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まったく彼ときたら嘘ばっかり。
あたしは「好き」ってちゃんと言ったのに。
「僕は君の恋人にはなれない」なんて言っちゃって逃げて。
ホントはあたしのことが好きなくせに。
そのくらい判るんだから。
あのエリスって娘がいけないの。
彼はあの娘に同情しているのかしら?
でも、それだけでも無い気もするんだよね。
彼は鬱病だし、彼女はあんな身体で手首を切ってるし。
おまけに自殺未遂なんて。
ずるい。
彼の弱いところに付け込むようなことばっかりじゃない。
彼はあたしが、手首を切ったら愛してくれるのかしら?
あたしのほうが彼を幸せに出来るのに。
それも圧倒的に。
どうしてあの娘がいいの?。
全く判らない。男って。
だけどあたし、彼のどこが好きなんだろう?
多分いつも悲しげで、そして他人に優しくなろうとする。
彼は自分が優しくないことを知っているから。
そんなところが好きなのかもしれない。
彼のホントの気持ちが知りたい。
僕は決心はした。
綾女を少しでも救いたい。その想いに嘘は無い。
それにしても杏だ。
彼女のことをどうする?
僕は彼女の誘惑に負けて恋心を起こしてしまった。
今彼女を失うのは正直とても辛い。
愛してやれないことが更に辛い。
だが綾女への想いは、もはや愛に変わりつつある。
たとえ彼女が僕を「僕」だと思っていなくても。
じゃあ杏への気持ちはどうなのだ。
正直に考える。
彼女に対しては、青春時代の恋と同じ想いを抱いている。
出来ることなら彼女と恋人同士になりたい。
ただそれはあくまで恋なのだ。
もしそうなれば僕は杏から色々なものを奪うだろう。
杏が自由に出来る色々なものを。
人間関係の再構築もさせることになる。
そして束縛をするだろう。
恋特有の現象だ。
それに引き換え、僕には杏にあたえてやれるものが何一つ無い。
僕の時間は仕事に8割がたとられているし、この街に居る以上それを変えることは難しい。
時間が無いと言うことは、会って彼女のために尽くすことも出来ないということだ。
もっとも僕がそれほど優しい人間なら、「愛」のことだってもっとちゃんとしてやれたはずだった。
だから…
僕は怖いのだ。
彼女は「愛」の友人だったし、僕にとってもかけがえのない友人だった。
この間、唇を重ねるまでは。
その関係を失ってしまうのが怖い。
それと同時に、杏のような素敵な女の娘を手に入れたいという想いも確かにある。
自分に嘘はつけない。
綾女を愛しながら、杏を愛することが出来たなら…
僕がずるい男の本性を現せば、それは可能なことだろう。
愛とは一人限りに向かって発せられる感情ではないからだ。
杏に対する拒絶の言葉は、本当は全部嘘なのだ。
僕の心に少しだけ残っていた良心が、そうさせているのだ。
いったい僕はどうしたいのだろう?
身勝手な奴が、いい人ぶっているからこんな思いをするのだ。
まるで自らの足で13階段を登っているようだった。
僕の二人に対する想いは、迷宮をいつまでも彷徨って居た。
出口の無い迷宮を。
杏の帰り道をほの紅く照らすのは、十三夜の月だった。 |