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44 戸惑い

 救助にやってきくれたヒバリと大田、何よりファーロウのおかげで私は無事に秋里から逃げ切った。

 流石というべきか、私の勘は確実に作動して思っていたより私が失踪した釣堀の近くまで走って逃げていたみたい。

 そして秋里の銃を所有しているとか犯人とかインパクトが強くて、ファーロウが山にいた不信は楓を除き全員頭から無かったのは言い訳を作らなくて助かった。

 「大丈夫?もうちょっとで着くからね」

 ヒバリの肩に私の腕を回して、痛む足を引きずりヒバリに助けてもらいながら山道を下っていったら見覚えのある建物がチラリと。

 楓はヒバリに支えられながら肺にあった空気を吐き出すようにため息をつく。

 ヒバリもチラッと楓を見て苦笑いを溢した。

 秋里の猟銃を持っているヒバリの後ろには、殺人未遂と私達を誘拐した犯人である秋里と彼を捕まえた大田が着いて歩く。

 以前に捕まえた「原罪の霧」にとり憑かれた馬來先輩が霧から解放されたら大人しくなったように、秋里も観念したのか逃げ出す様子はない。油断はできないんだけどね。

 でもしっかり大田が束縛しているから、ギンギンに神経を研ぎ澄まして警戒してない。

 「やっと文明の光りがみえてきた」

 ヒバリの呟きに内心わたしも頷いた。攫われたのが今日の昼だったけど長い時間、森の中を疾走していたんで懐かしく感じる。

 建物の光りが近づくに連れて沢山の人の気配、そして凪史の別荘で働いている人たちが私達を見つけるとギョッとした顔になる。

 最初は無事に帰ってきたので、安心した顔からヒバリの猟銃に驚くのだ。

 私もそっち側の立場だったら「なんじゃそりゃ!!」ってツッコミいれるよ。本当に……。

 走っていいって知らせに行った使用人から、ここに残った執行部のメンバーが小さな建物……。と申しても立派な一軒家くらいデカイ休憩所から飛び出てきた。

 その中でも一番に走って近づいてきたのは江湖だった。

 「ただいま~」

 ワザと何でもないように楓はヒバリの首に回してない腕を軽く上げてふざける、内心ちょっとだけ怯えていたとか思われたくない見栄もあったりして、はい。

 「楓さまぁ!!」

 江湖ちゃんの顔は泣き顔で、私の胸に飛び込んできた。ぶつかる衝撃はしこたま疲れた状態の私には少々苦しかったのだけれど、我慢。

 決して不快ではなく、それだけ心配してくれた証の大きさに感動すら覚える。

 「よくご無事でぇ楓さま!!わたくしッわたくしッ!」

 無事だったのがよほど嬉しかったのか江湖は本格的に泣きを始めた。心配で心配でどうにかなりそうだった江湖は帰ってきた楓の報告にとうとう感情が爆発したようだ。

 スンスン泣きながら楓に抱きつく江湖と楓の姿は美しかったが、周囲は縛られている秋里をみつけると殆どの人が「そんな……」といわんばかりの唖然とした表情に曇る。

 普段の秋里が大それた犯罪を起こす人間と結びつくイメージはあるまい、でも本人である秋里は周囲の反応に失笑を漏らす。

 元々彼は他人が勝手に作り上げた自画像など利用するための手段にでしかない、本性をどう思われようがどうでもよかった。

 そして遅れて凪史とハンスが楓たちの近くに歩み寄る。

 「お帰り、スリリングなひと時をエンジョイしたかい?」

