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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章13 『スロウ』

あけましておめでとうございます。そして、良い年をお迎え下さい。

……めでたいはずなのに、内容は全然めでたくないです(ごめん)。
 
 

 ――因縁の決着。

 それは、いま目の前にいるエバンには、何ら覚えのないことだろう。イツキが、ただ一方的な因縁と恐怖を抱いているだけだ。

 しかしエバンは、合計十五時間にも及ばない期間で、二度もイツキやアイラ達に剣を振るい、無作為に、そして理不尽に命を奪った。
 一度目は騎士を装い、二度目は挙動不審なイツキを怪しんで。

 その度に、イツキは時を超えて、『時間遡行』という形で舞い戻ってきた。

 イツキに与えられた、この異世界でのたった二つの、求めてもいない能力。
 痛みを伴う『未来予知』、条件の分からない『時間遡行』。

 その理不尽な二つの能力のお陰で、何とかここまで戻ってきた。ようやく、この舞台に立つことが出来た。
 そしてどの世界でも、やはり眼前の『青髪の騎士様』は極悪人なのだ。

 身に覚えがなくとも、極悪人というだけで、イツキが悪意を持つには充分だ。

「君は誰だ。何のためにここに訪れて、何のために、私の前に現れた。その石も……アイラ様とは、どのような関係だ」

「アイラ『様』か。まだ騎士様を装うのかよ? てめえが騎士じゃないことくらい、今までの行動からとっくに証明されてんだろうが」

「私がどのように動こうと、君達には関係がない。目の前にいる私が虚像でも、例え真実でも、どちらでも構わないだろう。ただ、私の疑問に答えるだけで良い」

「ほう、そりゃなんで?」

「―――これから、私が剣を振るからだ」

 鬼気迫る。
 エバンから放たれたそれは、完全なる殺意と悪意と害意を以て、イツキは全身の毛という毛が粟立つように揺れ動くのが分かった。
 彼を取り巻く、オーラが違う。まるでそれが具現して、イツキを圧しているかのようにさえ錯覚させられる。

 エバンは青髪をなびかせて、三つの命を奪ったというのに、血にさえ濡れてない純白の大剣を振りかぶる。太腿と脹脛が何回りも盛り上がり、地面を抉ってこちらを見据えていた。

 しかし、イツキは臆していてもそれを顔に出さず、歯を剥き出しにして、

「なるほど。そりゃ説得力ありありだな。けど、それ振っちまったら、俺達は死んで、聞き出せるもんも聞き出せねえだろ? だから、お前は今のところはそれは出来ない。剣を下ろせよ。おっかねえことこの上ないわ」

 言いながら、イツキの脳裏に問答無用で剣を振るわれた二度目のループが過ぎる。が、敢えてそれから背くように、思考を放棄した。

「それは違うな。確かに、君から私の存在をどこで知ったのか、そして君は何者なのか、聞き出せられるならそれは最善だ。だが、だからと言って、私が君を殺さないと断定するのは違う」

「………っていうと?」

「分からないか。……どちらにせよ、私に勝るものは無いからだ」

「なるほど、分からん」

 つまり、この上ないほどの自分最強主義、という事だ。
 どこにその自信があるのかは分からない。分からないが、確かにエバンを倒すというビジョンが浮かばないのは事実だ。
 しかしまさか、その強さを自負していたとは。

「理解されなくても構わないさ。私の目的は、それに無い。ただ、質疑に応じる気が無いのなら、僅かだけ目的に遠退いてしまう。それだけだ」

「そうか。その手助けが出来たなら、満足だ」

「最後までその気は無い、か。……賞賛しよう。私の攻撃に反応し、回避したのは君が二人目だ」

「ありがとうよ。――全っ然、嬉しかねえけどな!」

 もちろん、咄嗟に彼の攻撃に反応出来たのは、イツキの二度のループによる経験則の賜物だ。イツキの反射神経、及び身体能力によるものではない。
 それを褒められても、微妙なところだ。

 イツキは、こうしてエバンに対して、恐れをなさず、堂々と振る舞っている。隙があれば中指を立て、圧倒的な力量があるのに、器の面では大差ないように見えているだろう。
 しかし、内心では今にもチビりそうである。

 そろそろ虚勢を張るのも限界に近しい。
 どうする、どうする、どうする。その、たった四文字しか脳内に浮かんでいなかった。打開策が、いくら詮索しても見当たらないのだ。
 もちろん、浮かぶくらいならした。しかし、それがどうにも、実現するようには思えない。

 正面からぶつかり合って、倒す。無理。
 真っ向から背を向けて、二人同時に逃げる。無理。
 アイラを囮にして、こっそり逃げ出す。――無理。
 『あ、UFO!』『なんだと!?』『今だ、トンズラ――!』『く、くっそー!』―――無理!!

