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〔メンテナンス中でもあきらめずに何度も“更新”を押せば意外とつながります。〕この物語はフィクションです、それはそれはこわい都市伝説風恋愛ストーリーです。けっして現実ではありません。だから訂正も修正も削除も受け付けません。フィクションです。真に受けないでください。とくに年配の方。この物語は実在の人物・団体等とは一切関係ありません。リアリティーを追求した描写が売りなだけです。フィクションです。特に既婚女性を意識して書きました、細かい描写も注意してお読みください。著作権法上の権利者である私が原文のままのコピーに関してのみ許可します。1文でも付け足したコピーは違法です。ご注意を お金に興味はありません、心の充足が大事です。同じ物語を彼女側から書いたものも構想中ですが、女性心理がわからず苦戦しています。アクセスができなくなる前にぜひ感想をおよせください
第49話 迷った時は原点回帰2(未来へと続く話34)
(この物語はフィクションです。登場キャラクターは実在の人物・団体等とは一切関係ありません。)

〔8月17日(水)「Fさんへ」〕
 
 こんな事を思い出す…
 あれは、こちらに戻ってきてからしばらくの事。
 ちょうど、今乗っている自転車に古いものから乗り換えた時期のこと。

 日が暮れて、チェーンが外れて停車した日の事だ。
 この自転車、18段変速で、変速機にクセがあり、下手に扱うとチェーンは外れる。

 停車し、チェーンをはめなおす。
(ちなみに、このチェーンのはめ方を教えてくれたのは、高校時代、トランペットの2人のうち“彼ら”ではないと確信する方の彼だ。
 …思い返してみると、過去の「記憶」で「“彼ら”でない人」には、なにかしらお世話になった記憶があるが、「“彼ら”と思う人」からは、なにも「ない」。
 唯一の「例外」が君だ。そんな事、ふと思った。本当にありがとうと、いつか君に直接伝えたいです)

 で、そのチェーンが外れて停車すると。1人のおばさんが近づいてきた。
「どうしたの?大丈夫?」と。
 実に奇妙だった。真っ暗で人気の無い道。突然現れる…

 過去の記憶と照らしても、めったにある類の出来事ではない。

 当時はかなり“彼ら”の攻撃が激しかった時期…
 このおばさんに悪意がないのは見てわかった。
 もし、このおばさんも“彼ら”ならば、今、話題の人物を見てやろう、という好奇心が働いたのだろう。

 似た事は別に日にもあった。自転車で信号待ちをしていると、突然おばさんに道を訪ねられたのだ、「大社はどこですか?」と。


 ここで言いたいことは別にある。
 発想の転換だ。
 嫌なイメージも利用次第でいいものに転換できる、その事を「君に」伝えたかった。

 どういう事か?
 「誰かに道を尋ねる」、という行為は、ごくありふれた行為だ。

 もし、君に僕と会う「動機」と「チャンス」と「許される環境」があるなら。
 「道を尋ねる」というありふれた行為を装って、僕に直接接触する事も可能だ。
(これを実行するためには、現在の僕がどこにいるのか?を把握するために、“彼ら”の情報網を逆利用する必要がある)
 この方法なら、仮に、君が既婚者であろうと、偶然の再会を実行する事だけは可能だな…、と思ったりもする。

 第3者が読んだら、馬鹿にされそうな提案だけど、実際問題何が将来、役に立つか解らないので、一応書きました。

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〔8月18日(木)「Fさんへ②」〕

 よく「お笑い番組」を見ていると、こんなセリフを聞く。
 「血はNG」というやつ。

 どんなに面白くとも、怪我や血の類で笑いはとれない、客が。ひいてしまう…
 と言う話。

 でも“彼ら”の場合はちがう、他人が血を流して笑える類のユーモアを「」とする文化がある。

 でなければ、あれほどの集団犯罪を「笑いながら」出来るはずが無い。

 そんな感想も、抱きます。

 もし、自分も過去、笑いながらやってしまったと悩んでいたら?
 僕がこう考えている事を伝えます

 何度も君に伝えた事です。
 …たとえ過去にどんな罪があろうとも、それが君の全人格がを否定するものではない。
 なにしろ“彼ら”の巧妙な罠により、そういう行為をさせられていただけなのだから…。
 そう強く、心に念じてほしい!
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〔8月19日(金)「Fさんへ③」〕

 こんな事も思う。

 “彼ら”の場合、複数の人がいる空間では、やさしい面を前面に出すが、
 1対1になった時、氷のように冷酷な顔ななることが日常だ。
 時おり、とても同一人物と認識できないほど、違う事がある。

 これは、いい意味でも、悪い意味でもだ。

 君の場合は逆だった、人がたくさんる時は、ものすごく他人行儀なのに、2人きりになると最大限の親愛さを見せてくれた。
 当時は、たぶん機嫌がわるいのだろう…、と無理に自分を納得させていたが、今は、なるほど「わけ」があったのかと納得しています。
 今も、1対1になると性格がまるで違う人には、きっと理由があるのでしょう…



 あの記憶はいまも僕を支えています。

 君の場合は、あの2人だけの思い出は何を意味していますか?

 いつか再会し、その意味を話しあえたらと、ふと思ってしまいます。

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〔8月20日(土)「Fさんへ④」〕

 この地域の最も特筆する価値は、首都圏への通勤者が多いという事らしい。
 駅近くにマンションを作れば、例外なく完売するとか…。

 大学もあり、不動産関係に関しては、冷え込まない恒久的な需要(=恒久的なバイアス)がある地域らしい。もちろん新幹線のおかげだ、開業後に新設された新駅の中では数少ない成功した新幹線駅の1つが、この地域のものらしい。(あまりに古くからあるから、新駅の印象が無いけど、そうらしい。あまり裏をとった話ではない、まちがっていたらごめん。でも東京のベットタウンとしてこの地域が今も発展するバイアスに乗っているのは事実のようです)

 最低でも、いい物件を貯金して買い、又貸しすれば、それなりの収入が得られそうだ。
 僕の行動を観察する人間がいるなら、わかると思うが、滅多に散在はしない。
 まともに働きさえすれば、黙っていても貯金ができる体質だ。
 もし、今の仕事が続けられたら、いい物件を買い、老後は又貸しする手段もなくはない…。

 まあ、なんにしても、今の仕事を安定させる必要がある。
 今の僕の目の前の目標です。
 “彼ら”はどの程度干渉してくるだろう…。

 途中で投げ出さず、どんなに困難でも、あきらめず前を向こうと思います。
 どんなに不器用でも、それは失ってはいけない重要な事だと思う。

 “彼ら”は「あきらめ」を強要する。

 あきらめた人間を支配するのは、本当に簡単だからだ。
 どんなに辛くとも、苦しくとも、あきらめないでほしい。
 そして、どんな困難があろうとも、命を大切にして、生き抜いてほしい。
 君が君らしくあるために。

 試練とは人為的なものではない。
 しかし、“彼ら”は人為的に人に試練を与え、神様気取りだ。

 そんな連中に負けないでほしい。

 がんばれ!
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〔8月21日(日)「Fさんへ⑤」〕

 「ワガママとそしられる事を恐れて、多くの障害者が口をつぐんでしまう…」
 これは被災地での障害者の気持ちを代弁した、あるニュースのコメントだ。

 周囲に遠慮して、なにもいえない障害者はたくさんいると言う。
 障害者はトイレが大変だ、この辺は現在の僕の仕事にも通じる部分だけど、実際、健常者は障害者のトイレの困難さを軽く見る傾向がつよい。
 訴えてもワガママととらえられがちだ。
 そして我慢をしてしまい、膀胱炎になる障害者は実際、少なくは無い。

 どんなにそしられようと、どんなに理解が乏しい世界の住民が多くとも、遠慮してはいけない部分はある。
 言うべき理由があり、言うべき権利があり、言うべき事情があるなら、遠慮せず、堂々と言うべき主張を言っていいのだと、強く主張します。

 Fさん、君には理由がある、権利も、事情もある。
 どんなに理解されない世界であろうとも、あきらめてはいけない。

 真実をめんどくさくて見たくない連中などに、負けないでほしい。

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〔8月22日(月)「Fさんへ⑥」〕

 こんな話を聞いた。
 これは中国の新幹線事故の報道での、中国マスコミ事情についての話だ。

 中国では、中央政府および党の批判をすると、即、逮捕につながる。
 しかし、今回は鉄道省の不手際を追及しているので、逮捕者がでないというのだ。

 “彼ら”の場合も似たところないだろうか?

 創設者や中央の批判をしなければ、それなりに自由に発言できると思う。
 裏切り者扱いされたら?こういえばいい。

「これは○○会とは一切関係ない、家庭の事情よ、口出さないで!」と。
「○○会と関係ない以上、会員といえど家族問題に口出しはできないわ、できると考えているなら、そういう所がカルトっぽいところなのよ」
 と、いっても差し支えないと思う。

 君は口論の類が苦手だ、いい文句が思いつかず、黙ってしまう事も少なからずあると思う。
 何かの参考になるなら嬉しいです。

 かわらない“彼ら”もいれば、変る“彼ら”も潜在的にいると、僕は信じます。
 皆が皆、敵ではない、わかってくれる味方もいるはずです。
 がんばれ!

