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5話 人助けをしよう

難航しました。

PV5500突破にユニーク1000越え、誠にありがとうございます。

    




「……………」


 静かに緊迫した空気が流れていた。

 目標となるべきモノは、落ち葉の中に潜ったまま身動き一つしない。


 片や左腕に身長ほどもある巨大な弓を装備した狩人。落ち葉の中の視認できない目標にぴったり狙いを定め、じりじりとすり足でミリ単位進みつつ、前に移動していく。


 どこからかシューシューと呼吸音が聞こえてくる。その近辺まで移動したその瞬間。落ち葉の中に潜んでいた巨躯がバネ仕掛けのように跳ね上がった。

 そのまま迂闊にも近付いた餌に鋭い牙を突き立てる。


 ……突き立てるはずだった。

 目標が瞬時に体ごと飛び上がった襲撃者の下へ、足元から滑り込んでいなければ。


雷光の矢(ザン・アロー)!」


 無情にも最後通告が柔らかい腹側の皮膚を突き破り、全身の神経を焼き切られた森の脅威は絶命した。











「ふひー、おっかなーい。っていうかびっくりしたー。何でこんな所にリバースボアがいるのよ?」


 (かたわ)らに放電現象を放ちつつ、静かに消えていく矢に貫かれた十メートルはあろうかという蛇が転がっていた。

 ニシキヘビに似たこの魔物は上下の模様が逆についている蛇の一種である。

 腹を上に向けて死んでいるように見せかけて餌を安心させ、騙されて近寄ってきた哀れな獲物を仕留める擬態だ。腹に見えている部分はやたらと硬いので、上に見える模様のある腹側を狙うほうが倒しやすい。


 薬草採取に来たら周囲の樹がしきりに「キヲツケテー」だの「コワイヨー」だの囁くから、周囲を【能動技能(アクティブスキル):探索】してみたら、落ち葉の中で長い腹がうねっていたというわけだ。


 矢が消えたのを見計らい、くるくるっとホースみたいに丸めて束ね、ロープで縛る。

 とりあえず薬草採取については良心が痛むが、普通に採れるだけの量は確保したし、どこへ行っても大丈夫だろうという結論に達した。但し採取する度に、「ゴメンナサイ、ちょっとくださいね?」等と断りを入れつつだったので、些か心が挫けそうになったり……。


「っていうか結構魔物がいるんだねえ……」


 ケーナの手にあるロープにぶら下げられた獲物はリバースボアだけではない。

 針のように進化した歯を飛ばし敵を打ち倒すカメレオンの一種であるフォワリザード。

 一見するとハチドリだが、蜜じゃなくて血を吸うリーチバードが三羽。

 角と毛皮と肉に分解してアイテムボックスに放り込んだホーンベア。

 等々、ちょっと森の奥深くに入っただけでこの成果である。あの村がいままで無事に済んでいるのが不思議だが、どうしてかは判明していた。

 村を囲う柵に魔物避けの(まじな)いがかかっているそうだ。さすがに呪いまでは手持ちのスキルにないため、後々作られたスキルなんだろうと納得した。



 ケーナが辺境の村の宿屋で目覚めてから優に九日が経過している。


 あれから塔にも三度足を運び、蓄積魔力をほぼ満タンにした。そして他に生き残っている守護者の位置を交信によって特定してもらってからそこへ向かう予定だったのだ。

 しかし、ケーナの塔の守護者によると、どこの塔も交信が途絶しているようなので、どこかで塔らしきものの情報を得る必要がある。

 辿り着くことができれば指輪の呪文で内部へ入ることができる。問題は『塔』の形をとっているのは十三本中、ケーナの塔のみなので、探そうにも難航しそうなのは確かだ。こんなことなら他のスキルマスターの塔も見知っておくべきだったと今更ながらに後悔するケーナであった。

 


 他にも隠れて飛行魔法を使い、村周辺や塔周辺の地図を埋めていくことにした。ヘクスマスで行動範囲を探検していくシミュレーションゲームのように。


 村にも少々貢献した。

 マレールに言われたとおりに自分のやりたい通りに。この話を聞くとは無しに聞いた銀の塔の守護者は、呆れて『スキルマスターが自分を安売りすんじゃネェヨ』と呟いた。


 何をしたかと言うと総檜風呂を公共浴場として作ってしまったのである。

 持っていても使わない技能(スキル)を駆使して。オフラインクエストで得た【小屋作成】で二軒作り、男風呂、女風呂に別々に作成し。

 【魔法:水脈探知】によりもう一つの井戸を作って水汲み機を設置し。仕切りの中央に岩を置いてそれに【魔法:鉱泉】(水が温泉になる効果)、【魔法:保温】(一定の温度に保つ)を掛けて【魔法:効果永続】(保存効果上位魔法専門)も使った。