 最後に関しては、UFOという概念すらあるのか怪しいものだ。

 馬鹿らしく思えるだろうが、そんな案にすら縋るほど、追い詰められていた。
 咄嗟の回避は出来た。しかし、それまでだ。それ以上の延長は、どうにも望めない。

「ここで終わりってのか……!? チクショウ……ッ」

「――ちょっと、あなた」

 沸沸と怒りが湧き上がるイツキに、こっそり耳打ちする女の息遣いがあった。
 思考の海に沈んでいたため、咄嗟のそれに反応出来ず「うひゃいっ!」と声を上げてしまう。

「ちょっと!? あなた、ここがどういう場所か分かってるの!? そんなふざけた真似……正気なの!?」

「うるっさいな! 集中してる時に、いきなり予備動作なしで耳打ちする方が悪ぃだろ!? しかもこっちはそんなに女性経験も無いのに、びびるわ! いい匂いだな!」

「最後のは何よ!? ……はぁ、軽口が減らないのは分かったから、取り敢えず話をしましょう。聞きたいこともあるし、それに……」

 と、アイラは眼前の剣を構えたままのエバンを見る。
 それに、イツキもそんな場合ではないと自覚。いつの間にか鼻に滲んでいた脂汗を拭い、エバンに注意を払ったままに、

「分かった。……手短に、頼む」


 _______________________



 エバンが、どうやら二人が密談に入ったと理解したらしく、その剣を下ろす。それに反比例して目は警戒の色を強めており、しかし邪魔する気はないと確認した後、アイラは開口した。

「まず、あなたは誰? なんで、その石を持っているの? ……っていう疑問は、後回しにしておくわね」

「お、おおう。回りくどい言い方だな。てか、手短にって言ったよな。ここで俺が話したいのは、あいつの目的は何なのかっていう考察と、どうやってこの場所を切り抜けるかっていう話だ」

 この会話は、エバンに聞こえないよう細心の注意を払い、息遣いにも等しい大きさで話している。
 つまり、互いの顔が限りなく近くなるのだが、それを意識しているのはどうやら一方的にイツキの方らしく、アイラの男慣れさにイツキなりに恥ずかしさを抱いている、というのは内緒だ。
 関係ないのだが、こうして面と向かっていると、事実として本当にシャンプーの匂いが鼻腔を擽る。こんな真夜中で、しかも森を歩いてきた後だと言うのに、女の子は地味にそういう所だけ気を遣うな、とこっそり思う。

 ふと、アイラと一向に目を合わせようとしないイツキに変に思ったのか、彼女は小さく「あ」と発し、

「言っておくけど、あなたを味方だと思った訳じゃないから。この密談は、一時的な……そう、一時的に手を取っただけ。同盟みたいな感じよ。だから、同盟相手として一応言っとく。……さっきは、助けてくれてありがとう。あと、攻撃したのはあなただって、疑ってごめんなさい」

「……今!?」

「えっ。あ、いや、でも、今の内に言わないと私が満足して戦えないっていうか、おちおち作戦会議出来ないっていうか……。っていうか、人が厚意を示してるのよ? 何か言うことがあるんじゃないの!」

「逆ギレ!? 確かに、こんな可愛い子にお礼言われるのは嬉しい。嬉しいけど、出来れば全部が解決した後にしてくれよ!?」

「……鬼」

「いいよ鬼で!」

 事実、今こんな会話をしている暇はない。
 身勝手さと、空気の読めなさに、やはりどの国でも、美人でも王女でも異世界でも年頃の娘は変わらないな、と思う。
 何故か眼前で溜め息をこぼすアイラに、イツキは青筋を浮かべながら、