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〔8月23日(火)「Fさんへ⑦」〕

 君は知っていると思う、僕は口げんかに強い。
 しかし、それは自分が絶対に正しいと確信できるときで、現在の職場ではあまりそういう機会はない。
 まだ教わる事もおおく、自分が完全に正しいと強くでれない事の方が、多いからだ。

 …こういう劣勢な時の対処法も、実は以前にこの小説内に書いている。
 それは15話に書かれている。

(「第15話 おわらない話の理由(未来へと続く話その4)」より転記 )
 早々に「負け」たと思うのは早計だ。
 仮に口論の果て負けたとしよう、その時点では双方ヒートアップしているはずだ。
 すでに勝敗が決していてもなかなか口論は終われない、相手は勝利を確信するために。
 駄目押しとばかりに「攻め」つづけることがある。実はここに勝機が眠っている可能性がある。
 相手は勝ったと油断して(わずかながらどうしても人はそうなる)饒舌じょうぜつになる。
 しゃべっていて気持ちいいらしく余計なことまでしゃべる、
 その時、もし揚げ足を取れるようなミスをしてくれたら儲けものだ、先ほどの敗北を挽回できる、
 最悪イーブンにもっていける。そして頭の回転が早い人ほどこの油断がみてとれる。
 だから、例え「負け」たと思ってもパニックにならず冷静に話を聞いて分析していると相手の落ち度に気づくこともある。

(転記おわり)

 最近も職場でこれに近い事があった。
 何かにつけ敵意むき出しに来る人がいる。
 僕が何をしても「ダメ」の烙印を押しにくるのだ。
 ある日、この人はミスをした。
 僕が、利用者さんの電動カミソリを洗おうと風呂場へ行こうとすると、洗面台で洗えと凄むのだ。
 そしてこう言う。
「○○さん!電動カミソリ、使った事ないんですか!」と。
 お前は洗い方も知らんのか!という口調だ。

 これは完全にミスだ。仕事上のことなら、先輩の指摘は聞かねばならないが、電動カミソリの扱いに関しては、男である僕が知らないはずが無い。
 彼女は女性だ、これは「言いがかり」以上の何物でもなく。仕事上の指摘とは無縁の誹謗中傷だ。
 そこで、こう言い返した。
 「それはいくらなんでも、馬鹿にしすぎです。男なんだから使った事くらいありますよ」と。

 言った当初は、それほど効果があるとは感じなかったが、周囲には結構なバイアスとなったようだ。
 彼女は、いつもなぜあの人(=僕)にのみ、あんなケンカ腰なんだ?という空気が出来たように感じる。

 劣勢な時は、相手の饒舌の中にあるミスを射抜くのも、1つの手です。
 15話を読んでいて、そんな事を思った。
 そして、こうも思う。
 やはり、東京での経験は無駄になっていない。今、現在の僕を、確かに支えている。
 人は、僕の生き方を褒めはしないだろうが、僕は僕なりに努力しているし、満足もしている。
 そして何よりも、この生き方を選択したからこそ、“彼ら”の猛攻撃もしのげたし、君の気持ちにも気づけた。
 もし、この生き方を選択していなければ、“彼ら”の罠にはまり、TVで報道されるような犯罪者に仕立て上げられていた可能性もあるし、
 君の事も、変った女性として、一生誤解し続けていた事だろう。

 今、現在がベストとは思えないが、最悪とも思えない。

 戦いがいのある、人生が歩めていると思っています。
 君が戦い続けられるなら、僕もまた、戦い続けられます。
 未来を信じて、再会を信じます。
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〔8月24日(水)「Fさんへ⑧」〕

 そういえば…、こんな話も聞いたことある。
 「同じ犯罪」をしたもの同士というのは、罪悪感に起因する団結感が生まれる…というやつだ。

 “彼ら”の場合もそうなのだろうか?
 もし、そう感じる事があるなら、こう言ってもいいと思う。
「それのどこが仏教なの?カルトの洗脳そのものじゃない」と。

 仲間との連帯も重要だが、そうでないものも重要な事はある。
 皆でやることに大切さといえば聞こえはいいが、良くない事例も実際多々ある。

 そう感じた事、たぶん、あるでしょ?Fさん。
 負けないでほしい。
 君は正しい。
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〔8月25日(木)「原点」〕

 そちらの世界には、口先だけの革命を言う人、多いように思う。
 本当に革命が出来るなら、「世の中そういうもの」などと軽いセリフ、いえないはずだ。
 そもそも創設者の理念と矛盾する。
 言葉を都合よく捻じ曲げて、現世利得のいいわけにしている連中に負けないで!

 何が言いたいかわかるだろうか?
 “彼ら”の創設理念は、今や形骸化しているということだ。

 価値を失った言葉は、いくら追求しても真実にたどり着かない。
 そういう時はどうすればいいのか?
 原点に帰るべきだ。

 周りの人に何か言われたら、こう言ってほしい。
 「日蓮の現存する正筆御書、一度見てください。」と。
 保障するけど、9割以上の人は、人生で一度も見たこと無いと思う。
(そもそも中世の日本において、法然やその弟子、日蓮が祈りさえすればよい、としたのは、この時代、学の無い農民が一番多く、一番苦しんでいたからだ。そうした文字も読めない、基礎学力も無い人々をすくう手立てが、祈りさえすればすくわれるという発想に繋がった。その事自体は正しいと思う。問題は、現在、識字率も9割を越え、学力水準も向上、個人所得も中世日本に比べれば格段に向上した現代において、正筆御書の類を一度も見たこと無いというのは、教えをないがしろにしている怠慢以外の何ものでもないという事だ、洗脳されているが故、疑問にすら感じないのかもしれない)
 その事実そのものが、教えの形骸化を意味する。
 なにか言われたら、そう周りの人に言ってあげてください。
 
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〔8月26日(金)「等身大」〕

 Fさんへ。
 “彼ら”は等身大の自分を見失う事がある。
 普段はまともな人も、「組織の威光」を「背負った瞬間」、等身大以上の人格があるかのごとく振る舞い、全てが許されるかのごとく振舞う。
 それは“洗脳”のなせる業だと、皆に伝えてください。
 何か言われたら?こういえば言い。
 「私、間違いに気づいたの」と。


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〔8月27日(土)「現実」〕

 “彼ら”は「世の中とはそういうものだ」というが、現実にはそうでないようだ。
 今回TVで騒がれている、島田紳助の引退騒動が物語っている。
 世の中は「そういう社会を望んでいない」。
 その事実の裏づけがあるからこそ、彼は引退するのだ。

 “彼ら”同様に世の中はそういうものだと考える人の反論も、瞬く間につぶされてゆく…。
 つぶされるが故、議論が進まない事は問題だが、論点はそこではない。
 論点は「世の中」はそういう社会を望まない、ということだ。

 それが、カルトがこれ以上拡大できない理由だと、多くの人は知っている。

 真実をめんどくさくて見たくない連中に負けないで!
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〔8月28日(日)「信者」〕

「指導者失い途方に暮れる「アップル教」の信者たち」
 …そう、言わずと知れたスティーブ・ジョブズ引退のニュースのタイトルだ。

 Fさんは知らないかも知れないが、ココ・シャネルが女性のドレスをスーツに変えたのと同じく、
 スティーブ・ジョブズは、パソコンを巨大施設の付属物から、個人宅のアイテムに変化させた人物。

 過去の常識を変化させ、今日の常識の土台を作った人物だ。

 言い悪いは別にして、ニュースにこんな解説があった。
(転記)
 米ニューヨーク大学のアンジェラ・ジトー教授(人類学)は、アップルについて、宗教とまでは呼ばないが、
 一体感など宗教的要素はあると思うと話す。
 「現在のわれわれの社会は物の消費と広告を中心に回っており、多くの人が購入する物を軸に一体感を見いだしている」
 問題は、この宗教的な熱狂ぶりが今後も続くのかということだ。(中略)ジョブズ氏のCEO退任が報じられて以来、
 アップルファンの多くがその指導者なきあとのコミュニティーの未来を思案し、アップルが誤りを犯すかもしれないと憂慮している。
(転記おわり)

 熱心なマック教信者の中には、スティーブ・ジョブズがいなくなったら。
 不便なマック製品よりも、便利な他者製品の魅力に気がつくかもしれない。

 “彼ら”が途方に暮れる日はいずれ来る。
 それも僕らが生きているうちに。
 その日が来て、初めて気がつくか?今、気がつくか?の違いでしかない。

 そんな事を急におもった。
 と、同時に、こういう例えは君向きではないな、とも感じた。
 でも、同時にこう感じてくれるとうれしい、Kは相変わらず高校時代と同じような話をする…、
 変ってないな、と。

 君は何を感じるだろう。
 いつか、そんな話が出来る日を信じて。
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〔8月29日(月)「心の飢餓感」〕

 Fさんへ、こんな事も思う。

 みんなでやってるのにどうして…!!
 と言われると、反論しづらい?かもしれない。

 特に君は、人を気遣うやさしい心の持ち主だ、そう言われてしまうと、自分は我慢してでも…
 そんな風に感じてしまうのではないだろうか?

