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リアデイルの大地にて 作者:Ceez
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48話 蛇と烏

「あーうー……」
「ケーナ様?」

 なんかもうグッタリし過ぎていると言った方が当て嵌まるケーナが、居間のテーブルに突っ伏した。 驚き過ぎて疲れ果てたのと、唐突な話をいっぺんに聞かされて知恵熱でも出しそうな感じである。 台所から顔を出したロクシーヌが慌てて駆け寄った。 その際には傍で腕組みをして平然と突っ立っているオプスを睨みつけて。

「はいはい、ロクシーヌ。 ココの台所は貴女が先達だから手早くお昼の準備を済ませなさい。 ケーナ様のお世話は私が致します」

 続いて顔を覗かせたサイレンが水の入ったコップをお盆に載せて出てくる。 少し動揺した様子のロクシーヌはサイレンに深々と頭を下げ、台所に引っ込む。 熱は無いか、気分が悪くないか等を聞きつつ、甲斐甲斐しくケーナの世話をするサイレン。 タイミングが良いのか悪いのか、ロクシリウスを伴ったルカが帰宅して、ケーナの姿を見るなり息を呑んで顔を青ざめさせた。

「ケーナ様!?」
「っ、お母さん!」

 ケーナの世話をロクシリウスに譲り、サイレンが一歩離れる。 隣の椅子によじ登ったルカが義母の顔を覗きこんだ。 突っ伏したままの状態でコップを傾けて水を飲んでいたケーナの目がルカを捉える。 ややボーっとしていた瞳が不意に焦点を結び、いきなり跳ね起きるケーナ。

「る、ルカ?」
「ケーナ、お母さん、だいじょう、ぶ?」
「え、ええ……」

 少々気怠さの残る頭を強引に切り替えて、ルカへ笑顔を向けるケーナ。 その笑顔から少しのぎこちなさを感じたルカは、ケーナの胸元へ抱きついた。 一番最初に会った時のようにルカの心細さを感じたケーナは包み込むようにして彼女を抱きしめた。 その様子を見て胸を撫で下ろしたロクシリウスは、親子の邪魔をしないように静かに離れる。

「大丈夫よルカ、私はどこが悪いって訳じゃ無いから。 心配かけてごめんね」
「……うん」

 ケーナを掴むルカの手が少し震えているのを感じて頭を撫でる。 親子のスキンシップはロクシーヌが昼食を作り終わるまで続いた。 



 サイレンは一度自分の主を廊下に引っ張り出して尋ねる。

「一体ケーナ様に何を話したんですか?」
「まあ、少しは詰め込みすぎたかと思った所じゃ。 義娘の前だとあ奴も元気にならざるを得ぬようじゃのう」
「ロクシーヌ達に恨まれるのは私なんですから、少しは考えてくださいまし」
「気には留めておくことにしようぞ」

 少しも悪びれた様子の無い表情の主に、眉間にシワを寄せたサイレンはそっと溜息を付いた。 




 昼食後、使用人達によって外へ追い出されたケーナとオプス。

「いい天気なのですから、気分転換に外でも散歩してきたらいかがです?」

 ……と、ロクシーヌがいい笑顔で三人を玄関の外へ押し出し、扉をバタンと閉めて内側でがしょんと鍵を掛けた。 その背後でサイレンが涼しい顔で頭を下げていたのが納得いかないところだ。 主が主なら従者も従者である、ケーナの言えた事ではないが。 ケーナのローブの端を掴んだままだったので一緒に外へ出されたルカも、普段はケーナに対して控えめなロクシーヌの態度に戸惑いを隠せない。

「シィ、……閉め、ちゃった」
「従者は主に似る、ウムウム」
「シィ設定したのオプスだったと思うんだけどー、したり顔で頷くなアンタは」
「ごふっ」

 オプスの腹に肘を打ち込んだケーナ。 大げさに痛がるフリをするオプスを視界の外に追いやって、服の端を掴んでいたルカの手を取った。 ついでにしゃがんで目線を合わせる。