「ぶっちゃけ、俺ら非戦闘員だ。あんな奴と真っ向に立ち向かって、戦えるなんて事は不可能に等しい」

「だからって、逃げるって言うの? それは駄目。あんなに騎士様を侮辱したことも許せないし、何よりあの人の目的によるわよ」

「あの人の、目的? それの目星は付いてるのか?」

 何故か自慢げに胸を張るアイラに、イツキは首を傾げる。
 すると、アイラは薄ら頬を赤らめ、目を細めながら、

「……その」

「その?」

「私が、可愛い過ぎるから。……体を、狙う人が、その、ね?」

「――――」

 イツキの額に、青筋が濃く浮かび上がる。
 しかしそれにも気が付かず、赤らんだ頬を見せないように手で覆うアイラに、

「―――ッ!」

「い゛っっだぁぁぁぁぁッ!?」

「馬鹿なのか!? この国にいる奴は、サン婆といいエバンといいお前といい! みーんな、馬鹿なのか!? ほ、本気でそう、思ってんのか!? もしそうなら相当重症だぞ!?」

「そうよ! だってそれ以外無いじゃないの!! 何で叩くの!? しかもグーで!! 私王女なのよ!? それに言わせてもらうけど、これまでにもそんな人達が何人もいた! みんな同じようなものよ!! まあ私、処女ですけどね!」

「何人もいたのかよ!! てか本気か! それ本音なのか!! すげえな、尊敬するわ!!」

 確かに彼女は美人だ。
 TVで見たことのある女優より、何回りかは可愛い。それは、ゲームやアニメで嫁を作ってきたイツキの目から見ても、だ。
 しかし、この異世界の住民は、どうにも自分の顔にしろ力量にしろ人柄にしろ、何故か過剰な自信を持っているように感じる。それは、魔法で生き残った故のプライドか。

「それに、話が何も進展してねえし。……けっきょくのところ、あいつの目的は分からないまま―――」

 と、ふいに会話の流れで、エバンに意識を集中させる。
 その瞬間に、イツキは目を見開き、そして、咄嗟の反射神経のみで膝を曲げた。

「あ――っぶな!」

 幸運だった。たまたま、偶然にも、目をやったその瞬間が、エバンが大剣を振るった直後だったのだから。

「――これにも、反応したか」

「いーや。たまたま……本当に、今は俺の運だ。良かったな、また俺のお陰で、お前の顔に泥が塗れた。てっきり、俺達の作戦会議には友好的に待ってくれてるもんかと思ったぜ」

「ほざくが良いさ。あれを作戦会議と察すには、かなり無理があるように思うが?」

「……あー、なるほどな」

 白潤の刃先をイツキに向けるエバン。そして、それに相対して地面に寝そべったままのイツキ。
 随分とシュールな光景だが、しかし二人の間には稲妻が走ったままだ。

「最後だ。……私の問いに、答える気にはなったか?」

 声質が変わる。刃物特有の音を立てて、エバンの持つ大剣が揺れ動いた。

 やはり、イツキの思う通りには物事は進んでくれない。時間を無駄に稼いだだけで、何も良い方向に進んだ訳では無い。今の状況は、これまでのループを鑑みても、圧倒的に、絶望的だ。

 策はない。ただの気休めをしただけ。何も、進展は無いのだ。
 それを分かった上で、エバンも『最後の警告』を投げかけた。

 ――だからと言って、諦める理由にはならないのだから。

「……おい、一人称、変わってるぜ?」

「―――残念だ」

 終わった、なんて考えてはいない。
 エバンは、口ではああ言っても、その表情は惜しんでなどない。ただただ、傀儡の表情で腕を振り下ろすだけ。

 ――傀儡なんかに、人間が負けるかよ。

 出来るだけの事を。戻ってきただけの成果を。
 死にたくない。死ぬのは嫌だ。なのに、眼前に迫る死に、イツキはなぜか、恐ろしいほど冷静になっていた。
 走馬灯ではない。ただ、脳内に有り得ないほどの情報が、流れては消えている。

「――――」

 剣が迫る。
 既に、殺意以外の何者も込められていないそれは、イツキの喉を狙って風を切っていく。
 回避は出来ない。咄嗟にも間に合わない。
 考えても、目前に迫る死は避けられるものではない。なら、どうするか? 簡単なこと。本能に任せるのだ。
 だから、今出来る最善を。後方にいる、一つの命を――少女を、守るために。

 少女。少女――アイラ。――アイラ?


