有の制服。白を貴重に空色の直線が何本か引かれたそれは、騎士だけが着することを許されたものだ。加えてそれを着込んでいるのが眼前の美丈夫なら、さぞ美しさを引き立てることが出来ていたであろう。

 しかし、その服では抑えられない溢れる殺気が、アイラの注意を引いてならないのだ。
 そして、

「てめぇエバン……! 何回俺達を狙ったら気が済むんだよ!!」

 アイラの背で守られる形の青年が、歯を剥き出しに、怒りを顕にして噛み付いていた。
 そこに含まれる怒りは、先程アイラに向けたものとはまた違うものだ。

 彼の反応を見るに、どうやらエバンと呼ばれる男と二人は知り合いであるよう。俺『達』という言い回しには少々齟齬があるように感じるが、そこはいま大して言及すべきことではないだろう。
 そうだ。彼にはまだ、聞きたいことが山ほどあるのだから。

「さっきの攻撃も、あなたのものなのよね。私の命を奪いに……? 一体、なんのために……」

「分からないか。……貴様が、気に掛ける必要は無いことだ」

「おいコラてめぇ、シカトかよ。今回は自分が騎士ですって、偽らねえんだなぁ! おぉ!? この極悪人がよ!!」

「ち、ちょっと!? うるさい! せっかく機を伺ってたのに、あなたは黙ってて!」

「うるせえのはどっちだ! 大体な、アイラ! お前はあいつの強さを分かってねえんだ! 下らねえ話ばっかして、さっさと逃げねえからこんなことになるんだよッ!!」

「私のせいなの!? あなただって……っ」

 エバンを刺激しないよう慎重に話を進めたつもりなのに、最初から警戒心剥き出しの青年に邪魔されて、やがて無関係な言い合いへ。
 これ以上は無駄だとアイラからそれを中断させ、やがてエバンに向き直る。それには青年も同調したらしく、大人しく黙ってただエバンを睨みつけるだけに落ち着いてくれた。

 そこでふと、アイラの脳裏にある仮定が過ぎる。

「もしかしてあなたも、私の体を狙いに……!?」

「まだそれ言うのかよ!? お前それ、ガチで本気に思ってんのか!?」

「もう、さっきからうるさいって言ってるでしょ!! それとも、あなたはあの人の目的が何なのか、知ってるっていうの!?」

 野蛮な輩に、今回のようなシチュエーションで体を狙われたことは実際にある。もちろん、なんとか純血は守り続けているが。

 相変わらず黙ろうとしない青年に、そろそろアイラの堪忍袋も限界になる。
 場の流れで出た根拠もない質疑だが、これで彼が目的を知っていたら、それはこれまでのやり取りが演技だったということになり、大問題だ。青年も、あのエバンとかいう偽物騎士の仲間だったという可能性が高まるのだから。

「う、ぐ……ッ。それ、は……」

「ほら、やっぱり知らない。ここは私に任せて、いいから静かにしてて」

 言った直後、さきほど小屋の中で青年に言われた『何様だ』という罵倒が脳裏に過ぎるが、それは懊悩だと首を振る。今は、こうすることが正解なのだから。
 だから、アイラはエバンにその漆黒の剣先を突向けて、

「あなたの目的は分からない。分からないけど、命を狙われたらたまったもんじゃないわ。そんなことで騎士様を偽ってるのも許せない。……生憎今は、ちょっと色々あって怒る気にはなれないけど、でもそれも許せない! 私の処女はあげないから!!」

「最後! おい最後!! 真面目にしてくれ!!」

「…………」

「無視かよ!!」

 こちらは大真面目にしているつもりなのに、なぜそんな指摘を受けるのか意味がわからない。これ以上構うのは時間の無駄だと教訓したアイラは、無視という最終手段を取ってエバンを睨みつける。
 エバンはそれに不敵に笑って、

「安心しろ。私の目的は、そこに無い。ただ欲するは、その権能だ」

「権能……? それって―――」

 エバンの言に、アイラが首を傾げる――直後、どこからともなく斬撃が飛んできて、アイラは咄嗟の反応に遅れた。

「―――ッ!?」

 ごう、と風が唸り、それは確実にアイラの喉元を狙っていたことだろう。
 しかしそれをなんとか回避できていたのは、アイラの足を掴んで、姿勢を無理やり崩させた力の存在があったからだ。

