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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章14 『運命の暴力』

更にあけましておめでとうございます。良い年をお迎え下さい。

……めでたいはずなのに、内容はお食事中にはお控えください的なあれです。
 




「―――――儂の名前はサンじゃ。サン婆とでも、好きに呼ぶがええさね。……じょい」

「……サン、婆ちゃん?」

「おおう。いきなりちゃん付けかい。やっぱり、儂の魅力に取り憑かれておったんじょね。まあ仕方ないの。そっちが積極的にアピールしてくると言うのなら、儂も本気を出して……」

「……いや。いい、わ」

「およ? そうかい」

 瞼が痛い。太陽の光が、イツキの暗闇に慣れていたはずの目を焼いたのだ。

「暗闇……」

 暗闇。そう、暗闇だ。
 イツキはたったつい先程まで、暗闇――闇夜の中にいたのだ。イツキ達を照らしていたのは、陽の光でも何でもなく、月明かりだったはずで。

「―――ぅ、あ」

 もうイツキの頬には、剣舞によって負った傷も、汗で張り付いた服も残ってはいない。
 否、その眼前に存在していた剣舞すらも、もうこの世には存在していないことになっているのだ。

「……うぶっ」

 そして唐突に、思い出してしまった。
 臓腑が、脳髄が、肉が、ばらばらになって眼前の砂に散布する光景。排泄物が立ち込め、顔を背けたくなるような異臭。血液が足元にすら付着し、その場から下がろうとしても粘着質なそれがイツキを動かすのを許さなかった。

 ――最期に、黒髪の少女がこちらを見たのを忘れられない。

 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い。
 イツキは、人が死ぬ光景をこの異世界に召喚され二度も見てきた。短期間でこの回数は異常だと分かっている。分かってはいるが、どうにも慣れることは出来ないでいるそれに、少しずつだが客観視して振り返ることが出来るようになりかけた時だった。

 しかしあの時のそれは、これまでとは比べ物にならない。眼前は眼前でも、あまりにも眼前過ぎるのだ。
 あまりにもグロテスク。あまりにも、この世のものとは思えない生き地獄。あれを敷衍するのは、どうにもできそうにはない。無論、客観視することもだ。

 腹を裂かれ、首を切られ、足を捻じ曲げられていた。見ているだけで痛々しい。思い出すだけで、全身を掻き毟りたくなるほどの。

 ただ一つ、救いがあるとすれば、

「目の前にいるのがサン婆ちゃんで、良かった……」

「それはどういう意味じょい? なんか失礼なこと言ってないかじょい?」

「……そんなこと、ねえさ」

 やがて、手足の感覚が戻り始める。
 麻痺していたようなそれは血の熱を取り戻し、全身を焦がす太陽にも順応し始めた。

 全ての条件が揃う。
 辺りを見回して、抑えよう抑えようとしても止まらない嗚咽感を息を止める事で堪え、涙目になりながらその場に立ち尽くして、分かった。

「戻っ……て、きた」

 顔を赤くして、荒い息を吐きながら、イツキは遅くして、自分が『時間遡行』したことに気が付いていた。

 合計にして、三度目の『時間遡行』。世界と自分が一度ミクロに分解されて、再び集合するような感覚を伴う。奇妙なものだが、瞬き一つすれば消えた意識は現実へと引き戻されているのだ。
 否、意識が消えたことすら分からない。ただ、一瞬で強制的に瞬間移動したように感じる。しかも、それは時間すら巻き込んで。
 体の内側がぞわぞわと疼いている。それは、三度目にしてようやっと理解しつつあった感覚だった。

