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もし異世界で未来を観たなら 作者:Sue

第一章 『原点の未来』

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第一章9  『俺の結論』

 


 ―――。

 ――――――。

 ―――――――――――――――。

 ―――――――――――――――――――あ、ふ。





「――――サン。儂の名前はサンじゃ。サン婆とでも、好きに呼ぶがええさね」

「―――ッ! あぁ、ぁ゛あぁ――ッ!!」

「――――!?」

 ずきずきずきずきずきずきずきずき。
 右肩が、筋繊維から丸ごと斬られた。血が、血が滴る。赤い。黒い。――いや、黄色い。緑色。
 訳の分からない。痛みが血涙となって浮き出る。脳が真っ白になる。痛みが痛みを超越して、何も感じられなくなる。
 痛みとは何なのか。痛みの概念を考えろ。痛みとは、何だ? それを考えたら痛くない。痛みなどただの脳の錯覚だ。そう、錯覚。痛みなど、この喉笛から噴き出す血も、混濁し続ける涎と髪の毛も、涙も、息苦しさも、全ては錯覚なのだ。
 痛みすら、乗り越えて。じゃないと、俺は俺じゃなくなって。痛み。痛み。痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み―――痛痛痛痛み。痛み痛痛みイタミ傷み痛みイタみ悼みいたみ痛み痛痛痛痛痛―――――。





 ――――痛く、ない?





「―――へ、あ?」

「どうした? まだ辛いか? 時間はまだあるんじゃ。夜まで休んでいていいんだじょ?」

「いや、痛く……は? あれ? ここは……ってか、サン、婆、ちゃん……? は、ここは……」

「落ち着け、サン婆じゃ。安心しろい。お前さんに異常はちゃんとないじょ。家に入れ。炎天下……という程ではないが、取り敢えず水でも飲むさね。ほれ、汗拭くじょい」

「汗……? ……あ、あぁ……」

 サン婆から手渡された手拭いを受け取り、イツキはいつの間にか額と鼻をびっしりと覆っていた水滴に気が付く。生暖かいそれを拭って、申し訳ないなと思いながらもそれをサン婆に手渡す。

 そして、手の平で日除けをし、青々とした空を見上げて、

「ここは……」

 イツキの瞼を焼いたのは真昼間特有の陽の光だ。
 もっとも、それは先程までずっと感じていたが、何かの拍子にそれは青から白へと変化していた。
 ――否。その『何か』は、恐らくイツキも自覚している。

「肩……ある、よな」

 そう言って、イツキがさするのは一枚のシャツから露わになる右肩だ。若干、微小の汗が浮いているだけで、何ら普通の人間と大差ない。強く触れても、痛みは感じていない。

「肩はあるじょい。幻覚でも見とるんかいの? それよりも、さっさと上がらんかい」

 と、石畳に座って状況の整理をするイツキに、小屋の扉を内側から小さく開け、唇を尖らせた顔を見せるサン婆が部屋に入るよう促す。
 普段より、少しせっかちなだけに聞こえるが、それはどこか焦燥感が感じられるものだった。

「幻覚……ああ、幻覚、か。……だったの、かもな」

「―――?」

 イツキの言っている言葉の意味が、恐らくサン婆には分からないだろう。
 しかし、笑いが出るほど、無意識に、無作為に、彼女の言葉はイツキの心に突き刺さっていた。

「………夢だったら、良かったのに」

 痛みはもう引いている。体は忘れている。
 しかしその痛みは、確かにあったのだ。
 今も、イツキの心は痛みを忘れていない。それは夢のように、しかし忘れられない矛盾を突き付けていた。
 ここまで来たら、認めざるを得まい。

「また、戻ってきたのか……」

 異世界に来て三度目の、イツキの朝が始まっていた。



 _______________________



「聞きたいことが、一つだけ……いや、二個、出来た。答えてもらってもいいか?」

「なんじゃ。開口一番でそれとはのう。さっきの絶叫と白目は何だったんじょ? なかなかに凄まじい形相をしておったが……確かに昨日致したベッドじゃが、だからと言って体に負担をかけるのは……」

