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ささくれ黙示録 ~ショートショート集・ソノ1~

ショートショート009 うわさの種

作者:笹石穂西
「『うわさの種』って、知ってるかい」

 そう言って親友は、店員にビールの追加を頼みながら、何の脈絡もなく話を切り出した。

「それくらい、知っているさ。慣用句だろう」

「いやいや、そうじゃない。正真正銘、本物の『うわさの種』の話だ」

「すまない、意味がわからない」

「まあ、そうだろうな。俺だって、初めて聞いたときは何のことかわからなかった。だが今では、その『種』のおかげで、そこそこいい暮らしをさせてもらっているんだぜ」

 それまで男は、なんとなく聞いていただけだったが、「いい暮らし」という言葉に興味を持った。

「そういえば、君はこのところ、いやに金回りがいいようだな」

「そうなんだ。それもこれも、ぜんぶ『種』のおかげさ」

「どういうことだ。いや、そもそも、その『種』ってのは、いったい何なんだ」

「少し長くなるけど、いいか」

「ああ」

 親友は、ビールで喉を軽くしめらせてから、ゆっくりと話し始めた。

「しばらく前の話なんだが、仕事終わりにバーで一杯やってたんだ。そのときに、不思議な老人に出会ってな」

「不思議な、というと」

「なんと言うか、漂うオーラが普通とは違う。さえないという感じではなく、かと言って威圧的というわけでもない。欲のかたまりといった風でもなく、空虚な雰囲気でもない。一種の、おごそかさ、みたいなものがあった。仙人というのは、きっとああいう感じなんだろうと思ったね。あるいは、本当に仙人さまだったのかもしれない」

「それで」

「それで、妙に気になったんで、その人に話しかけてみたんだ。よければ一緒に飲みませんかってね」

「声をかけたのか。相手は女でもないのに」

「女って、俺を何だと思ってるんだ。まあ、たしかに珍しいことではあるがね。それだけ不思議な魅力があったんだよ。それで一杯おごったら、その老人が『種』をくれた」

「ほう」

「これは何ですかと聞いたら、これは『うわさの種』ですと言った。
 家に帰って、この種を庭に植えなさい。芽が出たら、一日一回、水をやりなさい。多くはいけない、少しでかまいません。そうすると、やがて花が咲くでしょう。その頃になると、あなたにはいろいろな噂話が入ってくるようになります。あなたのお仕事で役に立つものも、中にはあるでしょう。なに、おごってもらったことに対する、ほんのお礼の気持ちです。あなたの人生が少しばかり豊かになるよう、手助けさせていただくだけですよ。
 そう言って、その老人は俺に『種』をくれた」

「奇妙な話だが、それで」

「それから、俺は半信半疑で『種』を庭に植えた。少し経つと、芽が出てきた。俺は、老人に言われたとおりに水をやった。少し、というのがどれくらいか、よく分からなかったが、俺は小さじ一杯くらいの量をやったかな。そうすると、やがて花が咲いた」

「ふむ」

「すると不思議なことに、夜、その花が夢に現れ、俺に噂を話して聞かせるようになった」

「まさか」

「信じられないとは思うが、本当の話だ。夢の中で、花はいろんな噂を俺に聞かせた。近所の誰それが浮気しているとか、俺の会社のどこそこの部署がちょっとした問題に巻き込まれそうになっているとか、まあその程度のものだがね。
 噂のほとんどは、そんなささいな内容だったが、ひとつだけ大きい話がある。それは、有名なアイドルのスキャンダルに関するものだった。そのときはまだ未発表の情報だったんだが、結局本当のことだった」

「この間の週刊誌に載っていたやつか」

「そうそう、それだ」

「それはすごいな」

「ああ。それで、俺は夢で聞いたその情報の一部を、自分の仕事に使ったわけだ。花がうちの会社の競合メーカーの噂を教えてくれたときに、問題にならない範囲で極秘に対策を打つとかね。
 と言っても、怪しまれないようには気をつかったぜ。たとえば、うちで開発中の新製品があるんだが、それが他社の新製品とよく似ていると花が言った。だから俺は、うちの新製品のアピールポイントを少し変えるよう提案して、マーケティングの担当者をさりげなく誘導した。おかげで新製品は他社との差別化に成功、売れ行きも上々というわけだ。他にもあるが、だいたいそんな感じさ」

「なるほど」

「上司にも恵まれていたんだろうな。俺の意見が結果的にことごとく良い成果につながっていたことを評価してくれて、いつもより多くボーナスがもらえた」

「つまり、それで金回りが良かったわけか」

「そういうことだ」

 話を終え、グラスを傾けながら嬉しそうにしている親友を見て、男は少しうらやましくなった。誰だって金は欲しい。金はいくらあっても良いものだ。借金があるとか、別にそんなたいそうな事情があるわけじゃないが、もう少し余裕を持てるなら、ありがたいものだろう。