 心はいつも何かを求めている。
 飢餓感があるのだ。
 ただ、何で飢餓を埋めればいいのか“心”は必ずしも正解を出せない時がある。
 答えが出ないとき、とりあえずの何かで、飢餓から脱しようと、心は思うことがある。
 人の心とは、そういう“弱さ”がある。
 恥じる必要はない、誰もがそういう弱さを持つのだから。

 “彼ら”の中の「悪意ある人々」は「人の“心の飢餓感きがかん」”を巧みにつき、利用する。
 “心の隙”は誰もが持つものであり、そこを突かれると人は弱い。

 悪意ある人物が、巧みにこの手法を使ったりすると、最悪な状況に繋がる、過去も、未来も。
 Fさん、気をつけて!!負けてはいけません。
 弱さを否定する必要はない、ただ、受け入れて共存すればいいのだ。
 そうでないと、まだ利用できると思われてしまう…

 偉そうな事言ってごめん、でも、何が役に立つか判らないので。

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〔8月30日(火)「環境の(状況の)変化」〕

 最近12話を読み返した、こんなくだりがある。
(転記)
 久しぶりにヘリの編隊の低空飛行を見ました、夜の6時を回っているのに、あのローターが二機ついてる大型輸送ヘリ、確認したのは大型4機編隊と中型かな?1機と中型?3~4機と大型1機。
 共振というのでしょうか?ものすごい音。まるで空港近くの民家の気分。
 警告なんでしょうか…、ではあたってるのでしょうか?それとも偶然?、ま、偶然なんでしょう。

 この近辺の人はどう感じるのでしょう?
 仮にそうだとしてもでも、自衛隊のヘリの運行を担当している部署にたった1人でもいいから“彼ら”の一人がいれば出来るトリックで。自衛隊そのものが関与していると感じさせるのは催眠のテクニックが対象に有効に効いたときのみ出来るのです。そして大概みな真剣にはやっていない…。
(転記おわり)

 もう最近はこんなことは起きない。
 こんな大型ヘリなど、まったく飛んでこない。
 そもそもヘリが異常に多いと感じたのは、東京で攻撃を受けた際、真実に気づき、この小説を載せてからだ。
 ネットでヘリがくる記載をしている被害者のページがある、最初見たときは僕も、そりゃあ妄想だよ、かわいそうに…、と思ったものだが、まさか現実に経験する日がくるとは思いもしなかった。

 ネットで書かれている“彼ら”の悪評、半分は本当だ。
 残りの半分、精神兵器で心を攻撃とかいうのはデタラメだ。
 でも、それは多くの被害者が「催眠と暗示」のメカニズムを知らないが故、陥ったものだと思う。
 “彼ら的活動”は罪深く犯罪的だ。

 今、ヘリが来ない。当時と今では環境に(状況に)変化がある。
 そう客観的に判断できる。
 どう変化したのかはわからないが、出来る事なら、いい方向に変ったと思いたい。

 とんでもない事をする“彼ら”も、多くの“「まとも」な彼ら”の顔色を伺いながらでないと何も出来ないと信じたい、現状をしる君は、何をどう思うだろう。
 負けないでほしい、がんばれ! 

 これは僕の妄想…。
 もし君が行動を起こすとしたら、僕が予測もしないびっくりする手段をとる。
 過去の記憶が、そんな妄想を抱かせます。
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〔8月31日(水)「変る努力」〕

 これは僕の妄想…
 君の性格で僕とよく似た部分の1つに、生活に干渉されたくない、というのがあった様に感じる…。
 臆病なのかどうなのか、現状を変化させる事を普通以上に躊躇するところがある。
 そして、人を気遣う性格があるが故、自分の生活に干渉されたくないから、人の生活にも干渉しない、それは無関心ではなく、思いやりの表現の1つだ。
 だから、ぼくらはお互いの生活に干渉しなかった。
 いつも一歩ひく様な感じで一緒にいた。
 そんな関係がなんだか心地よく、居心地がよかった。
 そんな感想も抱かなくも無い。

 真実に気づいた今、こうも思う。
 そういう性格は変える必要はないが、時と場合に応じては、そのかぎりでない。

 僕が君の手紙を今でも持っていることを以前書いた。
 必要な時にはしかってほしいと言った事が、かいてあったと思う。
 少し、無理をしてでも、そうすべきときは、そうすべきなのだと、そんな風に思った。
 
 僕が変る努力をし続けるのに呼応するように、君が自分を変える努力をしていてくれたらうれしい。
 わずかな変化であろうと、勇気があれば、前に進めると思う。
 どんなに遅く、惨めな前進でも。前に進み続けたいです。

 Fさんは自分が思っている以上に、強い女の子です。がんばれ!
 
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〔9月1日(木)「もし、まったく状況が改善されず、完全に逃げ道をふさがれていたら?
 こんな荒業もある」〕

 室伏広治さんのファンが読者にいたら敵に回すことになるが、幼少期、僕は彼にいじめられた経験がある。近所に住んでいたハーフの嫌なやつ、そう、記憶されている。
 大人がいるときは仲良く振舞うのだが、2人きりになると、がラット変って…。
 確かこんな感じだった、「こーちゃん」と彼は呼ばれていた。そこで、そう呼ぶと大人がいるときはいいのだが、いなくなると「こーちゃんって呼ぶな」と凄む。で「むろふしくん」と呼ぶと「むろふしくん」と呼ぶな、とこう来る。こちらが困っていると笑うのだ。
 今にして思うと、こちらを困らして笑いたいだけだとわかるが、5歳当時は人が良すぎてまったくわからず、パニックになったものだ。
 
 今日、ハンマー投げのニュースを見ていて、急にきになり調べてみた。
 …すると意外なことに、彼が“彼ら”とつながりがあるという記載を発見できない。

 どうやら、素でいやなやつだったのらしい。
 まあ、5歳くらいの時の記憶。もう30年以上たつから、彼もまともになったと思いたい。

 何でもかんでも“彼ら”のせいではない、といういい例の1つです。

 何が言いたいのか?
 “彼ら”の総攻撃をかいくぐると、多くの被害者はおかしくなる。
 しかし、意外に僕は冷静なようです。

 多分、君との思い出があるから、理性を失わずに“彼ら”を語れるのだと思う。
 そのことに、僕がどれほど感謝しているのか…、いつか直接伝えたいです。

 こんな事も思った。
 これは仮説に基づく提案。
 もし、まったく状況が改善されず、完全に逃げ道をふさがれていたら?
 こんな荒業もある。
 「会合」での「決意発表や、体験発表」の「時に」、堂々と「脱会宣言」を「する」というのもある。
 おそらくとんでもないことになるだろうが、大丈夫。
 僕に乗り切れた“彼ら”の総攻撃。
 君が乗り切れないはずが無い。
 
 あくまで仮説に基づく提案です。
 できれば、辛い事は避けたいところですが、もし袋小路なら…
 この記述はあらゆる可能性を想定して書いています、何が役に立つのか判らないので。

 Fさん!がんばれ!!
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〔9月2日(金)「有効な口上」〕

 こういう言い方がある。
 偉い人にモノを言う時の口上だ。
「最初に謝っておきます、これから失礼な事を申しますが、申し訳ありません。しかし忌憚無く意見を主張します」

 先に述べた、会合での脱会宣言なんかの時は、もしかしたら有効な口上かもしれない。
 何が役に立つか判らないので、一応書きました。
 これらの記述が君のインスピレーションを刺激して、より有効で実践的な手段を思いつくヒントに繋がれば嬉しいです。 
 がんばれ! 
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〔9月3日(土)「スリルと興奮の犠牲者」〕

 生き方を変えるのは実に難しい…。

 “彼ら”の会合について言及されるネットの書き込みをみると、単調でつまらない、という趣旨の書き込みが大半だ。

 もし、実際そうならば?
 子供たちをつなぎとめておくのは相当な苦労なのだろう…
 
 こんな連想もする。
 “彼ら的犯罪行動”に参加する事は、スリルと興奮に満ちている。
 こういう活動でもないと、単調でバカバカしい会合に人が集まらない?
 もちろん、全部が全部とは思わない、でも、そんな連想も成立しなくもない。

 僕は「車による地鳴り」で不快な暗示をかける方法を見抜いた。
 でも、全国にこの被害に悩んでいる人々が「たくさん」いる。

 スリルと興奮の犠牲になっている多くの人がいるのだ。
 この事実だけで、“彼ら”の組織は糾弾に値する。

 もめごとを起こさない様に、ただただ耐え続ける必要はありません。
 いやなら、やめていいと思うし、おかしいなら、おかしいと、言っていいと思う。
 難しいと思うけど、必要な事です。

 生き方を変えるのは実に難しい…。
 僕もまた、毎日戦いです。新しい環境で戦っています。
 君が変る努力を続けるなら、僕もまた、続ける事が出来きます。

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〔9月4日(日)「主張」〕

 最近、こんな事を言われる。
 いいわけばかり、と。
 しかしそれはおかしい。

 東京でいいわけはしない、という性質を学び手に入れている。
 事実、ほとんどいいわけなどしていない。

 どうも聞いていると、例の“彼ら”とおぼしき人が吹聴しているらしい。
 なんども聞かされると暗示として刷り込まれ、いいわけをしている、という印象を受けるようだ。

 で、こう言い返している。
「それを言ったら何も言い返せないですよ、事実、それで今まで何も言えなかったんですから」
 遠まわしに、言いがかりである事を主張できるし、吹聴している人を非難できる。
 僕があまり何も言わないと言う事実は、ガチで動かせない事実だから、だれも反論は出来ない。

 まあ、事実いろいろ人に迷惑をかけているのだけれど、
 必要以上に生活圏を消される理由はないと思う。
 
 実際、生き方を変えるのは実に難しい…。君もそう思うのかもしれない。
 僕もまた、毎日戦いです。新しい環境で戦っています。
 君が変る努力を続けるなら、僕もまた、続ける事が出来きます。
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〔9月5日(月)「君は、こんな僕の命を救ってくれた大切な人」〕

 東京で“彼ら”の総攻撃を受けていた時期、レジに立つ僕に「鈍感力」という本が何度も持ち込まれた。この時期、“彼ら”の攻撃に、「信じられない事に」まったく気がついていない時期で、“彼ら”もいらいらしていた時期かもしれない。
 見知らぬおじいさんに突然「いまいましい」と言われたり、「貴様何をたくらんでる」とか言われた時期だ。