 安堵した顔で皮肉を言う凪史に楓は、肩をすくめて笑った。そんな凪史の顔は隠しているが疲労が窺える。

 楓が抱きついてくる江湖の頭を撫でると、最初の銃弾を避けた時に打ちつけた肩の方が傷み顔を顰めたが、それよりも私の関心は傷みではなく。

 彼の行く末の方で、視線を後ろの秋里へ向けた。きっと直接会うのはこれで最後、刑務所にはいって出所しても会う気にはなれないからね。

 同じく凪史も強く秋里を睨み、一言だけ言い捨てた。

 「拘束しろ、逃がしたらどうなるか分かっているな?」

 冷たい声の凪史に、周囲の使用人は顔を青ざめさせて秋里を連れて行く。抵抗はしない秋里だったけど使用人2人に連れて行かれた姿はあっけなかった。

 「これ、彼がもっていたんだ」
 
 秋里の持っていた猟銃を凪史に見せると、凪史は身内の不祥事に苦虫を噛み潰した顔をする。

 「僕の親族にハンティングを趣味にしているヤツはいたけどね、何故それが此処にあるのかが問題だよ」

 凪史が周囲の適当な使用人を睨むと、小さな少年の迫力に使用人たちは息を詰まらせる。

 管理と連携ができていない、日本の銃刀法を知っておきながら秋里が盗める程度の管理体制と、問題発覚の不祥事をもみ消そうとする姿勢に慣れた連中に凪史は怒りを露わにしている。

 銃は本来、凪史の親族の一人が所有していたコレクションの一つ。ちゃんと許可も貰い動物をハンティングするため別荘に保管していたが、秋里がその一つを盗み出したのだ。

 そして数が合わないのを分かった使用人はもみ消そうとして、凪史の本家で働いていた元執事の石戸には知らせなかった。

 銃は殺傷力のきわめて高い凶器になりうる、それを無かった事にしようとする神経が凪史には理解どころか怒りすら覚える。実際にこうやって楓の命を脅かすように使用された。

 何も知らされていない者ならばともかく、今視線に耐え切れなかった者は存じていたものたちだった。

 「もろもろの話は後で、今は休息を優先しよう……楓にも君たちにも僕にも……」
 
 楓は自分の胸で泣く江湖を撫でながら、頼むと一言残して。

 「あ~疲れた」

 と独り言を軽い口調で言う、そして。

 ブラックアウト。



 「あれ?」

 楓は自分が眠っていたのに気がつくと、楓は自分の部屋として使わせてもらっていた天井が見えた。

 ついさっきまで皆と一緒にいたのに?

 『気がつきましたか?楓さん』

 枕元で聞きなれた声がする、顔を横にすると小さな猫のファーロウがいた。

 「私……?」
 『楓さんは倒れたんですよ、幸いただの極度の緊張と疲労によってですが』

 あっそう、なんか前にもあった感じをまた体験しちゃった。ほら全生徒の前で私が執行部の副会長任命にスピーチをやらされた会場から教室まで記憶が無いの。

 辺りを見渡してみると、やっぱり自分に宛がわれた凪史の別荘の部屋だ。そして服はそのままでベッドに寝かされていた。靴は脱がされていたけど、服や汚れはそのまま。

 汗で体が気持ち悪い、世界的にも潔癖症の国で育った楓には不快感を呼ぶ。

 悪い事しちゃったな、シーツと布団をよごしちゃった。

 壁時計を見てみる、もうお昼だ。原罪の霧関連の事がなければ予定では今日の夕方に此処を立つ。

 でも私は殺人未遂と誘拐の被害者で証人、しばらくは何だで、束縛されるかも。仕方ないけどさ、今日の夕方から両親と弟が暮らす方の家に一泊してから学園に帰るつもりだったのに。

