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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章17 『月下の後悔』

 


「白い薄着のお兄さん――! 盗人から、それを取り返して下さい――! 僕を助けて――!」

 凶悪な人相をしていそうな覆面の男の罵声、そしてその直後に弱々しい掠れた声が聞こえて、イツキは二の句が継げなかった。
 だって、まさか今この場面に出くわすなんて、想像もすらしていなかったのだから。

 この状況は、周回で見れば一度目のループ――そのパターンと酷似している。というか同じだ。
 覆面を被った巨漢が長身の男をリンチして、そのまま盗品を腕に抱え、よりによってこちらへ駆けてくる中々面倒くさい状況。
 そしてさらに不運なことに、被害者が助けを求めたのがまさかのイツキという、断れない一本道なのだ。

 しかし皮肉なことに、この盗人と被害者の関係はあくまで演技上でのもので、実際は同じ盗人同士なのだが。

「けど、よくよく考えたら当たり前のことだろうが……っ!」

 時間軸で考えれば、確かに今このデジャヴ的な状況も頷ける。頷けるのだが、それに付きまとうのが後悔だ。
 眼前にいるのび太・ジャイアン――それともう一人スネ夫がいるはずなのだが、その盗人三人組は過去のループで、合計二回もエバンと接触しては、殺されている。エバンにとっては余計な野次馬を消し去っただけのことだろうが、イツキにとってそれは、もっとも恐るべきことの一つだ。

 敵と言えど、それぞれ個の生命。多くは語らないが、生命を尊ぶことはイツキが最も重んじていることだ。それは過去のイツキの経験がそうさせるものであり、故にそれが侵されることは誰にも許していない。

 だから、エバンを許せないのもあるし、それよりも多く、不甲斐ない自分が許せなかった。

「あいつらをエバンと関わらせるのだけは、絶対にさせねえって決めてたのによ……!」

 下らない。実に、腹立たしい。忘れていたじゃ理由にならない。例え、それすら意識の端に置かせるほどの衝撃があったとしても、だ。
 しかし、この現状に直面してしまった以上、もう逃げることが出来ないのもまた、事実である。

「もうサン婆ちゃんと顔合わせるのは懲り懲りだぜ……次会うときは、全部が解決してからにしてもらわねぇと困る」

 だから、イツキは腕を伸ばす。
 体を目一杯大きく広げて、どこからでも眼前の巨漢を受け止められるよう体勢に入った。

「来いやぁ! 俺はお前らと、もう関わるのは御免だってのによォ!!」

「ブツブツとうるせェ!! そこをどく気がないんならァ、ぶっ殺すだけだァッ!! 諦めろやァ!!」

 互いに唾を吐き散らしながら、視線と合わせて相対する。無論、覆面の男――ジャイアンにとってはイツキとの面識は何ら覚えのないことだ。
 ジャイアンはいま、盗品を両腕に抱えたままこちらへ突進してきている。都合、彼の攻撃手段は背中を使ったタックルしかない。
 それは、先のループで経験済みだ。

「確か、初めて会ったときは……っ」

 出来るだけ体力の消耗を避けたかったイツキは、寸前で回避し、後ろから『男性の急所』を蹴り上げるという鬼の所業に出たはずだ。
 しかし今回の場合、体力の消耗云々など言っていられない。

「金玉蹴るだけじゃこいつの意識は奪えねぇ……! だったら」

「死ィねやァァッ!!」

 ジャイアンが覆面の上からでも分かる青筋を浮かべ、イツキの元へ迫る。動きは遅い。が、それでもその気迫に、常人ならば目を背けかねないだろう。
 しかし、

「―――っ!」

「――なァ!?」

 イツキはそれに臆することなく、正面からのタックルを前転の要領で避ける。だが、それだけではただの回避でしかない。
 イツキは低い姿勢のまま、空振ったことでよろけるジャイアンの後ろに回り込む。そして、狙うは膝裏――剥き出しになった膕の部分に、蹴りを入れた。
 スパン、と乾いた音がその場でうち鳴る。形だけ見れば、俗に言う膝かっくん、あるいは膝折りと形容すれば良いだろうか。

 咄嗟に膝の力が抜け、ジャイアンは転倒。そして、イツキはそれを見逃さない。素早く、しかし丁寧に、空いた裏首に手刀をかます。
 それで、終わりだ。

 意識を完全に潰えさせられたジャイアンは、泡を吹きながら、何が起こったのか理解することなく、そして同時に起き上がることも出来ない。
 両端に屋台が並ぶ石畳の上で、群衆に見つめられながら刹那の勝利が決する。――イツキの勝利だ。

