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桂かすが短篇集

お爺さんと十人の雪だるま

作者: 桂かすが

 とある村に一人のお爺さんが暮らしておりました。

 ある冬のこと、お爺さんが町に笠を売りに行った帰り道。村の入り口に雪だるまが十個並んでいるのを見つけました。

 吹雪の中で立っている雪だるまは寒そうでかわいそうといっしゅん思いましたが、よく考えると雪だるまなので別に寒いこともなかろうと思いなおしました。

 ですが、売れ残った笠はちょうど十個あります。どうせ今年の冬は町に売りに行く予定はもうないですし、持って帰ってもゴミになるだけです。

 気まぐれで雪だるまに売れ残った笠をかぶせてあげました。ちなみに笠は自然由来の素材を使ってますので、放っておけば土に返ります。エコです。


 邪魔な笠を処分し、身軽になったお爺さんはちょっといい気分で家に帰りました。吹雪いていたので後ろのほうで雪だるまが動き出し、相談を始めたのに気が付きもしませんでした。


 お爺さんが家に帰って食事の準備を始めていると、何やら外が騒がしいふんいきです。


「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー」


 この吹雪の夜に、女性の声。怪しいと思いましたが、吹雪の中で道に迷った人かもしれないと、お爺さんは思いました。基本的にお爺さんはいい人なのです。

 扉をあけるとそこには、十人のふくよかな……まるで力士といった風情の女性たちが一列に並んでおりました。衝撃の光景にお爺さんは腰を抜かしそうになり声もでません。


「わたしたちは先ほどお爺さんに笠をいただいた雪だるまです。お爺さんに恩返しにきました」


 十人の体型が衝撃的で気が付きませんでしたが、たしかにお爺さんの笠をつけています。あと、お爺さんは老けて見えるかもしれませんが、まだ三十五才だ、そう主張します。ですが、今更呼び名を変えるのもめんどくさいので、このままお爺さんと呼ぶことにしましょう。


 お爺さん(三十五才)も笠地蔵の昔話くらいは聞いたことがあります。ちょっと期待しつつ、どんな恩返しをしてもらえるか聞いてみました。


「体で恩返しを」


 代表らしき、一番大きな雪だるまがそう答えます。改めてじっくり見ますと、雪だるまは全員女性のようです。肌はしろくむっちむちですし、声も美しい声をしております。ただ、体型が雪だるまそのままだったのです。

 お爺さんは思わず、いらないとつぶやきました。


「そう言わずに!」


 恩返しなら、何か贈り物でも持って来るべきじゃないだろうかとお爺さんは主張します。いくら三十五才で独身でも、こんな体型の女性は御免こうむります。しかも今は一見したところ、力士に見えますが、元は雪だるまです。人間ですらありません。


 雪だるまは相談を始めました。


「では何か盗ってきます」


 取ってきますでも、捕ってきますでもありません。盗ってきますです。何故かそれがわかったお爺さんは即座に止めました。そして、もうなんにもいらないから帰って欲しいと雪だるまたちに告げます。吹雪の中、玄関先で雪だるまと漫才してるのもいい加減つらくなってきたのです。


「そういうわけにはまいりません!」と、雪だるまは主張します。


 降って湧いたイベントです。ぜひともクリアしないと、と雪だるまは言います。イベントってなんだよ! クリアってなんだよ! お爺さんはそうツッコミを入れました。

 ですが、そろそろ寒さが限界です。説明しようとする雪だるまを遮って家に入ろうとします。しかしなんということでしょうか。十人の力士がいっしょに突入してきたのです。

 十人の力士のパワーに押され、まんまと内部に侵入されてしまいました。狭いお爺さんの家の中は、力士でぎゅうぎゅう詰めです。


「恩返しはお稲荷様の下されたクエストなのです」


 聞いてもないのに説明を始めました。どうやら雪だるまが唐突に動いたのはイタズラ好きのお稲荷様のしわざのようです。

 お爺さんに見事に恩返しを成し遂げると、何かいいことがあるようです。

 じゃあ外の雪かきを頼むとお爺さんは言いました。適当な仕事をあてがえばいいだろうとの考えです。


「それはすっごく感謝するようなことですか?」


 正直、雪かきは必要ありませんでした。家の屋根は合掌造り(世界遺産)で雪は勝手に落ちますし、徒歩なので道に雪が積もったところで痛くも痒くもありません。


「それではだめです! 感謝してもらわないとお稲荷様にご褒美は貰えないのです!」


 恩返しと言いながらご褒美目当てとはなんという雪だるまたちでしょう。

 ですが事情を聞いてみると切実なようです。雪だるまは春になれば溶けて消えてしまいます。ご褒美が貰えれば、春になっても溶けないで、雪の精のようなものに進化して生きていけるというのです。お爺さんはちょっとかわいそうになってきました。