 管理は村人が持ちまわりでするそうだ。苦労したのは檜っぽい樹を探す作業だ。これも切り倒すのに散々樹に拝み倒して、泣く泣くという作業になってしまった。


 さすがに石鹸までは(スキルが無くて)作れなかったが、風呂へ入ることの重要性をケーナが説いたので村の年配の女性陣にえらい好評である。






 その日の探索を終えてマレールの前へ獲物を並べていると、ロットルがやってきて唖然とした。


「まーたアンタはこんなに色々穫ってきて……。どうするんだい! 村中総出でも食べきれないよ」

「ええっ!? これ全部食べられるんですかっ! 鳥はともかくトカゲもヘビもーっ!?」


 などと獲ってきた本人すらも、マレールの言葉にびっくりしていた。本人的には口に入れるのに躊躇するものばかりだ。


「おいおい、なんだよこの量と種類……」


 ロットルが宿屋裏に並べられた六匹と凍った肉の山を前に肩を落とす。

 これはあれか「猟師のプライドを打ち砕く陰謀か?」とでも言いたそうな顔で。


「こっちの肉の山は何だい? なんだか白くなってて冷たいけど……」

「それはホーンベアです。でっかいんで切り分けたんですが、生肉のまま(アイテムボックスに入れて)持ち運ぶのが嫌だったので、魔法で凍らせました。あ、これ毛皮と角です」


 森を一歩進む毎になにかしらの、魔物なんだか普通に生息している動物なんだかが現れるので、途中から飛行魔法に切り替えて帰ってきた。それなのに空でも鷲に襲われて、ウンザリしてしまう。

 仕留めたが、エンカウント率が高すぎるのも考え物だ。ゲーム中ではアクティブモンスターと言えど自分のLVより低ければ襲われなかったというのに。平時だと能動技能(アクティブスキル)が意識しないと立ち上がらないため、本能で襲いかかってくる動物には辟易するところだ。


 ちょっと大変だったのは熊の解体で、初めて穫った時に宴会で切り分けられるのを見て、ウロ覚えでやってみた。抵抗感はあったが血の臭いが凄いわ、やたらと時間がかかるわ。途中で吐いたりもしたがなんとかバラバラにして【魔法:凍結】で凍らせた。