 君は僕の鈍感さをよく知っていると思う。
 ある意味、この鈍感さがあるから、“彼ら”と戦えるし、戦えたわけだが、
 この天然記念物的性質は、実生活では厄介な事もしばしばだ。

 今、僕は生き方を変えようと必死に頑張っている。

 この鈍感さが、困難さをさらに増しているのも事実だ。

 生き方を変えるのは実に難しい。

 でも、たとえ難しくとも、前に進まないといけないと思う。
 どんなに惨めな結果になろうとも、あきらめてはいけないと思う。
 君は、こんな僕の命を救ってくれた大切な人だ。
 その君の想いを無駄にしないためにも、前を向く事は、やめてはいけない事だとも思います。


 君も僕も言われた事は「きっちり」やり遂げる性質の性格をしているように感じる。
 だから、話相手に弱気な態度や、あやふやな態度をしてほしくないと感じると、思う。
 そんな人間に言われた事を「きっちり」やる事は、どちらかというと苦痛に入る。

 でも、そんな従順な性格。時として人に利用され、いいようにされ、損な役回りにまわされる事になる。

 生き方を変えるのは実にむずかしい。
 でも、どこかに解決策があると信じ続けることが大切です。
 そんなイメージ、君に伝えたい。

 君が戦い続けられるなら、僕もまた戦い続けられます。
 がんばって!負けないでほしい。Fさんならできます。
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〔9月6日(火)「工夫と努力で、修正は可能に思う」〕

 最近「SONY ポータブルラジオレコーダー 4GB R50 ICZ-R50」というのを買った。
 1度セットしておけば、定期的に番組を録音してくれる。ラジオのHDレコーダーのような存在だ。
 これで、毎日「ニュース探究ラジオ Dig ( TBSラジオで毎週月~金22:00から放送)」を録って聞いている。主に出勤途中の車内で聞いていたりします。

 この番組、聞いていると自分の普段の興味や価値観に近い内容が、毎日放送されていてなんだか、ここちいいです。

 TVのニュースのように、放送時間を満たすために内容を満たすだけの番組と違い、フットワークも軽く、突っ込んだ内容が聞けます。時としてマニアックな話題も取り上げ、面白いです。

 本屋を辞めて以来、政治の話などをする機会もへり、そういう話題を「脳が扱う」機会も減っていた。
 それ自体がストレスになっていたけど、このラジオを買ってからは、なんだがその手の欲求不満が解消された気がします。

 Fさんへ伝えます。何が言いたいのかというと?

 生活を(生き方を)変えると、ささいな変化がストレスにつながり、蓄積され、心のバランスに影響を与えるかもしれない…、でも工夫と努力で、修正は可能に思う。それも、ちょっとした些細な工夫で、大きな効果があることも事実あったりする。

 あきらめず、やけにならず、前を向く事が大事だと思う。そんな想い、君に届けば嬉しいです。

 生き方を変えるのは実にむずかしい。
 でも、どこかに解決策があると信じ続けることが大切です。
 そんなイメージ、君に伝えたい。

 君が戦い続けられるなら、僕もまた戦い続けられます。
 がんばって!負けないでほしい。Fさんならできます。
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〔9月7日(水)「干渉」〕

 先日、不必要にポケットに手を入れながらあるく人が目の前を通過した。
 冬場でもないのに、寒くもないのに、両手をズボンのポケットに入れて。
 不快感を与えるしぐさで、目の前を威圧的に通過するのは、“彼ら”の特徴だった気もする…。
 まあ、偶然ということもあるので、一概には言えないけど。

 ただ、“彼ら”を観察した結果得た経験則では、違う地域にいくと、攻撃が元のような激しさになるときがあるという事だ。その地域を担当しているグループごとに温度差があるのだろうか?

 こんな事も思う。
 彼らは末端レベルではグループごとに足を引っ張り合っている。
 グループ間の利害調整に明け暮れ、世の中を良くする気などまったく見られない。
 哲学は形骸化され、現世利得のいいわけにしか使われていない。

 「過剰な干渉が悪影響を及ぼしている…」
 そんな印象も抱かなくも無い。
 “彼ら”は神の代理人として、世の中に自分勝手な干渉をしてもいいと思いこんでいる。
 そんな発想は非常にカルト的だ。
 カルトは絶対に自分をカルトと認めない。

 いきどおる事も感じるだろうか?
 距離をとって、いきどおりを整理してもいいと、君に伝えます。


 生き方を変えるのは実にむずかしい。
 でも、どこかに解決策があると信じ続けることが大切です。
 そんなイメージ、君に伝えたい。

 君が戦い続けられるなら、僕もまた戦い続けられます。
 がんばって!負けないでほしい。Fさんならできます。
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〔9月8日(木)「ほめる」〕

 NHKスペシャルで、「ほめる」という行為について述べている。
 リハビリの際、褒めると早く回復するという。
 ある研究者などは、反証できるデータをわざわざ探したけど、見つからなかったという。
 人間の「脳」は褒められたい、という欲求に満たされている。と説明されている。

 こんな想像をする…
 “彼ら”に生まれた頃から所属させられている2世、3世の子供のうち、
 最初は“彼ら的犯罪行為”への荷担にどうしょうもない罪悪感を抱くだろう。
 しかし、周囲の大人が、犯罪行為への荷担を褒めるので、次第に麻痺して、訳わからなくなり、最終的には判断を放棄(思考停止に)なるのではないうだろうか?

 催眠と暗示のところで何度も書いた。
 繰り返される「暗示」により、脳を次第に麻痺さして、訳わからなくさせてしまい、
 最終的には判断を放棄(思考停止に)させてしまう、という催眠のテクニック。
 …あれに非常に良く似ている。

 催眠と暗示は良い方向に使う事もできれば(例がリハビリ)、悪い方向に使う事も出来る。

 小さい頃からかけられた暗示から脱する事は、生き方を変える事に等しい。
 頑張ってほしい、あきらめないでほしい。
 そして自分に言い聞かせてほしい。
 それらが君の全人格がを否定するものではない。
 絶対です、僕が保障します。君は何も悪くない。
 なにしろ“彼ら”の巧妙な罠により、そういう行為をさせられていただけなのだから…。
 そう強く、心に念じてほしい!

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〔9月9日(金)「永久に凶暴でい続けられるサイコパスの数は少ない」〕

 ラジオでこんな話を聞いた。
 「競歩」でゴールした選手は、辛さから解放されたあまり泣く、という話だ。
 その話によると、競歩という競技は、走りたい欲求を抑えて抑えて、最後まで「歩ききる精神力」が必要らしい。
 つまり、どんなに「ランナーズハイ」になり、トランス状態になろうとも、感情にまかせて走っては「失格」になるのだ。
 運動能力以上に、精神力がいるらしい。
 最後まで、理性を失ってはいけないという事らしい。

 “彼ら”は理性を失い、悪意を暴走させる。
 ま逆だなと、そんな事を思った。

 “彼ら”は一時的に凶暴になるが、永久に凶暴でい続けられるサイコパスの数は少ない。
 味方はたくさんいるはずです。頑張ってほしい、あきらめないでほしい。
 そして自分に言い聞かせてほしい。生き方を変えるのは可能だと。
 がんばれ!

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〔9月10日(土)「現世利得の利害調整」〕

 東北の震災被災地では、無秩序に建物が乱立しないように、制限が設けられていると言う。
 そうしないと、皆が勝手に建物を建てて復興計画の妨げになるから…というのだ。
 しかし、いつまでも規制していると、いつまでも建物を建てられない。
 被災地では「もういい加減、規制解除してくれ」と思っているかもしれない。

 しかし、復興計画がまとまらない、という理由で、解除は見送られ続けているという。
 それって、利害調整が終わらないから、計画がまとまらないって意味では?
 …と個人的に思う。

 日本人は“利害調整”を何よりも大事にしがちだ。

 しかし、その事による弊害は、この様に事実あるわけです。

 “彼ら”は「みんなの和」を大切にと主張するが、その実体は利害調整にすぎない。
 メンバー間の現世利得の利害調整に、皆が明け暮れている…

 君がそんなものの犠牲になるのは、どう考えてもおかしい。
 ゆずれない“なにか”があるなら、君はそれを大事にしていいし、大切にする権利がある。

 歪んだ欲望の屁理屈なんかに負けないでほしい!

 たぶん…いろいろあるのだと思う。
 手に負えない状況なのかもしれない。
 それでも、やけにならず、前を向いていてほしい。 

 自分自身に誠実でありつづけさえすれば、いいと思う。
 自分を偽らず、誠実に。

 どんなに理解されなくとも、活路はそこにある。
 そう信じていいと思う。

 自然に、自分でいることが大切です。
  頑張って!負けないでほしい。
 たとえ過去にどんな罪があろうとも、それが君の全人格がを否定するものではない。
 なにしろ“彼ら”の巧妙な罠により、そういう行為をさせられていただけなのだから…。
 そう強く、心に念じてほしい!負けるな!

 君に読んで欲しい本がある、日蓮の現存する正筆御書、一度見てください。
(これは、本当に読んでもいいけど、そうではなく、心を閉ざさないで!心を広く持ってという意味合いの方が強い意味で書いています。
 Fさん心を閉ざさないで!)

 誰かが邪念に負けた、けど天は見放さなかった…
 そういう事で全て矛盾しなくなると思うのですがどうなのでしょう。
 君は試練に耐えた、だから…天からご褒美をもらう機会をもらった、
 それで何もおかしな事はないと思うけどどうなのだろう?

