悪役令嬢達が出会うとき、物語は生まれる
あたしはさ、世界の修正力ってーのはつまり、神様の悪意ってやつだと思うんだ。
いや、だっておかしいだろ?
知ってるゲームの悪役令嬢に転生しただけでも意味不明なのに、張り切って悲劇を回避しようとしても全部失敗したんだぜ?
あたしがヒロインをいじめなくても取り巻きがいじめてさ、それが何故かあたしが悪い事になってんの。取り巻きと縁切ろうとしても切れないの。途中から王子様をヒロインに譲って隠居する作戦に切り替えたんだけど、今度は親が出しゃばってきて結局話がねじれてさ。
他にもあれこれ試したけれど、最終的にはこの様よ、コノザマ。
あたしの悪役令嬢はさ、たしか追放された数年後にクーデターを起こそうとして殺されるんだよね。そんなの嫌だから、もういっそ死んじゃえって思って首吊ったのよ。なのにたまたま通りかかったメイドに助けられちゃって、結局は療養のためにって名目でここに追放されてきたのよ。
こんな偶然ないでしょ? 誰かが悪意を持ってあたしの人生弄んでるにきまってるじゃない。
きっと数年後にはクーデターをでっちあげられて殺されるんだよ、あたしはさ。
* * * * *
「あははははは、綾子のは見事なまでのテンプレじゃん!」
「玲子ちゃん、その感想はひどいと思う」
「いいよ別に。翔子も笑い飛ばしてくれていいんだぜ?」
「笑えないって。私も綾子ちゃんと似たようなものだし」
サナトリウムの食堂に、三人の若い女性が集まっていた。三人は現世での名前ではなく、前世での綾子、玲子、翔子という名前でお互いを呼んでいる。
その会話方法も日本語の為、このサナトリウム施設の職員達は聞いたことのない異国の言葉で喋る三人をいぶかしそうに眺めていた。ただし眺めるだけであり、質問したり注意したりはしない。三人ともそれぞれの国で問題を起こして追放された人間だったが、それでも貴族であり、ここでも一応は貴族として扱われている。
それ以上に巻き込まれたくないという思いから、職員達は彼女達とは仲良くなりたくはないのだった。
「似たようなものって、翔子の場合はどうだったの?」
「んーっとね、私の場合は昔読んだ漫画の、ヒロインを殺そうとするっていう悪役令嬢だったんだけどね」
「おおぅ、一番過激なやつじゃんか……」
「あはははははは、似合わねー! ってか翔子には無理じゃね?」
「もちろんできないよ! それにヒロインは凄くいい子だし、普通に仲良くなったんだけど――一緒にピクニックに行った時に事故に巻き込まれちゃって。あれは絶対に事故だったのに、なんか私が計画した事になっちゃってたの」
「……ドンマイ」
綾子がどこか遠い目をする翔子の背中をポンポンと叩いてやる。翔子はやんわりとはにかみ、ありがとうと小さくつぶやいた。
「あは…………うん、それは笑えねえや」
「いや、だったらあたしの事も笑うんじゃねぇよ!? こっちは首括ったんだぞ!?」
「綾子は最初に世界線があーだとか世界の修正力がこーだとか言い始めたからだよ。中二病かっての」
「いや、だって実際にそうじゃんか! 三人が三人とも自分の知ってる物語の悪役令嬢に転生して、でもって何しても回避できなくてこのサナトリウムに送り込まれたんだぜ? こんなのおかしいじゃんか」
彼女達のいるサナトリウムは、三人が住んでいた三つの大国の境界線が交わる場所にある。元々はお互いの侵略行為をけん制するために貴族や王族の人質を集めていた場所だったのだが、やがてその人質として厄介者や頭の病気の貴族が送り込まれるようになった。
今では三大国が共同出資して運営する、訳あり貴族を無理矢理療養させるための施設となっている。
彼女達の他にも療養中の患者はいるのだが、前世系の患者は三人だけだった。
今のところは、であるが。
「うん、私も誰かの悪意はあるんだと思う。少なくともこの世界を作った人――神様?――は、地球の漫画やゲームを元にこの世界を作ったんじゃないかな? だって三大国で法律とか宗教とか違いすぎるもん」
「うーん、翔子が言うんならそうなのかもな」
「おい」
綾子は玲子を睨みつけるが、玲子はどこ吹く風という顔をしている。その反応が面白くていじられている事に、綾子は気づいていなかった。
「とにかくだ! あたしは神があたし達を悪役令嬢に転生させて、その反応を楽しんでたんだと思うんだよ! 攻略させる気なんかなかったんだ!」
「はいはいわかったって。でさ、わかった所で私らにはな~んもできないだろ? ここで暗殺されんのを待つだけじゃんか。気楽にいこうぜ」
「玲子ちゃん、それはあんまりだよ」
綾子だけでなく、翔子までもが玲子をうらめしそうに睨んだ。玲子は少したじろいでしまうが、ここは二人の知らない情報を公開してかわすことにした。
「あー、二人は知らないだろうけどさ、ここに転生者が来るのって、私らが初めてじゃないんだよ」
「え、そうなの!?」
「ほら、私は二人より二年も前からここにいるでしょ? そん時は実は別の転生者も一人いたんだよ。その人は私がきてすぐに死んじゃったけどね。で、その人の話だと、その前にも居たんだってさ。やっぱり何もできなくて死んじゃったらしいけど」
「マジで?」
「マジマジ。だからさ、そろそろ私の番かなってね」
そこまでへらへらと話していた玲子が急に真面目な顔になり、そして話をつづけた。
