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◆Lyric 002◆星々の胎動
013  /タイプ『W』



 魅力的な笑顔と容姿は人の興味も惹こうが、だからと言って深入りさせるほど馬鹿でもないし、深入りするほど周囲も鈍感ではない。
 何より彼女の後見(バック)は、権力として余りにも強大すぎるのだ。
 『遺伝子監視委員会』を出自とし、養父ヨーイン・アレクラ、クロイカント・オライリーと言う錚々そうそうたる豪華メンバーに囲まれて、サスターシ・テレンは育った。
 生まれは『遺伝子監視委員会』の科学者たちによる、人為的な生命体である。もちろん、ちゃんとした人間の肉体をもち、人間の脳を備えてはいるが、生まれた理由は通常とは異なった。
 一般的に『実験体』とも言う。
 ただ、普通の実験体ではない。
 これまでに数々の実験体は、『遺伝子監視委員会』によって生まれてきたが、彼女は「特殊で特別な」存在なのである。
 これまでの実験体とは異なるコードを与えられ、ランクも最高である扱いを受けていた。
 怪しげな計画の実験体にしては自由奔放に振舞っていて、養父のあずかり知らぬところでクロイカントを“遊び相手”にしている。
「誰も彼女を支配できませんよ。権力の乱用は少々認めますが…我々に比べたら可愛いものですし、“能力”を開けかして人を脅したことはありません。充分に立場と人道的配慮をわきまえています」
 多分、ヨーインとクロイカントが目障りな人物が、サスターシを絡めて苦言を呈したときだと思うが、正々堂々とかわされた。
「人道的」などと、人権に対して細やかな気遣いをする気があったかどうかは不明なのだが、クロイカントも、しれっと言うものだから、何も返すことなく引き下がったのである。
 
 
 
 
 
「――サスターシはヨーインの保護下で、クロイカントの愛人に収まっている以上、手は出せない。と言うより、こちらの手には引き戻せる見込みは無いだろう。………Ξ(クシー)での計画を前面に進めるしかないな。オルコワ博士」
「もちろんですとも。Ξ(クシー)は手塩にかけて育てた“息子”ですから、親不孝な子どもより可愛いもの。『D.O.ディーオ』への対抗手段は備えねばなりません」
 神経質そうに、小柄で髪を後ろにまとめた女は頷いた。
「貪欲な母親だ。…そうか?」
「どうでしょう。母親に見えます?」
 ハイヒールの踵を威嚇するように床に打ち付けて、不愉快さを表した。
 居合わせる一人が、もう少し毒を含ませた。
「アイラ。お前は研究者としての自覚を忘れるな。子供は向こう(・・・・・・)に居るんだぞ」
「あの子は、敵を認識してます。何が不満?」
 今度こそ不満を隠さずに食って掛かる。
 そこへ上座に居る男がなだめに入った。
「よさないか。論点がずれている。――連合政府が『D.O.ディーオ』の独立を阻止するのに、Ξ(クシー)は抑止力になるのか? ならないのか?」
 問いかけには、目玉をぎょろりとさせた科学者が応じた。
「『D.O.ディーオ』がサスターシを投入するのは間違いない。Ξ(クシー)の実戦力は未知数だが、よく見積もって対等か、それ以下」
「臆したものの見方をする。ヨーインが『遺伝子監視委員会』の大半を持っていこうとしているのに、分派のお前たちは何ら打つ手を持たないのだな」
「――お言葉ですが…分派に何を期待しておいでで?」
「分派が独立することだ」
「戯言をいいますな……設立から五百年余りの歴史ある委員会を分裂させるのですか?」
「『D.O.ディーオ』の核が『遺伝子監視委員会』である事実を忘れているわけではないだろう」
「医療科学学会、ですよ。『D.O.ディーオ』としての独立を反対する科学者は大勢いますが、仮に決行されても分裂は考えられません。むしろ実験体を中心とした、Ξ(クシー)派とサスターシ派に分かれているだけです。不用意な言い方は控えていただきたい」
 上座の男は窘められて黙るかのように見えた。
 が、口をついて出たのは、
「不用意と言うのであれば、クロイカントの台頭を許した諸君らはどうなのかね。『タイプW』に牛耳られ、伝統と権威ある『遺伝子監視委員会』を乗っ取られた。屈辱を感じ、怠慢を是正することはないのか」
 触れて欲しくない傷をえぐる。
「……ドイスクル評議員。ヨーインと取引でもなさいましたか」
「伝統的なプライドは捨てたまえ。Ξ(クシー)を前面に出すんだ」
 評議員、と追いすがる声を背に、ドイスクルはその場を辞した。
 あとに残された科学者たちは、為す術も無いように愚痴を言い合う。
「私は聞いているんだぞ。ドイスクルはヨーインと『D.O.ディーオ』の独立に絡んだ秘密協定を結んでいる、売国奴なのだ!」
 途端にいきり立った。
「委員会のオランソは知ってて黙認しているとでも?」
「クロイカントだよ! オランソは傀儡に過ぎん!」
 政治的技巧を知らないわけではない。
 より権謀術数に長けた輩が、彼らの頭の上で取り決めをしていただけの話である。
「医療科学学会と遺伝子監視委員会の、明確な線引きが無いのも、今回のことで露呈した弱点だ」
「ただの医師にすぎないクロイカントが、よくも委員会を巻き込めたものだ。委員会は奴の存在を認めてはいなかったろう?」
「認めたら、委員会の権威が損なわれる! まさか『タイプW』に食われようなどとな」
「黙認したまま行くわけには…」
「どうもこうも、奴はヨーインと手を組んで、学会を委員会ごと独立させようとしているのだぞ」
「『タイプW』と帝政から亡命してきた犬が! 出自の胡散臭い者同士、仲良く連合を食い物にしようなどと」
 埒の明かない様子に、アイラは苛立つ。
 今に始まったことでもあるまいに――。
「クロイカントに置いていかれるのが怖いのです? 『遺伝子監視委員会』はその存在の性格上、連合にもクロイカントにも迎合するとは思えない。むしろ学会の連中が自らの経営権を握りたいだけの話」
「………穿うがった様で安直な言い方をする。学会と委員会に敢えて優劣を付けるとすれば、委員会に優越性がある。しかし両者はまったく性質の異なるものだ。オランソも黙っていたとは考えられん」
「腰抜けもいいところです。でもΞ(クシー)はクロイカントに渡しません。サスターシより完璧に仕上げますとも」
 