 目を細める。空を見上げれば、日本よりも二倍は強いんじゃないかとさえ錯覚する紫外線がその場に立ち込める。それに倣い、サン婆も青々とした空を見上げながら、

「なんじゃ? やはり体調が優れんかじょ? 昨日致したベッドじゃが、まあ病人を看病するためとあらば、儂も一肌脱ぐ思いで……!」

「いいよ。心配してくれてるとこ悪いけど、俺ちょい、やらなきゃいけねえこと思い出したし。サン婆ちゃんも外にいたら熱中症になっちまうぜ? 家入って致してな」

「そうじょ? ならお言葉に甘えて、そうさせてもらうとするかじょい。……はぁ……んっ」

「……ん? ……あ!? ここで始めんなよ!? ちょ、あばよ!!」

 もじもじしながらその場で脱ごうとする老婆に、イツキは顔を赤らめることなくその場を去る。
 無論、ここで貰わねばならない石のことは、彼の頭からは既に抜けていた。

 四度目の別れが終わる。四度目の石畳を踏む。四度目の、運命にぶつかっていく。
 ――異世界での、イツキの朝が、再び始まった。
 

 _______________________



「……無毛だった」

 サン婆との別れを終え、イツキはのび太・ジャイアン・スネ夫の盗人三人組との邂逅イベントをすっ飛ばしていた。

 三度目のループで彼らの捜索をしていたのは、アイラが現れるだろう彼らのアジトの場所が、イツキ単独では分からなかったからだ。しかし、その周回を経た今、イツキはたった一人でアジトへ辿り着くことが可能となっている。そういう意味では、三人組を従えられる『退魔石』はあまり必要無いのだが。

 故にイツキは、これまでのループとはどれとも異なる行動を起こしていた。
 三人組を探すことも、エバンに出会うこともなく、一人で山をかけ登り、その頂上の禿山部分に存在する小屋へ出向いていたのだ。

 やはりイツキの予想通り、その小屋は蛻けの殻。盗人三人組は未だ、王都でスリをかませるカモを探しているようだ。
 時刻はまだ夕暮れの兆しすらない頃。早く来すぎたか、いずれにしろ、今までよりは最善の結果だろうか。

 そのまま汗を流しながら小屋の外壁に腰掛けて、ようやっと放った第一声が、先ほど述懐したものというわけだ。

「……あぁぁー……」

 幼い頃、近所の同じ保育園の女子達と混浴した事実はある。もちろん記憶は曖昧だが、それ以来本物の女性と裸の付き合いといった経験は滅法ないイツキ。
 その純血が、ついさっき痴女老婆によって、たったの一瞬で砕かれた。

 ――見えてしまった。

「はぁー……っと。切り替えろ。そんなこと考える暇はねえぞ、俺。……はぁ」

 どうにも溜め息が堪えられないが、どうにか頬を叩くことによって己を叱咤。
 首を左右に振り、煩悩を消すようにして、イツキはぼんやりと眼前の木々を眺める。

 そしてまた、おもむろに溜め息が零れた。
 しかし、その意図はさきほどの下らないものとは違う。
 回想するのは、前回のループのことだ。

「アイラをまた、殺されちまった……」

 前回のループでは、何のためにこの小屋に出向いたのか。

「アイラ。そんでもって、あの盗人三人組を、エバンから救うため……」

 そうだったはずだ。そして、あの時全ては上手くいっていたはずなのだ。
 しかしエバンは、イツキの想定していた――否、実際に起こるはずの時間よりも早く現れた。そして、いとも容易く、アイラ達の命を奪った。

 何故あの場所に、彼は出向けたのか。イツキの経験と、実際の出現時間との、情報の齟齬が生じていた。
 そも、エバンは何のためにここに現れたのか。

「しん、ぞう……」

 『心臓』。
 それが、エバンの目的と思しきものだ。恐らくそれが、エバンがアイラを執拗に狙う理由か。

「『心臓』って、なんの心臓だよ。多分、なんかの比喩用表現って考えるのが妥当か。……察するに、あの大剣を具現化する為の、資格……とかか?」

 そしてイツキの脳裏に浮かぶのは、アイラが携えていた鋸のような大剣だ。『黒龍の大剣』、などと呼ばれていた気がする。

「あの剣は、ただの剣じゃなかったはずだ。多分恐らく、触れたものの魔法を無効化する。そんな感じの、チート的な何か。それなら……」

 エバンがそれを狙うのも、なるほど頷ける。もしそれがアイラの持つ力で、しかも他人に手に入れられるものなら、奪いたくなるのは強者であろうとする人の性だろう。
 エバンはそのやり方が少々手荒なだけで。

