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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章15 『低俗で、姑息で、卑劣で、残酷な』

 


「もう行くんじょ? もうちょっとゆっくりしていってもいいんじゃぞ?」

「ああ、心配いらねえよ。四時間も休ませてくれただけで充分だ。ちょっと、やらなきゃならねえこと思い出しちまった」

 眼前で、心配そうに渋っている皺くちゃの老婆――サン婆がこちらを見つめている。腰は曲がり、パッと見八十はいってそうだ。しかし、もしかしたら本人の言う通り、若い頃はモテたというのは事実なのではないか、と今更ながら思う。

 時刻は真昼間。炎天下は玄関前の二人を照らす。イツキの目元には隈が残り、しかしなんとか歯を剥いて、元気に笑った風を装っていた。

「やらなきゃならないこと……若いって良いのう。分かったわい。老骨は黙って、若者の行く末を眺めとくとするじょい」

「……ああ、そうしてくれ」

「―――? あ、そうじゃ」

 しかし、どうにもその陰りを消さないイツキに、サン婆は可愛げに顔を傾げる。
 ふと、彼女は思い出したように、人差し指をイツキの首元――ネックレスのようにかけられた、青い光を放つ石に向けた。

「その『退魔石』のことじゃが」

「『退魔石』? なんだ? 出来れば急ぎ目でお願いしたいんだけど」

 走る気まんまんだったイツキは、出鼻をくじかれたとでも言いたげな顔で、己の首の『退魔石』を持ち上げる。
 それに、サン婆は「そう言うなじょい」と継げ、

「決めるのはお前さんの自由じゃがの。それを、あまり首からかけるのはお勧めせんじょい」

「お? そりゃなんでさ」

「『退魔石』は……特に儂のそれは、その、壊れやすいんじゃ。そもそもの作り方が石に負担を掛けさせる手法じゃから、どうしても脆くなってしまうんじょい」

「うわ、なんだよそれ。やっぱりチート石でも欠陥はあるんだな。……あれ、でもさっき、石の大きさで効能は変わらないって」

 それは前回のループでも言われ、そして今回も同じように踏襲した会話だ。
 そこに矛盾を感じ、イツキは首を傾げる。
 しかしサン婆は、手を左右に振りながら、

「それは飽くまで『退魔』の効能じょい。何も『退魔石』の力が、受ける魔法を無力化するだけじゃない。石単体の大きさで、さらに追加される力があるんじゃ」

「……あー、なるほどな」

 つまり、『退魔石』の能力は石の大きさで左右される、ということだ。
 故に、石をミクロにすればいいという考えは、石を持つことによって受けられる恩恵の一つを潰す、ということに等しい。

 というか、一々説明するのにもう一つの恩恵とか長い。適当に『石力』と呼ぶことにしよう。
 と、それはいいとして、

「……だから、石は大きけりゃ大きいほどいい、ってことか?」

「そういうことじゃな。まぁ大体は、お前さんの持つくらいで充分じゃの。儂が言いたいのは、首から無防備に晒すというのはあまり勧められん、ということだけじょい」

「わかった。まぁどっちにしろ、バラバラになって落としちまったら、『退魔』の恩恵すら受けられねえしな」

 イツキのそのあっさりした結論に、サン婆は目の端に皺を寄せてうなずき、

「うむ。素直で良いことじょいな」

「うわぁお。五回目なのに、じょいなって初めて聞いた」

 五回目のループだというに、なぜか初めて耳にした言葉に苦笑しつつ、イツキは己の首に巻かれた紐を外す。サン婆が意味が分からないと言いたげに首を傾げていたが、イツキは意識的にそれを無視した。
 そうして改めて、イツキは手のひらで輝くそれを見ながら、