 
 
 ◇   ◇   ◇
 
 
 なんと言うか、“独立問題”は、もはや過ぎたことであった。
 『D.O.ディーオ』の本拠地にしている惑星ダハトに、ラウールが極秘に入港すると、迎えに来たリムジンは 人の目を避けるようにメガロポリスの一角に吸い込まれる。
「ようこそおいでくださいました」
 差し出した手を握り返したラウールは、物珍しそうに出迎えの男を見る。
「てっきりヨーインかと思ったよ」
 無遠慮に言い放って、恰幅かっぷくの良い体を揺すった。
「彼は隠居しました」
「そうか? 院政の準備でもしているのだろう、クロイカント」
 洗練された体躯たいくの高い身長に、オレンジの瞳と金色の髪で、その名を呼ばれた青年は快活に笑った。
「…共同経営者にしときましょう。どうぞお座り下さい」
 豪華なホテルの一室で、二人は握手した。
「寛いで話が出来ればと思いまして」
「いらぬことまで話をしそうだな」
 深々と踝まで埋まりそうな絨毯の感触が、ラウールの気分を心持ち良くした。
 このところ、星間自治連合の評議員が秘密裏に動いているのは知っている。
 斜め向かいの椅子に腰掛けたクロイカントの顔が、幾分やつれて見えたのが気になった。
「―――疲れていないのか」
「お気遣いですか」
「目に付けば、気になるだろう」
「先日……ちょっと用立てがありまして、強めに飛んだのです」
「トンネルを?」
「そうです」
「それは……いくら若くて体力があると言っても、厳しいだろう」
「急ぎで、どうしても私が赴かなくてはならない所でしたので……ああ、私だけでなく、転送用のエネルギーも莫大でしたけれどね。往復でしたから、少し疲れが残っているかもしれません。何しろまだ細胞レベルで安定してない感じが」
 光の差す角度によっては目の下にクマが見えるのだが、クロイカントはその性格と同様に、顔の皮すらも道化を心得ているようである。
 何の所用かは知らないが、どうせ口も割らないだろうし聞いてもムダだと思ったラウールは、別の事を訊ねる事にした。
「――委員会は丸く収まったのか?」
「もとより委員会の意向ですし、学会はさほど障害にはなりません。後は演出の問題のみと」
 オレンジ色の瞳で、クロイカントは彼を見据えた。
「だが委員会メンバーの科学者は、分裂していると聞いた」
「どなたからの話です?」
「評議員ではないが……」
「分裂ではありません。どこの世界にも不満を持つ人間はおりますし、委員会内にも派閥はあります。――サスターシを奪われた、と考えてる連中ですから…その動きを使おうと思ってるのですよ。ドイスクル評議員には連合のためになるよう、圧力を掛けてもらってますしね」
「私には何を望むのだ?」
 分裂、などと今更くだらないことを聞いてきたラウールを、クロイカントは上手に誘導した。
「『D.O.ディーオ』独立について、世間の耳目を集めたいのです」
「世論を動かせと言うか」
「世論だなどと……このままでは物足りないので、議会で少々派手に問題にしていただきたい。『D.O.ディーオ』悪者にして、武力行使も辞さないことを声高に叫ぶだけですが…動議として可能でしょう?」
「内容の摺り合わせが必要だな……何処まで名前を出せばよい?」
 分かりやすい自己顕示欲を刺激されて、にわかに嗅覚が鋭敏になる。
「軍事問題にしたいので、サスターシの実験と私の名を出してください。委員会の不満分子の存在を多少匂わせても構いません。Ξ(クシー)はご存知で?」
「…聞いたことはあるかも知れんが」
「ああ、ではその程度で構いません。サスターシの実験を連合に対する脅威として、クロイカントが『D.O.ディーオ』独立の決起に使おうとしていると。そうすれば連合も対抗する力が必要であると、檄文作成は簡単になります。帝政に対しても、多少の抑止力効果が望めるところです」
「ヨーインについて追求されたらどうするかね? 少なくともまだ議員籍はある。もちろん顔も出さないだろうから、質疑応答もさまにならんではないか」
「その辺はドイスクル氏に潰して戴く事になっています。いずれヨーインの議員籍は剥奪してもらいますが、まだ彼については真相を闇におかねばなりませんし」
 クロイカントの頭の中では、既にシナリオが出来上がっている。摺り合わせと言うより、キャスティングであった。