「っし。……次だ」

 取り巻きの亜人や人間達の喝采の拍手を受け、しかしイツキはそれに取り合わない。異世界召喚時なら手を振ってアイドル気取りになっているだろうが、今はそんな余裕など無いのだ。

 ジャイアンの没落を見届けると、イツキはその場で身を翻す。
 その視線の先にあるのは、黒髪を乱し、ボロボロになった長身の男だ。

「は、ぁ……っ! 助かり、ましたぁ……っ。ありがとう、ござい、ます……っ!」

 円のようにイツキを囲っていた取り巻きが、長身が近づいたことにより一本道を開ける。まるでモーゼの十戒のようだな、となんとなく思いながら、大袈裟にため息をこぼした。

「……助かりました、じゃねえよ。その演技も、バレバレだってんだ。言いたいことがある。ちょっと面貸せ。……っても、どうせ聞いてくれないんだろうけどな」

「―――。えっ、と……貴方は、何、を?」

 演技を見抜いたイツキに、刹那だけ、長身の顔に警戒の色が走る。しかしそれでも偽ろうとする男に、イツキは舌打ちしながら、

「お前らのことだよ。全部知ってんだぞ? ――『兄貴』」

「―――ッ!」

 イツキの顔面目掛けて左ストレートが迫ったのは、その零コンマ一秒後のことだった。
 空気を押しのける音を立てるそれは、刹那後にはイツキの頬骨を砕いていることだろう。それほど、この細身から繰り出されるものとしては似つかわしくない、威力のある拳だ。

「お前のその反応も、見るのは二回目だぜ。多分これ食らって痛かったら、今俺は悪い夢を見てるわけじゃないんだろうけど……賭けに出るのは怖いから、確認するのはやめとく」

 小言を言いながら、イツキはそんな懊悩を他所に、迫る拳を少しの所作で躱す。――直後、鉄拳へ繋がる伸ばされた腕を掴み、足を踏み込んで、背負い投げのように床の上へ叩き付けた。

「かは――っ!?」

 自然、受け身の取り方も修めていない長身は、為す術もなく乾いた音を立てて投げ飛ばされる。
 衝撃の勢いに任せて溜まった息を吐き出し、群衆がざわつく中、力も抜けてその場で寝そべる長身に、

「形の悪ィ筋肉だな。良かったら、俺が鍛え方を教えてやっても……」

「――腕を、掴んだな」

「……あ?」

 男が不敵に笑った――そう認識した直後、イツキの両腕に包まれる形にある伸ばされた腕に、ふいに力が込められる。
 都合、イツキの眼前には先程まで拳だった男の手がある。それに気が付いて、イツキはこの直後に何があるのか、大方察することが出来た。

 ―――相手の意識を奪うという、眼前の男が持つ権能。

「『イームズ』!!」

「―――っ!」

 どくん、とイツキの心臓が鳴る。胸が躍動し、刹那だけ視界が揺らいだ。
 瞬間、体の奥底に、何かが生まれた。それはまるで蟲のように蠢いて、全身に巡ろうと這いずり回ってきている。むず痒く、不快感しか生み出さないそれに、誰もが眉を顰めるだろう。

 それは確実に、イツキの意識を奪おうと着々と進んできている。
 ――直後、さらに生まれた何かに、イツキは体が光に包まれているかのようにさえ錯覚した。
 それは侵食し、蠢く何かを焼き払い、存在を抹消することだけを目的とした破壊兵器だ。

『――――』

 ただ、どこか温かいそれに、イツキは安堵すら覚えていた。懐かしいような、そのオレンジ色の光に――。

「て、めぇ……!?」

「効かねえなぁ。本当に魔法か? それ」

「嘘だろ!? だって、てめぇに『器』は……」

「それもう聞き飽きたっての」

 イームズを霧散させたイツキに、長身の男は動揺で二の句が継げない風。その反応も二度目だな、と快く思いながら、イツキは意識を奪おうと長身の男を持ち上げる。
 意識を奪う。それだけ見れば野蛮に聞こえるが、これも大事な措置なのだ。

「何者だよ……っ!? 何のために……どこで、俺達の事を……ッ!」

「……お前らを、守るためだ。全てが終わったら、悪事なんかもう、働くんじゃねぇぞ」

「あァ……?」

 イツキの答えになっていない言に、長身は警戒を剥き出しにしながらも首を傾げる。当然だ。だが今は、分からなくていい。分かったところで、どうにもならないのだから。

 男を抱き上げると、イツキは鳩尾を狙って拳を固める。ここで彼を仕留めれば、残るは小柄な男――スネ夫だけが、残されているはずだ。
 スネ夫が今どこにいるか、イツキは分からない。だが、近くでこちらを観察しているだろうことは確定だ。
 後は、この不躾な取り巻きにどう説明するか、が問題だろうか。