「ルカはどうするの? 今日は一緒にいる?」
「うん。 ……今日は、リットちゃん、遊べない。 ラテムくんも……」

 少し見かけた程度ではあるが、今日は幾人かの客が宿屋には泊まっているようだ。 マレールから聞いたところによると、エリーネ商隊から話を聞いてわざわざ共同浴場に入りに来る客が増えているらしい。 半分の理由はヘルシュペルに行くついでに遠回りしてみた、とか。 他にも手動井戸汲み機を見物に来る物好きもいるらしい。 そんな訳もあって、リットは宿屋の手伝いに駆り出され、ラテムは堺屋支店の小商店の店番を手伝っている。 必然的に雑用の全てをメイドと執事が取り仕切るケーナ宅では、ルカは手持ち無沙汰になってしまうのである。

 どちらにしろフェルスケイロの西側外殻通商路はまだ通行止めなので、ヘルシュペルを目指す旅人や商隊は両国の王都を繋ぐ内側通商路か、辺境の村を経由する東側の外殻通商路を使うしかない。 何もない道をひたすら進むよりは補給も出来て、話題の風呂もある此方側を通る方が得策だと考える者もいるのだろう。

 スルーされたので痛がるフリを止めたオプスは、ケーナに「ごめんね」と謝られた。 この場合の謝罪は殴った事に対してではないはずなので、意味が分からずに技能(スキル)で頭上にクエスチョンマークを浮かべてみる。

「どうせならオプスの冒険者登録とかも済ませておきたかったんだけど。 私もお母さんを頑張らないといけないしね」
「ルカがいても不都合は無いであろう?」
「PT組めないから、一瞬で行き来するって事も出来ないじゃん。 召喚獣で飛ぶにしろ人目もあるし……」
「そうか、NPCに対して強引にPT組めるスキルも入れるべきであったな。 許せケーナ」
「いや、入れる入れないじゃなくて本人の承諾も必要でしょう。 あれ? ちょっと待って。 もしかしてこの前貰ったバージョンアップって……?」
「うむ、気付いたか。 対応しているのはお主と我だけじゃ」

 がくーっと肩を落とすケーナ。 しかし娘の前なのを思い出し、慌てて背筋を伸ばす。 幸か不幸か本人は、話の内容にはついていけてなかった。 ケーナ自身も子供の頃から病弱だったので、読書か室内で遊べる電源必要のゲームくらいしか遊び方を知らない。 辺りをぐるりと見渡し、青空を見て自分の塔に思い当たり、気付いた。 アイテムボックスから所有している中のひとつ、守護者の指輪を取り出してオプスに差し出す。

「うん? なんじゃこれは?」
「オプスの塔の指輪よ。 本人がいるんだから私が持っていてもしょうがないでしょ」
「おお、そうか。 そう言えばそうだったの、預かってくれて感謝する。 お礼といっては何じゃがコレをやろう」

 ケーナの手から指輪を受け取ったオプスは、ついでとばかりに違う色で同型の指輪を彼女の手に落とす。 嫌な予感に眉間にしわを寄せたケーナは、しぶしぶ聞き返してみる。

「……ちなみに聞くけど何処(・・)の指輪よ?」
「九条の亀大陸じゃ」
「ああ、くじょーの…………ってえっ! もしかしなくても亀騒動はあんたのせいかっ!?」
「うむ、少々確認したいことがあっての。 まあ、まかり間違っても人々に害は無い策だから安心せい」
「そのセリフ何回目? むしろとっても不安! ココの人たちを危険に晒さないって断言できる? むしろ断言した方が不安かもっ!?」
「時々思うんじゃが、そのいちいち反語にするのはお主なりの冗談なのか?」
「ア・ン・タが! そう言って毎回毎回毎回毎回惨劇を引き起こすからでしょーがっ! 国同士の戦闘中にイベントモンスターアイテム起動させたのは何処の誰よ! 国同士の戦闘どころじゃなくなって、後で紫国だけじゃなくて青国と白国も含めたプレイヤーからの苦情で公式掲示板がパンクしたでしょー!! あの後、ウチのギルドの肩身の狭さといったら無いわよっ!!」
「まあ、落ち着け(お主も加わっていただろーに)。 ルカがびっくりしておるぞ」
「……あ」

