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もしも明日死ぬとしたら。

作者:車輪
 ▽男子高校生


「もしもあなたが明日死ぬとしたら、それまでに何をしたいと思いますか?」
 学校帰りに駅から出てきたところで、そんな声が聞こえてきた。
 声の主は若い女性。といってもぼくより年上ではあるけど、外見は女子高生で通用しそうなほどだ。
 見覚えのある顔だった。
 毎日、学校帰りの時間にはここにいて、何やら宗教? らしきものの勧誘を行っている。
 いつもいつも熱に侵されたような顔で、ぼくにとっては難しいことを、主に男性会社員に対して広めている。
 けど、今回の質問はいつもとは少し違う感じで、ぼくにも考える余地があるものだった。

 もし明日死ぬとしたら。
 ぼくは何をするだろうか。

 今日はもう夕方で、明日まではもうすぐだ。
 今から何をしようとしても、何も起こらないような気もする。
 うーん。今日は学校の疲れで頭がよく回らない。
 明日考えることにしよう。立ち止まって出た結論は、そんなものだった。


 ▽二十代前半の男


「もしもあなたが明日死ぬとしたら、それまでに何をしたいと思いますか?」
 会社からアパートへの帰り道。
 久々に駅の付近を通りかかった時に、そんな声が聞こえてきた。
 声の主は若い女性。俺と同い年くらいで、社内にいればモテモテだろうな、という清涼な雰囲気の女だ。
 宗教関連の活動をしているようで、脇には書類が収まった棚が立てかけてある。
 宗教名はニコニコ教。俺は大学を卒業するまでは駅を利用していたが、その間ほとんど毎日勧誘を行っていたので、さすがにそれくらいは覚えた。
 若い女性でないと集客に支障が出るのか、何年か周期でここに立つ係は入れ替わっている。

 しかし、集客の方針には進歩が見られないな、と呆れてしまう。
 いつも難解でよくわからないことを並べ立てているのだが、何日か周期で俺たち一般市民にもわかりやすいような質問を放って、人々に寄り添う宗教ですよ、とアピールしているつもりなのだろうか。
 確かにふと考えて見たくなるような質問で、今も男子高校生が考え込むような顔をして女性の横を抜けていった。

 その姿が、かつてこの駅を利用していた高校生の俺を思い出させる。
 俺も高校生の時にはこんな質問に真剣になっていたのだろうか。
 あの高校生も、すぐ詐欺とかに遭いそうで、危なっかしい。
 ただ、と童心に帰って、少し考えてみる。

 もしも、明日死ぬなら。

 そもそも、明日死ぬというのは、明日が始まった瞬間の話なのか? それとも明日が終わる瞬間か。正午とか、もっと平凡な時間帯ということもあり得る。
 一口に明日といっても、正確な時間帯がわからない以上は、今日中に可能なことを考えたほうがいいだろう。

 そうなると、と足が速まる。
 明日死ぬとしても死なないとしても、特に行動は変わらないような気がした。
 さっさと帰って、カノジョの手料理を頬張りたかった。
 死ぬなら腹一杯で、カノジョの隣で、だ。


 ▽三十代後半の男


「もしもあなたが明日死ぬとしたら、それまでに何をしたいと思いますか?」
 仕事が終わって、偶には家族に甘いものでも買って帰ってやろうと、駅前に足を運んだ時のことだった。
 夕日を運ぶ風に乗って、そんな言葉が聞こえてきた。
 社会人や高校生、皆が一仕事終えたような表情で、周囲は賑わっている。
 声の主は目を惹かれるような美女だったが、やっぱりと目線を切った。
 昔からここで妙な質問をしてくる女は皆、何かにとりつかれたような表情をしているのだ。

