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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章11 『不可解な理解と、誤解と、現実と』

 


「魔法を、退けられるようにするもの……じょい?」

「ん、そうだ。昔読んだ本に書いてあったんだけど、もしかしたらサン婆ちゃんとか、それらしい物とか持ってないかなーって」

「そんな事が本に述されるかのう……まぁ、ちょっとだけ待っとるじょい」

「おう、助かる」

 イツキの言に首を傾げつつも、サン婆は腰を叩きながら扉の向こうへ入っていく。
 扉の奥からは何回か引き出しを開閉するような音と、「どこいったっけのー」と呟くサン婆の声が微かに聞こえる。

「…………」

 サン婆には手間を掛けさせて悪いなと思いつつも、イツキはサン婆がこれを引き受けることも知っていたし、何が出てくるかも分かっていた。
 この頼みは、前回のループの踏襲なのだから。

 テーブルの上でまだ湯気を出すココアを啜りながら、景色を見て待つ。陽はまだ明るく、彼らを探すには充分な時間だ。
 さきほどのサン婆との会話で、イツキが得られた情報は大きい。『太陽』の何に引っ掛かったか、という分からない部分もあるものの、今後の役に立つことは必至だ。

「あの三人組を探す、ってことは賭けの部分も大きいからな……」

 もし彼らが見つからなければ、自力で探すか、あるいは再びあの城を目指さねばならない。
 そうなれば、あの青髪の騎士と出会うことは避けられないものになる。
 そうすれば、

「ほぼほぼ確定死、か。……もし今回のループで死んだら、次戻ってくるか分からないんだ。……いいや、所詮この世はRPGRPG。今結構ぎりぎりのラインに立たされてるし、怖くないって言ったら嘘になるけど……見殺しにするのは、夢見が悪いからな」

 そう。
 会わなければいいのだ。しかもその対象は、たった一人の人間だ。
 それだけのこと。所詮、この既にゲームのような世界で、それだけのことでいい。
 そうすれば、イツキのこれまでの努力は、自然と報われていくだろう。

「―――死ぬとか死なぬとか、訳の分からないことを独り言のようにぶつぶつと……ほれ、これしかないが、お求めの物品じょ」

「お、さんきゅー。『退魔石』か。良い物をお持ちで」

「なんじゃ。魔法は知らんのに『退魔石』は知っとるのか。あれは中々この世に出回っとらん。市井で聞きつけるのはおろか、寧ろ本など……お前さんは、どんな本を読んだんじゃ?」

「……あぁ、そうだったな」

「―――?」

 サン婆が差し出したのは、青白い光を放つ石だ。
 イツキの人差し指と同じ大きさか、それ以下。穴が開けられ、そこに紐を通して首にかけられるようになっている。なにこれ便利。