 君が「埋没費用サンクコストの呪い」にかからず、
 冷静な判断が出来る事を心から期待します。
 三界に家を建てるには、君が必要です。

 持久戦では君が優位だ、相手にそれを感覚として激しく実感させる必要がある。
 これは、この記述が君のインスピレーションに働きかけ、より現実に即した効果的な行動に繋がればと願い、書いています。 
「間違いに気づいたの、だから関係ないわ」
 と言う権利を君は十二分に持っていると思う。

 
「これ以上邪魔をして、もし本当に(あなたが)地獄に堕ちちゃったとしても、
 誰も責任取ってはくれないよ!
 老後を誰とすごしたいかについては、私に決める権利がある。
 もうその頃この世にいない人に、とやかく言われたくないわ」

 と言う資格が試練を乗り越えた君には間違いなくある。
 他人を恨んだり、自分を責めたりしないで。

 遊ぶ金ほしさの連中に負けないで!優しさを否定せず、それでいて毅然とした態度で自分を主張してほしい。
 君は自分の声を出して良いと思う。
 困難かもしれないけど、あきらめず、前をみてくれると嬉しい。
 
 仮に君に子供がいるなら?それについては僕はこう考える。
 家族になって、しまえば、問題ない、と。


 真実は君の心の中にあります。今でも、消えることなく。
 勇気を君に。

 がんばれ!
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〔9月11日(日)「“積極的関与”と“消極的関与”」〕

“積極的関与”をする彼らと、“消極的関与”をする彼らがいる。
 そんな風に感じなくも無い。
 消極的なら「罪」ではないという事は無い。
 小さなそれらも、積み重なれば、大きな凶器になる。
 100人、1000人単位で行えば、そんな小さな悪意も、物凄い破壊力につながる。

 だから、この程度ならいいだろう。
 という考えも、許容される事の無い行為なのだ。

 もし、君の周りに、積極的関与は否定するも、消極的関与は肯定する人がいたら?
 こういってほしい。
「その考え、おかしいわ」と。

 そんな事、言われたら、何をしたらいいのかわからなくなる、と言われたら?
「それは重症ね」
 と言い返せばいいと思う。

 もし、お前もついこないだまでやっていただろ、同罪だ。
 と言われたら?
 こう言い返せばいい。
「だから辞めたいの」と。

 もし、辞めたらどんな目に遭うかわからないぞ!と脅されたら?
 こう言い返せばいい。
「とてもカルト的発言ね」と。

「間違いに気づいたの、だから関係ないわ」
 と言う権利を君は十二分に持っている。
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〔9月11日(日)「邂逅かいこう」〕

 こんな話を聞いた。
 昔、ロサンジェルスで、謎の爆撃事件があったというのだ。
 それは、日本と戦争が始まったばかりの頃の話。
 しかし、日本軍がロサンジェルスを爆撃した歴史はない。

 一説によると、戦争が起きた事を市民にアピールするためのアメリカ側の捏造ねつぞうだったという「話」があるらしい。その後アメリカ西海岸では、日本人の強制収容が始まった。
(あまり知られていないが、アメリカでの日本人強制収容は、西海岸が一番激しく、それ以外の地域はハワイを除いてそれほどではなかったらしい。
 当時の西海岸の担当官が、個人的に日本人差別主義者で、その悪意がこの日系アメリカ人差別の地域格差を生んだとも言われている。事実、同じ敵国人であるイタリア系とドイツ系は強制収容されなかった)

 謎の飛行機が当時、ロサンジェルスに来たのは、ガチの事実と仮定すると。
 人々の日本人への敵意を増長させる、「人種偏見者」の悪意も想像できなくもない。


 実は仕事を始めてからも、奇妙な事がある。
 冷蔵庫の肉が行方不明になる事があった。
 誰かが盗まないかぎり、ありえない。

 また、僕が夜勤を始めた初日などは、夜中、音がした。と騒ぎ立てる人たちがいた。
 何かしているという空気を作り出したかったのだろうか?

 
 最近、こんな話もラジオで聞いた。
 13年だったかな…、そのくらい前に海に放した「ウミガメ」と再会した、水族館の職員の話。
 3年くらいたったものとの再会は良くあるが、13年は初めてらしい。
 ウミガメを捕獲した漁師さんが、前足のタグを見つけて、連絡してくれたそうだ。
 偶然と幸運と、漁師さんの善意があって初めて実現した再会だ。

 こういう再会を「邂逅かいこう(=思いがけなく出あうこと。 偶然の出あい。めぐりあい。例「旧友と邂逅かいこうする」)」というらしい。

 ウミガメは同時期、水族館で生まれて飼育され続けた固体と比べると、半分くらいの体の大きさしかないという。
 きっと海で生きのこる事は、水族館で生きるよりも、遥かに過酷で大変だったのだろう。

 おそらく、もし仮に未来で再会するとしたら?
 その状況は、邂逅かいこうに近いシチュエーションかもしれない。

 偶然バッタリ再会する、という状況が、周囲を納得させる最も定番のスタイルだ。

 僕が君と邂逅かいこう出来るか否かはわからない…
 しかし、これだけは言える。
 どんな事があろうと、君に生き残ってほしい。
 どんなに辛くとも、君に命をつないでほしい。
 これだけは、ゆずれない僕のワガママです。

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〔9月12日(月)「冷静に“彼ら”を語る」〕

 そういえばこんな事も思い出す。
 昔、こんな事を言われた、「ひいきされている」と。
 
 中学時代を攻撃し、クラスで孤立させていた女の常套句だった。

 しかし、ひいきなどまったくなく。ごくごく普通の対応しか教師からはされていない。

 よく、嘘つきとも言われた。
 だから、僕と話して、噂と違う人物像にとまどう人は多かった。

 今、現在も陰でこんな事を言われる。
「どうして、あいつをかばうのか?」と。
 正直、かばわれたというより、ごくごく普通の接され方をしていて、特別目をかけられているという事はない。

 “彼ら”はいつもこんな事を言うのだろうか?
 これが言いがかりなのかどうなのか…
 君はどう感じるだろう。
「私はね」
 といつか、君の口から聞ける日を夢見ます。

 君が、いつか、冷静に“彼ら”を語れる。
 そんな心境になれる日を信じて。
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〔9月13日(火)「勇気」〕

 こんな風にも思う。
 “彼ら的行動”特に「犯罪的」な「行動」をするという「事」は「勇気」のいる事だ。
 でも「勇気」の使い方がまちがっている。
 その事に、君がもし気がついたなら、「その事を」決して忘れないでほしい。

「私、間違いに気づいたの」
 君にはそう言う、権利と資格があります。

 負けないで!
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〔9月14日(水)「楽しそうな君の姿」〕

 Fさん、この事は何度かこの小説内で書いた。
 真実に気づく以前、ギリギリまで追い詰められても、あの思い出が僕を支えてくれた事を。
 今でも思い出します。あの楽しそうな君の姿を。
 本当に楽しそうにしている君を見るのは、何にも変えられない。
 ほんの些細な事にすら笑顔を向ける君が、今でも僕の支えとなっているのは事実です。
「何でFさんは、あんなに楽しそうにしていたんだろう?僕ごときといて、何がそんなに楽しかったんだろう?」そんな疑問は今でも浮かぶ。
 その答えを知っているのは、この世で君のみです。
 君は今、あの笑顔をしてくれているのか…、時がたった今、心配をしています。

 頑張って!まけないで。

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〔9月15日(木)「悲観論に意味は無い」〕

 悲観論に意味は無い。

 でも事実は事実として受け止めないと、見誤る危険も事実ある。

 過去の記憶において“彼らではない”が“彼ら”に扇動され“彼ら的行動”に走る普通の人というのも、何人も知っている。
 以前、この小説内で書いた、僕に初めて“彼ら”の名を教えてくれたやつが、実際そうだったと思う。子供時代の事だ。
 彼は、“彼ら”に日ごろから攻撃されていたのか、やたらと僕を“彼ら”と決め付けてきた人物だった。

 やつは決め付けをする以前から、敵対的だった。
 “彼ら”の流すうわさの影響かもしれないい。
 事実として、精彩を欠く僕の振る舞いと合わさり、
 そうなったのかもしれない。

 今、現在。“彼ら”と確信する人物がいる。
 この人とは別にもう一人、いる。こちらは、影響をうけた一般人か、“彼ら”か、いまだ迷っている。
 しかし、11月にクビになる可能性がまし、時間が無い。もうこの人(女性)も“彼ら”であるという前提で接したほうがいいように感じた。
(本来なら時間をかけて観察したのだけど、そうも言ってられない)
(最近、別のある人に、こんな話をされた「どういう訳か、皆kくんには厳しい」と。確かに僕自身精彩を欠いてはいるが、他にもそういう人はいるらしい、僕のケースは突出して精彩を欠いているという空気が流れているらしい。)

(そして恐ろしい事に、こういう精彩を欠く人間なら、反撃はないと考え、優先してターゲットにしている可能性すらある、“やさしさ”とま逆のベクトルはカルトの名に似つかわしくも無い。開祖に面と向って自らの行いを誇れる人物がいたとしたら?真正のサイコパスだ)
(…この場合の開祖は当然ながら、写真ではなく人物画で有名な方の人だ)