「致したのかよ!? そんな所で見ず知らずの病人を寝かすとか勇気あんな!? 凄まじいよ!!」

「しっちゃかめっちゃかうるさいのう……その必要が無いなら良かったわい。それで、新しく出来たとやらの聞きたい事、とはなんじょ?」

「しっちゃかめっちゃかは言ってないけどな!? ……あー、もー」

 小屋に再び舞い戻った二人を隔てるのは、一つ脚で立つ小さな丸いテーブルだ。白いコップにココアらしきものが二つ置かれ、片方は手付かずの状態で未だ湯気を立てている。

 サン婆の流れに既に飲まれそうだが、イツキは額に指を当てて場と気を取り直し、

「まず、この世界……いや、この地域についての疑問だ。――ここらへんの太陽高度は、どんな感じだ?」

「―――太陽、高度?」

 唐突な話題振りに、さすがのサン婆も困惑したよう。
 イツキの言を復唱し、またそれを何度か口の中で繰り返し続けるサン婆に、

「あ、もしかして『太陽』っていう概念がない感じか? それか、そもそも『太陽高度』っていう考え方をしてないとか……だったら大分遅れた国だけど」

「流石に太陽は知っとるじょい。お前は儂を何だと思っとるんじょ。――ふむ」

 その態度に、イツキは小さく息を呑む。
 『ふむ』という感嘆詞は、サン婆がよく口にする言葉だ。少ない付き合いで、イツキが見つけた少ない彼女の特色でもあった。
 しばし顎に手を当て、考え込む振りをしている彼女に痺れを切らしたイツキは、

「あのー、それなりに時間押してるんで、考える時間は少なめの方が嬉し……」

「『太陽』、とは、空に浮く太陽の事か?」

 急かすイツキを遮って、サン婆は人差し指を突き出して屋根に遮られた空を指す。
 その疑問に、イツキは首を傾げ、

「そりゃそうだろ? それ以外にあんのか……?」

「……なるほどな。ふむ。太陽高度……」

「―――? 訳わかんねえよ。俺の質問の意味が分かんないってんなら……」

 未だイツキの言葉を口の中だけで復唱するサン婆に、苛付き始めたイツキは、仕方なく言の説明をしようとする。
 その直前で、

「つまり、お前さんが聞きたいのは、季節ごとの日の出と日の入りの時間……と言ったところじゃな?」

「ん? お、おお、そうだ。そこまで指摘した訳じゃねえけど、ちゃんと分かってんじゃねえか。……それで? どうなんだ?」

 サン婆の言い回しに違和感を感じながらも、なんとかシビアな空気を和らげたイツキは更に続きを促す。
 それにサン婆は、手元のココアをゆっくりと啜り、

「…………」

「…………あったかい」

「いやリラックスするなよ!? 答えろよ!? 俺それなりに苛付いてたろ!? 何勝手にココア飲んでんの!? あったまってんの!? あったかそうだね羨ましいよ!! あと、どんだけマイペースだよ!!」

「うっきーうっきーうるさいガキじゃのう。ずっと喋り続けるのも疲れるんじゃ。老躯にどれだけの高みを望んどるんじゃ、お前さんは」

「うっきーうっきーは言ってないけどな!?」

 先程とほとんど同じ会話を踏襲する二人を、イツキは客観視して軽くため息。
 そのまま椅子に座り直し、サン婆を見つめて続きを促させる。

「…………」

「…………」

「………………ぽっ」

「照れてんじゃねえよ!? 別にそういう意味で見つめてたわけじゃねえから!!」

 一人で頬を赤らめるサン婆に、イツキは今度こそ青筋を浮かべて怒鳴る。机に両手を付き、前屈みになって唾を飛ばすイツキに、サン婆は「どうどう」と両手をかざす。
 そのまま、ふぅ、と一息ついて、

「お前さんの疑問じゃが……一般的にこの国では、『暑期』は日が長く、『寒期』は日が短い。そういう動きを見せておるな。この部分だけは魔法じゃないんじょ」

「自然現象が魔法っていう人工的なものじゃない、ってのは流石の俺でも分かるよ。……けど、なるほど」

 『暑期』・『寒期』。
 聞き慣れない言葉だが、漢字に脳内変換するに、日本でいう夏、冬と言った位置付けだろう。となれば、春は『暖期』、秋は『涼期』と言ったところか。

「つまり、季節と太陽の関係は、俺のいた世界と同じ……か。気温から察するに、今は大体春……『暖期』らへんか」

「今は『半暑期』じょ。……それも分からんのか? お前さん、本当にどこから……」

「更に半分に分けんのかよ!! 紛らわしい!!」

 今の叫びは、意図的だ。
 あのまま追及されていれば、イツキは現世界から来たと告白するを余儀なくされる。
 小さな島国、と誤魔化し続けるのも、追及され続けたら限界が来るのだ。

 無駄に大きな反応を見せるイツキに、サン婆が首を傾げているのが分かる。そして、同時に、射抜くような視線を突き刺しているということも。
 それを感じた上で、イツキは、

