「どーもどーも、ランプの精ですはじめまして! 幸運にもランプを撫でたのはあなたですか?」
突如白い煙と共に現れた変なヤツの第一声は、馬鹿デかい刃物と共に僕に向けられていた。
奇妙。実に奇妙な格好をしている。どうやらランプの精とか自称してやがるが確かに、衣装はまさにそんな感じだった。あれだ、どっかで見た青いランプの魔人が出てくるあの有名なアニメ。あれに出てくるお姫様みたいな。いや、お団子頭にしてる辺り、エキストラ出演している踊り子と言った方が正しいのか。もっとも、その踊り子にはなかった刺青がコイツの体にはあるが。
それより何より怪しいのが、ヤツが僕に向けているその馬鹿みたいにデかい刃物だ。なんだコレ。ヤツの体の倍はある長さの棒に、鉈みたいにくっついているのは、これまた職人もびっくりの馬鹿デかい刃。これを凶器と言わずしてなんと呼ぶ。その凶器が僕の喉元に突きつけられているのだから笑えない。
第一に、僕が触ったのはランプじゃない。
「あ、あの……僕が触ったのは沸騰したやかんなんですけど」
変なヤツは即座に、自分の後ろを振り返った。ガスコンロの上にあるのは、シューシュー音を立てているごく普通のやかん。どう見てもやかんだ。やかん以外の何物でもない。
「………………」
変なヤツは押し黙る。そして、
「どう見てもランプじゃないですか!」
開き直った。
「どーも、ランプの精ですはじめまして! 幸運にもランプを撫でたのはあなたですか? よかったですね御主人様!」
でもって言い直しやがったコイツ。あと最後の一言いらねぇ。それより早くこの刃物どけてほしい。
「な、なんだお前オイ! 人んちの台所にナニ侵入してくれちゃってんの?」
これは僕の言ったセリフではない。
あぁ、忘れてた。そういや居たんだった。僕はこのいじめっこにいつものようにいじめられていて、今日は沸騰したやかんを十秒間触るっていういじめだったんだった。んで今に至るわけ。ついでに念のため言うと、ここは僕の家だ。
「あ、お友達ですか? なら好都合です! 話を進めましょう!」
無視か。隣にいるいじめっこが「ちげーよ!」と怒鳴ってもスルーか。なにがなんでも話に繋げる気か。
「さて、そんなラッキーなあなたに少し説明があります! えー、これからあなたの願いを三つ叶えるわけですが、その際に聞き入れられない願いってのがあるんですねー」
マジで聞く耳持ってないし。まぁ、考えてみれば、ランプの魔人なんだか精なんだか知らんが、確かあのアニメも『願いを三つだけ叶えてくれる』ってやつだったような。制限なんてなかった気がするけど。
「それは『死者の蘇生』、『他人の幸運を願うもの』、『我らが女王の趣向に背くもの』です!」
前者二つはいいとして最後アバウトだな! 女王ってなんだよ!
「あ、我らが女王はカナリ趣味悪いですからねー頑張って考えて下さいね!」
しかもその様子じゃ最後が一番条件厳しそうじゃねーかよ! 出会い頭から刃物を突きつけるよう教育してるなら確かに趣味悪いわな!
……うわ、しまった。つい乗せられてしまったじゃないか。危ない危ない。
「何が危ないんですか御主人様ぁー?」
「いや、このままお前のペースに乗せられるのが……ってちょ、ちょっと! 人の独白を勝手に読まないで下さいよ! ってか読めるのかよ!」
くっ、完全に乗せられて地の性格を出しちまったじゃないか。それを見ているいじめっこが「なんだコイツ……」みたいな目で僕を見ているが、気にしないことにする。
「そうです! そんなことは本当にどうでもいいですよ! それから、私と契約した時点で――」
フォローになってねぇ。それはそれで傷付くわ。
しかし次の瞬間、ヤツが放った一言で僕は完全に意志を固めた。
「――報酬として人間の命が必要になるんですよ!」
「即座に契約破棄します」
やってられるか。そもそも、なんか胡散臭いし、怪しいし、そもそもコイツやかんから出てきたし、正直帰ってくれないかなあ?