「耳触りのいい言葉だ」

 俺は立ち止まることもなく歩きながら、偶に囁かれるその質問に、相変わらず不思議な魅力を感じる。
 考えずにはいられない力のある言葉だった。だから考える。
 そもそも、宗教なんてそんなものでいいのだ。
 考えたい時に考え、縋りたい時に縋ればいい。そこに入信だの布教だの面倒なものが付随するから、よくわからなくなる。
 人間が人間を甘やかすために作られたのが宗教なのだから、変なところを厳しくしてどうするというのだ。まあ、金も大事だけどそれはそれとして。
「明日死ぬなら、か」
 考えて出た、何の面白みもない回答に目を伏せる。
 明日死ぬなら、貯金をありったけ嫁に預けて、まだ未熟な息子を任せよう。
 結局、金の話だ。


 ▽五十代前半の男


「もしもあなたが明日死ぬとしたら、それまでに何をしたいと思いますか?」
 会社帰りに酒でも飲もうかと、駅前の行きつけの居酒屋に向かっていたところだった。
 週4で駅前を通るうちに聞き慣れた質問が耳を打つ。
 おっ、今日はこの質問だったか。
 珍しいと言えば珍しいが、特に有り難がる理由もない質問だ。

 それをあんなにも熱心に心を込めて言えるのだから、あの女性はそれなりに幸せなのかもしれない。
 いつもは聞き流す質問だった。しかし、その女性の近くで足を止める高校生に過去の息子を重ねて、思わず立ち止まってしまった。
 放っておけずに近づいていって、声をかける。

「おい、考えるのはいいが、あんまり深入りはしないほうがいいぞ」
「あ、はい。それもそうですね」

 男子高校生はちょうど結論を出したような晴れ晴れとした表情で、俺を見て、未だに何か言っている女性を警戒するように離れていった。

 明日死ぬなら。

 その答えを彼は見つけたのだろうか。
 少し悔しくなって、彼に言ったことを棚に上げて立ち止まり、考える。
 その結果として、携帯電話に手を伸ばす。
 明日死ぬなら。嫁と息子と、死ぬまで飲みたい。何だか、発想が歳をとったような気がした。

「おい! 飲み行くぞ!」


 ▽とある老人


「もしもあなたが明日死ぬとしたら、それまでに何をしたいと思いますか?」
 駅前で聞いた言葉だったろうか。
 白い部屋で、白い布団に横たわって、昔のことを思い出す。
 まだ元気だった頃、何度となく聞いた言葉だ。
 そこにはいつも美女が立っていて、何やら難しいことを言っていた。
 あの若さであの内容を理解できているのなら、優秀なのだろう。私には最後まで少しも意味がわからなかった。
 いつもいつも、他の言葉には耳を傾けなかった私だが、その言葉にだけは考えさせられたような気もする。

 高校生の時の自分が、会社員として働いていた自分が、妻の表情が、息子の背広姿が。
 元気な時は思い出そうともしなかったのに今更、記憶が、あふれてくる。
 明日にでも、いや、今日死んでもおかしくない体が疼き、固まっていた脳が微弱な電気信号に痺れる。

 明日死ぬなら。私は何がしたい?

 カノジョと結婚して息子ができて、息子があっという間に成人して、二人と死ぬほど飲んで。
 もう特に、やりたいことはないかなあ。
 そりゃあ死ぬのは怖いし嫌だが、明日と言わず今日死んだとしても、何ら悔いは残らないような気がした。
 そこで、自身がそれなりに恵まれた人生を送っていたことを再認識する。歳をとってから、なかなか肯定できなかった自分自身を、肯定する。

 バアさんは死んじまったが、それは心残りとは違うだろう。
 むしろこれから同じところに行くのだ。これは期待だ。
 不純なものを全て除いた瞳が、閉じていく。

『永眠』。死を眠りに例えた言葉。

 死が眠りに似ているのなら、瞼に夢は映るだろうか? 
 もしそうだとしたら。
 その夢に、
「期待していいかなあ」と。
 p。
※ちょっとした叙述トリックがあります。

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