 どーどーとなだめるオプスの発言で我に返ったケーナが手を繋いでるルカを見ると、ポカンと口を開け目を丸くして見上げている顔があった。 普段ケーナ家で口やかましくモノを言うのは喧嘩中のロクシーヌ達くらいであるから、ケーナがここまでアグレッシブな言葉を発するのはルカにとっても初めてのことである。

「あ、ああの、ご、ごめんねルカ……。 びっくりした? ルカを怒ってる訳じゃないからね?」
「う、……うん」

 真っ赤になってうろたえながら言い訳をするケーナに頷いて、ギュッと腰に抱きつくルカ。 特に怖がられている様子もなさそうで安堵したケーナは、そっとルカの頭を撫でた。 ついでに記憶にあるゲームだった頃と変わりの無いやり取りに「はー」と溜息を吐く。 勿論、チェシャ猫のようなニヤニヤ笑いを貼り付けたオプスを睨みつけながらだ。

「随分と猫を被っておったようじゃな」
「お陰様で。 やっと以前の調子に戻れそうよ、まったくもう……」

 以前のような状態がいいのか悪いのか判断しきれず困った顔で笑うケーナ。 その笑顔から再び会った直後の時みたいな硬さが消えてるのを認めたオプスは、ケーナの腰にしがみついていたルカの頭を撫でる。 何故撫でられたのか分からず、不思議そうな表情を向けるルカ。

「ルカはケーナが好きか?」
「うん。 ケーナ、お母さん、……だから」

 「そうかそうか」と頷いたオプスは返却された指輪を指にはめた。 感極まってケーナに博愛固めを受けているルカを、その抱擁からするりと引っこ抜いてやる。 「親子のスキンシップを邪魔スンナ」と呟くケーナがオプスからルカを奪い取る。 二人一緒に胸の内に抱え込むと、免疫の無いケーナが簡単に真っ赤になる。

「な、ななな、ちちちちょっと、なにする……」
「じっとしているがいい【乱世を守護する者よ、堕落した世界を混沌より救済せしめ給え】」
「おぷすうううぅ!?」
「?」

 ゴンゴンゴンと地中から突き出るイオニア式の柱がぐるりと周囲を取り囲み、現在見えている空が一面の星空に変わった途端、足元が消失。 三人が纏まったまま、ワイヤーの切れたエレベーターのようにその場から急落下。 丁度通りかかった村人には三人が靄に包まれて消失したように見えた。 ケーナが不意に姿を消すのが当たり前の光景になっている彼等からしてみれば、「ケーナちゃんもまた何処か行ったんだべなあ」という感想だけでその場を離れる。






 一方、悪意と殺意の館へ強制召喚された二人。 「げ」と顔色を変えたケーナがルカを抱え【浮遊】を掛けた瞬間、周囲が村内とは全く違う光景と化した。 神殿残骸跡地に薄緑色のフィルターの掛かった光景に切り替わり、ふわりと着地した三者。 「あれ?」と首を傾げるケーナと、周囲が一変したことに目を見張るルカ。 平然としているオプスも含めた三人に、横合いからつまらなそうな声が投げかけられた。

『これはこれはマスターではありませんか。 この塔を破棄したくせにどの面下げて戻って来られましたの? それに……、何時ぞやのしょんぼりハイエルフと人族の小娘まで何の用ですの?』
「ひっ!?」

 扇子で口元を隠しながら空洞な眼窩の横顔をチラつかせる骸骨を見たルカは、小さな悲鳴を上げてケーナにしがみついた。 ケーナ自身はこの守護者を骨格標本くらいにしか思っていなかったので、ルカの一般人としての反応に優しく抱きしめ、頭を撫でながら声を掛けて落ち着かせる。

