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御奉仕58「優しさの表現は難しい」
「退院するまでだ」
 家路の途中、茉莉亜は蓮太郎に言った。
 言葉に足を止められた蓮太郎は振り返らず、話を聞いた。
 クロワッサンの入った袋の甘い匂いを嗅ぎながらタマがはしゃいでいる。吹雪と烈火が歩きながら相手をし、しかし、烈火は後ろを向いていた。
 足を止めることなく、タマに手を引っ張られながら歩む。
「むこうもいきなり会うのは難しいだろうからな。それまでに覚悟決めとけよ」
 タマが蓮太郎に声をかけた。
「蓮太郎〜! 早くするがや〜!」
 蓮太郎はゆっくりと歩き出した。
 烈火がこちらを向いている。二度目だ。この光景を見たのは。
 最初は、そう。
「蓮太郎!」
 つい数時間前のことだ。
 商店街に駆け付ける時に、後ろから声を掛けられた。
 蓮太郎は止まった。そして、後ろを振り向いた。
「烈火……」
「茉莉亜さんから、話、聞いた。お父さんのこと」
 烈火は蓮太郎に歩み寄りながら、真っ直ぐな目を突き刺す。
 蓮太郎は烈火の言葉を聞き、どうしょうもなく歯痒い衝動に駆られ、髪をくしゃくしゃに掻き回した。
 烈火が隣に立つ。
「とりあえず、歩こう」
 烈火が先導して歩くと、遅れて蓮太郎も付いていった。
 商店街への道のりは短く、だけど、その時の二人にはとても長く感じていたことだろう。自然と歩幅も小さくなっている。
「さっきは悪かったな。なんか頭がいっぱいで……腕、大丈夫か?」
「うん。別にヘーキだよ」
 更に歩を進めていく。
 中身が中身だけに烈火も迂闊に話を始めれずにいた。蓮太郎から切り出してくれたらと、密かに願っていた。
「……分かってるんだ」
「、えっ?」
「親父のこと。……まあ、分かってても気持ちは変えられないんだけどな」
「その気持ち、分かるよ」
 烈火はそう告げると、
「私、出てきたんだもん」
「え? だって、烈火お前、昔……」
 大神家のメイドとして雇う際、やはり親の許可が必要になる。
 烈火はその時、親から許可を得た、と言っていたのだ。
 蓮太郎が驚くのも無理はない。
「ごめん、嘘ついた。だって、本当のこと言ったら、蓮太郎は絶対に家に帰らせようとさせると思ったから」
「いや、だからって……親父さんとは連絡取ってるのか?」
 烈火は呆れた表情で首を下ろし、溜め息をついた。
「むこうから毎日ね。度が過ぎてるのよね、うちの親」
 しかし、その表情はどこか優しさが垣間見えた。
「……俺からすれば、それってすげー贅沢な悩みだ」
 蓮太郎は照れ臭そうに笑っていた。
「見向きもされなかったからな、俺。まあ実際どうだったか分からないんだけど……」
 それに比べたら。蓮太郎は足を止め、烈火の顔を見た。烈火の足も止まる。
「見られてるお前はすげー幸せだよ」
 話を聞いた烈火だから分かる。その、蓮太郎の言葉の重みを。
「……だよね」
 烈火は蓮太郎と同じ境遇にあると思った。だから話が合うと思い、タマのことも説得できる気がした。あわよくば、そこで付き合えたらとさえ思った。
 自惚れもいいところだ。

 私と蓮太郎は、まるで違う。
「帰れとは言わない。だけど、一回くらい親父さんに会ってやれよ」
 まあ、俺が言えた義理じゃないけどな。蓮太郎は一言、謙遜を入れた。
 ああ、そうか。烈火は改めて思う。
 蓮太郎の、こういうところに好きになったのだ、と。
 もし、いや、仮の話じゃない。
 お父さんと和解したら、その時は。
 強い決意を胸に、
「決めた」
「うん、そのほうが親父さんも喜ぶ」
「それだけじゃない」
 烈火は告げた。
「復興祭の日。蓮太郎に伝えたいことある」
「俺に? 何だ?」
 蓮太郎は様々な憶測を思い浮かべながら、歩き出した。烈火も後をついていく。
「まあよく分からんけど……楽しみにしとくわ」
 蓮太郎は歩く最中、複雑な気持ちでいた。
 本音を話せたこと、烈火の話を聞いたこと。その二つを聞いて、タマの今後に悩んでいた。
 悩みはやがて、

「分かった」

 一つの覚悟へと変えていく。


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