「まあ、溶けても来年また作ってもらえれば復活するんですけどね」


 哀れに思って損しました。ですが雪だるまにとっては大問題です。雪だるまが作られる時だけ存在できるのと、常時生きていられるのでは雲泥の差なのです。

 でも雪だるまにとって差し出せるのはその体しかありません。窃盗は禁止されてしまいましたから。


「人間の趣味はよくわかりませんが、要は細ければいいんでしょう?」


 そういうと、囲炉裏に勝手に薪をぽいぽいと入れだしました。火が轟々と燃え盛ります。

 お爺さんは勝手なことをするな!と思いましたが、黙っていました。ここではっきり物が言えるような人間なら三十五才まで独身なんかやっていないのです。

 

 部屋は暑くなり、雪だるまは徐々に細くなっていきます。部屋は溶けた水でびちゃびちゃです。勘弁して欲しいです。


「どう! これならいいでしょう!」


 そう言って、火に率先して当たっていた雪だるまが振り向いて言いました。確かにほっそりしていい感じになったかもしれません。ただ体におうとつが全くないのが気になりましたが。つまりぺったんこです。

 

 お爺さんがそのことを言おうとした瞬間、細くなった雪だるまが腰から崩れ落ちました。どうやら細くしすぎて耐え切れなかったようです。

 人間が腰からぽっきり折れて崩壊するのは、かなりホラーです。ですが、幸いなことに崩壊したあとに残ったのはただの雪でした。

 それを見た他の雪だるまが急いで火から距離をおこうとします。急激に動いたせいでしょうか。更に三体が崩れ落ちました。


「こ、これなら大丈夫でしょう?」


 さすがの雪だるまもちょっと怯えて声が震えています。

 ですが確かに悪くありません。力士から普通の人間になりました。それどころか、皆なかなかの器量よしです。ぺったんこが気になりますが、それは雪であとから盛れば大丈夫なそうです。さすが雪だるまです。


 ですが、六人もいりません。三十五才で独身で分かるようにお爺さんには甲斐性がありませんし、多重婚は犯罪です。貧乏なのに妾を複数もつのもご近所さんに外聞が悪いです。


「勝負ね。生き残った者が恩返しするのよ!」


 狭い室内でバトルが始まりました。お爺さんは部屋の隅に退避しました。止める勇気など持ちあわせていたら、三十五才まで独身などやってはいません。ヘタレです。

 そこにもう一人、避難してきた娘がいました。雪だるまです。他のより小さくて、まだかなりぽっちゃりしています。ダイエットにも参加しなかったようです。


「わたしは見ての通り他より小さいですし、ドン臭いからどうせ勝てないので棄権しました」


 お爺さんは賢明な判断だと思いました。

 雪だるまたちのバトルは佳境に入り、生き残りはあと二人。このどちらかがお爺さんに恩返しするのでしょうか。正直、容赦なく仲間の雪だるまの命を刈り取る姿は鬼に見えます。


 ついに決着はつきました。放たれた双方のパンチはクロスカウンターとなり、相打ちです。残った二人は共に崩れ落ち、雪に変わってしまいました。

 部屋の惨状を見てお爺さんは呆然としました。荒らされて、破壊されて、水びたしです。


「すいません、すいません、今片付けますから」


 残った雪だるまが居て助かりました。ですがお爺さんと雪だるまは部屋をなんとかしようとしますが、損傷は激しく、ところどころ壁は崩れ、寒風が吹き込んできます。火も薪を使いすぎてもうありません。そういえば食事の準備中なのも思い出しました。食材は戦いに巻き込まれてぐちゃぐちゃになっています。

 恩返しのはずなのに酷い有り様です。恩を仇で返すとはまさにこのことです。雪だるまたちが仇じゃなくて真面目に恩返しをするつもりなのも余計にたちが悪いです。


 ついにお爺さんはパタリと倒れてしまいました。どうやらもともと風邪気味なところに、冷たい水をかけられたり空腹だったり、家がぶっ壊れた精神的しょっくが重なって限界を超えたようです。


「お爺さん、しっかり!?」


 俺はまだ三十五才でお爺さんって言われる年じゃない……そう言い残すとお爺さんは意識を失いました。




 雪だるまのけんしんてきな介護でお爺さんは一命を取り留めました。

 自分で言うとおり、かなりドン臭いところのある雪だるまでしたが、控えめで真面目な性格は、草食系でコミュ障気味のお爺さんの好みに合いました。

 世話をしてもらって情の移ったこともあり、お爺さんはこのドン臭い雪だるまを追い出すこともなくそのままなんとなく一緒に暮らし、そして春になるとちょっと溶けてほっそりとした雪だるまと一緒にお稲荷様へ行き、ひっそりと祝言をあげると、それなりに幸せに暮らしましたとさ。

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[良い点] 近隣のひとたち「おいあの老け顔の隣人、家が壊れたと思ったらぽっちゃり系のロリを嫁にしやがったぞ。」
[良い点] 割と好き
[一言] オチおい!?
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