「んで、当たり前のこと聞いていい?」

「……その石の、退魔以外の効力じゃろ」

「さすが、良くわかってらっしゃる」

 好奇心にはやはり逆らえないイツキに、サン婆は分かっていたかのようにため息。
 そして、イツキの手中で輝く石を見やりながら、

「言いたくなかったんじゃがの……まぁ、渋ってもしょうが無いじょ。この石の能力はの」

「能力は? 焦らすな、はよしてくれ」

 まだ渋っているサン婆に、イツキは貧乏揺すりしながら舌打ち。
 それに対し、サン婆は後は野となれ山となれとでも言いたげに、もう一度、荒くため息を吐いて、

「……筆跡鑑定じゃ」

「……なんて?」

「筆跡鑑定じょ」

「語尾変えたよな!?」

 筆跡鑑定。
 まさかの予想だにしていなかった四文字に、イツキはこれまでの焦燥感も忘れて二度聞き。しかし答えは変わらない。

「筆跡鑑定って……つまり」

「文字の……絵でも良いかの。それを書いた人物を特定、あるいは区別することが出来る権能じょい」

「……それって」

「まぁ、役には立たんかの」

「――――」

 あまりの衝撃に、イツキは絶句。
 てっきり、『物理攻撃無効化』や、『投擲能力向上』など、ラノベではよくあるエンチャント能力を想像していたのだが。

「おいおい、もしかしてよ。『退魔石』の石力って、全部が全部そんなんじゃないよな?」

「馬鹿言うでないじょい。こんなおかしな能力は、絶属性の魔法使いが作ったやつに限るじょい。大体は、そうじゃな……炎魔法特化とか、水魔法耐性とかかの」

「うっわ、貧乏くじ引いた」

「……そんなん儂に言われても困るじょい」

 最悪の想像はどうやら可能性はないらしく、とりあえずはこの異世界に安堵。
 まさかそんな使えない石を手にしていたとは思わなかったが、退魔の効果があるだけマシ、ということで妥協しておこう。

「石力なんて、やはり良い呼び名じゃの。お前さん」

「お? そうか? でも、発音が斥力と似てるから、ちょい違和感があるけどな」

 もっとも、この世界に斥力という概念があるのかは定かではないが。否、斥力という単語に首を傾げているサン婆を見れば、一目瞭然だろう。

 言い難いのだが、イツキ自身、石力という呼び名は簡単すぎてあまり好みではない。述懐の通り区別しにくいのもあるし、何よりダサい。石力にするくらいなら、岩力の方がカッコイイ。眼力っぽいけど。
 これは、もっといいセンスのやつを見つけ出さねばならない。

 そんなしょうもない懊悩に声を唸らせているイツキに、ふとサン婆が、

「時にお前さん。時間が押しているんじゃなかったじょ?」

「……あぁ、そうだった」

 そんなサン婆の何気ない一言に、イツキは現実へと意識が引き戻される。時間が押している。つまり、逃げることの出来ない袋小路に、イツキはいること。それを、たったいま自覚し直した。
 それはつまり、あの騎士との対決を、また果たさなければならないというわけだ。しかし、それを成し遂げるビジョンが浮かばないのも、また事実であった。

「うむ。お前さんの課題は、集中力が無いところじゃな。まぁ若者は、みんなそうじゃが」

「――――」

「お? どうしたじょ? やっぱり、予定は明日にして、休むかじょい? 昨日致したベッドじゃが、お前さんのためなら一肌脱ぐ勢いで……」

 その何気ない忠告に、イツキは喉が固まるのが分かった。
 しかし、それも一瞬の停滞。眼前でサン婆が、勝手に頬を赤らめて腰を振り続けるのを見て、イツキは首を横に振り、懊悩を消し去ろうとする。

「……いや、そうじゃない。大丈夫! いまので、決心が固まったよ。サン婆ちゃんは、ちゃんと夜まで慰めてな。それが、その若さの秘訣だろ?」

「――ふむ。違いないの。お前さんと別れるのは口惜しいが……行ってくるじょい。道中、気を付けてな」

「おう! 分かった。いろいろ、世話んなったな。ありがとよ!」

「本当に、大丈夫かの? やっぱり寝といた方が!」

「いや今行けって言ったよな!? ペース崩されるからやめてくんねえ!?」

 最後まで変わらないサン婆の態度に、イツキは苦笑しながら応じる。
 しかし、 そのまま振り返り、足を一歩、そして二歩――やがて走り出し、イツキは吹っ切れた思いすら感じながら、サン婆の家を後にした。