 
 ―――アイラは、どこへ?



「アイ……」

「―――はぁあッッ!!」

 次の瞬間、イツキとエバンの間に、爆風が巻き起こっていた。


 _______________________




「なん、だ……ッ!」

 ふいに生じた爆発に、イツキは咄嗟に、それがエバンによる事象だと錯覚する。地を踏みしめるが、しかし圧倒的な爆風はイツキを易々と吹き飛ばした。

「――――」

 全身に、衝撃が走る。何度もボールのように地面を飛び跳ね、何本か肋は折れたんじゃないか、と錯覚するほどだ。
 やがて、その場に立ち込めていた砂煙は晴れる。目に入ったそれをなんとか擦り落とし、ようやく、イツキはその場を理解した。
 否。実際は、理解するまでに、かなりの疑いと疑念を生じさせた。

「アイ、ラ……?」

「――下がってて」

 イツキの眼前に、漆黒のワンピースを翻した、髪の長い少女が立っていた。対峙するは、少女の何倍も体格のある大剣を携えた騎士。余りにも、客観的に見たら雲泥の二人が相対しているように見える。
 ただ、イツキにはそれが感じられない。――華奢な少女の白い腕に握られた、漆黒の大剣があるからだ。

「なんだよ、それ……。いつから、そんなの持ってて……」

「魔法剣だよ。私の魔力じゃ、具現化するのに結構キツいの。……だから、時間稼ぎが必要だった」

 アイラの手に携えられた大剣に、イツキは開いた口が塞がらない。何より、その剣は眼前の少女が持つには不相応過ぎるのだ。
 剣の『色』だけ見れば、それは白と黒という点で、エバンの持つそれと対極に感じられるだろう。が、エバンの持つ得物は、言わばただの白い大剣。素人でも、普通に思い浮かびそうな縦長の形状だ。

 だが、アイラの物は違う。大剣の端には幾本もの棘があり、鋸を思わせるそれは、人の肉を抉ることに重きを置いているのか。黒を貴重に赤い線が二本引かれ、まさに『鬼の剣』とでも言うべきか。
 何にせよ、彼女には似合わない。

 それよりも、

「お前! 非戦闘員って嘘じゃねえか! 騙したな!」

「え!? あなたが勝手に非戦闘員って言ったんじゃないの! 勝手に決めつけないで!?」

「……いや、でも魔力だけ豊かで、剣術は幼児以下っていう可能性も……そうだよな。女の子だもんな。王女だもんな。あんな重そうな奴、持つのはトロールくらいが丁度いいもんな」

「酷い言われようだけど、生憎そんなことないわよ。これは魔力の具現化だから、他の人からしたら重いかも知れないけど、私はそんなことないし……そもそも、他の人は触れないか」

 と、そこまで言ったところで、アイラは思い出したようにエバンに向き直る。
 そのまま、イツキに背を向けて、

「さっき触れて分かったけど……あなた、『器』が無いのよね? なんでこんな所にいるのか分からないけど、ここは下がってて。……私が、何とかするから」

「女子に守られるって男としてどうよ。……っても」

 助かった、というのは事実だ。彼女が大剣の召喚に一秒でも遅れれば、イツキは確定で終わっていた。
 だから、ここで彼女に時間を稼がせる。その間に、どうにか打開策を考えろ、ということだ。
 問題は、彼女がどれだけ時間を稼げるかということ。エバンの戦闘力が卓越していることは、イツキが身を以て体験している。だからこそ言わせてもらうが、それと対等に渡り合うことはまず不可能だ。
 それこそ、卓越した剣使いでない限り。

 だから、アイラがエバンに押し負けるというのも、時間の問題だ。事実、今はこうしてなんとか時間は稼げているが、その内アイラの方が消耗してしまうのは目に見えていて――、

「……嘘やん」

 だから、眼前で超越者同士だからこそ成せる剣舞が繰り広げられていて、イツキは二の句を次げなかった。

 それは決して人の目には追えない、神業だった。

 一撃に込められる破壊力が段違いで、空気すらも切り裂くそれは飛ぶ斬撃となり、遠巻きに見ているイツキの頬にすら擦り傷を入れる。剣戟を躱すことによって発生した素振りの音が耳を劈き、しかしその音も連続で訪れる剣音に打ち消された。
 その圧倒的な速度は、眼前の二人の前では通常運転に等しいのだ。

