いいこへの祝福
「私の存在を食らいなさい」
幼馴染のうち一人だけ、意味が分からず呆然としている。
いや、違うか。半分知っている彼女も、全てを知っているはずの彼も、皆一様に驚き目を見開いて私を見ていた。
「今まで、ありがとう」
私のその言葉を最後に、世界は光に包まれた。
***
十一月五日。"いいこへの祝福"。その日がそう呼ばれるようになったのは、今からちょうど一ヶ月前。日本で十代の少年少女が特殊能力に目覚めた。別に隕石が落ちたわけでも宇宙人や未来人が襲撃してきたわけでもない、何てことない日だった。
朝起きたらいつの間にか特殊能力が使えるようになっていたのだ。それにより日本の技術は飛躍的にアップしたが、それも全てがいい物ばかりではなかった。
突然舞い込んだ大きな力に、思春期や反抗期で精神が安定していなかった少年少女は、その力を乱用し、日本は徐々に荒れていった。
ネットではそれを皮肉って"いいこへの祝福"と呼び囃し立て、それがいつの間にか定着してしまったのだ。
そして。私たちもまた、被祝福者一人。神に祝福された特殊能力者だ。
***
私には双子の兄がいる。優しくて頼りになる大好きな兄だ。そんな私と兄は"いいこへの祝福"で時間に祝福されて、時間を操作する特殊能力を手に入れた。嫌なことがあっても巻き戻せる。それはとても便利なことで、私はそれをたくさん使った。
だから、罰があたったのだろうか。
「おにぃ、ちゃん?」
どうして兄は、私の腕の中で倒れている? 辛そうに荒く吐き出される息。上下する肩。震える体。そして、ぬちょりと私の手に付く、赤い液体。
コレハナニ?
コレハ、血……?
嘘だ。違う。何で? どうして。違う。何で嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだイヤ、だ……。
「いやぁあああああああああああああ!!」
***
俺には双子の妹がいる。俺の後ろをカルガモのように付いて回る、可愛い可愛い俺の妹。俺たちは"いいこへの祝福"で同じ能力を与えられた。嫌なことも哀しいことも、何度も巻き戻ってそうならないようにやり直すことができる、時間を操る能力だ。
だから、さぁ。これも、巻き戻してくれよ。
「おい?」
呼びかけるが、いつもなら元気いっぱいに返ってくる返事はない。子ども体温で、触るといつも温かい手も、今は冷たく氷のようだ。開いた瞳孔。振動しない心臓。
これから導き出される答えなど分かりきっているけれど、受け入れたくない。
俺の妹が、シンダコトナンテ。
「いや、だ。認め、ない。こんなこと、許さない。妹は、死なせない!」
***
「じゃあ、俺たちはこっちに行くな」
「……うん」
そう言って寂しそうに笑う幼馴染たちを、私ともう一人の幼馴染は遠目に見ていた。今別れの挨拶をしている彼らは双子で、二人とも同じ時間を操る能力を持っていた。二人の力は大きすぎて、二人一緒にいると反発して世界を崩壊させてしまう。双子だからって能力まで同じにしなくてもよかっただろうに。難儀な能力を手に入れてしまったものだ。
逆に私は何てことない神に祝福された能力者。私には幸運が舞い込んでくる。それだけ聞けば、いいもののように感じるが、実際にはそうでもない。私はまだそれを操ることが出来ないのだ。はっきり言うと、私はそこらへんにいる普通の人間と変わらないということだ。まぁ、だから、双子と一緒にいることが出来るのだが。
私と一緒に双子を見ていた幼馴染は私とは違い、能力自体はとても強い。双子と張り合えるくらいには。だけど、彼も双子といても問題ない。彼の能力は双子とは真反対で、まるで磁石のようにぴったりとくっつきあって、相殺されてしまうようだ。
「またな!」
「……うん。生きて、ね」