 そこまででラウールが読めたのは、ヨーインの暗躍をひた隠しにして、クロイカントの表舞台デビューを華々しく飾り立てる、と言った事だ。
 真意は分かりかねるが、紛争を起したい意図が見える。
 連合に組していたい派閥から、委員会に莫大な予算が流れ込むだろう。
(『遺伝子監視委員会』を取り込んだ『D.O.ディーオ』に、潤沢な資金が入る――? 俺を経由してだ)
 金銭的な利潤の追求だけとは思えないが、一枚噛んでおくのも悪くない。
「辺境問題は当面、水面下に潜りますが、これでラウール議員も暫く仕事がし易くなると思いますよ」
 にこやかにラウールを見つめながら、青年実力者は細やかな心配りをした。
「だが私にメリットはあったものか?」
「軍事力における、委員会の貢献度をご存じない? 辺境の紛争に尽力なさっている貴方がそのようなことを……ご心配に及びません。この話は帝政に対するパフォーマンスでもありますから、『D.O.ディーオ』ショックで、連合は注ぐべきところに資金を注ぐでしょうから。貴方の存在感も増すと言うもの」
「………」
 連合政府の鈍さを突かれた不愉快さは、かろうじて外の景色を視界に入れることで収めた。
 星間自治連合と帝政共同体との紛争は、常日頃どこかしら火花を散らしている。
 そこに『D.O.ディーオ』の独立騒動が起きれば、連合はより軍事力に力を注ぐ羽目になり、ラウールが辺境を見殺しにしてはならないと叫ぶだけで、資金の流れが多少変わる可能性を示唆したのだ。
 しかもクロイカントはラウールにそれを保証したのではなく、自らもぎ取れと暗に促したのである。
「考える時間はあるのか」
「何をです」
「知れた事」
 クロイカントは奥に笑いを含ませた視線で、ゆっくりとラウールの表情を舐めまわした。
「貴方には予定を明示しましたので、タイミングを逃さないようにとだけ」
 口調にも少々、厭らしさが篭る。
「――分かった。暫くラントゥールを離れずに居るしかあるまい」
「そういうことですね。ラントゥールの皆さんには、ダハトの動向を逃さず洩らさず、変動性相場の取引のように見つめていただきたい」
「ダハトだけ見つめてると、他の星から嫉妬されかねんな」
 ラウールはあまり上手ともいえない冗談で、自分の心理的な圧迫感を晴らそうとした。
「大芝居とはそんなものです……そういえば、議会では『星間自治連合ユナイテッド・フリー・スターズ』の絆を深めるべく、『星間共同主権ザ・ガバメント』へ移行させる議題が再燃中だとか」
「二百年くらい前から出てる話だが、未だ草も生えず着地点すら見失ってるものだ。いずれは必要かもしれんとはいえ、今更掘り起こされてもな」
「そうですか……そのウチに必要なるのではないかとは思うのですけれどね」
 何も知らん小僧が。と言う感情がよぎった。
 どれだけ予定表・・・が出来てるのか分かりもしないが、それは妙に勘に触った。
 こいつに野心はあるだろう。
 しかし覇権を狙う野心であるかどうかは測りかねる。
 なぜ、この男なのか―――
「そういや」
 ダハトに来たときから感じていたが、ふと思い出した快適すぎる気候について話題を変えてみる。
 気象コントロールのしすぎではないかと出迎えの者に尋ねたが、分からないと言っていた。
「ここは気象を完全にシステム制御しているのか?」
「――私の意向です。天候・気圧次第で人間の気分は変わりますからね……不快な気候は嫌いなのです。もちろん、制御を外すこともありますが、好みではありません」
 クロイカントの、底知れない人となりの中に、肉食獣のような激しい気性の輪郭を垣間見た気がした。
 力の暴走を御せる、その力を持つ男――――
(あの凶暴な牙は、誰に向けられているのだ?)
 クロイカントの出自は、まことしやかに囁かれる噂ぐらいには知っている。
 それこそ、『遺伝子監視委員会』が絶対的な研究としている、その実験体と聞く。
 ただし、数ある実験体の失敗作と言う“タイプW(廃棄体)”の、忌み嫌われたコードを烙印された人物―――。
 だが奴はただの廃棄物ではない。
 ずけずけと遠慮しない物言いが売りのラウールですら、目的を聞けないでいる自分がもどかしく思った。


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