 エバンが飛ぶ斬撃を避け、一振り。それをアイラは黒剣で受け止め、受け流し、空上へと吸い込まれていく。しかしアイラはそれを気に留めず、翻して更に刃を返す。返った刃は端の棘によって斬撃を無数に生み、一斉に飛ばしながら確実にエバンの喉元に移動していく。ふいにエバンは背と腰を柔軟に翻して、地面すれすれに背を近付ける――まるでリンボーのような体勢で避けた。
 その勢いで右脚を振り上げ、それは喰らえば一溜りもなさそうな蹴りと化した。しかし、アイラはそれに動じず、全身の力をふいに抜き避けるという偉業を成す。
 そのまま余韻に乗ったエバンはバク転の要領で体勢を戻す―――そのまま腰を落として、刹那の動きでアイラの腹めがけて横蹴りをかます。しかしアイラは即座に反応。抜いた力を急激に入れることで地を抉りながら後方へ飛び出す。その隙にエバンは体勢を立て直し、やがて二人の間には地の窪みしか残っていない。

 アイラのその俊敏で柔と剛を使いこなす動きは、イツキと会話していた時飛ばされた最初の斬撃に反応出来なかったことが演技なのでは、とすら錯覚するほどだ。しかしそれも、アイラの爛々と燃え盛る紅の双眸を見れば頷ける。戦いを、楽しんでいる者の目だ。

「――――」

 誤解していた。決して、アイラがエバンに敵わないなんて、そんなこと無かったのだ。
 アイラはイツキの思うよりも、何倍も、その何倍も強い剣士だった。

 ――ふいに、エバンの振るう剣が、風を帯びてドリルのように豹変する。それは魔法によるものか、だが確実に、当たれば対象の肉を抉り取ろうとしていることが見て取れた。

「風の大剣……器用なこと、出来るのね」

「―――はァッ!!」

 しかしアイラは、それに臆することなく、それどころか笑みを見せる。
 エバンはそれを諦めと受け取ったのか、構うことなくその風を帯びた剣を振るった。

「――――ッ!!」

 それを、アイラが真っ向から迎え撃つ。
 白と黒。二つの大剣が、音を立ててぶつかりあった。

 ――その瞬間。エバンの大剣を取り巻いていた風が霧散し、ただの剣へと逆戻りしていく。あれだけ渦巻く疾風は、その姿を影も見受けられないほどに存在を無いことにされ、その裸のまま激突した。
 イツキは、その光景に何が起こったのか理解できない。ただ呆然と、口を開けたまま、そのこの世のものとは思えない剣技に息を呑むことしか出来なかった。

 しかし、当事者である二人は好戦的に歯を剥いて、

「それが、『黒龍の大剣』か。想像通り、美しい」

「あ、知ってるの。でも知ってて挑むなんて、だいぶ無謀なことじゃない? えっと、そんなに私の体が欲しい、の?」

「知っているさ。全ての魔法を相殺する、黒龍が愛したと言われた漆黒の剣。……それを求めて、ここまで来たのだから」

「……あ、生憎だけどね、これは王族以外には使うことは愚か、触ることも出来ない物騒な物なの。そもそも、魔法剣だから私が召喚しなければいい話だし。……それが目的なのね。私の身体じゃない人なんて、あなたが初めてよ。でもごめんなさい、諦めて。あ、でも騎士様を侮辱したことは許せないんだった」

「それは貴様が、『心臓』を持っているからだろう?」

「―――ッ!」

 『心臓』。その単語に、イツキは大した違和感を抱かない。それは至極当然だろう。
 しかし、アイラはそのワードに、ひどく過剰な反応を見せた。会話の最中も執り行われていた剣舞を中断し、何本か後ろへ退いて、

「あなた、何処でそれを……!?」

「さぁ、どこだろうな」

「……それが、目的なの」

 アイラの空気が変わる。
 美しい白い肌に青筋を浮かべ、怒りの色に染めている。なぜ、そこまで怒るのか。イツキにはそれが分からない。
 ――ただ、この光景は『未来予知』で見たことあるなと、薄らと思っていた。