最後だからと元気に笑って手を振った双子の兄の方とは対照的に、双子の妹の顔は晴れない。元気でね、ではなく"生きてね"といった妹。別に生死を彷徨うたびに出るわけでもないのに、どうしてそう言ったのか私には分からない。
だけど、泣きそうな顔で彼らを見守る幼馴染の姿は、何故か見覚えがあるような気がした。
「……ごめんなさい」
するりと出てきた謝罪の言葉。私は一体何に対して謝っているだろうか。目から涙が溢れて止まらなかった。
***
最初の一回目はどんなだっただろうか。目の前で死んだ彼を漠然と見つめながら湧いた疑問。何千何億と繰り返されて、もう覚えていない。だいたい今のこの世界は繰り返して何回目なのだろうか。何となく何千何億と考えてしまったが、億を超えたのかは定かではない。でも、彼らの死を目にしても冷静でいられる程度には慣れてしまっているようだ。
そもそも生きていること自体が駄目なのだと言うように、世界を崩壊されたくない人々は何度も双子を殺そうとしてくる。
そしてその結果、故意だったり事故だったりは変わるが、幼馴染の双子は必ず片方が死んでしまう。生きた片方はその現実に耐え切れず時間を巻き戻す。今度は前回生きた片方がもう片方が庇って死に、庇われたもう片方が時間を巻き戻してしまう。これをずっと繰り返してきた。無限ループだ。
それを止めたいと思うのに、俺には何もできない。何度か双子を庇ってみたこともあるのだが、その努力もむなしく結局はこのざまだ。またループしてしまっている。きっと、庇いきれずにまたもう片方が死んでしまったのだろう。だったらいっそ、二人とも殺した方がいいのかもしれない。そう思ったこともある。でも、結局何も出来なかった。
このループを止められるとしたら、幼馴染の彼女しかいない。彼女は神に祝福された存在だ。彼女が望めばこのループは終わる。だけど、代償は?
大きな力には代償が付きまとう。俺が全て記憶を持っているのも間接的には代償のせいだ。
ループを止める、それはつまり世界を変えることだ。同じ世界に影響を与える双子の代償は片方の死。なら、彼女も死んでしまうかもしれない。ループが止まってしまうと、彼女が生き返ることもない。
幸いと言っていいのか分からないが、今の彼女にループしていると言う自覚はない。たまにデジャブを感じてはいるようだが、彼女はまだ気付いていない。もし彼女がループに気付いてしまったら? 自分を犠牲にしてしまったら?
ループを止めたいと願うのに、彼女には気付いて欲しくないと思う俺はとんだヘタレだな。俺は自嘲的な笑みを浮かべた。
***
「そう言う、ことか」
「え?」
「なぁーん、そうだったんだ」
「おい?」
「あはっ。あははははははは!」
狂ったように笑いながら泣く私を、幼馴染たちは困惑した表情で見てきた。
「はぁー、ごめんね? もう、終わらせるから」
未だに怪訝そうにしていた幼馴染たちに向けて、にっこりと笑ってみせる。ますます眉を顰められたけれど、気にしない。だってもう終わるのだ。"彼ら"が分からなくても何の支障もない。
「神に告ぐ。与えた全ての祝福を取り消して」
私の言葉にはっとしたようにこちらを見る幼馴染のうち二人。双子の妹と、もう一人の幼馴染だ。私がしようとしていることに気付いたのだろう。彼らには前回の記憶があるのだから。もっとも、幼馴染の彼だけは全ての記憶があるのだけど。
ループを止めるためにはこれが一番手っ取り早くて、もっとも成功率が高い、最善策。
「――私の存在を食らいなさい」
祝福には代償が付き物だ。大きな力を使うのに何の代償もないなど有り得ない。だから、私は上手く能力を使えなかったのだろう。何かを犠牲にしてまで何かを得ようなんて考えたこともなかったから。