「『半暑期』……大体梅雨らへん、って考えるのが妥当か。雨は降ってねえけど、日が降りる時間は大体把握した。……よし」

「これだけで良いのか? いや、それ以前にお前さん、まだ寝てなくて良いのかじょ?」

「あぁ、それは大丈夫だ。一時的な発作的なやつで、心配する必要はねえよ。悪いな。色々迷惑かけて」

「……あれが、アヘ顔、とかいう奴か?」

「……さぁ、どうなんだろうな?」

 もう既に、突っ込むということを諦めている。入れても、全て彼女の手の平の上だということが分かっているからだ。
 もっとも、三度目のループ突入時、自分の狂相がどんな風だったのか分からないから本当になんとも言えないが、多分違う。

「それより、話はもう一つあったんじゃないんかじょ? それが終わったらさっさと出ていってもらうからの」

「あ、そうだっけか。ってか、さっきまで心配してたくせに、随分都合の良い婆ちゃんだ……。と、それはいいとして、二個目の話は、ちょっと貸してほしい物……ってより、欲しい物がある」

「欲しい物、じょ? 儂の所持品など、大したことには使えんと思うが」

「まぁそれは、一回見せてもらって分かることで」

「……ふむ」

 その『物』とは、前回のループでたまたまサン婆から譲り受けた物だ。もっとも、当時イツキの望みに沿う物が、偶然にもサン婆が所持していただけのことだが。
 しかし、その時の記憶は今のサン婆にはない。不可思議極まりないことだろうが、これからアイラを救うためにも、攻略に必要不可欠なものなのだ。

「っていうのもな。魔法を―――――」


 _______________________



 出来るだけ、あの騎士とは関わってはならない。
 関わったら、遅かれ早かれ、死ぬことは確定しているようなものだ。取り繕えばそれは不可能ではない――だが、どうしてもあの痛みが忘れられないのだ。

 サン婆から『物』を受け取ったイツキは、そのまま最後まで心配する彼女から別れを告げ、召喚時の石畳に舞い戻っていた。
 『物』をジーパンのポケットに入れ、イツキが思いを馳せるのはあの時の出来事だ。

 二回のループで、イツキは五人の人を死なせた。勿論それには自分も含まれており、尊い命をいとも容易く奪うあの男は許されるものではないだろう。
 何より、前回のループでは昼間――しかも、国を経営する場所で殺された。何故彼があんな狂行に走ったのかは分からないが、何か策あっての事なのだろうか。

 しかし、今はそんな懊悩を考えている暇などない。このループが始まって、既に小一時間が経過していた。

「あの夜の暮れ方と、今の六月らへんっていう季節。それから察するに、一度目のループでエバンと遭遇したのは……二十一時くらいか。今が十四時と仮定すると……」

 七時間。
 それが、アイラとあの三人組を発見し、エバンとの接触をなるたけ避けさせるためのイツキに与えられた時間だ。
 一度目のループを思うと七時間も気絶していたのか、と考えたくなるが、それは魔法のせいだと一応納得しておく。

「……なんで、こんなに必死で頑張ってんだろうな」

 ぽっと、そんな言葉が呟きとなって出る。
 あの三人組はさておき、アイラとは会話時間すら一秒に満たないだろう。何故、こんなにも必死になっているのか。
 その答えが、イツキには漠然とだが、既に導き出ていた。

 ―――異世界に招かれて、イツキが見せられた『未来予知』。それに最初に出てきた人間が、アイラだったからだ。

「ニートが頑張って五つの命を救ったら……素晴らしいと思わねえか?」

 思わないわけ、ないだろう。自問自答を繰り返す。

 取り敢えず、やる事は定まった。
 夜の帳が落ちるまでにアイラとのび太・ジャイアン・スネ夫を回収。そして、エバンと鉢合わせにならないように避難させる。
 避難の仕方は分かっていない。漠然としたものだ。ただ、あの三人組は『ついで』でエバンに殺された。つまり本当の狙いはアイラ。だから、アイラを守り切る。
 それがイツキの――イツキなりの、異世界無双のやり方だ。

 注意事項として、決して騎士達が集まる国の中央へは近付くな。近付けば、死ぬと思え。
 エバンと鉢合わしさえしなければ良いのだ。VSになれば、どうしても勝つビジョンが思い浮かばない。

「夜になる前に、あの四人を探す。だから、最初にやるべき事は―――何一つ、変わっちゃいない」

 ――あの三人組の、アジトを探す。
 前回は随分と、回りくどい道を選んでしまったから。

「―――三人組に、会いに行く。これが俺の、結論だ」

 直接話しかけるのは、色々面倒なことになりそうだけど。

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