「あな、た……!」

「油断すんじゃねぇ!! あいつの第一撃はそれって、もう決まってんだよ!! 舐めんじゃねぇ!!」

 青年とともに砂の上に倒れ込む。直後、アイラの頭上を通過していった斬撃が、その奥にそびえる山々を破壊した音が聞こえた。
 それが分かり、アイラは己の背に、冷や汗が滴っているのが恐ろしいほど敏感に感じた。
 そして、同時に理解する。

 『青髪の騎士』エバン・フォークシー。
 眼前の美丈夫は、アイラの想像していたよりも、危惧すべき最悪の剣士だということを。

「ごめん、ありがとう。助かった。今のは完全に、私の落ち度。……次からは、油断しない」

「あぁ、そうしてくれよ。……全部、お前に任せたからな」

「……うん」

 青年の信頼を背に、アイラは両手に漆黒の愛剣――『黒龍の大剣』を携える。
 眼前、第一撃をあっさりと回避されたことに舌打ちするエバンの姿があり、

「――――」

「―――ッ!」

 互いの息を呑む音で、その剣戟は火蓋を切った。


 _______________________



 ――速い。
 警戒は最大限に払っていたつもりだったのだが、まさかこれほどまでとは、よもや思いもしていなかった。

「――はぁぁ!!」

「ふ――っ!!」

 この国、ベルニザの国王は世襲制で決められる。アイラ・ベルニザは、第六王女としてこの世に生を受けていた。

 この国家の特殊な点として、ベルニザ家のあまりにも異常な能力の高さにある。その血を授かった者達は、みんな卓越した知能や剣術、魔力や体術など、必ずどれかにおいてずば抜けた才能を開花させているのだ。
 理由は解明されていない。が、その特殊な因果関係は皆が知るところにあり、この国の常識として知れ渡っていた。

 もちろん、アイラ・ベルニザもその例外ではない。彼女が引き継いだ権能は『卓越した剣術』だ。
 開花したのは僅か二つの頃。この年齢は異例で、平均的には七つが一般的らしい。

 故に、それを極める期間が長い分、アイラの剣術はこれまでのどの王家の者よりも超越していた。
 十六となった今でも、その剣技は完成している訳では無い。もっとも、周りの全ての剣士の中では群を抜いていた。それでも、アイラは全てを満足してはいない。してはいけないとすら思っていた。

 ―――もっと高みへ。
 それを目指すことこそが、剣を振る一人の少女の、最も気高く、美しい姿だ。

 ――だったはずなのに。

「う……ッ! ―――たぁぁッ!!」

「しィ――ッ!!」

 剣と剣が、ぶつかり合って火花を散らす。
 互いに衝撃で腕に余韻と振動が走る。が、それで妥協してなどいられない。
 両者ともそれを感じさせない高速な動きで、第二撃へ移る姿勢に入る。またもや火花を散らし――直後、第三撃で軌道を変えたエバンが、縦からアイラを斬ろうと剣を振り下ろす。
 アイラはそれに即座に反応すると、柄を掴んでいた片手を剣先へ。まるで盾のように頭上に掲げ、なんとかその衝撃を受け切る。――直後、そのまま地を蹴り飛ばし、右の爪先をエバンの顎へ向けて放った。

「―――ッ」

「うっ、そ……!?」

 それをなんとエバンは片手で受け止め、そしてそれは、アイラが引き戻そうとしても離してくれない。
 並外れた握力がなせる技か、エバンはそのままアイラの足首ごと掴むと、その場で回転しアイラを振り回す。
 恐らく、このまま地に打ち付けられるのだろうか。

「――はァッ!!」

 視界がごちゃまぜになり、アイラは己の下着が開放されていることも気に留めぬまま、片腕に携えた黒剣を地に突き立てる。
 深く深く立てられたそれは、エバンの握力さえも食い止める力だ。