「なあ、その花、その後はどうなったんだ」

「ふた月と半分くらいかな、それくらい経ってから、実をつけた。そうするともう夢には現れなくなった」

「人の噂も七十五日と言うからな。それでふた月半というわけか」

「たぶん、そんなところなんだろうな。不思議な話だが、それもいまさらだしな。
 それから、その実にもご利益があるんじゃないかと思って、食べてみようかと考えたが、たくさんしわが入っているし、茶色がかっていて不味そうだったから、そんな勇気は出なくて結局やめた」

 男はビールをひと口飲み、再びたずねた。

「いまも実の状態なのか」

「いや、その後しばらくすると、実が落ちてはじけた。中からは、種が二粒出てきた。ひとつはまた育てているところだが、もう一粒はおまもりがわりにいつも持ち歩いている。ほら、これだ」

 友人は胸もとから小さな容器を取り出して、男に見せた。中には、やや黒ずんでいて、しわが少し寄った粒が入っていた。どこにでもあるような、ごく普通の種にしか見えなかった。

 男は残っていたビールを一気にあおり、意を決して親友に頼んでみることにした。

「なあ、その種、一粒くれないだろうか」

「欲しいのかい」

「ああ。いまの話を聞いて、欲しくならないやつなんて、そうはいないだろう」

 どうしようかな、と親友は言った。この種には世話になったし、それに仙人さまのご加護みたいなものがこめられていそうだから、おまもりとして持っていたいんだけれど。

 どうしても種が欲しかった男は、長い付き合いだろう、どうか頼むよ、種を育てて花が咲き、実をつけてまた種ができたら、それを君に返すからと、そう言って粘った。

 男の懇願に、親友もついに折れた。

「わかったよ。種は二粒できるみたいだからな。また種がとれたら、そのうちのひとつを俺にくれれば、それでいいさ」

「ありがとう」

 礼を言って、男は種を受けとった。まだ半信半疑だったが、ものはためしだ。少しわくわくした気分で家に帰り、さっそく庭に植えた。



 数日すると、種から芽が出ていた。若緑色の、ごく普通の芽だった。

 男は、ははあ、これだなと思い、親友が言っていたように、小さじ一杯の水を毎日やった。

 水しかやっていないのに、芽はすくすくと育ち、ひざくらいの高さになった。いつの間にかつぼみができていて、ある朝見てみると、薄いピンク色の小ぶりな花が咲いていた。

 その夜、男はうきうきした気分で布団に入った。本当に夢に出るのだろうか。花は、本当に噂を教えてくれるのだろうか。教えてくれるのだとしたら、どんな噂なのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、男は眠りについていた。



 夢の中で、花は自分と同じくらいの背丈があった。

 花は、男の頭に直接話しかけて噂を教えた。子供のような声だと、男は思った。

〈近ごろ、民家を狙った放火がこのあたりで多いみたいだよ〉

〈今日明日あたりは、燃えやすいものはしまっておいて、しっかり鍵もかけておいたほうがいいかもしれないね〉



 朝になって目を覚ました男は、思ったよりつまらない夢で、少しがっかりした。

 だが、親友の話もあるので、素直に聞いてみることにした。外に置いてあったものを家の中に入れ、鍵も全て閉めてから仕事に出かけた。



 夜になって帰ってくると、近所におおぜい人が集まっていた。どうやら、すぐ近くで火事があったらしい。それも、放火だそうだ。聞くと、犯人は近所の家々を物色して、燃えやすそうなところを選んだという。

 男は、花のおかげで一難をまぬがれたことを知って安堵した。つまらないなどと失礼なことを考えてしまった、家が燃えずにすんだのは花のおかげだと、感謝しきりだった。



 それ以降も、男は毎晩のように夢を見て、噂を聞いた。親友が言っていたように、ほとんどは他愛のない身近な話ばかりだったが、全国的なニュースになるようなものも、たまにはあった。それらの噂は全て、本当のことだった。

 中には自分の仕事に役立つものもあり、男はそれを活用して会社の業績に貢献することができた。

 ただ、残念なことに親友とは違って上司に恵まれていなかったらしく、特に給料が増えることはなかった。



 花が咲いてからふた月半が過ぎ、みすぼらしい実がついて、それから二粒の種がとれた。

 男は約束どおり、その一粒を親友に返した。親友は、どうだい、ご利益はあったかいと聞いてきたので、まあそれなりにね、とりあえず火事にはならずにすんだようだよと男は言った。

 残った一粒をどうしようか。男は少し考えたが、結局また育てることにした。たしかにご利益はあったが、暮らしが良くなったわけではない。どうも、仕事に活かす方向だと、男の場合は金回りが良くなるわけではないらしかった。

 種を育てながら、男は考えた。どうすれば、噂を金に変えられるだろう。やっぱり情報の売り込みだろうな。安易なようだが、有名人や有名企業のスキャンダルを週刊誌に売り込めば、それなりの金がもらえそうだ。



 また芽が出たので、男は水をやろうとした。そのとき、ふと思った。ひょっとすると、小さじ一杯では少ないのではないだろうか。だから、たいして面白くない噂ばかりだったのではないだろうか。もっと水をやれば、もっと大きな噂が入ってきて、大金が手に入れられるのではないだろうか。