 
 この人の言う理屈はどうにもおかしい。
 言ったとおり「素直」にやりさえすれば、できる。
 出来ないのは、素直にやらないからだ。

 …の一点張りなのだ。

 しかし、現実として、素直にしたがったも上手くいかない事もある。
 そういう場合、じゃあ、こんな風に工夫すれば、こう注意すれば、と通常は考えるが、この人は違う。
 全部「素直にいう事をきかないから、そうなる」の一点張りなのだ。話がループして前進しない。
 質問や疑問をぶつけても、素直にいう事を聞かない、いいわけばかりしている、となるのだ。
 話していて、かみ合わない事、この上ない。

 具体例をあげると。
 利用者さんの着替え、その人は半袖を用意しろという。
 で、素直に従うと、別の日他の人に半袖はおかしいと指摘された。
 その別の人と、その人がその後ぶつかり、結局、半袖限定はおかしいと落ち着いたようだ。
 その人は「ごめんね」とはいわない、無言でふくれっつらをするだけだ。余計な事言いやがってという空気をぶつけてくる。

 別の例であげると。
 利用者さんの家族が面会に来た。
 外出届けを書いてもらおうとしたが、コピーしないと書面がない。
 その人はこう言う。
「じゃあご家族さんと一緒にコピー機のところに行けばいい、コピーしてその場で書いてもらえば」と。
 しかし、実行すると問題が起こる。
 業務用コピー機としらなかった。
 この手の機種は起動に10分以上かかる。
 一度お連れしたご家族と利用者さんを、ふたたび階段で2階に上がってもらうのも変だ。
 結局10分近く待たせてしまった。
 その事に言及すると、またも無言。なにもいわない。私は関係ないという態度なのだ。
 発案は自分なのだから、何かしら言うもんだと思うのは、おかしいのだろうか?

 素直に従った結果、上手くいかなかった事例は他にもある。
 それでもこの人は、「素直に従わないから、上手くいかないんだ」の理屈一片で未だ押し通すのだ。

 この人は、単にそういう人なのか、あるいは、どうなのか。

 Fさんなら、どう判断するだろう。

 そういえば“彼ら”の理屈にこんなのがある。信心すれば、何もかも上手くいく。そうでないのは、信心が足りないからだ、と。
 
 僕は、こう強く主張する。
 上手くいかない事は現実としてある、大切なのは、どう乗り越えるか?という意欲と工夫だ。
 従ったり、信じたりするだけではない、と。
 悲観論に意味は無い。
 現実を受け止めて、「前」を向き続ける事が大事だと思う。

 君が今も戦っているという前提で書きます。
 負けないでほしい。がんばれ!

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〔9月16日(金)「こう言い返していい。
「私には、その事を許してくれる人がいるの」と」〕

 こんな事も思う。
 これはラジオで聞いた話。
 アクションもののドラマの場合、最初にまずアクションが草案され、後付でストーリーを作ると。
 普通とは逆の手順だ。
 いいか?悪いか?は別にして、そういうケースは実際にあるようだ。

 音楽にも似たケースがある。
 通常、作詞をしてから曲を付けるが、手順を逆にして、曲を作ってから歌詞をあてる事もあるらしい。
(山本リンダの「ねらい撃ち」という曲もそうして作られたとか…)

 “彼ら”の場合は、こうも考えられなくはない。
 最初のかなえたい欲望(=現世利得)があり、その欲望をかなえる正当性を説明する目的で、教えの中から、都合のいい解釈だけを寄せ集めて、人々に流布する。矛盾する教えは「無視」か「解釈が難しい」としてなかったことにしてしまう…。(その例が、仏法には時として仏法を破ってもいいと書いてある、とする考えだ。何度も書いたけど、そう主張する人に聞いてみてほしい、いったい、どこの何ページに「それ」が書かれているのか、教えてほしい、と。おそらく即答できる人間はいない、出来たとしても、回りくどい説明で明確でないものだと思う)

 それのどこが悪い?という人もいると思う。
 もし、そういう人がいたら?こう言ってほしい。
「肝心なのは犯罪がからんでいるという「事実」よ」と。
「後ろ盾のない人間しか攻撃しないなんて、はずかしくないの?」とも言っていいと思う。

 お前も最近までやってたろ、と言われたら?
 こう言い返していい。
「私には、その事を許してくれる人がいるの」と。
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〔9月17日(土)「こう人に言っても良いと思う。
「広○部が怖くて、恋愛ができるか!」と」〕

 この小説内でも書いたけど、東京での総攻撃の際、途中から「筋金入り」としか思えないような強固な連中と大量遭遇した話をしたと思う。
 僕はめったに“彼ら”についてネット検索しない。したとしても「たまに」だ。

 で、その「たま」に検索して、たまたま知ったのだけど。
 「広○部」って単語をみつけた。ここなのかな?僕が遭遇した「筋金入り」の集団は。
 まあ、実体が良くわからないから、なんとも言えないけど、ここの人らが仕事熱心だと、やっかいだなとは感じた。

 こう人に言っても良いと思う。
「広○部が怖くて、恋愛ができるか!」と。

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〔9月18日(日)「フェアな戦いを鼻で笑うような連中に、負けないでほしい」〕

 こんな話を聞いた。
 ソマリアの内戦では「一部の氏族の優遇策」に問題があったとか…。
 (ソマリアはエジプトの東あたりにある国です)
 氏族とは共通の祖先を持つ血縁集団、または、共通の祖先を持つという意識・信仰による連帯感の下に結束した血縁集団のこと。

 定義のほどはともかくとしても、“彼ら”のやっている事は、まるで日本国内に新しい「氏族」をつくり、その「氏族」を優遇させるのを理想としている。
 でもそれは、他の氏族の犠牲のもと、成り立っているもののように、見えなくはない。

 Fさん、こうも思う。
 フェアな戦いを鼻で笑うような連中に、負けないでほしい。
 公正中立は理想かもしれないが、理想をなくした人類は、堕落するのみだ。
 それはきっと、お釈迦様の望む生き方とは、全くもって類似点のないものだと言える。

 それは理想論だ!と言われたら?
 こう言い返せばいい。
「そういう考えだから、私からいろいろなものを、平気で奪えるのね」と。
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〔9月19日(月)「そんな連中がいたら、こう言い返してほしい」〕

 ニュースを見ていると、どうも警察が、「弘道会壊滅作戦」を展開しているらしい。
 全国規模で一斉に、厳しく、山口組の2次団体「弘道会」を叩いているという。
 島田紳助の引退騒動も、もしかしたらこれに関係しているのかもしれない。
 島田紳助の捜査ルートから、弘道会と関係ある芸能関係者があぶりだされる前に、先手を打ったのかもしれない。

 加護亜衣の自殺未遂も関係しているかもしれない、彼女の恋人は、かつて華原朋美の恋人とされた男で、
 暴力団、芸能界、飲食業界の橋渡し役的ポストに落ち着いた人物らしい。
 他人から借金しては、話題店を出し、経営にいつも失敗し、借金を踏み倒すが、「橋渡し役」として有能なので、生き残っている人物らしい。

 日本は「利害調整至上主義」のようなところがある。世の中を良くしたいのではなく、互いの集団の利害を調整する事こそ、一番大事と考える人々に支配されている。
 そうした支配層にとって、いつでも使い捨てられて、かつ、調整役として有能な男は、重宝がられるという図式だ。

 しかし、そんな彼も「弘道会」の名を口にしてしまったから、警察の「弘道会壊滅作戦」に引っかかってしまい、今回の出来事になった。
 おそらく警察の目的は、彼を捜査して、そのルートから「弘道会」の人間関係などを調べたいのだろう。


 …これは、僕の妄想。しかし、この小説はあらゆる可能性を想定して記述する。
 こんな考えも、浮かばなくはない。
 もし、君を引きとめようとする人間がいるとするならば、中には、君のルートから、組織の内情が外部に漏れるのを懸念する連中も、いるのかもしれない。
 もし、そんな連中がいたら、こう言い返してほしい。
「いつも他人の秘密ばかり、追っているから、そういう考えになるのよ。ビビりすぎじゃない?」と。
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〔9月20日(火)「なくしたわけでは決してない」〕

 こんな話を聞いた。
 「細野原発事故担当大臣は、ウィーンで開幕したIAEA=国際原子力機関の総会で演説し、
 東京電力福島第一原子力発電所の原子炉の温度を100度以下に継続して保つ「冷温停止状態」について、
 当初、来年初めまでとしていた予定を前倒しして、年内の達成をめざす…」
 と言うやつ。

 これに対して、ラジオでこんな事を言っていた。
 冷温停止とは「圧力容器内の温度が100度以下になる」事と定義されているらしい。
 しかし福島原発1号機に関して言えば、すでにメルトスルー状態にある(=圧力容器外に核燃料がでている状態)。
 つまり「冷温停止(=圧力容器内の温度が100度以下)」になっても、そもそも「そこ」に「核燃料」はすでに「ない」のだから、意味がない。
 というのだ。

 演説だから質問はできない、この疑問に気づく人も質問できないわけだ。いいのかな?これで、と思う。

 こんな事も思う。
 今、台風被害が日本を襲っているけど、福島の汚染土壌も当然ながら、台風により拡散していると思う。
 福島周辺地域も、土壌の放射能汚染を調査すべきなのだが、そうした動きが報道されないし、世論も見受けない。
 いいのかな?これで、と思う。

 報道されている事だけが、真実ではない事も多分にあると思う。

 何が正しいか、自分で考えて見極める努力は、悪い事ではありません。
 なのに、“彼ら”はそうした努力を「無駄」と切り捨てる、言われた事だけ信じて行えば、救われると吹聴する。
 そうではない事実も多分にあるが、“彼ら”は信じようとしない。