 一ヶ月ちょっと離れただけなのに、これまでずっと一緒だったので家族に会えるのは楽しみにしていた楓だが諦めるしかない。

 そこでハッと2人の女性を楓は思い出した。

 「それより……ッ!」
 『攫われた千奈美さんと紗枝さんは無事です、凪史さんの家で働かれている方々が向かい、夜が明ける前に救助されました』

 起こしかけた体を楓は再び力を抜き、ベッドに預けた。

 「よかった」

 クスクスとファーロウが笑い出す、その顔に楓は眉を顰めた。

 『ドアに細工をさせたのは貴女でしょう?ドア開かないから壊すのに苦労したらしいですよ』

 あちゃ~ゴメンね?救助に向かった人たち。

 ドアが開かないのでドアノブを壊したとファーロウの説明を天井みつめつつ聞いていた楓だったが、ちゃんと助けられた安堵から他の事を考える余裕ができた。

 まずは風呂、そのあとお食事。睡眠欲も勿論要求したい、しかし汗と土でベドベドした体は美容にわるそう。

 いえ、男の私の肌は化粧水いらずの憎らしいくらいに完璧なんですが……何というか心の?

 ベッドから立ち上がり、カーテンを開けてみる。

 外はすっかり明るい、いい天気のお昼に笑みを溢して楓はシャワールームに向かった。
   

 ***

 命からがら逃げ出した楓はそれからがまた大変だった、馬來先輩の時と同じくスマートに事件が解決しない。

 私がベッドから起き上がって、シャワーを浴びてさっぱりしてご飯を食べに下に降りる。

 そこには食事の用意を万全にして待っていたハンスと凪史が立ちふさがってました。

 まず食事をしながら、凪史とハンスの説教リアル二時間ダックを組んだ2人に「勝手な行動」と「ヒーロー気取りの脱走」に関して大叱られされてさ……もう全米もとい全私が泣きそうになる程よぉ~開放されてからはヒバリと江湖ちゃんの過剰な監視と保護、そして大田の皮肉に反論もできなくてなすがまま。

 しかし私に関してはそれで終わり、一応病院を進められたけど断った。怪我の方はファーロウが診てくれたんで安心はしている。

 秋里が発砲した銃弾の怪我はなく、地面に伏せた時の小さい擦り傷程度ですんだから。

 それよりも……もう一つ、深刻な問題があった。

 「ちょっと待ちなさい!!この私に泣き寝入りしろっていうの!!?」

 三時、普通ならおやつを食べてゆったりとしている時間に食事ができる広いダイニングルームで秋里が攫った被害者の一人である千奈美が、テーブルに音をたてながら立ち上がった。

 本当は2人を病院に連れて行くもんだと思っていた楓だったが、紗枝ちゃんは病院に行き千奈美さんは後で行くと断ったらしい。どこまで強いんだこの人は……。

 「そうだよ、訴えたほうがいい僕が全面的に協力する」

 本来対峙するはずの立場な凪史が腕を組んで千奈美さんに加勢しているのも、ひじょ~にシュールな光景。

 ダイニングルームには執行部のメンバーと千奈美さん、そして全員に非難の視線に曝されている使用人の男性。

 テーブルに額がくっつきそうなほどに頭を下げている、書類上一番の責任者の石戸さんは息子の秋里の所で彼を監視して此処にはいない。

 石戸さんと同じく初老の男性なのに、なんつーか覇気が違うといいましょうか。歳をとるなら石戸さんみたいなとり方をしたいという、対比で一方駄目な見本のような男性は小さくなって頭をさげる。