 アイラは回転の猛襲が静止したことを確認すると、掴まれていない左足を掲げ、そのまま振り下ろすようにしてエバンの手首に撃ち落とす。
 自然、足の力に耐えかねたエバンの手は力を抜き、アイラの右足は解放される。

「とっ、と……」

 バランスを保ちつつ、アイラはエバンから何歩か引き下がる。

「なんて、握力」

 掴まれた右足首が痛むものの、どうやらまだ動かすことは可能なよう。
 軽く爪先を地に突き立てて回すと、アイラは黒剣を引き抜き、眼前のエバンに狙いを定めて、

「は―――!!」

 黒剣を思い切り振りかぶり、そして振り下ろす。その先にあるのは、冷たい空気のみ。

 ――直後、大剣から発射されるのは、幾本にも及ぶ斬撃。鋸状の特殊な剣故になせる、連続した飛ぶ斬撃だ。それらは音を立て、エバンを撃ち抜かんと空気を切り裂いて直進していく。

 しかし、

「甘いッ!!」

 エバンの携える白い大剣に、突如として渦巻き状の風が剣を包むように発生する。ドリルを思わせるそれは、触れれば無差別にあらゆる物を抉っていくだろう。

 エバンがそれを、飛ぶ数多の斬撃へ向かって振り下ろす。自然、斬撃達はいともあっさりと霧散させられ、そしてその風を帯びた剣先はアイラへ向けられる。

「風の大剣。……面白いこと、できるのね」

「しぃィィ――ッ!!」

 前身。そして衝突。
 黒と白、対極とも言える二つの剣がぶつかり合い、何度目になるか分からない火花を舞わせる。

 振るわれた鋭い風剣は、安い剣ならば容易くばらばらにしてしまうのではないだろうか。そう思わせるほど力強く、衝撃波も尋常ではない。

 しかし、アイラの持つそれはこの世の剣、その全てとは異なる異質なものだ。
 なぜかと言うと、

「――――」

「――素晴らしい。これこそ、私の望んだ『黒龍』の権能」

 二つの剣が噛み合った――その瞬間、エバンの剣に渦巻いていた竜巻状の風達があっさりと消え去っていく。そして、最後に残ったのは白い刀身のみ。

 これこそ、アイラだけが持つ魔法剣・『黒龍の大剣』――その権能だ。

「その剣に触れた物ならば、無差別に魔力を無効化させる伝説の大剣。……あぁ、素晴らしい」

 普通なら驚くであろうそれに、しかしエバンは動揺するどころか、逆に嗤って喜んでいる風だ。
 それを見、アイラは首を傾げて、

「知っているのね。……あ、分かった。あなたの目的も、この剣なんだ」

「そうだとも。それを手にするために、私は今、ここまで歩んできた」

 剣戟が繰り広げられているというのに、二人の声は何故か互いの耳に届いている。
 そして、エバンはもう一度、酷く不格好に嗤う。――それに同調するように、白剣に帯びる風の魔力も、強まっているように感じた。
 衝突する。霧散され、やがて霧散した風は余韻となってアイラの頬を掠めた。白い頬に血が垂れるのを感じながら、

「でも、ごめんなさい。この剣は魔法剣だから、私が召喚さえしなければ他の誰にも使えない。……ううん、そもそも、ベルニザの血がない人には触ることすら出来ないの」

「それは、貴様が『心臓』を持っているからだろう?」

「―――ッ!?」

 エバンの口にした言葉に、アイラは思わず己の耳を疑った。だって、有り得ないのだ。
 なぜ、彼がそれを知っている。王家の誰かが他言したのか。否、その可能性は極めて低い。
 ならば、

「――ッ! そんなわけ……」

 最悪の可能性がアイラの脳を掠めて、しかしその可能性は無いと首を横に振る。
 今はそんなこと、気にしている暇ではない。油断するなと、さきほど口にしたばかりではないか。
 だから今は、眼前の『偽りの騎士』を倒すことを、念頭に置いて。

 彼は強敵。今まで出会ってきた誰とも違う、完全なる『悪』。
 全ての一撃に、力を込めて。誠意を込めて。
 全てが死を伴うそれに、油断することなど、剣士として――否。一個の人として、最悪だ。
 だから、