それにこの歳でヒトゴロシなんてしたくねぇよ。
「そんなー大丈夫ですよ! あなたのご友人達からお一人ですから!」
もっと大丈夫じゃねえ。
「とにかく、僕が契約しないったらしないんだから、さっさとやかんの中に帰ってください」
「えぇー契約しないなんてムリですよ今さら」
なにがだ。まだ契約してないんだからクーリングオフ以前の問題ではないか。
「だってランプに触れた時点で契約成立してますから!」
ちくしょう悪徳商法の手口じゃねぇかッ! 触らなきゃよかった!
「契約取り消しですか?」
…………今からでも可能ならな。
「取り消しはー……取り消すとあなたの命がなくなります!」
結局逃げ道ねぇじゃん!
必ず誰か死ぬんじゃん!
誰だこんなムチャクチャな規則決めたヤツ!
「はい、全て我らが女王の意向です!」
やっぱり女王か!
「では、生贄はどのご友人になされますか? 選択はご自由です!」
どうしよう。退くに退けなくなった。
願いを取るか友人を取るか……いや、自分の命を取るか他人の命を取るかだろコレ。
他人か自分。
二つに一つ、二つに一つ……あ、そっか。
「なぁ、とりあえずその選択は後回しでもいいか?」
「どうしてですかぁ? そんなのダメに――」
「僕、友達いないんだ。だから選択肢が必然的に一つしか選べないだろ」
完璧だ。これで僕に選ぶ権利がなくなってしまう。さすがに向こうも「それではいかん」となるだろう。
…………事実から言ってる分、悲しいモノもあるけど。
「えーでも、そこにいるじゃないですかぁ」
そう言って自称ランプの精は、今の今まで僕の喉元に向けていた巨大な刃を、いじめっこの方に向けていた。刃を向けられた相手は「ひいぃぃいッ!」と悲鳴をあげながらガタガタ震えている。あちゃー、小便漏らしてら。
「……でも、そいつはあくまで『いじめっこ』であって『友人』ではないじゃないか。違うか?」
「うーん、確かに違わないですね〜」
「だろ? だから――」
「つまり今から『友人』にしてしまえばいいんですね!」
………………はい?
「なな、何する気だよ! はな――」
「ABRACADABRA…………」
突如勝手に、自称ランプの精がなにやらぶつぶつ唱えると、その瞬間、いじめっこの体が眩い黄金の光に包まれ、瞬く間に光は消えた。
光が消えた後、いじめっこの口がゆっくりと開き、光に包まれた後の第一声が放たれる。
「俺を殴ってくれ親友! 俺は、俺は一瞬だけお前のことを疑ってしまった。だから殴ってくれ!」
なんで走れメ○ス!?
ひょっとしてセリ○ンティウ○かコレ!? お前セ○ヌンティ○スなのか!?
「おぉ、よく分かりましたね〜さすが御主人様!」
「うるせぇ! さっさと戻せよコイツをッ!」
「御主人様が『選択肢=友人=生贄が欲しい』って言ったんじゃないですか〜」
「ナニその歪んだ方程式ッ!?」
ちょいと待った。そんなこと言った覚えがないとはいえ、これが願いが叶ったことになるなら……
「御主人様のお望みじゃあ仕方ないですけどー……ちなみにさっきのをカウントして、元に戻してあと一回願いが叶えられますね!」
「待ったぁぁあああ! ならいい! ならコイツはこのままでいいッ!」
そんな僕の叫びも空しくランプの精、というかやかんの精はやっぱり勝手に事を進めていた。
「一度言った願い事はキャンセル不可なんですがー……御主人様には特別で願いキャンセルする代わり、キャンセル料として一回分消費ということにしておきます! ABRACADABRA…………」
「待ったっつてんだろオイイィィイ! それじゃ意味ねーよバカヤロォォオオオオオ!」
またしてもいじめっこ(今は仮にも友人?)の体がオーラを纏う。どうやら途中修正がかかったからか、光の色が黄金から赤黄青と変色……って何故に信号機のカラー?
「うおおおおおおお心の友よー!」
「今度はジャ○アン!? ちょ、抱きついてくるな暑苦しい!」
やや肥満気味の野郎に全力で抱き締められるとさすがに息が詰まる詰まるいやいやシャレにならんて! どこからそんな万力のような力がッ!
「さぁ御主人様! 最後の願いはいかがなさいますかぁ?」
「この状態で聞く!? この状態の俺に聞くか!」
コイツはコイツで強引だな畜生!
