メイドですが職場で問題を起こしました
私こと、梶徹子はメイドである。
そう聞いて「おかえりなさいませ、ご主人様!」という黄色い声を思い浮かべたのなら悪しからず。
現実のメイドは、ピンクのミニスカートでキャバクラまがいのことをしはしないし、ご主人様に忠誠を誓って身も心も絶対服従、などというようなのはゲームやアニメの中だけの話である。メイドは奴隷ではないし、ましてや、くのいちだったりロボットだったり宇宙人だったりなどということは絶対にない。
その正体は、家政婦紹介所に所属して、週に何回、何時から何時まで、というような形の依頼を受けて通う、しがない派遣家政婦だ。
若干二十ウン歳の身空でなんでまたそんな仕事をしているのか、話せば長くなるのだが。親の勧めでなんとなく女子校に通い、深く考えずに女子短大に進学、のほほんとスクールライフを謳歌して漫然と卒業してみれば、あいにく就職先に恵まれず、当然ながら永久就職先のあてもなく。数年の間、実家でそこはかとなく悠々自適にひきこもり生活を送っていたら、ある日親の堪忍袋が切れて、知人の経営する家政婦紹介所に放り込まれたのである。
経営者の洒落っ気で(プラス集客を見込んで)、「メイド派遣所」などと電話帳に載せられたその事務所は、訪ねてみれば普通の民家。門を叩いた私を出迎えてくれたのは、御年五十ウン歳の所長さんと、待機所の和室でちゃぶ台を囲んで談笑する、平均年齢アラフォーの元乙女の先輩方であった。
看板に偽りありも良くないということで、一応はメイド服とされる制服が支給されたりもするのだが、それとて飾り気の無いシンプルな黒のエプロンドレスである。制服に袖を通し、初めて姿見に写った自分の姿を見た私の第一印象は「萌え~」ではなく「うわっ、私の作業服姿、地味すぎ!」であった。無念。
仕事の方は、仕事や趣味のために家事に手が回らない、比較的裕福なご家庭からの依頼を受けて、掃除洗濯炊事諸々、時には子守など、家事全般を引き受ける。色気皆無、もっぱら肉体労働である。
中には、フリフリの媚び媚びの萌え萌えなイメージで派遣依頼をしてくる雇い主もいるのだが、そういう連中は、一度化粧っけの無い私達の働きっぷりを見ると、たいていは以降の依頼をしてくることなく、派遣打ち切りとなる。夢を壊してごめんなさいである。
それでも時折「だがそれがいい」などと勘違いをこじらせて、セクハラまがいのことをしてくる者もいる。私も一度、掃除中におしりを触ってきた雇い主を、短大時代に覚えた合気道で庭先に放り投げ、そのまま仕事も放り投げて事務所に帰ってきたことがある。
その助平オヤジ、何を勘違いしたか「手当を倍にするから戻ってきてくれ」などと電話をしてきたが、所長から「うちは風俗ではありません」と丁重に厳重にお断りしてもらい、ブラックリストに載せて一件落着。先輩のお姉さま方は、笑いながら「いいじゃない減るもんじゃなし!」などと笑っていたが、助平オヤジに触らせるような身体の持ち合わせはこれっぽっちも無い。たとえ減る余地のない貧相なシロモノでも、だ。
そんなわけで、世のメイド萌えな男たちの夢を壊しつつ、仕事に励む毎日である。言わせてもらえば、こっちだって最初は、ロマンスグレーの素敵なナイスミドルのお宅に派遣されて見初められて、みたいな展開をちょっぴり期待したりもしていたのだから、これでおあいこというものである。なのである。まる。
今日は今日とて、新たな依頼主のもとに派遣されている真っ最中。事務所から電車で数駅行った街で、地図を片手にきょろきょろと歩き回ること十数分、依頼主である「松戸」の表札を発見。けっこうな邸宅である。門柱に付いた呼び鈴を鳴らすと、インターホンで「どうぞ入って」との男性の声。自動で開いた門扉を通って踏み石をわたり、立派な一枚板の玄関を叩いて訪いを告げる。
「ごめんくださいまし。メイド派遣所から参りました」
扉を開け出迎えてくれたのは、ご主人と思われる壮年の男性。
「おお、よく来てくれました。松戸です。さあ中へ」
百八十センチはあろうかというすらりとした長身。綺麗に撫で付けられたロマンスグレーの髪、整えられた口髭に縁取られた口元は爽やかに笑みを結ぶ。部屋着らしいポロシャツすらいかにも高級品だが、それをさりげなく着こなす様子はどこまでも優雅で上品。いるところにはいたんですねナイスミドル。
「妻を亡くしてから長年お願いしていたお手伝いさんが体を壊してしまってね。そちらを紹介してもらったんですよ」
おまけに男やもめですよ。ちょっとときめいてしまってもいいですか?
「とりあえず、何からいたしましょうか」
「いや、まずは一休みしてください」
ご主人手ずから引いてくれた椅子に恐縮しながら腰を掛け、出された麦茶をこくこくと飲む。うん、よく冷えていて美味しいです。あれ、なんだろう眠くなってきた……。
*
「起きたまえ」
暗闇の淵から急激に覚醒する意識。開いた目に入った照明の眩しさを遮ろうと腕を上げる。その黒のエプロンドレスの袖から覗くのは、銀色に光る円錐形のドリル。
……どりる?
声のする方に顔を向けると、そこにはニヒルな笑みを浮かべる元ナイスミドル。ポロシャツは怪しげな白衣へと変わり、片目にはご丁寧にもドクロマークの入ったアイパッチ。
「気がついたかね? 梶徹子君。いや……そうだな。メイドマン、とでも呼ぼうか」
「メイド……マン?」
「ふふ。もう分かったろう。君は今や改造人間。今日から悪のスーパーヒーローメイドマンとして、我らが組織『狂気の守護者』のために忠誠を誓い、私に身も心も捧げ、世界征服のために戦うのだ! そう、いいぞ。その眼だ! 君が怒りの感情を抱くと、それが胸に埋め込まれた転換炉により黒き炎となって身を包み、君の身体能力を飛躍的に向上させるのだ! うん? ああ、手術をする時に邪魔だったので下着は処分させてもらったぞ。なに? いや、そりゃ切開しなければいけないんだから、まったく見ないというわけにもいかないだろう。まあ見て減るほどのものでも無かったな。あれでは男だか女だか分からん。メイド「マン」とは我ながら言い得て妙だなわははは。というより君、パッドを入れすぎではないのかね? あれでは流石に詐欺ちょっと君!? ここではオーラは控えたまえ! オーラ出てる! 出てるから! 出しすぎ! あ、ちょ、ドリルを止めなさい! ドリル危ないから! いやドリル当てないで普通に怪我するから! ドリル痛い! だからドリルはだめだっていたいいたいいたいひいいいいいごめんなさいごめんなさいお許し下さいごしゅじんさまあああ!」
*
私こと、梶徹子はメイドである。
そう聞いて「おかえりなさいませ、ご主人様!」という黄色い声を思い浮かべたのなら悪しからず。
現実のメイドはミニスカートでキャバクラまがいのことをしはしないし、ご主人様に忠誠を誓って身も心も絶対服従、などというのはゲームやアニメの話である。メイドは奴隷ではないし、ましてや、くのいちだったりロボットだったり宇宙人だったりなどということは絶対にないのだ。
ただし、サイボーグであることは、たまにはある、かもしれない。