 千奈美さんは顔を真っ赤にして怒っている、いつまでも警察が来ない不信に気がついた千奈美さんと凪史がこの男に問いただすと通報していないという事実。

 誘拐、銃刀法違反、殺人未遂がどれだけ重い罪か知っていて、無かったことにしようとしている。

 当然「仕方なかったわ、運が無かったのね私」で済むほど秋里の罪は軽くない。寧ろフォローのしようが楓にはないくらいだ、するつもりもないしね。

 楓自身はきっかけを作り、内なる欲を増幅させる原罪の霧が秋里から取り出せたのに満足している、最後に蹴りをいれて個人的な復讐はすませたのもある。

 もともと原因は犯人だとわかって近づいたのは楓自身、多少の危険は覚悟の上だった。

 これ以上の個人的な感情は秋里には燻っていない、しかしながら。私はともかく千奈美さんには到底許せないだろう。

 「こんなものいらないわ!!警察をよびなさい!!」

 千奈美さんは使用人の男が差し出した、万の前に三つの数字が書いてある多額の小切手をテーブルに叩きつける。

 慰謝料と口止め料にプライドを傷付けられた千奈美が鋭く相手をにらみつけた、更に頭を下げる初老の男性。

 いやな無言の空気が流れていた、しかしながらこの空気を動かす権利は楓にはない。

 秋里の被害者の一人だけど、すでに心は傍観者でいるから。

 しかし重い空気を壊したのは意外で無関係の人間だった。

 「あの~」

 ドアから一人の若い女性が恐る恐る入ってくる、別荘で働いているメイドさんだ。

 別にその人に怒っているわけじゃないけど、無意識に睨んでしまう千奈美に女性は肩を震わせた。

 「すみません、お電話が……」

 怖くても自分に課せられた、いや……この場所に入り用事を済ませる面倒を押し付けられたのを全うしようとして震える手で携帯電話を差し出してきた。

 明らかにホッとする頭を下げていた初老の男性と、眉を顰める凪史と千奈美。

 「栗栖くりすさまに繋がっています」

 紗枝ちゃんだ。栗栖くりすは紗枝ちゃんの苗字。病院からの連絡って事はもう体のほうの診察は終わったらしい。

 メイドさんから千奈美が電話を受け取り、通話のボタンを押すと耳に当てて「もしもし」と携帯電話に千奈美は電話の向こうの紗枝ちゃんへ話しかけ、紗枝ちゃんの声が部屋のスピーカーから聞こえてきた。

 多数の人と一度に話しができる仕様になっているらしい。ここはお金持ち凪史君の別荘なんで急な会議とかあるのかな?なんて心の片隅に楓は思ったけど、紗枝ちゃんの声に集中する。

