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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章12 『三度目≠正直』

 


 ゆらり、ゆらりと、青髪の騎士がこちらへ歩み寄る。
 じりじりと胃の奥から焦燥感が腹痛となって出、口は乾き、瞬きすらも憚られる。
 それほどまでに、彼から発される威圧感と、ここにあるはずがない、という非現実感に圧倒されていた。

「なん、で……てめえは、ここに」

「―――? 何かな? 僕のことを知っているのかい? なら、何処で会ったかな。不甲斐ないが、こちらに記憶が無いんだ。済まない」

「――――」

 白々しい。嘘をつくな。

 一層のこと、そう言ってしまいたい。
 しかしそうさせないのは、前回のループで警戒心を剥き出しにしたことによる殺害が原因だ。気の緩みを刹那でも見せれば、気がつけば首が切断されていた――そうなっても、おかしくないからだ。
 だから、

「……あ、あぁ、そう……です、か。あー! 人違いでした! あはは、すいません。こんな所まで、お勤めご苦労様です、騎士様」

「……ふむ、そうか。こちらこそ、早とちりして申し訳なかったね」

「あ、はは……」

 ―――白々しいのはどっちだよ!!

 どう考えても、今の態度と乾いた笑いは怪しすぎる。警戒心剥き出しの方が、まだ可愛げがあるというものだ。
 しかも、こちらに薄い笑みを浮かべながらも、その目を細めているエバンがそれを物語っている。

「……けど、よ」

 しかし、予想外。
 余りにも予想外なのだ。

 イツキの知る限りでは、昼の時点ではまだエバンは都市部で護衛を務めていたはずだ。そして、夜になったら抜け出して、森へ向かいアイラ殺害――それならまだ、時間的に納得できる。

 しかし今回はどうだ。
 まだ陽は、ようやっと落ち始めよう、といった時間帯だ。季節的には『半暑期』――つまり梅雨時期のため、陽は長い。つまり、まだ昼といってもなんら違和は無い。夜まではまだまだ遠いのだ。エバンがこの場所に現れるには、いささか早すぎる。
 そんな時間帯だというのに。

 ―――何故、ここに彼がいる?

 何故、何故、何故。
 イツキの中で、情報が摺り合わない。
 ここまでの全て。ここで、彼が必ず現れるのなら、イツキがどう足掻くことが出来よう。
 つまり、この修羅場を切り抜けなければ、死は断定的だと言っても良いだろう。
 それを避けるためには、

「お、おい。アイ……」

「あなたは誰!? さっきの山を斬った斬撃……あなたなのよね!? 格好を見るに騎士様……どういうつもりなの!?」

「――――ッ!?」

 ――そうだ。そうなのだ。
 アイラとエバンの邂逅は、今回が初。つまり、アイラはエバンの正体を知らないことになる。

 しかし、ここで『あの男は騎士じゃない。極悪人なんだ』とアイラに説明すれば、それはエバンの不信感を買い、アイラ諸共斬られることは避けられない。
 幸い、アイラが持つイツキの『退魔石』に対する警戒は薄れつつある。つまり、今がチャンスだ。

 彼女に下手なことをさせないために、最善を尽くせ。
 これ以上、彼女とエバンを接触させないために、頭を使え。

 考えろ。頭を回せ。思考を止めるな。
 イツキの脳が、記憶がフル回転する。記憶を探れ。思い出せ。次に何が起こるか、予感しろ。
 逃げろ。逃げることを念頭に。彼女に、アイラにエバンを近付かせるな。

「……申し訳、ありません」

「………え?」

 ふいにエバンは、アイラの足元に歩み寄り、背中に携えた大剣を置いて、その足元に跪く。
 その様子に声を漏らしたのはアイラだったかイツキだったか。

 この光景は、一番最初のループで目にしていた。しかしそれは、飽くまでエバンの詳細がアイラとイツキにバレていない状態だから出来たことだ。
 今はその条件が揃っていない。イツキとアイラ、二人に警戒されている中で、彼が力を見せることなく跪くなど、予期することすら出来なかった。

 今の彼に、何故跪く権利がある。
 だって、彼はたった今、アイラを殺そうと斬撃を飛ばしたばかりだ。たまたまイツキの咄嗟の対応で当たらなかったから良いものの、二人からの信頼はほぼ皆無だ。
 そんな中、何故今更騎士の振りをするのか。だって、騎士の務めすら、何も果たしていないのに――、