 そう考えて、男はまずコップ一杯の水をやって様子をみてみた。特に問題もなさそうだったので、そこからさらに増やしていって、最終的にはバケツ一杯の水をやるようになった。芽は前回よりも勢いよく育ち、つぼみをつける頃には、男と同じくらいの背丈になっていた。

 そしてようやく花が咲いた。前回とはくらべものにならない大輪の花で、あざやかな赤色をしていた。

 これなら、きっとすごい噂を教えてもらえるのだろうな。その夜、男は前よりもいっそううきうきしながら眠りについた。



 その日の晩から再び夢に現れはじめた花は、前回とは比較にならないほど大きく、男の数倍の高さがあった。

 花は男を見おろしながら、前回とは違ってどこか威厳のある、ずんと響いてくるような声で頭の中に話しかけ、噂話を男に教えた。

〈最近よくテレビに出ている売れっ子の歌手が、じつは麻薬をやっているらしいぞ〉

〈このあいだ閣僚になったばかりの政治家が、企業と金をやりとりしているようだ〉

〈おもちゃで有名なメーカーが、売り上げをごまかして発表しているらしい〉

 男の予想にたがわず、夢で知った噂は特ダネばかりだった。有名歌手の麻薬疑惑。政治家の汚職。企業の粉飾決算。週刊誌が喜ぶようなものばかりだ。

 その他にも、たくさんの噂を教えてもらった。中には、海外の軍事情報やテロ組織の活動といった過激な内容のものまであったが、さすがに扱いに困りそうなので、それは聞かなかったことにした。

 男は夢で見たことをしっかり記録し、まとめて週刊誌に売り込んだ。どの情報もあまりに信じがたいものだったためか、記者は半信半疑だったが、一度調べてみて、記事になるようであれば相応のお代をお支払いしますよと約束してくれた。



 花が咲いて一週間ちょっと過ぎたころ。

 その夜、いつものように夢に現れた花の声は、どうにも元気がなかった。

 どことなく、声の威厳が薄くなったような気がする。そういえば、ぴんと張って立派だった茎も少しゆがんでいて、男よりずっと高かった背丈も少し低くなったようだ。

 朝になり夢から目を覚ました男は、気になって庭に出て、花を見てみた。

 そこには、初めは鮮やかだった赤色は見る影もなく、くすんだ茶色に変わっている花が、息も絶え絶えといった風情で咲いていた。

 おかしい。まだ、ふた月半どころか、半月も経っていないのに。

 予想もしなかった光景に男があっけにとられていると、その花が目の前でぽとりと地面に落ちた。

 風化も進んでいたのか、花だけでなく茎もぐずぐずに崩れてしまった。どこからか風が吹いてきて、ちりになって飛んでいった。あとには何も残らなかった。



 何がいけなかったのだろう。やっぱり、水をやりすぎたのがいけなかったのだろうか。バケツ一杯は多すぎたんだろうな。コップ一杯程度にしておくべきだったかもしれない。

 男は、もう花の夢を見ることのない日々を送っていたが、さほど落ち込んではいなかった。花を失い、種も回収できなかったことはたしかに残念だ。だが、終わってしまったことで悩んでみても仕方がない。

 それよりも気になるのは、週刊誌に売り込んだ情報のことだった。あれから連絡がないが、どうなったのだろう。夢で聞いた噂話は、現実になるのだ。前回のときは全て当たったし、実際に男自身も火事からまぬがれた。

 もしかしたら、情報がどれも本当だと分かった記者が隠しているんじゃないだろうか。支払いをけちっているのかもしれない。

 そう思って、男は記者に連絡をとってみた。

 電話はすぐにつながった。

「もしもし」

「すみません、先日の話ですが」

「ああ、あれね。ひと通り、調べてみましたよ。量が多いし内容も濃いしで、大変でしたけど」

「そうですか、それで、結果はどうです」

「まったく、いい迷惑ですよ。どれもこれも、ぜんぜん事実じゃありませんでした。歌手の薬物疑惑も、政治家の汚職も、企業の会計問題もありません。業界の噂にすらなっていない。あなた、うちの営業妨害が目的だったんじゃないでしょうね」

「そんな、とんでもありません」

「とにかく、この件はもう、これでおしまいです。今後は、いいかげんな情報なんて持ってこないでくださいよ」

 乱暴に電話が切れ、男はがっくりとうなだれた。間違いなく当たるはずの情報だったのに。これで大金も泡と消えてしまった。なんということだろう。

 それにしても、いったいなぜ、夢の噂ははずれたのだろうか。

 男は外に出て、庭を見てみた。そこには、花など初めから咲いていなかったかのようだった。

 庭を眺めながら、花も茎も風に吹かれてちりぢりに飛んでいったときのことを思い出す。

「そうか、そういうことか」

 そこまで考えて、男はようやく理由に気がついた。

「風の噂になったんだな」

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