「――――」

 そんな時、ふいに、一つの違和感がイツキの脳を掠めた。

「……じゃあもし、エバンが、アイラの持つ『心臓』に導かれて来たのだとしたら……!」

 つまり、アイラの所持する『心臓』だけに反応するセンサーのような物を、エバンが持っていたのだとすれば。

「逃げ場が、ねえぞ……」

 最悪の想像だ。もしこれが現実なら、イツキは今どうしようもない袋小路にいることになる。
 いくら足掻こうと、アイラと共に行動する限り、イツキとエバンは必ず鉢合わせることが確定している。

「――――」

 それを思うだけで、イツキの背に冷や汗が垂れる。
 体育座りだというのに膝が震えるのが分かり、やがて走馬灯のように、関わってきた者の顔が浮かび始める。

 あの三人組の顔。老婆の顔。憎き、青髪の剣士の顔。
 ――そして、股から首にかけて縦に切断された、アイラの顔が浮かび、

『――ありがとう』

「――――」

 横顔だけだけど、確かに笑っていたアイラの顔が、最後に浮かんだ。

「……やらなきゃ、ならねえもんな」

 そしてもう一度、先ほどよりも強く、腫れが引きつつあった頬を引っ叩く。
 眦に涙を浮かべながら、イツキは好戦的な目で眼前の木々を見つめる。そして視線は徐々に下へと向けられ、己のサンダルと細かい砂へ移った。
 小さく胸の辺りで拳を強く締め、決して遠くはない非情な現実へ、向き合う覚悟を決めていた。

 そして、その決意は――、

「――と?」

 ふいに、視界の明滅がイツキを襲った。
 同時に頭がくらつき、その場で体育座りから横倒しになるように地面に寝そべってしまう。

「あ、れ……?」

 視界の明滅と、頭の鈍痛は未だ止まない。
 咄嗟に、イツキはこの現象を『未来予知』のそれと錯覚した。しかし、一向に訪れないそれと、これまでには起こり得なかった倦怠感にその可能性を放棄する。

 では、この今の状態は何か。

「――あぁ」

 やがて、イツキはそれが何なのか未だ痛む脳で理解する。これこそ、イツキにもっとも関わりのある現象ではないか。

 ――これは、疲労だ。

 異世界に召喚される前は、おおよそ二回目の徹夜の直後だ。それも夜食を買いに行く前で、空腹感は無視しても抑えられないものだ。
 そして、イツキを襲った四度の世界。時間を巻き戻して、体の傷と疲労は有耶無耶にされても、その精神に負った疲労は無くならない。

 ――体と精神の脳の齟齬。それが、巻き起こっていた。

「ここ……で、へば……とか」

 もう呂律が回らない。体を上げることも、今はできない。
 イツキの心は、あの熱血は、未だ冷めていない。しかし、それをねじ伏せるほど、イツキの体は拒否反応を示していた。

 ゆっくり、ゆっくりと、イツキの意識は五感を置き去りにしていく。しかしそれはイツキの体感で、実際はもっと早く、それは消え去っていった。

「――、――――」



























「――――サン。儂の名前はサンじゃ。サン婆とでも、好きに呼ぶがええさね。……じょい」


「――――……は?」

「……お? だから、サン。サン婆じゃ! なんじゃ。お前さん、儂より耳が遠いんじょ? だとしたら、中々重症じょい?」

「――――」

 太陽が眩しい。それは空を仰いだイツキの目を、瞼の裏まで焼き尽くすものだ。イツキは咄嗟に手のひらで日陰を作り、そしてもう片方の手で目を思い切り擦る。
 ――しかし、それでもイツキの黒い双眸に差し込むのは、日本の二倍は紫外線の強い光線だ。

「なん、で」

 眼前に、皺くちゃの顔を可愛げに傾げた老婆がいる。それを傍目に、イツキは己の手のひらを二度ほど開閉。その力の感触に、夢でないことを確信した。
 視覚もある。耳も、遠くでうっすら聞こえる喧騒の声を聞きつけている。

 何も、イツキは間違っていない。なのに、

「俺は……戻ってんだよ!?」

 ―――イツキの小さな決意は、運命にあっさりと、砕かれてしまった。


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