 『こんにちは、みなさん。今さっきお話を聞かせていただきました』

 私はあの山に隠れて建っていた建物から脱走した後、紗枝ちゃんをみてなから何ともいえないが声はしっかりしていたので少しだけホッとする。

 「体は大丈夫なの?紗枝ちゃん……」
 『はい、おかげさまで特別なにもありませんでした……今の所はですが』

 最後の方はちょっとだけ弱気だ、後から精神的な部分から日常生活で支障がでるかもしれない可能性を恐れているようにも感じた。

 皆は紗枝ちゃんと千奈美の会話に耳を傾ける、千奈美が紗枝ちゃんに事件を闇に葬るような真似はさせないから。

 そう伝えようとしたが、先に紗枝が言葉を発する。

 『私からも今回の一件は無かった、そのようにしてもらえませんか?』

 紗枝の一言に千奈美は目を大きく開き絶句する。私もそうだけど全員が予想していない紗枝の願いに部屋にいた私達一同はどよめく。


 
 紗枝の思いがけない願いにより、全員が無言になる。

 『助けていただいた楓さん、何よりも私を支えてくださった千奈美さんには謝罪の言葉がつきません』

 ちいさくか弱い声で『ごめんなさい』

 と陳謝する紗枝に千奈美が震える手で必死に携帯電話を握って問う。

 「どうして?」
 
 千奈美には理解ができなかった、あの一連の事件で一番被害を受けたのは小さな少女だったはず。あんなに震えて苦しんで……。

 『私の家は小さな店です、加藤家に楯突く事は出来ません』

 少女の初めから闘いを放棄し諦めた声に凪史は人知れず握りこぶしを作り、握る。

 この少女は事件の責任者の一人である自分が、加藤 凪史が無力なために傷を隠そうとしている、それがどうしょうもなく悔しかった。

 どんな手を使ってでも加藤家からの制裁なんて絶対に行わせない、しかし自分を紗枝は信じていない。

 それを認めるだけの確信を凪史から感じないのだ。だまって紗枝の声をただ凪史は耳を傾ける。

 『それに私の事がマスコミに公表されると……』

 段々と小さくなる紗枝の声は最後になると誰も聞き取れなかったが、全員が彼女の思いを理解した。

 どんな噂が飛び交うか、それによって紗枝がどのように傷つくか。

 数日男の元で誘拐されて監禁されていたとなると、実際には性犯罪はおきていない。しかし周囲はそうはみないだろう。

 そのような視線に紗枝は耐えられなかった、それとこの場所で凪史の家に噛み付くのは自滅を意味する。

 『ごめんなさい私の勝手なわがままなのは百も承知です』
 「……本当にそれでいいの?」

 確認をするように千奈美は紗枝に聞く。

 『お願いします、千奈美さんからどんな罰をいただいても甘んじて受け入れさせていただきます……ですから』

 千奈美は唇を噛んで、暫しテーブルを見つめた。そして自分の髪をかきあげる。

 「あ~あ、私の小説家としていい話題になったのになぁ~ちょっと!アンタこんな金額じゃ気が治まらないわよ!!二倍にしなさい!」
 
 テーブルに置いてあった小切手を摘んで、差し出してきた使用人に振ってみせた。

 残念そうな声、しかし店から配られてもらった風船が手から離れて飛んでいった程度の軽さで、千奈美はわざとらしく振舞う。何でもないように。

 『千奈美さんッ!』

 電話越しから紗枝の驚いた声が聞こえる、紗枝ちゃんも驚いたが攫われた状況をリアルに知っている楓もびっくりした。
 
 「ただし紗枝ちゃん!あの体験は小説にしますからね!?ちゃんと実際とは違うフィクションとして出すから迷惑はかけないわ」
 『……ッ…ッ千奈美さんありがとうございます』

 涙声の紗枝に優しい目で千奈美は笑う。

 楓は千奈美さんの凄い優しさと強さに感銘を受けて胸が一杯になる。もし自分だったら感情的になって喚きちらし当り散らしたかもしれない。

 この人たちを助け出せてよかった、自分の力を過信しすぎたり他人に迷惑をかけたが結果的に二人を助け出せたのは正しいと、後悔はない。擦りむいた怪我や死ぬほどの恐怖に耐えただけの結末は迎えられたようだ。

 後ろから千奈美と紗枝の会話を聞いていた楓はふと、2人と自分を攫った加害者の秋里が気になった。これでは警察への被害届はでない、銃が紛失しても隠していた連中が警察へ連れて行ったのも考えにくい。

 監視されているのは知っているが、詳しい内容を楓はきかされていないのだ。

 そっと凪史の所へ近き、小さな声で尋ねてみた。

 「あのさ秋里はどこにいるんだ?」
 「彼?アイツは――」

 名前も聞きたくない凪史は視線を館の離れの倉庫の方角へ視線を移した。

 「父親の石戸が見張って監禁中」

 父親?石戸さんが秋里の?苗字違わなくない?

 そんな疑問が顔にでていたのか、チラリと凪史は楓の顔を見て小さくため息をつく。

 「秋里は血の繋がった子供じゃないよ、流れ流れて引き取った養子だって血も繋がっているのかも怪しいほどらしいけど」

 よそ様の家庭事情など凪史には興味ない、凪史も楓も。

 ただ。

 「大丈夫か?秋里を逃がしたりする可能性は?」
 
 どんな種類の情かは分からないが、もしかしたら秋里を庇って逃がしちゃうかも……なんて疑問が楓に湧く。「原罪の霧」を浄化したからって元々の根性がひね曲がっていたら今回はともかく、逃げた先で再発の恐れはないのか?