 ジョン・スチュアート・ミル(1806~1873年)は19世紀のイギリスの哲学者だ。
 古典派経済学の創世記の人物。
 「満足な豚より、不満足な人間の方が良い」という言葉を残した人物だ。
 彼の考えは独特だ、この時代「功利主義」という考えがおこる。
 人間の欲求を肯定する考えだ、これは中世、神により清貧こそすばらしいとされていた社会論理を、変革する考えだった。

 以前、この小説内でも書いたけど、中世の清貧の思想を引きずっているカトリック国家は、経済発展が鈍い。
 これに対して、個人の蓄財を認めたプロテスタント国家は経済的躍進をとげた。
 カトリック国家のポルトガル、スペインが世界の半分を植民地にしながらも没落し、イギリスなどのプロテスタント国家が躍進した歴史が、それを物語っている。
(そもそもカトリックの“清貧”の思想は、個人の蓄財を罪とし、教会への寄付をうながした、結果、カトリック教会に巨万の富が集約する。宗教の名をかりた集金システムだ)

 この清貧思想は資本主義の発展に、妨げとなっていた。
 故に、この常識を破るためにも、「功利主義」のような個人の欲求を肯定する考えも広がってゆく。
 この考えは、身分の低いものの欲求も、権利として認める流れにつながり、国民すべてが選挙権をもってもいいのだ、という現在においては覆せない常識へと、つながる流れを作った。
(そもそも中世の思想では、身分の低いものは、物を考えても、権利を主張してもいけないのだ、これは日本とて例外ではない)
(現在の社会は過去のこうした歴史の積み重ねに出来ている。現状の社会に不満はあるだろうが、歴史をみれば、随分と改善された社会なのがわかる。重要なのは、こうした過去の遺産を引き継ぎ、世の中を良くするバトンをつなぎ続ける事だと思う)

 「功利主義」には2人の双璧がいるらしい。一人は「ベンサム」、もう一人が「ジョン・スチュアート・ミル」だ。
 ベンサムが物質的欲求を主張したのに対して、ジョン・スチュアート・ミルは精神的欲求を主張した。中世社会では個人が物を考える事すら罪とされていたので、これはわかる理屈だ。
 以下はウィキペディアにある記述のコピー。
 (転記)
 ミルによれば、私たちの精神的、道徳的な機能・能力は筋肉のようなもので、使わなければ衰えてしまう。
 しかし、もしも政府や世論によっていつも「これはできる。あれはできない。」と言われていたら、
 人々は自らの心や心の中に持っている判断する力を行使できない。
 よって、本当に人間らしくあるためには、個人は彼、彼女自身が自由に考え、
 話せる状態(=自由)が必要なのである。ここで、ミルの功利主義はその提唱者であるベンサムとはたもとを分かつ。
 簡単に述べると、ミルの功利主義は、快楽について、ベンサムが唱えた量的なものよりも質的な差異をみとめ
 精神的な快楽に重きを置いた。それは次のミルの有名な言葉で表されている。

 「満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。 同じく、満足な愚者であるより、不満足なソクラテスである方が良い。
  そして、その豚もしくは愚者の意見がこれと違えば、それはその者が自分の主張しか出来ないからである。 」
 (転記おわり)

 「その豚もしくは愚者の意見がこれと違えば、それはその者が自分の主張しか出来ないからである。」
 のくだりがいいと感じます。バランスがとれている。
 精神的、道徳的な機能・能力は筋肉のようなもので、使わなければ衰えてしまう。
 衰えた人らは、自分の主張しかできなくなる、という解釈でいいのでしょうか?

 こうも思う、衰えた筋肉は、訓練すれば元に戻る。
 なくしたわけでは決してない。

 政府や世論によっていつも「これはできる。あれはできない。」と言われていたら、
 人々は自らの心や心の中に持っている判断する力を行使できない。
 …満足な愚者は、福島第一原発の冷温停止のニュースにも、疑問を挟まないかもしれない。

 Fさん、いろいろ言われると思う。
 けど、考えるのを止めなくてもいいのだと思う。
 君の心は、君自身のものなのだから。
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〔9月21日(水)「そんな君の性格、大好きです」〕

 こんな事も思う。
 これは仮説に基づく僕の妄想。
 君が今も戦っているとするなら?

 いろいろ軋轢を生じさせている事もあると思う。
 気苦労もたくさんするだろう…

 でも、諺に「雨降って地固まる」と言うのがあるように。
 大騒ぎになっても、次のステップに進むためには避けがたい「大騒ぎ」もあるのだから、
 変に「萎縮」しなくて、良いと思う。

 そうは言っても、お互い、強きを張っても、相手に気を使う性格。
 そんな君に、こんな言葉を送ります。
 そんな君の性格、大好きです。
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〔9月22日(木)「だから、これからも、同じ姿勢を貫くのみです」〕

 最近「ようやく」仕事に慣れていた。
 普通の人なら1~3ヶ月かかるところを、半年以上かかった事になる。
 こういう傾向は、良くある。今回は出ないでほしいと思っていたが、最悪な事に出てしまった。

 この期間、耐えてくれる雇い主の場合、この先もやってゆけるのだが、今回は微妙だ、というか勘だけど、ダメな感じが強い。
 “彼ら”の存在も足を引っ張る要因になっているかもしれないが、言っても意味がない要因は、この際無視する。

 11月、契約更新できない可能性を考慮しています。

 仮にそうなっても、あきらめず、また、同じ仕事を探す覚悟です。
 少なくとも、この半年で、学んだ事は多い。
 女性社会とは何か?も学んだし、介護の世界で大切なものが何かも、だいぶ教わった。
 始めた頃の認識と、現在のそれはだいぶ違う。この仕事は、人の命をあづかる物で、あやふやな仕事は厳禁なのだ。

 本屋時代は、現金を扱っていた、他人の金を大量に扱う事への厳しさを学んだものだが、
 今回は、人の命をあづかる厳しさを学んだわけだ。いや、今も学んでいて、学ぶ「姿勢を」学んだ、と表現すべきか…。

 ともかく、前を向いて進んでいこうと思う。
 やけにならず、あきらめず、進む事をあきらめない、いままでもそうしてきた。だから、これからも、同じ姿勢を貫くのみです。

 君は今も戦っているのだろうか?
 その仮定に基づいて書きます。
 頑張って!負けないでほしい。
 Fさんは自分が思っている以上に、強い女の子です。
 僕が保障します。
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〔9月23日(金)「たまにはこんな話も」〕

 たまにはこんな話も書こうと思った。
 アメリカのSFドラマ「スタートレックヴォイジャー」の中に、こんなエピソードがある。

 宇宙船ヴォイジャー号の船医は、ホログラムで作られた人工生命だ。
 ただのホログラムではなく、力場を人工的に発生させ、触る事のできるホログラムだ。
 
 このドクターは心の危機に襲われる。

 同時に2人の患者が運ばれてくる、2人とも重症だ。

 だが幸い、ホログラムドクターは治療法である手術を知っていた。
 しかし問題は、1度に1人しか手術できない事だ。

 1人手術している間に、確実にもう1人は死ぬ。

 悩んでいては、2人とも死んでしまう。

 ドクターは瞬間的に、知人の方を救い、あまり知己ちき(=知り合い)でない方の人を殺してしまった。

 船のクルーは、あの状況では仕方がなかった…、と、皆、納得する。
 ドクター自身も、そう自分に言い聞かせた。

 しかし、その日からドクターのプログラムが異常をきたす。
 人を救うようプログラムされたドクターは、人を殺したという事実を受け入れられず、正常に機能できなくなってゆくのだ。

 このままでは、船のドクターとしての任務にも支障がでる。
 そう判断した艦長ジェンウェイは、ドクターの記憶の一部を消してしまうのだ。

 しかし、ドクターは状況証拠から、記憶の欠落を見抜き、消された記憶を思い出すのだ。


 艦長は何度記憶をけしても、再びドクターは記憶の欠落を見抜き、消された記憶を思い出す…、そう判断し、記憶をもう消さない決断をする。
 16時間ドクターに付き合い、ドクターの自問自答を見守る。

 この物語のオチは印象的だ。
 16時間たち、異常をきたしたドクターが、冷静に艦長に言うのだ、休んでくださいと。
 艦長は手にしていた詩集をその場において、自室に戻る。
 ドクターはその詩集を読みふける、というオチなのだ。
 決してドクターが回復するオチではなかったりする。

 その詩集には、こう書かれているのだ。
 In quel la parte del libro della mia memoria,
 Dinanzi alla quale poco si potrebbe leggere,
 Si trova una rubrica,
 La quale dice:
 Incipit Vita Nova.

