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第02話

書き終わって気付きました…。


…あの時代に、ラッキーストライク売られてましたっけ?




…佐々木信也、一生の不覚!…


エスティリア共和国に到着して早いもので約二週間が経った。



着いたのは良いんだ、着いたのは。


だが、俺は重要なことを忘れていた。


現在、エスティリア共和国は建国以来、最悪となる経済不況の真っ只中だということを。



街中には、『仕事求む』などと書いたプラカードを持った人達が列を成している。


しかも、戦争中でも無いのに食糧は配給制。



…どんだけ酷いんだよ……。


これでは、仕事を見つけるなど夢のまた夢。



軽く舌打ちした俺は懐から煙草を引き抜く。


かつての祖国では、わかばを吸ってたが、こっちでは当然ながら売られていなかった。


そのため、到着して早々に比較的安かったLUCKY STRIKEを購入した。


…初めて吸った瞬間、噎せてしまったのは内緒だ。

…しかし、どうしようか…。


煙草を叩いて灰を叩き落とす。


本当にどうしようか…。



足元に何か当たった感触。


見下ろすと靴に丸まった紙が当たっていた。

拾い上げ、それを開くが、汚れていて辛うじて“急募”の単語が読めるだけの状態だった。


「…なんだこりゃ?」


この情勢下で急募とは解せない。


疑問に思った俺は近くにいたボロボロになった服を着ている男に声をかけた。


「なあ、ちょっと良いか?」


「んっ?…アンタ、東洋人か?」


「正確には、倭国人だ」


「…ああ、そうかい。で、なんだ?」


「これなんだが、何か知ってないか?」


そう言って、拾った紙を広げると覗き込む男、


「…ああ、こいつは軍の搭乗員募集のポスターだ」


「搭乗員…パイロットか?」


「そう、こいつは海軍航空隊からの募集だ。…ほら、そこいらの壁にたくさん貼ってるだろ」


そう言われて指差された場所に目をやると確かに“急募 海軍航空隊 搭乗員募集”と書かれたポスターが壁に何枚か貼られていた。


「詳しいことは、徴兵センターに行って聞けば良いさ。…ところでアンタ、本当に大丈夫か?」


「…何がだ?」


「この国、人種差別は酷ぇぞ。やっていけんのかよ」


「…その覚悟なしに国を出たりしないさ」


「そりゃそうか!」


笑い始める男。連られて俺も笑い出す。


だが、途端に相手の顔が引き締められる。


「ようこそ、エスティリアへ。歓迎しますよ異邦人」


いきなり、そんなことを言われた。





所変わって、ここは徴兵センター。


俺が話し掛けた男は、シュミットと名乗った。

なんでも、国防海軍の大尉らしい。


で、なんであそこで、しかもあんな服を着ていたのか聞いたら、目立たなくて良いし、めぼしい人を探していた、そうだ。


そんなこんなで、現在、ここに居るというわけだ。


「お待たせしました」


通された部屋にシュミット大尉が入って来た。

先程までと違い、純白の海軍制服を着ている。


「アンタ、そっちの方が似合ってるぜ」


「お誉めいただいてありがとうございます。さて−」


言葉を区切った大尉は、持っているバインダーを見始めた。


「先程までの話だと、あなたは移民で、現在、職を探しているとの事でしたが、これに偽りはありませんか?」


「あるわけないだろう」


「よろしいです。では、姓名、及び生年月日と出身を」




そう言われて自分の詳細を簡単に伝える。


「…こんなもんかな」


「…しかし、本当ですか?」


「何が?」


「本当に20代なんですか…」


軽く落ち込む大尉。


確かに、東洋人は総じて実年齢よりも若く見られがちだからな。


「羨ましいです…」


「若く見られるのは良い事じゃねぇぜ。煙草買うのも一苦労だ」


若く見られるせいで、煙草を購入する際、10代後半に見られてしまった。


そのおかげで小一時間ほど店主と問答を繰り返したが、俺が移民証明書を見せたことでやっと納得してくれた。


「それでも羨ましいですよ。私なんか今年で32歳ですから…」


「…充分過ぎるほど若作りだがな」


「…そうですか?…まあ雑談はこれくらいにして−」


再び言葉を区切った大尉は、真っ直ぐに俺を見詰める。


「ササキさん、貴方、搭乗員になるつもりは?」


やはり、そうくるか…。


最初は断ろうとも考えた。

だが…。


だが、大尉の誘いに心は躍動している。高揚している。


再び、あの世界へ舞い戻る事が出来ることに。


「…俺なんかを入れてどうする。飛行学校に入れ、とでも言うつもりか?」


「また一から始めるつもりなんですか?」


“また”?


「…どういうことだ大尉」


「失礼ながら貴方の手を覗き込ませて頂きました。私も初めてですよ。掌にくっきりと操縦桿ダコが出来ている人を見るのは」


いつ見られたんだ!?


掌を見下ろせば、あるのは操縦桿ダコを始め、竹刀、銃ダコ。


おそらくは、煙草を吸っていた時だろう。


「私見ですが、貴方はおそらく倭国で飛行隊員として軍務かそれに準じる職に就いていた。…違いますか?」


…参った。


「…全て、お見通しか」


「失礼ながら。…それで、どうします?」


振られて再び考え込む。


選択肢は二つ。


一:誘いに応じる。


二:それを断り、別な仕事を探す。


一は良い事ずくめだ。


寝床と食事が手に入り、公的身分も得られ、また空を飛べる。


二は正直言って、自殺行為に等しい。


国籍や市民権などを持っていない俺みたいな東洋人が果たして、まともな、むしろ職にありつく事が叶うのか。


そう考えれば、答えはひとつしか無い。


腹が決まった俺は顔を上げてシュミット大尉を見詰めた。


「決まりましたか?」


「ああ、受けよう」


「では、こちらにサインを」


机上に置かれた何枚かの紙に目を落とす。


難しい所は飛ばして読み進める。

どうせ、かつての祖国と内容は、ほとんど同じだろう。


最後の紙の一番下に自らの名前をサインした。


「…はい、結構です。では、これから入隊の為の試験を受けて頂きますが、よろしいですか」


「構わない。その前にひとつ聞かせてくれ。…俺がなんでこの国に来たのか、理由を聞かなくて良いのか?」


「良いんじゃないですか?貴方も昔の古傷を弄られるのは嫌でしょう?」


ごもっとも。


「…アンタには敵いそうに無いな」


「自分で言うのもなんですが、一癖も二癖もありますので」


「そうかい」


「そうですよ。…では、行きますか?」


「そうしよう」


二人揃って部屋を出る。


どうやら俺は少しばかり運が良かったようだ。



結局の所、受けた入隊試験は、体力、一般知能、そして実際飛行とも、トップの成績で合格した。


これなら、兵学校にでも編入できますよ?、とは大尉の言葉だが、丁重に断った。



そして俺は、エスティリア共和国国防海軍 飛行特務少尉の階級と新たな国籍と永住権を貰った。


ここで新たな生活が始まることに心が歳甲斐もなく踊った。





第03話へ続く。

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