 どっちにしろこの地で生きていくのなら、避けては通れない道と諦めて慣れるしかない。


「あと、商隊が来てからなんですけれど、そろそろこの村を離れようかと思います」


 姿勢を正しかしこまって告げたケーナに、マレールとロットルの二人は沈黙した。


「そうかい、寂しくなるねぇ……」

「まあ、ケーナちゃんも冒険者だし、ひとつ所に立ち止まっていられないものな……」


 しんみりした雰囲気に包まれるその場に、不思議そうな顔をしたリットが加わる。

 水を汲みに来て、母親とケーナとロットルが顔を突き合わせ、お通夜みたいな空気を漂わせていたのだ。疑問を持つなと言う方がおかしい。


「どうしたの?」

「あー、リットちゃん。うーんとね……」


 口にしようとした時にマレールが制した。眼を合わせたケーナに首を振る。


「マレールさん?」

「いいよケーナ、言わないでおいとくれ。するのは当日で充分さ」

「え? ……でも?」

「こんな商売だ。会ったら別れるのは当然さ。あの子にはその辺りキチンと慣れてもらわなきゃいけないからねえ」


 話しかけようとしたのを母親に遮られたケーナを見て、子供の聞く話じゃないと勝手に判断したリットは、いつものようにハンドルを回して水を汲み始めた。 





 マレールに止められたため、結局切り出せなかったが意外にもその別れは早くやってきた。

 次の日の昼頃になって、五台の馬車で構成された商隊が到着したのである。



 それは丁度昼食を取ってる時に聞こえてきた。

 馬の嘶く声。荒々しい蹄の音。馬車の車輪が大挙して地面を踏み鳴らす音。大勢の人が押し寄せる喧騒。それと同時になんとなく村から膨れ上がる期待感。

 ケーナには「あ、なんか人がいっぱい来たな」といった感じに聞こえたのだが、マレールにはいつもと違ったモノに聞こえたらしい。


「んん? なんか妙に慌てて来たねぇ?」

「はー……。慌てて?」

「あんな慌ててやってくるような連中じゃあないんだけどね。道中何かあったのかねぇ?」


 疑問符を浮かべたケーナが食堂の出入り口に目を向けると同時に、男が飛び込んできた。革鎧と長槍で武装した男は慌てた様子でカウンターまで駆け寄る。


「女将! 酒だ! それかお湯か水!」

「なんだい何だい慌ただしいねぇ。いったいどうしたって言うんだい?」


 いきなり注文して待ち焦がれているかにその場で足踏み。確かに誰が見ても妙に慌てている。

 マレールは奥から酒瓶を取り出すついでにリットを呼び「井戸の使い方を教えてやんな」と指示をした。酒を受け取った男は駆け足で外へ出ていった。その際に舌打ちをして「くそっ」と悪態をついたのが気になったケーナは、残った昼食を口に詰め込んで後を追ってみることにした。



 外にはケーナの初めて見る光景が広がっていた。

 四頭立ての箱馬車が二台に、二頭立ての幌馬車が三台。

村の隅の野原に並んで次々に馬を外し、荷物を卸しながら準備を整えながら店舗を広げていく。馬車から下りてきた者達が一丸となって、みるみる露天商売らしくなっていく様を感嘆しながら見ていた。 


 すると商人とは別の一団。武装している十人弱が纏まっている所から切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。誰もが口々に余裕がなく、ある一角を取り囲んで声を飛ばしている。


  「おいっ! しっかりしろ!」

  「ケニスン!? おい! 聞こえてるんなら返事をしやがれ!」

  「薬草を早く持ってこい!」

  「畜生! 血がとまらねぇ」


 その様子から、唯事でないのはケーナにもはっきり理解できた。


「……怪我人?」

「ええ、まあ」


 動こうとしたケーナの足元で第三者の知らない声が返ってくる。

 いつの間に寄ってきたのか、隣には地面に引き摺るくらいのぶかぶかな茶色いローブに身を包み、眼鏡を掛けた犬人族(コボルト)が居た。


「ここに来る途中でオーガが出ましてね。護衛の傭兵団がなんとか撤退をさせたんですが、重傷者が出たらしく。あれでは保たないでしょう」


 心配している感じは受けたが、諦めた様子にケーナの眉がつり上がる。


「……死んじゃうのを容認するんですか?」

「あの傷ではもう……」


 首を振って切り捨てるしかないといったコボルトを睨んで、ケーナは怒声を上げている集団へ駆け寄った。






「どいて!」

「え、おい! 嬢ちゃんなんだいったい!?」


 固まった傭兵たちを掻き分けた先には、地面へ敷かれた毛布に横たえられた年若い青年がいた。

 革鎧の脇腹が裂け、包帯が当てられてはいるが真っ赤に染まっている。そこからは今もポタポタと血が滴り落ちている。普通ならココで出血を見た瞬間に大抵の女子はひっくり返ったりするものだが、ケーナにとってはこれ以上の地獄を既に経験済みだ。

 【サーチ】によって状態を確認したケーナには、青年のHPを示すバーが徐々に減っていくのが見える。黄色から赤に切り替わったところで症状を理解したケーナは「毒か!」と口にした。


 仲間の命が刻一刻と死に瀕している危機的状況に、輪の中に飛び込んできた女をどかそうとした傭兵たち。彼らのみならずその場に居た者全員が、ケーナの次なる行動に度肝を抜かれた。


特殊技能(エクストラスキル):load:二重詠唱(ダブルスペル):count start】


 青いリングが二つ、宙空から突如出現した。

 横から見て両肩の高さでクロスし、ケーナの回りを高速回転し始めた。青い光の格子網が球形となって彼女を包み、両肩のクロスポイントに【10】と数字が浮かび上がる。

 魔法を使用する際に発生する待機時間(デイレイ)を半分にし、複数の魔法効果を一度に使用できる特殊技能(エクストラスキル)だ。効果時間は十秒しかないが、ケーナの魔力を以ってすれば充分である。


 ――【9】


魔法技能(マジックスキル)毒浄化(パ・ニル):ready set】

魔法技能(マジックスキル)単体回復(デュール)LV9:ready set】

「癒せ!」


 顔色が青から土気色になりかかっていた青年を淡い緑の光が包み、蛍の灯火のように輝く粒が空中から次々に出現した。プラネタリウムの流れ星みたいに青年の身へ吸い込まれていく。