 
 私の記憶という本の中の
 その章の最初のページに
 貴女に初めて出逢えた日のことが
 こう書かれている
 新しい人生が始まると

 これはダンテ(1265年~1321年)が残した詩集「新生」のものらしい。
 ウィキペディアによる解説では以下のように説明されている。
 (転記)
 ダンテは幼い時に美少女ベアトリーチェと出会い、青年になって彼女と再会して会釈を受け、
 激しい恋心を抱くが、ベアトリーチェはほどなくして病気により夭逝した。
 その悲報を受けてダンテは惑乱し、かねてベアトリーチェについて綴ってきた詩文と、
 彼女を喪ったことの悲しみをうたった詩をともに『新生』としてまとめ上げた。
 (転記おわり)
 とある。

 ダンテが生きた13世紀~14世紀は、シルクロード貿易が最高潮の時期だ。
 彼が生まれたフィレンチェ共和国はジェノヴァと2国で、ヨーロッパのシルクロード交易の利権のほとんどを握っていた。
 この時期辺りから、オスマントルコの勢いが、ヨーロッパを脅かし、それが大航海時代の遠因になった事は、以前この小説内でも書いた。

 こうした文明の爛熟らんじゅく(=果実がくずれそうなまでに熟しきっていること)期の様相ようそうは、現在のそれとさほど変らないように思える。
 現在でも充分通じる内容を、備えているのかもしれない。
 何しろ人類の永遠のテーマ「恋」の詩集なのだ。
 時代にそぐわない宗教の本とはちがう。 

 正直に言います、「新生」のダンテは恋人と再会できた。
 実にうらやましいです。
 でも、その後生き別れている…、それは実に嫌だなとも思う。
 僕は、生きている君と、いつか会える事を夢としています。

 昔、君は言った。
 「フフ、じゃあ夢がかなったね」と。
 あの言葉が再び聞ける未来を信じます。

 ダンテの詩集のこの言葉を送ります
「新しい人生が始まる」
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〔9月24日(土)「ものに動じない気力」〕

 Fさん、最近こんな事も思います。
 外の車による地鳴りの件、また傾向に変化を感じる。
 まあ、もう対策済みで聞かない事は、この小説内でも書いているので、問題ないといえば、ないのだけど。変化があるという事は、何かしら以前と違うバイアスが発生しているのだろうか?

 こんな傾向もある。
 最近は第6話が読まれる傾向が強い。
 君の手紙について書いた話だ。
 何かしら意味があるのだろうか?

 まあ、何にしても、ともかく待つと決めたのだから、待とうと思います。
 今はなにかしら都合が悪いだけだ、何かしらの決着をみて、さらに君が心の整理をつけた時点で、何かがあると、そう思って待ちます。君は時間をかけて決断を下す人だ、今もおそらくそうではないかと、そう思ったりもします。当たったかな?それとも外したかな…、いつかどっちだったか教えてほしい。

 胆力たんりょくを鍛えましょう。
 意味は「事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。ものに動じない気力」です。
 この言葉を知ったのは、本屋で働いていた頃、偶然手にした本を見たときだ。
 “彼ら”は胆力たんりょくが弱い。故に宗教で精神武装している。
 だから、その精神武装がはがされ、丸裸にされるのを異常に恐れるのかもしれない。

 …でも多くのメンバーは実際は付き合いで加盟している人がおおく、カルト的精神武装をしている人はごくわずかと推察します。
 もし、君のまわりに、がちがちに精神武装したカルト的人物が、たくさんいたとしても、全体からみれば、それは一部のサイコパスで、少数派に過ぎないはずだ。“彼ら”の多くは、実はまともで、でも無知と情報操作により、扇動されているだけだと感じる。
 だから、必要以上に恐れなくて大丈夫です。
 全体からみれば、常識人の方が多いはずだから、君が強い意思をもって、自分の想いを行動で貫けば、常識人には時間はかかるが、通じるはずだ。
 君が頑張り続けられるなら、僕もまた頑張り続けられます。
 負けないで!
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〔9月25日(日)「僕は君の中に「強さ」を見た」〕

 こんなニュースを見た。
 アラブの中で最も保守的な国の1つで、初めて「女性の参政権(選挙に参加する権利)」が認められた、というニュース。
 今まで「なかった」こと自体が驚きでもあり、そこまで酷かったのか、と思ってしまうのだが、そこまで保守的な国すら、改革せざるえない状況になったらしい。
 どこの国かといえば、サウジアラビアだ。
 
 国名の意味は「サウード家のアラビア」、以前この小説でも書いた、アラビアのロレンスに見出されたサウード家出身の部族長が、イギリスの援助の下、オスマントルコから独立し、勝ち取った国だ。

 巧みな情報操作のもと、この国が独裁政権であることや、人権を侵害している事は隠されてきている。
 特に日本人は、アメリカ人以上にサウジアラビア独裁王政に無関心だ。

 だから、多くの日本人が、サウジアラビアが初めて「女性の参政権(選挙に参加する権利)」が認めた。というニュースを聞いて、ピンとこないと思う。

 世の中、知らない事は実際多い。
 違和感を感じる情報に、出くわした時は、疑問に思う事は、重要だと思います。
 流される事も生きてゆく上で大事だけど、流されない「根っこ」を持つことも、大事だと思う。
 
 僕は君の中に「強さ」を見た。本当の君だ、その君に憧れてここまで来た。
「私はそんなに強くない」と思うかもしれない。
 でも自分で思う自分と、他人が見る自分というのは、違うものなのです。
 君は自分が思っている以上に強い、大丈夫です。めげずに立ち向かってほしい。
 真実から目をそらす事に、疑問すら感じない人たちに負けないで!
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〔9月26日(月)「もし、今、もしくは過去に、君も似たような経験をしているなら?」〕

 こんなニュースを見た。
(以下転記)
 「大阪市交通局職員刺殺事件 市営バスに警笛を鳴らされたとの勘違いが発端か
フジテレビ系(FNN) 9月27日(火)6時32分配信

 大阪市交通局の職員が26日、市営バスの事務所で刺されて死亡し、交通局とトラブルになっていた男が、その場で逮捕された。(中略)警察によると、森岡容疑者は26日、交通局に苦情を訴えにきていたが、その発端は9月22日、市営バスにクラクションを鳴らされたと勘違いしたことだった。
(転記おわり)

 Fさん、最近は“彼ら”の被害者を思われるニュースが減っていて少し安心していたのが間違いだったのかな…、たしかに最近は無差別に人を襲う犯罪が減っていた。電車内での不可解なトラブルのニュースも聞かない。以前はよくあったものだ。最初に僕が、そうした事件として記憶しているのは、池袋での事件だ、僕が攻撃をうけるずっと前の事件であり、オウム事件の数年後の事件だった。
 もしかしたら、“彼ら”はオウム事件をうけて、攻撃対象を団体から、個人へシフトした時期かもしれない…、そんな印象を漠然と思う。オウムも言っていた「ヘリがくる」と…。

 クラクションについての言及は、この小説内でも何度かしている。
 僕は真実に気づいたが、他の被害者は、わけのわからない状況の中、気がおかしくなる人も多いだろう。幸い僕は君がくれた多くの「ヒント」のおかげで、助かった。本当に感謝しています。いつか、直接感謝している事を伝えたいです。 

 こんなニュースも見た。
(以下転記)
「“滝行で除霊”中学生死亡 父親ら容疑否認
日本テレビ系(NNN) 9月27日(火)19時19分配信
 除霊のための滝行と称して中学2年の女子生徒に水を浴びせて死亡させたとして、
 宗教団体の僧侶と女子生徒の父親が27日、逮捕された。2人は容疑を否認している。」
(転記おわり)

 “彼ら”の本を読んでいたら、脱会の意思を示す家族を、山奥のお寺に軟禁して、修行させるなんて話あったな、と。

 これは、仮説に基づく話なんだけど、もし、今、もしくは過去に、君も似たような経験をしているなら?
 今はそれを訴えるチャンスでもある。
 こういう事件が起きた後だと、多少ありえないような話でも、
「あんな事件のあった後だから、ひょっとして」
 と感じてくれる人も、いるかもしれない。
 こういう事件がおきた後は、「こういう」カルトめいた被害体験を、聞いてくれる「普通の人」も増える傾向にある。仮に聞いてくれなくても、「こういう事件」があった事を伝えると、考えを改めて耳を貸してくれるかもしれない。こういう事件がおきた後というのは、そういう空気が世間に流れるものです。


 …そして、こうも思う。
 仮に事実、君がなにかしら嫌な体験をしていると仮定すると?
 これは君のカードにもなる。この(被害体験を公にするという)カードを使えば、相手は困るからだ。
 相手が困るカードは、多いほうが、交渉には有利だ。

 実際にこのカードを使うかどうかは、ケースにより違う。
 そして何より、君の性格を考えると、こういう話を君は絶対に公にしたがらない。
 しかし、ここで重要なのは、君がこれを交渉のカードとして、使える事に「気がついている」という事実を相手に明言する事なのだ。

 「気がついている」という事実を相手に明言した瞬間、交渉のカードとしての「効力」が発生する。 
 これらの考えはあくまで、仮説に基づく提案にすぎない。何が役に立つのかわからないので、一応書きました。もしかしたら、なにかしら、より実用的な交渉姿勢に結びつくヒントになるかもしれないから。

 当時から、君は、僕が君を粗暴に扱わない事を喜んでいた。それが、どうしても気にかかっています。
 出来る事なら、僕の思いすごしてあればいい、そう感じます。
 心配しているのは事実です。
 
 負けないでほしい!がんばれ!

(この物語はフィクションです。登場キャラクターは実在の人物・団体等とは一切関係ありません。)
 
〔メンテナンス中でもあきらめずに何度も“更新”を押せば意外とつながります。〕この物語はフィクションです、それはそれはこわい都市伝説風恋愛ストーリーです。けっして現実ではありません。だから訂正も修正も削除も受け付けません。フィクションです。真に受けないでください。とくに年配の方。この物語は実在の人物・団体等とは一切関係ありません。リアリティーを追求した描写が売りなだけです。フィクションです。特に既婚女性を意識して書きました、細かい描写も注意してお読みください。著作権法上の権利者である私が原文のままのコピーに関してのみ許可します。1文でも付け足したコピーは違法です。ご注意を お金に興味はありません、心の充足が大事です。同じ物語を彼女側から書いたものも構想中ですが、女性心理がわからず苦戦しています。アクセスができなくなる前にぜひ感想をおよせください


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