「―――はァッ!!!」

「――――」

 アイラが力を込めて放った一撃を、エバンが受け止める。それは先程アイラが行ったものと同様に、剣を盾のようにして衝撃を殺すそれだ。
 金切り声のような、鉄と鉄がぶつかる音が衝撃波を生む。
 己の髪がなびくのを感じながら、しかしアイラは今の一撃に手応えさえ得ていた。
 しかし、これで崩れる相手ではない。すぐに、これの倍返しになるような第二波が来て――、

「―――ぇ?」

 ――エバンが衝撃を殺しかね、その場で体勢を崩すのを見て、アイラは拍子抜けすらしていた。

「――――」

 よもや、この一撃がそこまでジャストヒットするなんて、思ってもみなかったから。
 しかし、咄嗟に首を振り、アイラはとどめを刺そうと剣を振り上げる。

「……捉えた」

 少し残念がっている己がいることに、アイラは目を背けはしなかった。これで終わりか――永遠とも思えていた時間に終わりが来ることに、アイラは素直に、口惜しくも思っていたのだ。

 ただ、彼の狙いはアイラの『心臓』で、それを奪う、ということは、なるほど確かに、アイラの命を攫うこととなんら変わらない。それに騎士をこんな形で侮辱して、エバンは決して許されないことをした。
 ここで完全に、仕留めなければならないのだ。そんな心意気で、アイラはこの剣を振り下ろしていた。

 だから、

「――――」

 ――だから、エバンがその場で体勢を立て直し、縦の剣戟を避け、下からアイラを裂いたことに、誰が反応出来よう―――――、


「―――下だぁぁあぁァァッッ!!!」


 後ろからそんな声が聞こえて、アイラは自分の背中が押されたように感じていた。
 そしてその言葉の通り、アイラの体は振り下ろす剣を寸止め。そのまま後方へ飛びずさり、

「……貴様」

「へっ! てめぇの手は見えてんだよ! バーカぁ!」

 下からの攻撃が空振りして、エバンは憎たらしそうに黒髪の青年を睨みつける。それに対し、青年はしてやったり、と言った顔で中指を立てていた。
 陽動作戦か、しかし彼のお陰で失敗に導かせることが出来たのは事実だ。

 ――否。

「―――な」

 ふいに、エバンの携えた剣が、音を立てて罅を走らせる。それに驚いたのは、その場の全員だろう。エバンですら、そうだった。
 しかし、罅は無情にも留まることなく、次々と葉脈のように派生していき、やがて、

「――――」

 ――パキン、と音を立てて、エバンの持つ大剣が大破した。

 刃の先端は、純白のまま夜の砂地に落下する。音は鳴らず、しかしもう一つの何かが落ちる音は聞こえていた。それを見て、聞いて、満足げに黒髪の青年が不敵な笑みを浮かべる。
 少女の一撃に耐えかねた剣が、とうとう悲鳴を上げたのだ。

 そして、黒髪の少女はというと、ゆっくりと『青髪の騎士』の元へ歩み寄り、

「……あなたは、決して許されはしない事をした」

「…………」

「だから、あなたはそれ相応の罰を受けなければならないの」

 淡々と、しかしどこか感情のこもった言葉達を投げかけられ、エバンは目を瞑ったまま無言で応じる。
 それを肯定と取ったアイラは、未だ無傷の黒剣を夜空に掲げ、

「……あなたが悪の道に進んだことを、私は悲しく思います」

 そう小さく言って、黒髪の少女は腕を振り下ろす。
 その直後、抉れた地面に白色の光が発生し、慈愛に満ちた爆発音が響く。それはいとも容易くエバンを吹き飛ばし、アイラの耳を劈いていた。


 ―――アイラ・ベルニザとエバン・フォークシーの戦い、ここに決着。



 

 読了ありがとうございます。
 あとは幕間を入れて、第一章は終了になります。多分。そのまま第二章に入りますが、結構それなりにプロットを(頭の中で)組んでますので、かなり長めになると思いますが、何卒宜しくお願いします。
 では!ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました!

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