「――――え?」

 ――なんだ、今の、違和感は。

「――待て、おかしい。だって、そうなると……」

 イツキの中で、ふいにどこか、引っかかる部分があった。
 そこに意識を集中させ、順序を組み立てて思考する。
 条件が揃っていない中、何をするか。一般的だ。考えろ。

 ――まずは、条件を一つずつ満たしていくのが最優先ではないか。

 少しずつピースが集まり、結果が形となって象られ、小さな違和感は疑問となり、その疑問はやがて確信へと変わる。

「―――ぁ」

 前を見る。アイラがいる。その足元で、膝をつくエバンがいる。
 一見、なんの危険性も見受けられないように感じられるが、

「騎士としての役目を果たすため、少々手荒な真似を働いてしまいました。申し訳、ありません」

「お役目……? あなた、本当に一体、何しにここへ……」

 ――待て。

「残念ながら、その役目はまだ果たされていないのです。実力不足に、返す言葉もありません」

「―――? ええ、と? だから、何しに……」

 ―――待て、待て。

 これ以上は、やめろ。やめて、くれ。

 だって、

「―――憎き悪党を、滅ぼすためです」


「―――――お前らぁッ!!! 逃げろぉッ!!!」


 アイラに『騎士』として見てもらうための条件。――一度目のループでも、彼はそれを達成させていたのだ。
 ただイツキが、それに気付かなかっただけで。

 振り向く。声を上げた。
 その先には、こちらの会話を見守っていた三つの人影がある。
 一つは小さくて、一つは太くて、もう一つは細長で。
 その叫びは情でもない。ただの、その場限りの縁だ。たったそれだけの、いつ失われるか分からない、表面上の友情。

 それは歪んでさえいたものの、確かに存在していたものだったのに。

「兄き――――」

 ――盗人三人の頭が、飛ぶ斬撃によって、首から上で切断された。


 _______________________



「――――」

 遅い。どこまでも、遅い。
 何故、分からなかった。考えられなかった。気が付かなかった。
 この光景は、一度目の世界で見たトラウマに近い世界だ。何故それを、二度も繰り返させてしまったのか。
 何故――、

「―――!? あなた、何てこと……!?」

「あの三人組は、この区画でも有名な輩です。スリや強盗はもちろん、殺人……そして、秘密裏に麻薬や奴隷の売買すら行っておりました」

「だからって、簡単に命を切り捨てるような真似……ッ!」

 嘘だ。
 そんな事実はない。
 彼らは奴隷を売買しても、殺人だけは決して犯していない。もっとも、充分大罪人だが。
 それでも、簡単に投げ打ってもいい命じゃなかったはずで。

「―――それに、あの少年も……」

「―――――ッ!?」

 肩をわななかせているアイラには目もくれず、大剣の柄に手をやったままのエバンはイツキを見る。その黒瞳はいつまでも変わらない。優しくなんかなかった。錯覚だったのだ。
 元々、虚無すら映さない瞳だったのだ。

 背筋が凍る。喉が固まる。
 イツキの脳裏を掠めるのは、二度目のループでエバンから受けた肩の傷だ。あの痛みは体は忘れても脳は忘れていない。
 彼の技は神業と言っても過言ではない。見えない攻撃で、いつ受けたかも分からないのだ。それは猫の鼠と等しい。目をつけられれば、抵抗出来ることなく終わる。
 彼から、敵意を、向けら、れれば、確定、死―――。

「……その、石」

「………あ?」

「―――ご無礼を。その称号を持つということは、騎士を従えるという証。……お詫び、申し上げます」

「え? ……あ、おう」

 空洞の双眸でこちらを見つめるエバン。が、イツキの首に掛けられた『退魔石』に気が付き、再び跪き直る。
 ここまで来て、まだ騎士を名乗るというのか。

 ――それはどこまでも、狂人的だった。

「……馬鹿か、俺は」

 たった今、イツキの考え不足で三つの命を失ったばかりじゃないか。
 惜しんでいる暇はない。後悔している暇などない。所詮RPGRPGRPG。救え。目の前にある、まだ、残っている命を。

 イツキは昔から、「なんとかなる」という現場主義で生きてきた。実際、それでどうにかなってきた。
 しかし今回は違う。敵は実態のある人間で、完全なる悪だ。一度でもなく二度もそれを前に潰され、その現場主義は跡形もなく砕け散った。

 ――だから、この世界は所詮異世界。ライトノベルの世界。『未来予知』も『時間遡行』も受け止めて、なんとか立ち向かおう、という現実逃避に陥った。そうでもしないと、思考が止まりそうで、自分がただの無力になってしまいそうで。

 分かるはずだ。この先に、何が存在しているか。待ち受けているのか。

「……アイラ」

「あなたは誰!? 騎士様じゃないんでしょう……? 何の、ために……!」

「ですから、あそこにいる悪を滅するために――」

「―――そんなやり方、騎士様がやることじゃない! だって、いくら悪でも、許されないような罪を犯していても、人間は人間。……罪があるなら反省させて、それ相応の罪を被せて、更生させてあげればいいだけなのに」

