表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

果てしなく阿呆な物語 <秘境の湯>

「もうすぐ、冬休みだね」

 悪友が言った。

「ん? そうだけど?」

 奴の意図を汲みかねて、俺は曖昧な返事をする。

「スキー、行かね?」

 冬だしな。

「いいんじゃない?」

「女の子も誘ってさ」

 そういうわけかい!

 と、内心、突っ込みはしたものの、断る理由などあるはずもない。俺が同意すると、行動力ある悪友は、あちこちに声を掛け、気づけば数人が集まっていた。その中には、俺的に可愛い子リストナンバーワンの彼女が、いる。

 ナイスだ、悪友。

 机の上には、奴が集めた旅行会社のパンフレットが並んでいる。

「どこがいい?」

「安いとこ」

 見も蓋もない、俺。現実主義と言ってくれ。

 皆でパンフレットをぺらぺらめくり、好き勝手に候補を挙げていく。

「あ、ここ!」

 俺の脇で、彼女が嬉しそうに可愛い声を上げた。

 彼女は温泉自慢の宿を指差していた。でっかい岩に雪に覆われた露天風呂。『秘境の湯』と書かれている。どのへんが秘境なのか、いまいちピンと来ないけど。

 だがしかし。

 問題は、そこではない。

 露天風呂だ……。

 露天風呂だ――。

 露天風呂だ!!!

 湯煙の中の彼女。

 ほんのり桜色の肌。

 見たい。

 見たい。見たい。

 いや、見ちゃまずいだろう。

 そんな、俺の心の葛藤をよそに(いや、葛藤が伝わってもまずいんだが)、彼女は尚も嬉しそうに続ける。

「この温泉、お猿さんが見られるんだって」

 目がきらきらしている。

 どのへんがポイントなのか俺には分からないけれど、つられて俺も温泉に浸かる猿をイメージしてみた。

 猿が温泉に浸かる。

 まぁ、あるよな。そういう写真、見たことあるし。

「きっと、可愛いよね。一緒に入れるのかな?」

「いや、それは無理なんじゃない」

 あ、現実的なことを言ってしまった。せっかく、彼女が楽しそうなのに。

「えー」

 案の定、彼女は不満顔。慌てて俺は言い繕う。

「ほら、野性の猿って、結構、危険だからさ。万が一、お客さんが怪我でもしたら宿の人は困るじゃん。だから、宿の風呂には猿が入れないようになっているんじゃないかなぁー、と」

「そっかー」

 残念そうだが納得する彼女。ごめんね、君の夢を壊して。

 しかし。

「じゃあさ、お猿さんだけが入れるお風呂なら、どこか近くにあるかな?」

 まだ、諦めきれないらしい。

「うん、そうかもね」

 このへんは曖昧に答えておこう。

「そうなると、お猿さんを脅かしちゃいけないから、気づかれないように、息を殺して、そーっと見ないと駄目だよね? 『お猿さんのお風呂です。そっと、ご覧下さい』って感じに看板があったりして……」

 そっと、ご覧下さい?

 板壁の隙間から、猿の入浴シーンを覗く自分の姿をリアルに想像してみた。

 ………………。

 ごめんなさい。

 俺はまだ、人間としての尊厳を捨てたくありません。

 許してください。


 結局、彼女ご推薦の宿は却下された。

 猿のせいではなく、お値段の都合で、だけど。


 追記

 『猿の見られる温泉』は、温泉に浸かっている猿を見ることが出来るわけではなく、裏山に猿が住み着いているから、運がよければ宿から猿を見ることが出来るかもしれない、という意味だったらしい。

 分かりやすく書けよ、パンフレットの広告係。


半分くらい実話です。

あまりにも阿呆らしい会話だったので、脚色して文章にしてみました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