「なっ!?」

「だ、ダブルスペルだとおっ!?」

「国内でも遣い手なんか三人もいねぇぞ!」


 目の前の到底信じられない光景に硬直していた傭兵たちや商人は、茫然と呟いてその光景に見入った。


 ――【6】


魔法技能(マジックスキル)持続治癒(デュライト):ready set】

魔法技能(マジックスキル)範囲回復(ラ・デューラ):ready set】

「いーからさっさと起動!」


 青年の頭上に五亡星に二重円の法陣が固定化。 煌めく輝きが雨となって絶え間なく彼へ降り注ぐ。 後続の魔法は白い半透明の(さざなみ)が周囲に広がっていく。傭兵たちのみならず商人たちや見物していた村人にまで影響を及ぼし、日常の掠り傷から戦闘で受けた傷に至るまで瞬く間に治癒していった。 「おおおお……」と言葉にならない驚愕でその場は埋め尽くされる。


 ――【3】


 ――【2】


 ――【1】


【count end:効果終了】


 甲高い音と共に青いリングが格子模様と共に砕け散り、宙空へと解けて消える。



 「はふ」と深い溜息をしたケーナを凝視していた傭兵たちは、今さっきまで土気色になっていた青年の顔色が正常に戻り、裂けた脇腹の包帯の出血が止まってることを確認する。

 信じられない表情が徐々に喜びに変わり、歓声を上げて互いの無事と仲間の生還を喜び合った。村人達は「さすがはケーナちゃんだ」といった感じだが、商人たちは開いた口か塞がらないといった表情で動きが止まっている。


「はー、やれやれ良かった良かった」


 この程度では大した疲れにもならないものの一仕事終えた達成感に肩を叩き、その場を離れようとしたケーナ。背を向けたところで、先ほど真っ先に宿屋へ飛び込んできた壮年の戦士に呼び止められた。


「済まないお嬢さん。仲間の命を助けてくれたこと、深く感謝する。ありがとう」

「はい、ギリギリ間に合って良かったです。法陣はしばらくその人の上に出てますけど、動かしても平気ですよ」


 壮年男性の指示で青年を担架に乗せ、宿屋の方に数人で運んでいく。

ケーナは傭兵たちに次々にお礼を言われ、赤くなって恐縮した。そこへ先程ケーナに声を掛けてきたコボルトが拍手をしながら近寄ってくる。


「いや~、大変珍しいモノを見せていただきました。さぞかし名うての術士の方とお見受け致しますが、名前をお聞きしてもよろしいですか? 私、この移動商隊を纏めているエーリネ、と申します」

「ケーナです。ただの引きこもりの田舎者ですので、お気になさらず」


 色々人に説明するのもアレなので、ケーナは自分自身を森に引き篭もっていた世間知らずの隠居人とすることにした。ケーナが知っているのはプログラムされたゲーム世界だけであるから、この理由なら現状の世界のことを知らなくても、田舎者と称するだけで済みそうだからだ。


(にしてもコボルトって商人もできるんだねぇ)


 NPCの小間使い的な役割で、ゲーム世界をちょろちょろ走り回っていたのをよく見ていたケーナは特に気にしなかった。逆にエーリネの方は初対面の者には大抵「こんなのが?」といった色眼鏡で見られるため、特にそういった反応のないケーナの態度に好感を持った。


「もし辺境でモノがご入り用の際は、私共の商隊をご利用くださいますよう」


 彼女の実力を“それなり”だと判断したエーリネはここで売り込んでおくのが得策と判断し、頭を下げた。








 少し経ち、先の緊迫感が払拭された広場は活気に満ちていた。

 畑で採れた穀物や野菜を売る者や、物々交換で日用品の値段交渉をする者。護衛の傭兵たちは一部を残し、酒を飲みに宿屋へ向かう。

 ケーナはリットと一緒に、ロットルが狩りで得た毛皮(大半はケーナが仕留めたもの)などを換金するのを座り込んで眺めていた。商人は随分と目を白黒させて算盤を弾いている。


「ホーンベアの毛皮が三枚って……、そこそこの冒険者でも苦労しますよ、これ。こっちはリバースボアの革じゃないですか!? リーチバードの羽根!? 村の猟師に狩れるなんてもんじゃありませんよ。いったいどんなインチキを使ったんですか、ロットルさん?」