 「その点はだいじょぅぶ、石戸とは僕が母親の子宮で細胞分裂している頃からの付き合いだから」

 凪史の眼には絶対の信頼が窺えたので楓はちょっと腑に落ちないが、納得する事にした。

 ***

 離れの小さいながらも頑丈な倉庫に見張りが3人。もともとこの倉庫は庭の草花を手入れするための土や肥料が貯蔵されている小屋に太陽が高い時間でも薄暗い。

 秋里はその薄暗い部屋で木製のイスに座り、視線を床に向けていたが目の前にいる義父の石戸をあざ笑うかのような顔で見上げた。

 自分と向かい合うようにイスに座っている、秋里を責めることなくただ黙って秋里を見ている。

 秋里は目の前の男を父親とは一度だって思ったことは無い、ただ新しい留置所としか捕らえていなかった。

 自分をすぐ次に流すか、暴力を振るうか、煙たがるか。それらが留置所で起きる全て。

 血の繋がった両親は知らない、幼少の頃から自分が覚えているのは暴力に耐える術だけ。そして女の格好をしていれば喜ぶ留置所も多かったからそうしていただけの事。

 理由なき暴力を受け入れ、明日の床と餌の為に沢山の留置所たちに足を開いた。

 そうやって生きてきた秋里にとって石戸など父親ではない。

 秋里が留置所に感心があるのはどの部類の扱いを施すのか、無いものとするか鬱憤を晴らす道具にするのか。

 石戸は秋里からすれば無い者とする部類の人間、それ以外の感情はない。

 どうなろうと自分はもう無力な少年ではない、留置所がなくても生きていけるほど成長した。単純に住む場所と働ける場所と自分の欲求を満たせる条件が揃った場所が加藤家の別荘なので留まっていたに過ぎず、自分がやった犯罪が皆に知られ石戸の評価が下がろうが知ったことではないのだ。

 石戸の家は料理の技術を学べた点は評価してもいい、数年前に死んだ石戸の妻は自分に料理を教えた。見返りもなく学ばせたのはその人だけだったと心で秋里は呟く。

 大好きな絵も何人目かの留置所で学んだ、しかし声変わりもしていない子供をベッドに連れ込むような女だったが。

 「後悔しているのかい?父さん」

 秋里は侮蔑を隠さない声で石戸に質問をする、意味は無い。父と呼んだのは皮肉、黙るのにも厭きた警察に連行されるにしても時間はまだあるだろう、その暇つぶし。

 長年の加藤家に尽くし仕えてきた男が、引き取った養子に信頼を崩される呪詛を聞いてみるのも一興。

 正面に座っている石戸は秋里をじっと目から逸らさずにはっきりと答えた。

 「後悔している」
 「はっだろうね」

 肩をすくめて秋里は笑った、自分の予想していた返事だ。自分が何もしなくても大概の留置所たちはそう言ってきた。

 やはり面白く無い留置所だと、再び黙ろうとした秋里を他所に石戸は続けた。

 「お前の叫び声に気付かなかった自分の不甲斐なさに後悔している」

 石戸が何を言っているのか一瞬理解できなくて、秋里は体を後ろに動かした。

 「すまない」

 秋里に深々と頭を下げる石戸、まるで宇宙人を見たかのような顔で見つめる秋里。

 「なんで?気持ち悪い……罵れよ、あいつ等みたいに」
 「私は妻にいつも言われていた、言葉が足りないと」

 その通りだな、なんて石戸は呟き苦笑いをこぼす。

 得体の知れない存在を目の前に秋里は内心慄く、このような反応は初めて。
はい、すみません中途半端っす!
本当は二話に分けるつもりでしたが、ハンパなので繋げちゃいました。

そして私は生きてます、心配してくださった方やこんな小説でも待っていてくださった方には申し訳ないのと嬉しいのでいっぱいです。

ちょっと揉め事がございましたので、更新は遅れてしまいました。他の小説を含めてペースをアップしていきたいです。
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