「それより、悪かったな。これ、結構貴重な物だろ? 俺にあげて良かったのか?」

「いいじょい。どうせ若い頃使った欠陥品じゃ。故に、今はそれしか無いのが不甲斐ないが、まぁ、石自体の大きさで退魔の効能は変わらんからの」

「へー、ならミクロで良くね、とは思うけど……あ、そしたら失くしちまうか。とりま、ありがとよ。助かった」

「……ふむ。お前さん、それを何に使うんじょい?」

 ふいに、サン婆の空気が変わるのをイツキは肌で感じていた。
 片目でこちらを見つめるサン婆に、イツキは一度だけ唾を飲む。しかし、すぐに気を取り直し、

「……どうやら俺は、実はとんでもない強盗に命を狙われているらしくてな。肉弾戦なら負けじとも、魔法を使われたら歯が立たねえんだ。だから、これが必要だった」

「そうか。分かったじょ。お前さんとは、老躯には充分過ぎるほどの、良い暇潰しが出来たじょ。……息災でな」

「あれ? 信じるのか?」

 おどろおどろしく悪い目つきで伝えたつもりだが、サン婆はそれを冗談と取るでも妄言と取るでもなく律儀に受け取る。
 思わず目を丸くするイツキに、

「お前さんが嘘をつく理由がないからじゃ。ついていたとしても、儂は昔のガラクタを失うだけ。……じょい」

「今語尾忘れつつあったよな!? あれ、この下り……違う、ガラクタって……」

「ガラクタはガラクタじゃよ。ほれ、用が済んだら行った行った」

「おぉう……強引だな」

 杖を振り回してイツキを追い出そうとするサン婆。
 そんな姿を微笑ましく思いながら、しかし心の底にどこかしこりを感じたままで。

「お前さん……体は本当に大丈夫か? やはり寝といた方が」

「さっき出てけって言ったばかりだよな!?」

「……儂、花も恥じらう乙女じゃもん」

「……ツンデレ、ってことか?」

 謎の自己解釈に、サン婆は訳分からないと首を傾げるばかり。
 されを横目に、イツキはこの家を後にしようとして、

「そうじゃ、お前さん」

「……ん?」

「その石、中に紋様が埋め込まれとるじゃろ。この国に来たばかりなら知らんと思うんじゃが……」

「……あぁ、国の最高位、っていう立場を示すものなんだろ。分かってる」

 小さな石の中で浮かんでいるのは、黒色で見たこともない変わった図形だ。ちなみにイツキには、羽が生えた芋虫に見える。
 この紋様は、この異世界で電力と同じ役割を担う決まった紋様とは、また違う形だ。

 初めて見る形。それが、唯一王政に関わっていると示すものなのだろう。複製すればいいのでは、という意見はまた違う魔法的科学で打ち崩されそうだが。

 全てを知ったようなイツキに、サン婆は「驚いたなこれは」とでも言いたげな唖然とした顔を見せる。
 イツキはそれに、悪役らしく犬歯を剥き出しにして、

「これも、本で読んだんだよ」

 そうとだけ残して、今度こそ本当に、家を後にした。


 _______________________



 あの一幕から、おおよそ三時間ほど経過した。今ではあのやり取りも、平和な会話だったな、と思う。

「……ハァ、ハァ……ッ!」

 あの後、イツキは石を掲示し、例の三人組を平伏させることに成功した。
 いや、正確には、平伏させることを望んだ訳では無い。本人達が、イツキに自ら服従することを望んだのだ。

「兄貴、もうちょっとっすよ! 頑張って!」

「……て、めぇが……『兄貴』なんじゃ、ねぇ、のか……ッ!」

「そうだったっスけど、兄貴は兄貴っスから! 今日から兄貴が兄貴っス! ……だから政府にはチクらないで」

「文章力が、訳わかんねえし……ッ、最後のが、本音だろ……ッ!」

 イツキ達は、あれから約二時間。

 ―――山を、登っていた。

 なんとまぁ、イツキが閉じ込められていたアジトが、山の中にあるという事実。
 まさかそこにあったとは驚愕だが、何よりも驚くのは、

「……お前、ら……、よく、へばんねぇな……ッ」

「ここが我が家みたいなもんですです。だから、もう慣れっこですよです」

「語尾が『です』に、固定される奴が……敬語を使うと、『ですです』になんのかよ……ッ。いや、普通に気になんのが、ここに家を建てた奴の……真意……」

「さァなァ。俺達は生まれた時からあそこに住んでた。だからァ、この森が遊び場みたいなもんだったからよォ」

「なんじゃ、そりゃ……ッ」

「こらこら、兄貴に対しては敬語を使えです」

「あぁ、いい、よ……別に」

 のび太・ジャイアン・スネ夫の異常な家庭環境はさておき、三人組にそれぞれ相手にされながらイツキはゆっくり、ゆっくりと険しい山道を進む。
 否。山道と言うには、いささか厳しすぎる。整備がされていない、ただの剥き出しの根の連鎖なのだから。

 汗を垂らしながら、イツキは現世界での自分のなあなあにしてきた持久力への向き合いに悔やむ。
 しかし、今それを言っても仕方が無い。持久力など後でどうにでもない。
 何よりも、どんな事よりも、救える命を救うことが今は大前提で、必要・重要なのだ。

