御奉仕57「言い訳する大人は伸びない」
商店街の中心がざわついていた。
「はなしてくれ!」
若い男の叫び声と、
「はなしてください!」
若い女の叫び声と、
「やめい! いい大人がみっともないで!」
「とにかく、一旦落ち着きましょう」
二人を引き止める葵と吹雪とタマ達と、商店街の方々の声だ。
大樹で分かたれた喧嘩する二人を、男女別に分かれ、体を押されつけていた。そうでもしないと警察沙汰になりかねない。
ピピー! と聞き慣れた笛の音が届く。
「暴力禁止!」
ピピー! と再び笛の音を、先程よりも強く吹いた。こまりだ。見慣れた制服姿に巡回中と記された腕章が右腕に付いている。
こまりも喧嘩を止めに入るが、今回はいつにも増して激しく、なかなか怒りが収まらない。
と、入口から蓮太郎と烈火が、共に来た。
「ちょ! 何してんすか!」
二人もすかさず喧嘩を止めに入る。
「あなたの味が悪いんでしょ!? 店の場所が悪いわけじゃない!」
「違う! 客さえ入れば分かるんだ! 俺のパンの味が」
瞬間、
喧嘩する二人の間に、白衣の風が流れた。
交差する腕の先、注射器が二人の首を的確に突き刺す。
突き刺さるとほぼ同時に、二人は眠りにつき、倒れた。
倒れる二人をその長い腕が支えた。
「ど、ドクター!」
魔界堂の店主、ドクターが仲裁に入った。と言っても、あまり手はよくない。
「…………」
全員の目線がドクターの双手に向けられている。
「大丈夫ですよ。ただの“麻酔”ですから」
信用ならない。
皆の心意はそう呟いていることだろう。
「麻酔とはなんじゃ?」
パン屋の店主の名前をドクターから聞いた。男の名を鉄火、女の名を小麦と言うそうだ。
鉄火と小麦の二人を、店内の売り場にある連結した座椅子に寝かせ、蓮太郎達は見守っていた。ドクターは帰ってしまった。
タマがショーケースに展示された様々なパンに顔を寄せながら、よだれを垂らしている。
まよいと鞠がよだれのことを指摘するが、拭いても拭いても流れてくる。
確かに店内は、ほのかに甘い生地にバターが混じった匂いが漂っていた。タマでなくてもたまらないことだろう。
「………んっ?」
麻酔を打たれて一時間後、軽い麻酔薬だったのか小麦が起き、少し遅れて鉄火が目覚めた。
二人は体が近いことに気付き、一瞬で距離を置いた。
ズカズカと鉄火が工房に入っていく。
「大丈夫ですか?」
吹雪が小麦に訊くと、
「大丈夫よ。ごめんなさいね」
小麦が立ち上がり、カウンターの中に入り、ショーケースの中から幾つかパンを取り出し、
「よかったら、これ」
タマが元気よく尻尾を振っている。
ガチャ。
ふと、入口の扉が開いた。カランカランと小さな鐘の音が鳴る。
入口前には、茉莉亜がいた。遅れて来たようだ。
「…………」
蓮太郎は茉莉亜から目線を外し、しかし、烈火が手を握ると、外した目線を元に戻した。
たまたま目に入った葵が、その様子を不思議そうに見ている。
「茉莉亜! 久しぶり……」
「パン!」
カウンターに着くや否や、茉莉亜は小麦にパンを要求してきた。その様子を、工房にいる鉄火が脇目で確認していた。
「話は聞いた。ちょうどいい。こいつら全員にパンを食わせて素直な感想をもらえばいい」
茉莉亜は小麦にウィンク一つして合図を送った。どうやら、小麦の意見に賛同しているご様子だ。
「そうだな」
工房から鉄火が来た。
「子供達の感想を聞けば、俺の味の良さが分かるはずだ」
鉄火は小麦を押しのけ、トングでパンを取っていき、プラスチック製の白い板に乗せた。小さなクロワッサンだ。
タマが目を輝かせながら、クロワッサンを手にし、一口で食べた。
「おいしいがや〜!」
タマの感想を訊くと、鉄火は自慢げに、
「ほーら、やっぱりな! やっぱり客が来ないのが悪いんだよ」
他の者達も食べてみるが、
「うん。普通においしい」
「せやな。何も問題ないわ」
タマと同じ感想だった。
ただ。
「……でも、これなら買う必要ないかも」
烈火のその一言に、タマ以外は賛同していた。
鉄火の目が泳ぎ、タマを見た。
「た、タマちゃんはおいしいって!」
「タマは何でもおいしいって言ってるからなあ」
蓮太郎が申し訳なさそうに口にすると、タマが首を傾げていた。
「貴様! またもタマ様を侮辱する気か!」
まあまあ、とまよいが鞠の熱を冷ましている。
「お前だって分かってんだろ、鉄火」
「……!」
茉莉亜は全員分のパンの代金、千円をカウンターに置いた。おつりは拒否した。
「いい大人が他人に迷惑かけんな」
妙に自慢げに話す茉莉亜を、蓮太郎達がじっと見ていた。
「……分かってるよ」
鉄火はそう呟いた。しかし、どうも納得しているようには見えなかった。
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