「ちょっと、舐めてたみたい。身体狙いじゃないのが驚いたけど、あのことを知ってる人がいたなんてね。どこで知ったの?」

「……さぁ? 私を倒したら、分かるんじゃないか?」

「―――ッッ!!」

 互いの息を呑む音と同時に、最後の火蓋が切られた。
 剣舞が再開され、それはやはり、イツキの目には追えない。しかし、それは序盤の事で、やがて徐々に目が慣れつつあることに気が付いた。
 所々だが、二人の体勢が分かる部分が出来始めた。

「音ゲーで培った動体視力か……」

 もう二人がこの域になれば、イツキがどうこうできる問題などない。打開策は、けっきょく思い付かなった。
 ――だから、アイラがエバンを倒すことに、全てを賭けることにしていた。

「それしか、もう道がない気がするからな」

 眼前、アイラとエバンはやはり常人には理解できない剣舞を披露している。地は抉れ、血は舞い、しかし彼らを取り巻く空気だけは先程とは大違いだった。
 振っていた剣に突きが加わり、攻撃の幅が増えていく。エバンが風を纏わせ、アイラがそれを相殺させる。

「―――ッ!」

 霧散した風が、アイラの頬を掠めた。
 白い頬に一文字に線が走り、鮮血が飛び跳ねる。しかし、それも舞う剣によって空中で切断された。
 斬撃は空上の雲すら切り、音はイツキの鼓膜を連続して劈き続ける。
 永遠と思えるその時間に、涙すら流す者もいるのではないだろうか。

 ――しかしこの世の全ての事象は、やがて終わりを迎える。

「――――」

 一瞬の停滞が、その場に生まれた。――黒髪の少女は、それを見逃さ無かった。
 剣を振る。横に裂くように振るわれたそれは、空気を切り裂き、正確にエバンの腹部を狙っていた。

「――捉えた」

 そう言ったのは、アイラかイツキか。
 ただ、それはイツキの目には、ひどくスローモーションに見えた。これが終止符だ。その場にいる全員が、そう錯覚したことだろう。

「――――」


 ――だから、エバンがその場で体勢を立て直し、横の剣戟を避け、下からアイラを裂いたことに、誰が反応出来ようか。


「―――ぁ」

 血が、噴き出す。
 決して血を帯びることの無かった白い大剣は、唯一アイラを股から縦に裂いたことで、真っ赤に染まっていた。
 縦一文字の直線を描いたエバンの剣先は、やがて首から抜ける。ふいにそれを翻し、再び頭の上から頭蓋を砕くように股まで投入された。

 美しい桃色をした腸や肝臓、膣や子宮がその場に散布される。同時に、排泄物や黄色い液体が血に混ざって流れ落ちた。それは蒸気を生み、異臭がその場に立ち込め、頭蓋ごと断ち切られた脳液や脳味噌がばらばらになりながら空中を舞う。
 内部だけでない。腕や首、足が何度も何度も切断され、手脚の腱や骨や動脈が、小さく跳ねながら抉れた地面に落下した。


「――――」

 この時、イツキは直感した。

 ――すぐ側に迫る、『死』の感覚に。

 嗤った男は、少女の臓物を確認するや否や、その剣先を奥で蹲る少年の方へ向けた。
 男は無感情の双眸で表情を変えることなく、ただ口元だけは歪に嗤う、傀儡人形のような狂人となっていて。

 その足取りは遅いのに、イツキは既に動けなくなっていた。ただ眼前の光景を眺めるだけ。ゆっくりと、だが確実に近付くそれを待っている。それだけだ。

「――あの三人組は首から上を断たれ、最高峰の剣士であるアイラすら死んだ」

「――――」

「それなのに貴様は、指を咥えて眺めているだけだと言うのか?」

「――――ぅん」

 男は無感情のまま、殺戮を行う兵器となっている。イツキの正面まで歩むと、剣を携えた腕を振り上げた。イツキはそれを、呆然と見ているだけだった。
 そのまま、腕はイツキの頭蓋目掛けて振り下ろされる。嫌悪感を覚える音を立てて、イツキの中へ剣先が入り込んでいくのがわかった。

 ――イツキには、その光景が、ひどくスローモーションに見えた。

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