「……兄貴、着きましたっス」

「……お! まじでぇ!?」

 ふいにそれは、姿を現した。

 急にテンションを上げるイツキとは対照的に、目の前に広がったのは素朴な広場――そして、その中央にぽつりと佇む民家だ。
 もしかしたら、サン婆が住んでいたあれよりも小さいのではないか。あれもあれで小さかったが……それよりも『小ささ』に於いては匹敵しそうだ。

「ここだけ、木がねえのか」

「奇妙……っスよね。まぁもう慣れたモンっスけど」

「………だな」

 どうにも、さきほどまで――いや、それだけでなく、一度目のループで舌さえ噛まされかけた相手と、こうして話していると思うと、変な気分になる。しかも相手は上っ面と言えど敬語だ。
 よっぽど、注意されながらも態度を変えないジャイアンの方が話しやす―――、

「――――」

「……兄貴?」

「――――ぁ」

「兄貴!?」

 ――ふいにイツキは、走り出していた。
 背後から投げかけられる声も聞かずに、ただ全霊で走り出した。突拍子もない。違う、イツキからしたら、眼前の光景が不意打ち過ぎた。

 何も見えない。何も見られない。何も見たくない。
 ただ、見つめているのは目の前。
 漆黒のワンピース。漆黒の黒髪。そして、紅蓮の紅い瞳。頬に擦り傷を付け、それは恐らく複雑な木の枝によって擦過したものだと思われる。
 一つ一つの動作がどこがぎこちなくて、愛らしささえ覚えてしまう。

「――――」

 風の音が聞こえる。自分の吐息が聞こえる。心臓の音が聞こえる。
 全てが吹っ飛んだ。疲労感も、悔しさも、全てがどうでもよくなった。
 距離が縮む。あと三十本。二十本。十本。五歩。三歩。二歩。一歩――。


 だって、眼前に、いたのは。

「……ァ……ッ! ハ、ァ……!」

「え? ちょっと……あなた、大丈夫? あれ? ちょっと、どこから来たの……あの、人達の……友達?」

「お前、こそ……ぉ」

「お前……あれ、どこかで、会った?」

「………ハァ……違、う」

「あ、そっか……知り合いじゃなくても、私のことは……」

「だから、違うって……」

 ふいに流れた激情で、顔を上げる。目が合う。
 間違いない。彼女だ。合っている。見間違えるはずもない。
 長かった。ここまで来るのに、短い時間に、不相応な疲労感を掛けたような気がする。
 汗が滴る。相手には、イツキの言が分からないだろう。当然だ。分からない。分からないのだから、イツキがここにいるのだから。

「アイラぁ……」

「……本当に、何なんですか……」

 感動が、名前を呼ぶ形となって出る。
 名を呼び、そのまま気持ちの悪い笑みを浮かべるイツキにアイラは不審なものを見ているような表情。
 しかし、それもイツキには関係がない。まだ何も成し遂げていないのに、全てが終わったかのような表情。

 なんとか息を落ち着かせ、立ち上がる。
 自然と眼前の少女と目が合うような立ち位置なり、イツキの方がアイラより十センチは高い。因みにイツキは百七十四センチだ。ここで彼女の方が高ければ面目が立たないが。

 ――ふいに、アイラが目の色を、不安や恐怖から驚愕に変え、

「―――! あなた、その、石……」

「……あぁ、これは……」

 そう言ってアイラが指さしたのは、イツキの首に掛けられた『退魔石』だ。
 ポケットの中に入れておいても良かったのだが、急斜面の森を歩く上で、腿の付け根にあるそれは違和感、そして邪魔以外の何者でもなかった。
 故に、こうして首に掛けているのだが、