「アイ、ラ……!」

 声を荒らげるアイラに、イツキの声は聞こえていない。
 彼女は怒っている。何よりも、『命を奪った』という行為に、怒っている。
 そうなれば、何より彼女が、冷静な思考ができそうにないのが痛みだった。

「いいから、こっち来……」

 そう言いかけたところで、喉が塞がった。

 ―――自分が今、どうしようもない窮地に立たされていることに。

「……逃げ場が……」

 ――ない。

 辺りを見回す。自分が立っているのは、森の中にぽつんと広がった木のない場所、そのどん真ん中だ。他にあるものは、アイラとエバンの姿。そして三人組のアジトであった木製の家と、首を無くした三つの人影。
 地面は小さなきめ細かい砂。再び森バイオームへ突入するまで半径五十メートルはあろうか。

 ここから、どうやって逃げることが出来よう。
 少しでも背を向け、走り出せば、どんなに逃げ切っても飛ぶ斬撃に背を斬られて終わりだ。
 終わり、終わりなのだ。

 ここから逃げ出すには、

「――エバンを、倒すしか……!」

 道が、無いことが分かった。
 せめてもう少し時間があれば良かったものの、それも無い。イツキが衝撃に貫かれている間にも、時は無情に過ぎていく。

「なんで……なんで!? いくらあなたに実力があっても……その扱い方が、その八つ当たりみたいな力の使い方は、弱者のそれと同じ……ッ! 騎士様でもない、何がしたくて、何で偽ってるの!? あなたの目的は何!? あの人達だって、あなたのために死んでいくわけじゃないのに……身勝手な理由で、人を殺めて、そんなの、私が許すとでも思って……」

「―――――」

「私の知っている騎士様はそんな人達じゃない! みんな優しくて、ちょっと怖い人もいるけど、人を殺すなんてこと、絶対に考えない……! あなたの考えは、狂った性根は……私には、効果なんかないから! そうやって、当たり前のように跪くのも止めて……! 本物の騎士様達に、失礼じゃないと思わないの!?」

「―――限界、だな」
 
「―――ッ!?」

 アイラが、怒りに任せて声を荒らげる。その内容に一貫性が無くなっているのは、イツキだって感じていた。

 しかしそれよりも、目の前の、黙って俯いているエバンの口元に、目が釘付けになった。

 小さくて、はっきりとは聞こえない声だ。あるいは唇が動いただけのように思える。しかし、それでも、ゆっくりと動くそれに、イツキは理解を示し、そして焦燥感と、畏怖感を覚えていた。

 『限界』。
 その二文字が示すのは、これ以上の怒りの我慢は出来ないということ。
 ――否。これ以上は、下手な演技で取り繕うのも無意味だということだ。

 それを口にして、しかしエバンは未だにアイラの足元で跪いたままだ。
 ――変化が、見受けられない。違和感を覚えていた。
 場違いだと思っていながらも、安堵してしまうイツキ。しかし、そんな光明とは裏腹に、


「―――――」


 嗤った。

 エバンは、どうしようもないほどの狂相を浮かべて、嗤っていた。
 ――だから、


「―――きゃっ!?」


「――この、野郎ぉ……ッ!」


 だから、エバンの大剣が前触れもなくアイラに振るわれたことに、イツキは即座に反応することが出来た。

 咄嗟に飛び出したイツキは、アイラを後ろから抱き、そのまま後ろへ押し倒す。そして頭上に、再び飛ばされた斬撃が過ぎ去っていくのが分かった。冷や汗がどっと噴き出、なんとかそれが目に入らないように瞬きを繰り返す。

 長い前髪の先が切れ、鼻先にじわじわとした疼きを覚えながら、アイラを抱えたイツキはその場に倒れ込む。アイラに下敷きにされる形だ。もちろん、激情に身を任せていたアイラは、エバンの攻撃に反応することが出来ていなかった。

「予備動作無しとかチートかよ!! おい! アイラ! お前、動けるか!?」

「お前……? ううん、そこは今回はいいわ。大丈夫、ちゃんと動けるから。安心して」

 アイラの尻に腹部を圧迫されながら、なんとかアイラを退かせ、次いで放たれる二撃、三撃をなんとか身をよじって回避する。
 意外と利くアイラの機転に驚きながらも、二人とも大きく五歩分ほどエバンから距離を取る。

 眼前、エバンは立ち上がり、その白い大剣を携え、血を欲しているという風に振りかぶっている。
 その顔は、先程までのイツキやアイラに対する尊敬の色は無く、残されたのはまるで意思のない、傀儡のような体のみ。

 それに、イツキは好戦的に舌を出し、

「やっと本性現しやがったかよ……」

「……私は君を、少し侮っていたようだよ」


 ――イツキとエバンの因縁。
 その決着が、着けられようとしていた。


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