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End Of Edo ~幕末~  作者: 吉藻
第二章 幕末前夜
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  マリナー号事件

 嘉永2年閏4月にイギリス軍艦のマリナー号が江戸湾にやってきて勝手に測量するという事件が起こる。

 これに対して下田奉行が退去を命じるもマリナー号の艦長は無視する。

 問題は長期化しそうな気配が漂っていた。

 幕府は対応に苦慮するのだった。


 ビドル率いる米国艦隊が浦賀を去ってから3年後のことである。

 海防対策を後回しにしてきたことに阿部正弘は後悔した。

 徳川斉昭などはそれみたことかと気炎を上げる。


 幕府は下田奉行は当てにならないと考えた。かといって江戸城から人材を送るほどの決断は出来ない。それにより浮上して来た人物は水野忠邦の時代に西洋通として海防にも精通していた伊豆韮山代官の江川英龍えがわひでたつであった。

 伊豆韮山代官という役職であるけれど伊豆・駿河・武蔵・甲斐といった関東一帯の天領を治める代官だ。石高にすると10万石ともいわれるもので代官とはいえ大名に匹敵する権限を有している。

 また、彼は優秀な蘭学者であり兵学者で江川塾を開き西洋砲術を各藩の俊英に教えていた。

 西洋砲術に関しては日本で第一人者と言われているほどの人物である。(数年後には佐久間象山の方が学者としての名声が上回るが江川は政治家でもあるので仕方が無い)


 幕政に関わりないが在野の人物ともいえない。それでいて非常に優秀な人材である。政争に巻き込まれて失脚しただけである。今の幕府からすると失敗したときに責任が取らせやすいということもあった。


 マリナー号退去のための交渉を打診された江川英龍は幕府の思惑をすぐに見抜く。それでも彼は自分の国を守るために下田へと向かうことにしたのである。





 マリナー号の艦長はゆったりと測量をしていた。

 日本沿岸の地形を調べて情報を集める。そして将来的に日本を植民地化する場合に役立てることを考えていた。

 ふと陸地を見ると沿岸に大勢の兵が見えた。望遠鏡で確認すると銃と刀を持った兵が構えている。

 日本に戦をしかけてくる勇気なんかあるわけがない。そう思いながらも緊張感が増してくる。

 そして多くの小船がマリナー号へと近づいて来た。小船には武器を持った兵士も乗っている。

 マリナー号では艦長から水平まで皆が冷や汗を流す。

 先頭の小船に豪華な衣装を着た武士が乗っていて交渉を求むと声をかけてきたことにホッとした。


 マリナー号に乗り込んで来た武士は豪華な衣装を着ていて威厳のある男だった。名前を江川英龍といい数十万人の人民を治める領主だと宣言した。イギリスでいえば伯爵ということだろうか。それだけの地位の人物が兵を引き連れて交渉にやってきたのだ。

 江川はあくまで紳士的に退去を求めて来る。だが、彼が引き連れてきた数百の兵は圧力になっている。交渉が決裂すれば彼らがどういう行動にでてくるか分からない。


 江川の圧力は成功した。

 イギリスとマリナー号は日本を舐めていたので覚悟を見せれば引くと考えていた。

 武力を背景とした紳士的な交渉。外交では当たり前の手段を用いただけともいえる。

 この江川の活躍によりマリナー号は下田を退去していった。




 この件により江川英龍の名は上がった。

 元から日本で一番の西洋兵学の師としての名声はあった。それに加えてマリナー号を追い返した交渉力や胆力が見直されたのである。江川を昔から知るものにとっては今更のことであった。だが、幕府はここにおいて江川の実力を認めることになる。

 江川は自分の評価が上がっている今を狙い幕府に意見書を提出した。

 異国との戦力差は明らかである。旧来の大砲や銃では対抗できない。西洋の武器と戦術を手に入れて海防を整えるべきだということだ。

 ここで江川は農民兵と台場建設による砲台設置、最新の大砲を作るための反射炉の建設などを求めた。

 江川の卓越した意見に賛同を覚えながらも財政難が幕府の腰を重くする。江川に対して反射炉建設の許可を出すに留まることになった。


 結局のところマリナー号は追い返すことが出来たので、江戸城では再び弛緩した空気が広まっていた。海防に予算を増やすことは出来ない。


 マリナー号事件は江川英龍という1人の有能な人物を幕政の表舞台に引き出した。

 江川はこれからの混乱の時代に活躍していくこととなる。

 しかし優秀な人材の活躍で事件を解決したことにより問題はまた先送りされることになったのだ。

 幕府の対外政策は遅々として進まない。

 海防は整備されずに列強に対して裸同然の装備しかない。

 阿部正弘はそれを理解しつつも手を打てないでいた。


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