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人間の形 作者:帆摘
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空18

「え?ちょ、ちょっと!」腕を引っ張られて歩いて行く和田さんを見送りながら私は軽く手を振る。「じゃあ、5時までには戻って来て下さいね!」
引きずられて行く和田の悲鳴を聞きながら私はにんまりと笑った。佐藤さんは私がボストンにいてた頃にお世話になった方だった。アメリカ人の旦那さんと御結婚され、長年をアメリカの地で暮らした彼女の人生は数奇でとても興味深いものだった。彼女は私の患者ではなかったが、ことあるごとに私の事を気にかけてくれていた恩人の一人だ。
昨年、ご主人を亡くされ、一人日本へと戻って来られ、このホープ敬老園に入られたが、彼女のポジティブシンキングと明るさに、随分ここに住んでいる老人達が力付けられていると言う。

実のところ、彼女は本当にすごい人だった。戦時中に出会った元アメリカ人の旦那と結婚し、アメリカに移住し、様々な困難を乗り越えて3人の子供達を育て上げた。そして60歳になった彼女はなんとアメリカの大学を受験する為の試験を受け、見事パスし、大学生となった。その当時、地元では随分と話題になったものだった。なぜ、60歳になってから大学へ入学しようと思ったのかと聞かれた時、彼女はこう答えたという。
「あら、新しい事にチャレンジする事に年は関係ないでしょ?子育ても一区切りついて、皆それぞれの生活を始めた。私、高卒ですぐにお嫁に来ちゃったからずっと大学に憧れていたのよ。
これからは学生として、また新たなライフをゲットするわ!」
その言葉通り、彼女は大学でコミュニケーションを専攻し、多くの若者達と友達になって影響を与え、4年後に卒業した。それから暫くの間は地元で様々な活動に携わってきたが、昨年、夫が亡くなられた事をきっかけに、日本へ帰ってくる決心をされたそうだ。

とはいっても、彼女の3人の、娘、息子はアメリカで結婚して、孫もいるのだから、ちょくちょく、日本とアメリカを往復しているらしいが、ともかくバイタリティー溢れる魅力的な老女だった。アメリカの大学で若い沢山の友人を作り、人生を楽しんで来た彼女から、きっと何かを得る事ができるのではないかと私は考えたのだ。

案の定、彼はすぐに彼女のペースにはまり、連れ去られて行った。今頃は楽しいデートをしている事だろうと私は微笑んだ。彼らが帰ってくるまでの間、私は幾人かのおばあさん達の話し相手をする事にしよう・・と立ち上がりカフェテリアを出て行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
和田は自分の腕を組んで歩く老女を奇異な目で見ていた。今まで沢山の女と付き合ってきたが、さすがに老女に腕を組まれて歩いた事はない。周りからも好奇の目で見られているのが分かる。最初は振りほどこうかとも思ったが、何故か手を振りほどく事ができず、老女に引っ張られたまま、今に至っている自分が信じられなかった。
「ほれ、そこのカフェに入ろうか?なかなかええ感じの店やんなぁ。やっぱりこういう所は兄ちゃんみたいな男前とくるに限るわ。といってもうちの元旦那には負けとるけどなぁ。」

元旦那という言い方に引っかかっておずおずと聞いて見る。「ばあちゃん、佐藤さんっていうんだっけ?旦那さん、どうしたの?」
「死んでもうた・・まあうちより10も年上やったさかいな、それでも早く死んでしもうて腹立ってんねん。結婚するとき、絶対うちを置いていかへんって言うたのにな・・・それさえ無ければホンマにええ旦那やってんで、ほれ、席に着いたら写真見せたろ。」
二人はこ洒落たカフェに入ると奥の席に腰を落ち着けた。ここでも周りからじろじろと見られている。あからさまではないが、目が合うとそらす所を見るとやはり見ているのだろう。
「俺だけの所為じゃねーよな・・」低く呟く。なんといっても、このばあちゃん、上から下までピンクの装いだ。地味な服装が多い日本では目立つ事この上ない。注文を取りに来たウェイトレスも奇妙な組み合わせに驚いた様子だったが、俺たちはとりあえず、紅茶とケーキを注文した。

席に座ると、ばあちゃんはもっていたハンドバックの中をごそごそと探して、一枚の写真を取り出した。年代ものの白黒写真だ。
「ほれ、これが亡くなった旦那とうちの結婚式の写真。どうだい、男前だろう?」ばあちゃんはそういって自慢げに写真を手渡した。
なるほど、そこには軍服らしき服を着た美男子といっても良いだろう男性と着物を着た綺麗な女性が並んでうつっていた。
「これがばあちゃん?すっげー綺麗じゃん。俺旦那よりばあちゃんの方が吃驚かも・・てかばあちゃん、外人と結婚してたんだな・・」
「あんまりばあちゃん、ばあちゃんって連呼しないどくれ。うちはまだまだ若いんだからね!」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ?佐藤さん?」
「ふんっ、うちのフルネームは美津子 佐藤 バトラーってんだよ。まあ、美津子さんって呼んでもらおうかね。」
「美津子ばあちゃん?」
「ばあちゃんは要らんゆーとるやろうが・・」
「分かった。じゃあ、美津子さん。国際結婚かあ・・旦那さん何人?」
「アメリカ人だった。戦争が終わった後の日本に滞在しててなあ、大恋愛したもんじゃった。まあ案の定親からは猛反対されて駆け落ち同然でアメリカまで渡っていったんや」
「へえ・・大変だったんだね。」
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