「これは、とある老婆から貰って……」

「……本当? ううん、怪しい」

「……はい?」

 アイラは声色を変えると、イツキの顔を知らぬ存ぜぬと言った風に一歩離れ、

「あなたは……誰!? 私はあなたに覚えもないし、グライム家の家紋の『退魔石』を身につけて居ることもおかしい……気味が悪い。あなた、誰なの!?」

「いや、俺は、ホノヤ・イツ……」

「うるさい!!」

「えー……」

 自分から聞いておいて、答えるとそれすら聞く気がないという自己中ここに極まれりといった少女。
 最初のループで会った時と随分態度が違うが、しかし彼女の言は当然だ。

 唐突に見たこともない男性が、走ってきたかと思えばまるで長年の再開を果たしたかのように微笑むのだ。それは至極当然で、しかも彼女は王で、何より年頃の女の子で。

 しかし、それを考慮しても、

「……これは、想定外、かも」

 異常事態発生。
 アイラの信頼が、得られない。

 しまった。予期していなかった。
 後ろの三人組はいい。形だけでもイツキを慕い、従い、避難しろと命ずれば喜んでするだろう。

 しかし彼女はどうだ。
 この権威を示す石は元々最高位の彼女の前では意味を成さない。そうなれば次に役に立つのは信頼。しかしそれも、今はない。
 信頼とは、何日。何ヶ月。あるいは何年かで、ようやっと培えるといったものだ。しかしイツキとアイラとのそれは、基盤となる土台から存在しない。

「あなた、何を、言ってるの……」

「あ、いやー……えーと、ですねえ」

 だからと言って、ここで無理やり「お前は命を狙われているから逃げろ」なんて言えない。
 奇跡的にも、今はまだ昼。十七時といったところか。夜の帳が落ちるにはまだ早い時刻だ。

 喋れ。ここで戸惑うと、余計に不信感が募るだけだ。冗談でもいいから、下らない話でもいいから、話せ。とにかく、彼女の意識を、良い方向へ集中させろ。彼女に、イツキは敵でないと思わせねばならない。そのためには、口を閉じるな。目をそらすな。前を向け。喋れ。喋れ。でないと、彼女はあの男に狙われてしまう。だから、喋れ。喋れ。喋れ―――。

「――――」

「……ちょっと、あなた?」

「――けろ」

「……え?」



「―――避けろぉっ!!!」



「―――ッ!」

 咄嗟に、イツキはアイラに飛び込む。
 そのまま彼女を押し倒し、木も植わっていない砂の上に二人で倒れ込む形となる。
 その唐突な、何の前触れもない出来事にアイラは目を丸くし、

「ちょっとあなた!? 信じられない! 本当に何を……離しな、さい!!」

「うるせぇ!! ……こっちこそ、信じられねえよ」

「さっきから、何を言って―――」

 そこまで言ったところで、恐らくアイラにも分かったのだろう。当然、視界に入ったはずだ。
 イツキには、その景色は見えていない。しかし、聞こえてくる音と、感覚。それが、全てを物語っていた。

 ――アイラの視界の先で、群れを成していた森が、山が、地面と水平に、切断されていた。

「何、が……」

 唇をわななかせたアイラが、己の首に回されたイツキの腕を掴み、震えた声で言う。
 それに対し、イツキは全てを分かっているかのように、

「斬撃だ。……それも、極悪非道なやつ」

「斬撃……あなたが、やったの?」

「俺にそんなこと、出来るわけねえだろ。本当なら、ここは俺に感謝すべき。……あれだ」

 そう言って、イツキはゆっくりと身を起こす。
 不本意にもイツキに抱かれる形となった彼女は、嫌がることもなく、イツキの指し示した方を見た。
 同時に彼女は、戸惑いを見せる。自分の見ている景色は正しいのか。そう言いたげに、視線をイツキと先の景色の間で右往左往させていた。

 しかしイツキは、それに動じもせず、犬歯を剥いて、笑った。

「てめぇ……こんな時にまで、現れるのかよ」

 イツキとアイラ――その視線の先で、陽に照らされた青髪を揺らす、白い衣服に身を包んだ青年が立っていた。


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