 「ふっふっふー」と腕を組んで胸を張ったロットルは、ビシッと傍らでリットと談笑していたケーナを指さした。


「これは全部ケーナちゃんが獲ってきた獲物なのだー」

「わーぱちぱちー」

「てへっ」


 リットとロットルに賞賛されて、素直に照れるケーナ。

 商人は世界が四十五度(かし)ぐ音を聞いた。


「さ、参考までにどうやって?」


 先程の行使していた魔法からケーナを神官職と誤解した商人が、ホーンベアの毛皮に剣などの斬り傷や、魔法などの焼き痕がないのを疑問に思って尋ねた。聞かれたケーナはロットルと顔を合わせ、異口同音に、「「蹴って」」と返答した。


「いやー、一回目はともかく二回目は凄い技だったなー」

「言わないでください忘れてください若気の至りだったんですーっ!」


 二回目はロットルと出かけた時に、つい調子に乗って「スーパーウルトラデンジャラスバーニングキーック!」などと叫んで実行に移した。実際は唯【チャージ】が入っただけの、一回目と代わりばえのしない蹴りだ。夜になったらその勇姿を酒場で吹聴した彼は「女性の嫌がることをするんじゃないよ」とマレールの投げたお盆で撃沈されている。

 楽しそうな会話とは裏腹に、商人はあまりの非常識さに卒倒していた。




「楽しんでいただけてるようでなによりです」


 傭兵が詰め掛けたために宿屋が忙しくなったのでリットがマレールに招聘され、一人で商品を見て回っていたケーナはエーリネに声を掛けられた。 


「先程、私も貴女の作品を拝見させていただきまして、今の世に無いような素晴らしい物でありました」


 ホーンベアの角で三又槍を作って、武器担当商に鑑定させたことだろうか? やたらと感動していて、交渉の末に二本で銀貨六十枚で売れた。それか別の商人が「これを作ったのは誰だあっ!?」とか言って、井戸の水汲み機について詳しく聞きに来た時のことだろうか? それでもなければ共同風呂の件だろうか? 分からなかった彼女は全部纏めた評価だと思って返答する。


「二百年前はよく見たんですけどねー(……クエストで)」

「ほう、二百年前。なるほど、しかし今になって引き篭もりを止めて出てきたんですか?」

「そうですねー。まあ、色々です」

「そうですか……。それで、何かお買い求めになりたいモノはありましたか?」


 基本的にケーナは探ってくるような言い回しをする人の対処に慣れていないので、適当に言葉を濁す。 ゲームでは最初から信頼する仲間関係のみだったので苦手なのだ。質問から的確にコチラの事情を探ってくる話し上手の看護師のように。


「あー、地図が欲しいんですけれど」

「なるほど、二百年も経てば確かに地図も変わっていますからね。それなりの御代は頂くことになりますが?」

「あとついでに王都のこととか教えてもらえると。あ、情報料とか要りますか?」

「いえいえ、でしたら先程の魔法の見物料としてオマケしましょう」

「見世物にしたらお金が取れますかね?」

「少なくとも二重詠唱(タブルスペル)なんて使える人間は此の世に数人いるかどうかですよ?」


 エーリネの面白そうな言い回しに、早まったかと内心気が気でないケーナであった。


 










「ほう、人捜しですか?」


 夜となってから宿屋の酒場では村人に加え、商人たちとその家族。護衛の傭兵まで加わって普段の数倍の喧騒で賑わっていた。


 その中でカウンターの定位置に座るケーナ。隣にエーリネが自分で持ち込んだ高めの椅子に座って、フェルスケイロ王都の様子を語っていた。

 エッジド大河で貴族街と一般市民街に分断された街だとか。南の国オウタロクエスと北の国ヘルシュペルのほぼ中間地点にあるため、王都で揃わない物は無いとも言われる物流の中心点などや、年に一度開催される闘技祭の様子などをだ。


 途中でケーナの「あの子もそこにいるのかなあ?」と呟いたことから、エーリネが聞き返したのがこの後の騒動の始まりだった。


「どんな方か聞いても構いませんか? もしかしたら私共の知っている方かもしれません」


 そういえば容姿ってどんなだっけ? と考え込む。

キャラクター作成の後、少し成長させて里子に出した後はほとんど接触しなかったので、完全に容姿を忘れ去っていた。世の中の人が聞いたら呆れるくらいもの凄い薄情者である。