しかしよく見ると、その憎たらしいほど百点満点の笑顔からは、ホントに少しだけ、ホントに少しだけだが落ち着きがないような気がした。
なんだろ、ワクワクしてるような……ドキドキしてるような……出来たと確信したテストが返されるのを待ってる感じの心境、とは違うか……?
「おっ、落ち着きがないなんて気のせいですよ御主人様の幻覚です!」
ますます怪しい。今まで完璧だった営業(?)トークが微かに乱れたぞ。
「けけ、決してさっさと仕事を終わらせたいだなんて考えてませんよ!」
「堂々とカミングアウトしたよ! もしや本物のバカかコイツ!?」
完全にペースを崩されたやかん……ランプの精は、聞いてもいないのにその後も、取り繕うようペラペラとノンストップで喋り続けている。
「いやですねそんな下心があるわけじゃないんですよ決して! 別に仕事が終わったらやっと人間に戻れるとかあの傍若無人な女王から解放されるとかそんなことはこれっぽっちも!」
「バリバリ言ってる! てか元は人間って結構衝撃発言だよね!?」
やかんの精は生まれたときからやかんの精だと思ってただけにびっくりだ。
「さりげなく失礼です御主人様! ええと話を戻しまして、そうなんですよ私もやかんの精――ごほんごほん! ランプの精に騙されたクチでしてぇ……ソイツと入れ替わりで代わりに私がランプの精になっちゃったんです〜」
とうとう自分でやかんの精って言ったよ。
まぁでも、そりゃ意外な……ってちょっと待てよ。
その論法でいくと…………次に犠牲になるのは………………。
「ですから御主人様! 私の為にも御主人様の為にも早く最後の願いを!」
「嫌だああああああああ! やかんの精になんてなりたくない! 絶対ムリ! 絶対ムリ!」
「ほらほら! 早くしないとタイムオーバーで、もれなくご友人共々あの世行きになります!」
「なんだその極悪設定! つくづく幸運どころか不幸を噛み締めてる真っ最中だよまったくもおぉぉお!」
ホントにもうなんなんだよ! ランプの精だかやかんの精だかなんてどうでもいいよ!
あぁもう逃げたい! 現実逃避して逃げたい!
こんな現実離れした出来事なんてなかったことにしたい!
「御主人様」
急にランプの精が声のトーンを落とし始めた。
真剣な眼差しで僕を見据えつつ、そう――まるで女神のような微笑を浮かべ、希望という名の、一筋の光を差し伸べるように。
「貴方を救う存在が、一つだけあります」
何? 誰――?
誰がこの人生の行き止まりを打開してくれるの?
「――それは全てを抱き取る優しき腕、それは全てを呑み込む深い愛、それは全てを許す大いなる存在――」
そこで一旦区切ると、ランプの精は僕に優しく問いかけた。
「――あなたはそれを、望みますか?」
僕はごくりと唾を飲む。
そして、何故だか一秒たりとも迷わず、その問いへ答えを出したのだった。
「――望みます」
それは漆黒の闇だった。
「暑ッ! いやむしろ熱ッつう! オイこら! 確かに僕には真っ暗闇しか見えませんよ? しかしこのゴボゴホいう沸騰音と溢れんばかりの蒸気は誤魔化せねーぞ! なんで僕が『やかんの中に入ってる』んだよオイ!」
「いや〜さっき言ったよく分かんない言葉の羅列はですね! 云わば決まり文句のようなモノでして! 魔力のようなモノが込められてるから逆らえないようになってるんですよ〜」
「意味分かんねーよ! なんだ、結局最初から最後まで強制終了か! 強制終了なのか!?」
鉄の壁ごしに、ヤツの馬鹿でかい声がやかん内に響いてくる。
「端的に、ぶっちゃけて言ってしまえばあなたと私の立場は先程の儀式にて逆転致しました! これから私は自由気ままな人間ライフをエンジョイし、あなたはやかんの精として第二の人生を歩むんですよ! 今はまだ熱いかもしれませんが慣れると気持ち良くなるかもしれません! ほら――そろそろお迎えが――」
「何が――ってうわぁぁあああ! 突然人が現れた! 暗闇で見えないはずじゃ……ぎゃああああ刃物持ってる! またあの刃物持ってる! 誰だこの人――って、やけに衣装が豪華だなぁ演劇に出る方ですか――えっまさかあなたが!? いや『気に入ったから連れていく』じゃなくてですねなんで僕がこんな羽目に――」
「全ては我らが女王の意のままです!」 |