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第01話 帰還なき出港


何故、シンヤパパがエスティリアへと渡ったのかが、明らかになります。


ちなみに登場する“真国”のモデルは中国です。


現在、倭国と真国は戦争中。



……面倒臭ぇ……。


それが最初に思ったこと。



……なんでそうなるんだよクソッタレ!……


これが次に思ったこと。



……やっと終わった……


これが最後に思ったこと。


上のは全部、軍法会議に出て感じたことだ。



いまさらだが、俺の紹介をしておこうか。


俺は、佐々木信也。

21歳で性別は名前の通り、男だ。

身長は、この国ではデカイ方らしいが、177cmある。


このくらいにしておこうか。


どうせなら野郎なんぞより女性の方が良いだろ?




しかし…疲れた。


俺は敵前逃亡した編隊長を軍法に記載されている通りにしただけだ。


なのに、何故に軍法会議に召喚されなきゃならん!!



…ああ…思い出した。

あの野郎、確か良い所の出だったな。


親父か誰かが貴族だったか議員だったか。


どう考えても俺が召喚された理由はそれしかない。


親の七光りで軍の高官になったからって、職権乱用も良い所だ。


…まあ、しょうがねぇか。


この国−倭国−は帝を頂点にした帝政国家だ。


社会的身分が上の奴に下が従うのは当然なんだろう。



で、俺の出身は、はっきり言って没落士族だ。


俺が生まれる前に起こった維新の動乱で幕府側に付いた俺の一族は朝敵となり、維新戦争に負け、結局は没落した。



…俺の一族って呪われてんじゃないだろうか?


「…ハァ…」


溜息を我れ知らず零した

そんな俺を慰めるかのように腰に差している愛刀がカチャと鳴る。


数少ない持ち物の中でも一番大切なものだ。


この刀は本来なら家督を継ぐ男子にしか譲られないんだが、次男の俺に兄貴が寄越した。


なんでも、そういった物に興味は無いし、剣術が師範並の腕の俺が持つべきだ、らしい。

そんな愛刀を軽く撫で、何も無い廊下を歩き始めた。








「佐々木!!」


「おう、工藤か」


いったん宿舎に戻り荷物をまとめていた俺に突然の客。

こいつは工藤和馬。

俺の海軍兵学校時代からの同期だ。


そんな工藤が俺の言動に呆れたのか怒りの形相で口を開く。


「貴様、編隊長を撃墜するなぞ正気の沙汰か!?」


「ああ、そのことか」


「そのことか、って。…貴様、どういうことか分かってるのか!?」


「俺は腐っても海兵首席卒業だぞ、そこまで阿呆じゃない。それに生きてんだから良いじゃねぇか」


「そういう問題じゃない!!あの編隊長の父親は貴族院の議員だぞ。しかも親戚筋は軍や政府の高官だ!そんな奴等に目を付けられたら−」


「良くて軍籍剥奪。悪くて、冷たくなって海にでも浮かんでるだろうな」

こいつが言わんとしていることを遮って続けた。


荷造りが終わった俺は鞄を閉じる。



「…分かってるなら良い。ところで、その荷物は?」


「ああ、どうせ軍籍剥奪なら自分から申し出て退官する」


「…正気か?まだ真国と戦闘状態なんだぞ、それを放って置いて…」


「元々、俺は国への忠誠心や愛国心なんぞ、これっぽっちも持ち合わせてねぇ。海兵に入ったのも軍に入隊したのも給金が良かったからだしな」


これは紛れも無い事実。


こんな腐り切った国に忠誠なんぞ出来るはずもない。


「…変わらないな貴様は。で、どうするんだ、これから?」


そう言われて考え込む。

退官するのは決定事項だが、それからのことは、あまり考えていなかった。


「…そうだな。…まずは、国を出る」


「はあ!?」


「移民として、エスティリアに渡るのも良いかもな。あとは、適当な仕事でも探すさ」


思い付いたことを言ってみたが、これしかないだろう。

この国に居ても家族に迷惑が掛かるし、もしかしたら奴等から狙われるかもしれない。


「…そうか。…貴様とはこれで今生の別れになるのか…」


「そうなるな。…少し喋り過ぎた。じゃあな工藤、達者でな」


「…さらばだ…友よ」


工藤が敬礼したのに俺も敬礼を返した。







「…そうか。国を出るか…」


実家に戻った俺は座敷で父親である佐々木忠勝と対面している。

今年で、50歳になるのに白髪が目立たないとは父親ながら凄い。


「それで、共和国へ渡った後、お前はどうするのだ」


「正直、言って私もはっきりとした事は分かりません。ですが、このまま倭国に居ても父上達に迷惑が掛かるだけだと愚考いたします。…どうか、家を…国を出るお許しを」


そう言って頭を下げる。


どれほど時間が経っただろうか。

一時間?

それとも二時間か?


きっと数分の事なんだろうが、俺にはそれほどの時間が過ぎたものと錯覚した。


「…分かった…」


父上がそう呟くのを確かに聞いた。


「お前が家を出ることを許そう。だが、役所からはお前の戸籍を消すことになる。それでも良いのか…?」


俺は、はっきりと首を縦に振った。


「…では、家を出るに当たり、これをお返しします」


差し出したのは愛刀。

こうなっては、俺が持っていて良い物では無い。


「…良い。餞別だ、持って行け」


「…よろしいのですか?」




俺は素直に驚いた。

もう、家とは縁が無くなる男にこれを渡すなんて…。


呆気に取られていると、父上は俺の人生で初めてみる穏やかな微笑みを返した。


「良いんだ。…最後に出来る父親としての精一杯の事だ。遠慮なく持っていけ。お前は儂の自慢の倅だ…信也」


その言葉に歳甲斐も無く、泣いてしまった。


子供の頃から父親には畏敬の念しか無かった。

その通り、厳格だった父親。


だが、一番、人生に影響を与えてくれた人物。


そんな人がしてくれた最後の気遣いに俺は涙した。


ただ、涙を流す幼子のような俺に父上は肩を優しく叩くだけだった。








現在時刻0550時 場所 某港の埠頭




乗り込んでいる客船から汽笛の音が響き渡る。


二日前の夜の内に家を出た俺は最初に退官を申し出るため海軍省へ向かった。


だが、受付から聞かされたのは、すでに俺の軍籍は無い、とのことだった。


…まあ、予想はしていたけどな…。

間違いなく、奴等の仕業だろう。


俺は軍服と飛行徽章、そして恩賜の短剣を返還した。


残ったのは、一枚の黒い背広と私服、下着類が数着。

そして銀行から振り落とし、共和国の通貨に換金した金。

最後に二つの竹刀袋に入っている愛刀と自身で購入した刀、出立の際に父上から渡されたお守り。


これが今の所の全財産だ。


ふと、顔を上げ朝靄が立ち込める港をデッキから見渡す。


カモメの声に混じって、何処かで蝉が鳴いている。


これが、最後に見る祖国の姿か。


感慨も湧かない。


思い出すのは近しい者達の顔のみ。


…もう戻って来る事は叶わないだろう。



視界にタグボートが客船を曳航する準備に入ったのが見えた。


出港が近いのだろう。


祖国への想いを振り払うかのように俺は身を返し、船内に宛われた客室へと向かった。





第02話へ続く

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