「ええとね、エルフの男性で……」

「ほう、エルフの。ふむ……」

「神官でー、」

「ふむふむ、神k……、え?」


 なんとなしに口にしたエーリネと、聞き耳を立てていた傭兵たちの動きが止まる。エルフ、男性、神職、この単語が当てはまる人物なんて王都でもかなり限られる。「いやそんなまさかー」、などと考えた一同だった。しかし……。


「スカルゴってゆー子なんだけどー」

『ええええええええええ――っ!?!』


 聞いていた全員、勿論村人は除く、が動転して一斉に驚愕の叫び声を上げた。


「スカルゴ殿って言えばおまっ!?」

「あのスカルゴ殿とお知り合いなのですかっ!」

「いやー、こんな田舎ですげー話聞いちまったなぁ」

「あんな雲の上の人とこんなお嬢ちゃんが……、いったいどんな関係が?」

「おいおい、聞き捨てなんねぇな、ケーナちゃんがどんだけ凄い腕前なのか知らねぇのかよ!」

「こんな田舎のお嬢ちゃんがどんな腕前だと言うんだ!」


 端の方で突然始まった自分を品評する村人と商人の口喧嘩。マレールを見上げると、にこやかな表情でお盆を手にしたので、見なかった振りをする。まあ、視界の端を円盤が飛んでいった。


「あの子そんなに有名人なんだ、へー」

「いやいやいや嬢ちゃん。スカルゴ大司祭と言えば、王様、宰相に次ぐ発言力をお持ちの方だよ。そんな『へー』って言葉で片付けられるようなお方じゃないよ」

「そうそう、二百年前の激動の時代からの生き字引! 美青年! そして国のNO,3! 彼の魅力に酔わない人はいないよー」


「……大司祭、大司祭ねぇ?」


 ゲームの偉い人と言うとケーナの覚えている限りでは、出入り自由の王城。NPC。イベントムービー。クエストくれる所。この程度の認識である。なんとなく可笑しくなって、くすりと笑みを浮かべる。


「……おいおい」


 そんなケーナを見た傭兵たちが突っ込んだ。エーリネの本能はこの先を聞くなと囁いていたが、好奇心に負けてつい尋ねてしまった。


「さ、差し支えなければ、いったいどんな関係なのか聞いてもよろしいでしょうか?」

「うん、別に隠すようなモノじゃないしー」


 「精々友人止まりだろう」とか「はーやれやれびっくりさせやがってー」とか外野が飲み食いを再開した丁度そのタイミングに、爆弾を投下するケーナ。勿論本人にその一言が爆弾だという意識はない。


「息子だし」


 ゴハッばぶふうっ!!?!


 その場にいた全員が一人の例外もなく、口の中のモノを噴き出した。村人たち、マレールやリット、ロットルやルイネなどは顎を落として目を見開いて凍っている。傭兵たちは互いに噴き掛けた酒でびしょびしょだし、商人たちの家族は皿をひっくり返したり食器を取り落としたり、エーリネに至っては椅子から転げ落ちていた。



「……け、ケーナ…………」

「はい? どうしましたか、マレールさん?」

「あ、あんた……、そんなナリして、一児の母だったのかいっ!?」


 ――─── 一児の母!?


 単語にされると目の前の十五~十七歳くらいにしか見えない少女の存在が疑われた瞬間だった。これほどミスマッチな言葉もない。


「あ、いえ、まだ(サブキャラクターが)後二人居るんですけどー」

『『ウエエエエエエエエエッ!?!?』』


 技能別に特化させるとどうなるかの実験みたいな形で、里子にあと二人出している。

 八十個ほどの攻撃魔法を覚えさせたエルフ女性マイマイと、砦や城やダンジョンなどの建造物作成技能に特化させたドワーフのカータツである。後者はさすがに義理の息子になっている。

 公式設定ではこのリアデイル世界は両親が異種族同士だった場合、生まれる子供は「ハーフ○○○」とはならない。両親どちらかの種族が生まれてくるという話であった。現実(リアル)状態となってもその法則は変わってないらしい。

 ハイエルフであるケーナの子が、エルフだということに疑問が挙がらないことに少なからず安堵した。 因みに三人共名前の元は、雨の日に病室から見つけたカタツムリからである。




 ホッとするケーナを他所に、酒場の中には驚愕と困惑と混乱と乱心と気絶の嵐が吹き荒れていた。



命を奪う事について葛藤を入れると進まないのでドライになっています。

あと今回はやたらとシーンごとにバラバラに書いたので繋げるのに苦労しました。

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