 兎にも角にも、まずは眼前の彼を仕留めてから――。

「――――」

「……なに、笑ってんだよ」

「……。……いぃやァ?」

「――? いいからさっさと……――がぁッ!?」

 瞬間、後頭部に訳の分からない衝撃を感じて、イツキは言葉を継げなかった。
 長身を掴んでいた腕は力が抜け、自然、解放する形となる。

「な、ん……っ」

 後頭部に掛かった衝撃は、やがてじんわりと熱を帯び、そして連続的な鈍痛へと化す。何が起こったのか分からないイツキは、軽く脳震盪を起こしながら、よろよろとその場でふらつき、やがてめり込むように倒れる。
 何があったのか。それを確認しようと、イツキは歪んだ視界で空を見上げ、

「――――」

「……兄貴に、手を出すなです」

 ――銀色に輝く鉄の塊を両腕に持った小柄な男が、イツキを睨みつけていた。

「し、ま……っ」

 朦朧とした意識は、もう体の活動を中断させる時の証だ。同時にふつふつと怒りがこみ上げ、指先に感じる冷たい石を、思いきり引っ掻く、引っ掻く。自然指先の皮は剥け、血が石に塗り込まれるが、それも意に介さない。
 こちらを見下ろす群衆が、身の程知らずな三人組が、歯痒くて仕方なかった。

 頬に伝った赤い液体を最後に、イツキの意識は潰えることとなった。



 _______________________




 ――足元に転がっていた男の首に、イツキは動く気力を無くしていた。

「なん……で」

 見るな。そう分かっていても、イツキはゆっくりと、眼下のそれを見やる。
 ぼさぼさの黒い髪に、痩せこけた頬。それは見紛うことのない、『長身の男』のそれだ。

 目と口を大きく見開くその生首は、死ぬ直前に何を思っていたのだろうか。根元は乱暴に切断され、暴力を下した第三者の、紛うことなき悪意が見て取れた。

「お、い……なに、か。何か……喋れ、よ……」

 イツキは震える声で、一ミリ足りとも動かない首に声をかける。動くはずはない。これで返事など、あってはならない。
 そう分かっていても、イツキはそれを否定するように、涙声で淡々と話しかけ続けた。

「おい……また、魔法……を」

 へたりと座り込んだイツキは、動揺のままに視線を逸らす。――その先で、また二つの球体が転がっていることに、イツキは気が付かない。付こうとも、していない。

 後頭部が、再びずきりと痛む。外側から与えられたであろうそれは、しかしイツキには覚えがない。
 不意に思いきり鈍器で殴られた結果の、イツキに起こった一時的な記憶喪失。故に、イツキは事の顛末を思い出すことが出来ていなかった。

「お、いぃ……」

 返事などしない首に、イツキに募るのは後悔、哀切。
 しかしそれとはまた別に、イツキが意識したのはもっと薄暗い、人としては当たり前の感情。

「エバンの、やろぉ……っ!」

 何度、命を奪えば気が済むのか。
 何度、己を辱めれば良いのだろうか。

 ――それは、憤怒だ。

 イツキの脳裏に、青髪の騎士の顔が浮かぶ。偽善者を装って、取り繕った笑顔のまま人を殺す、傀儡人形。
 倒す当ても無いくせに、ただただ怒りだけを募らせている自分に、さらに腹が立った。

 その瞬間だ。


「―――あ、の」


「――――」

「ちょっと、お邪魔しても良いですか? こんなところに小屋があるなんて、知らなかったから」

「―――は」

 ふいに横顔に異質な声が掛けられて、イツキは目を見開いた。

 性別すらも異なるその声は、まるで純粋な少女が好奇心に揺れているような、活き活きとしたものだ。
 場違いな声色だがそれ以上に、イツキは眼前に『いてはならない』その人物に、ただただ呆然、愕然とするだけだった。

「……あれ? その、あなた……? ひどい顔してるけど、大丈夫?」

「だめ、だ……お前、は……」

 イツキは首を振り、しかし声の主はこちらへ歩み寄ろうとしてきている。

 扉を開け、心配げにこちらを見つめている少女。
 儚さすら感じさせる黒のワンピースと、それに似つかわしくない幼げな顔。しかしそれとは対照的な艶やかな黒髪を揺らしており、月夜でも輝く紅の双眸を持つ可憐な女性。


 アイラが、そこにはいた。


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