それに、もともと彼らに祝福を与えてしまったのは私のせいだ。もともと祝福されて能力を持っていたのは私だけ。それなのに、独りは嫌だと無意識に考えてしまったせいで、"いいこへの祝福"が成されてしまった。代償は私の大切な人たちに向かってしまい、今の状況が作り上げられた。彼らが大きな力を手にし、苦しむことで私も苦しむことになるからだ。
私が犯した過ちを私が償うのは当然のこと。
さあ最期の瞬間だ。綺麗に幕を閉じようじゃないか。いつもは恥ずかしくてなかなか言えないあの言葉を、君達にささげよう。
「今まで、ありがとう。大好き」
妄想乙。
何で私が幼馴染にために死ななきゃいけないの? 意味わかんない。
そもそも、私に幼馴染なんて存在しないし。もう一人の幼馴染とか能力不明のままじゃない。設定がテキトーすぎ。
「変な夢だったなぁー」
そう言って笑う彼女を影からじっと見つめる目が二つ。
「……やっと、見つけた」
影に浮かぶ目は三日月の形に変化し、そっと姿を眩ませた。
一言で言うと、無限ループを繰り返している世界を主人公が自己犠牲で止めたと思ったら夢だったよ、いやいや何を言っているんだい本当にあったことだろ、ってことです。
最初は主人公ただ一人が神に祝福されていたのだけど、自分だけが特別だと言う事実に耐えきれず、無意識に仲間を作るように力を使ってしまったことが"いいこへの祝福"となった。
代償として主人公の幼馴染たちにはとても強い力が宿りました。そのため使うと代償が大きい→幼馴染たちが苦しむ→それを見ている主人公も苦しむ、ということです。
二手に分かれていたのに、十二月五日には再会してしまい双子の片方が死ぬ。受け入れられないもう片方が時間を巻き戻す。庇って死ぬ。また時間を巻き戻す。死ぬ。これを無限ループしていました。
双子の力は時間を操作することで、代償はどちらかの命。二人とも死んでしまうよりも片方は必ず生き残る方が苦痛が大きいため、必ずどちらかは生き残ります。何という鬼畜設定。
時間を巻き戻されると、能力を使った人以外は記憶も巻き戻るので記憶は無くなりますが、実際に体験したことは事実なので魂に蓄積されます。本来はそれでも記憶が何かの拍子に思い出すことはないのですが、主人公は代償として苦しまなければならないため少しずつ思い出していきます。だからデジャブを感じる。
能力不明の幼馴染は他の人の祝福が効かないことが代償です。時間を巻き戻されたけど、祝福が効かないため世界から切り離され記憶がなくならない。目の前で何回も何回も友達が死ぬ苦痛。しかも、彼だけ前払い。能力は世界を渡ることです。最期に出てきた三日月の形をした目の持ち主も彼です。他人の祝福が効かないため持っていた祝福が消えずに、世界を渡れました。もともとは普通に好きだったのに、繰り返される時間の中で少しずつ歪んでいき、主人公が消えたことで完全にヤンデレへグレードアップしたものと思われます。どこにいても追いかける。何それ怖い。
最後の主人公は自分の存在を犠牲に祝福を消そうとしていました。しかし、主人公の存在を消したくない神が、繰り返していたという事実と主人公の"その世界"での存在を代償として支払わせました。"その世界"では繰り返していたこと自体が無くなり、主人公の存在も元から無かったことになります。そのため祝福という特殊能力も始めから存在していなかったことになり、主人公の願いはきっちりと叶いました。
ちなみに、主人公は違う世界で元気に生きています。"その世界"での存在が消えただけなので違う"世界"でなら生きられるでしょ!みたいな。
能力実行者なので記憶は保持したままのはずだったけど、新しい世界に上手く溶け込ませるために神が細工をして、"その世界"での記憶を無くそうとしました。が、完全には消しきれず夢と言う形で残っています。
解説が無ければ意味不明の小説ともいえない拙い文章でしたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。