「わたしはさ、次の転生者が入って来ると前の転生者がいなくなるんじゃないかって思ってる。二人は同時にサナトリウムに来たからしばらくは一緒にいられるんじゃないかって思う。まあ、私の勘違いかもしれないけどね。――それでさ、私が死んでも悔やんだりするなよ? 私は二人のせいで死ぬんじゃないからね。誰のせいかって言ったら、そりゃ神様のせいだろうよ」
「玲子……」
綾子は玲子の急な告白に唖然とした。彼女の話が嘘でも作り話でもない事だけは何故かわかってしまい、何も言葉が出てこなかった。
「…………駄目だよ」
「え?」
「諦めちゃ駄目だよ! 絶対!」
「しょ、翔子?」
翔子は机をたたきながら突然立ち上がる。綾子と玲子はいまだかつて見せたことのない気迫の翔子に戸惑ってしまう。
「今までの話が全部本当だったとして――神様がいて、私達を笑ってて、玲子ちゃんをもうすぐ殺すつもりだとして、何も抵抗しないまま殺されちゃったら駄目だよ! 私は、私達は、神様に笑われたくて転生したんじゃないんだよ!」
「そ、そんな……そんな事言ったって、どうにもならないじゃんか! このサナトリウムで私らにできる事なんてなんもないじゃんか! せめて笑って、笑い飛ばして死ぬくらいしかできないんだよ!」
「そんな事ないもん!」
「ちょ、二人とも落ち着けってば!? 声が大きい!」
翔子に続いて玲子が立ち上がり、綾子が慌てて興奮する二人の仲裁に入る。周りにはサナトリウムの職員が数人集まって、こちらを凝視していた。このままつかみ合いの喧嘩にでもなろうものなら隔離され、二度と会えなくなってしまうかもしれない。
興奮していた二人もキョロキョロとあたりを見回す綾子の視線の先に気づいて渋々座る。綾子はほっと一息ついたが、翔子は自分の信念を曲げたわけではなく、今度は冷静に玲子の説得を始める。
「玲子ちゃん、できる事は絶対にあるよ。私達は確かに神様に遊ばれたのかも知れないけれど、でも操られてはいないはずだよ」
「そんなの、わからないじゃんか」
「わかるよ。だって私達の考えまで神様が自分で操ってたら、眺めててもきっと面白くないもん。私達には好き勝手やらせて、それを眺めて面白がってるんだよ。だから私達は自由なんだよ」
「自由なもんかよ。サナトリウムの中じゃないか」
「いや……だからこそ自由なんじゃないか?」
「どうした綾子? 中二的逆説病が悪化したか?」
「そこで茶化すなや! いや、あたしらはここから出られないし、それってここに入れたら後は殺すだけって事だろ? 今は神の奴も他の悪役令嬢に夢中で、ここは見てないんじゃね?」
「そんなの……ただの妄想だろ」
「確かにただの妄想かもしれないけど、でも正解かもしれないよ? わからないんだから、上手くいくかもしれないなら、試してみようよ」
「もし駄目で、玲子が…………結局すぐに死んじゃってもさ。あたしか翔子が次にここにくる悪役令嬢にその情報を伝えて次につなげる。あたし達が死んだ後も、またその次の悪役令嬢が色々試してさ。そうやっていつか神をぎゃふんと言わせてやれば、それは玲子の成果って事にならないか?」
「――ああもう! わかったよ、やーるーよやりますよ! まったく、こんな使い古されて見飽きた台詞を自分で言うなんて信じらんねぇ!」
照れ隠しから、玲子は自分の言葉を茶化してしまう。
その顔が真っ赤であまりにも面白いので、綾子と玲子は噴き出してしまった。
* * * * *
そして彼女達が作り上げたもの、それは手動式タイプライターと本を量産するための活版印刷機、それを使って作った大量の小説だった。
タイプライターの作り方を知っていたのは、なんと玲子だった。彼女は実は前世で悪役令嬢小説を書いていた事があり、そのネタに使えるものとして手動式タイプライターの作り方を調べていたらしい。活版印刷機もたくさんの判子を組み合わせて作る原始的なものである。
そして手動式タイプライターと活版印刷機の設計図をサナトリウムに定期的に来る神父に見せ、聖書を大量に生産してやるからと誘惑した。
玲子が暗殺されたのはタイプライターの試作品が届く前日で、彼女はそれを見る事はなかった。
玲子亡き後、綾子と翔子はタイプライターと活版印刷機を大量に用意し、サナトリウムの職員を通じて横流しした。一方で二人は前世の記憶から、この世界の人々に受けの良さそうな童謡や小説を思い出し、そして次々に再現して世間に公開した。この世界にはまだ著作権がないため、活版印刷機を持つ人間が勝手に彼女達の物語を出版していく。
彼女達の活動によりこの世界に出版業界の基礎が作られ、彼女達はその第一人者となる。
彼女達の小説や物語は人々に絶賛されていたが、誰もまだそこに潜む罠に気づいてはいなかった。彼女達の小説には所々わかりづらい点があったのだが、それを注意する人間がいなかったのだ。
数年後、次の悪役令嬢がサナトリウムに入って来ると二人は行動を起こした。世界に向けて一斉に民主化運動を啓発するプロパガンダを始めたのだ。人々は彼女達の小説を通して、民主化された後の世界をほんの少し理解できるようになっていた。彼女達の小説のいくつかは、民主化された後の世界を前提に書かれたものだった。
当然、綾子も翔子もクーデターを起こそうとしたとして捕まり、すぐに処刑された。
その後世界はすぐに民主化したわけではなかったが、その芽は確かに植え付けられていた。
やがて大国が貴族制を廃止して、悪役令嬢どころか貴族の令嬢そのものが世界から消えるのだが、それはもう少し先の話になる。