「道中、気を付けるんじょい――!」

「ありがとな!! またこの恩、返しにくるから!!」

 ――最後のサン婆の忠告が、ひどく耳に残っている。その通りだと、思ったからだ。耳が痛いと、分かっていたからだ。
 だからあえて、それを胃の中まで下し、中庸で受け止めて、イツキは役に立たない石と共に、走り抜けた。

 イツキの、異世界での五度目の朝が、始まった。



 _______________________



 異世界に召喚された、ちょうどその場所に再び回帰し、イツキは今後の打開策に頭を悩ませていた。時間的に見れば、一度目のループとほぼほぼ似たようなシチュエーションだ。

 彼が頭を悩ます理由は、おおよそ二つ。それらはこれまでの異世界生活で手に入れた最大の謎で、かつどうにも自力じゃ分かりそうにもないものだ。

「なんで、戻って来てんだよ……」

 イツキはこれまで、四度世界をやり直してきた。そしてその条件を、イツキは『誰かの命が失われたら』と仮定していて、それはビンゴだったはずだ。

 しかし、前回のループにおいてイツキは、誰とも接触することなく、時間を巻き戻されていた。つまり、誰も死なさず、自分も死ぬことなく、強制的に『時間遡行』させられていたのだ。

 ここで、前提がひっくり返った。
 冷静に客観視しても、どうにもおかしい。つまり、今後の行動の起こし方において、イツキは本当に八方塞がりになっていた。

「それこそ、第三者……俺に『時間遡行』を与えた奴の、気紛れで戻されているって方が、納得できるぞ」

 ゾッとしない話だが、もしそうだとすれば、アイラ達をなんとかエバンの手から逃れさせることができたとしても、延々と戻され続けるという最悪の可能性が生まれてしまう。
 もちろん、それだけは困る。

「もう、悪夢でも見てるんじゃねえかよ……っ! 夢なら覚めろってんだ!」

 癇癪を起こしかけて、イツキは己の髪を毟る。しかし、そうでもしないと苛立ちの行き場がなくなるのは事実だ。

 イツキは、異世界に召喚された直後、その状況を当分信じられずにいた。しかし、その後に度々起こる超人と、時間を巻き戻したとしか思えない状況。
 『時間遡行』のついては、当時はサン婆の悪い悪戯か、とでも思ったが、この状況にどこか既視感があるイツキにとっては、すんなりと受け止められた。その既視感はもちろん、日本でこれまでに読んだライトノベルだ。

 どっちみち、異世界に召喚されたことさえ信じれば、後に起こった超常現象――例えば『未来予知』すら、あっさり理解して飲み込むことは出来た。

 しかしそれとは裏腹に、眼前で発生する理解し難い有り様を三度見続けて、あれだけ尊いと教わった命を何度も切り捨てられて、イツキはこれが、夢だといいのに、とも思っていた。

 それが今回の訳の分からない強制ループで、『思う』より『縋る』――つまり、懇願するようになっていくのが、自分でも分かっていた。
 俺には、この重荷は無理かもしれない。そう、思い始めてきたのだ。

「……逃げ、れば」

 ふいに、そんな浅ましい思考が脳裏を走る。
 しかし、同時に浮かんだ彼女の表情に、それは強制的に揉み消させることとなる。

「――――」

 馬鹿だ。
 たった今、自分はなんてことを考えてしまっていたのだろうか。それはどこまでも低俗で、姑息で、卑劣で、残酷な手段で、それなのに今自分は、人として失格の思考をしてしまっていた。
 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。いくら外に出向いていなくたって、人の命を軽はずみに扱うなど、しては駄目だと知っているのに。あの時、自覚したというのに。

 絶句するしか、無かった。

「――――」

 そんなときだった。

「……ェ―――!」

「―――ぁ?」

 どこからか、男の雄叫びのような音が聞こえた気がして、イツキは横を見る。
 そこに、既視感のある光景が広がっていて、イツキは自分の置かれている状況を理解した。
 それは、かつてのイツキにとって、全ての起点となった原因のはずで。

「どけェーー!! 殺されたくなければそこをどけろォーーッ!!」

 顔に覆面を被った、紫髪が覗ける巨漢が、細長い小包を持ってこちらへ走ってきていた。


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