「大丈夫、大丈夫よルカ。 コレは貴女に危害を加えるものじゃないから、大丈夫よ。 落ち着いて、ね?」
「…………ぅ」
『コレとは失礼ですわね……。 まあいいでしょう』

 憮然としたように肩をすくめると元居た場所、玉座の隣まで移動してケーナと距離を取る骸骨。 元々の原因はオプスなのでジト目を向けるが、本人は意に介さず守護者の方へ近付いた。 玉座を調べて残りの魔力を確かめると、手持ちのMPを限界まで注ぎ込む。

「何か異常はあったか?」
『些細な出来事でしたら。 そこのしょんぼりハイエルフに魔力補給して頂きましたので、館の入り口を開放致しましたの。 粗野な連中が十人程不法侵入致しまして、入り口で全滅致しましたわ。 二桁レベルにも行かない腕前でこの館を攻略できるとでも思ったのでしょうか、お馬鹿さんですわね。 オーッホッホッホッホッ!』
「今の世は全体的に(ゲーム)より実力が低下しておるようだからの。 三桁レベルの者が来訪するまで館の入り口は閉じておけ、放って置くと掃除役の魔族共も仕事が多すぎて、てんてこまいになるであろう」

 扇子で口元を隠しながら高笑いを上げる守護者。 来訪したのが冒険者なのか盗掘目的の者だったのか今となっては分からない。 それでも主の命令に『仕方ありませんわねぇ』と従う骸骨守護者。 まあ、それはそれとして、密着したらルカごと跳べてしまった事に呆れ返るケーナ。 守護者の指輪はそれを所持する特定のプレイヤーを、キーワードで指定された座標にどんな遠くからでも【転移】させるアイテムである。 これで出来るのなら通常の【転移】も同様の様な事が出来てしまうと言う証明に他ならない。 懸案事項の一つがあっさり確認されてしまい、それが止める暇も無いオプスの行動によるものだったのがケーナを呆れさせている原因である。

「外でも散歩してきたらって、外は外でも村の外じゃないのよ……」
「あっさりと戻れる事が判明したであろう。 そう急くでない」

 転移事故でも起こったらどうする気だったのか、確信犯にも程がある言い草にもう文句を言う気が無いケーナ。 普通に突っ込むだけでもルカをびっくりさせてしまうので、とりあえず自制する。 実際の所、ゲーム中の転移事故は、リアデイル世界側からの干渉に歪みが生じていたのが原因であったので、こちらに来ている現状では起こる事もないと二人が気づくのはずっと後のことであった。
 何はともあれスケルトン、ゾンビといったアンデットはルカのトラウマの元である。 硬直してしがみつくルカの事も考え、「外へ……」と言い掛けたケーナの視界が瞬時に切り替わった。

 出現した場所は湖の小島にある守護者の塔、その光景が良く分かる外周の水辺である。 やや間を置いてケーナの脇にオプスが空間からにじむ様に姿を現した。 辺りは緑生い茂り、水分を含んだ空気がベタつく湿地帯。 西の空を見上げれば青の端に赤みが掛かっているのが分かる。 【鷹目】も使用すれば、遠くに何とか見えるヘルシュペルの尖塔と巨大な風車。 

「ほら、ルカ。 もう大丈夫よ、怖いのは居ないから」
「…………ここ、どこ?」
「ヘルシュペルの近くね。 村のずっと北西の方よ」

 ポンポンと軽く背を叩き、周囲を見るように促す。 硬く閉じていた目を開いた少女は光景の変わりように目を丸くし、キョロキョロとあちこちを見渡していた。 【転移】で飛んでしまえば宿の確保も楽なのだが、それだとオプスを置いていく事になってしまう。 正直に言ってしまえば先行してもいいと思う反面、目を離すと何をしでかすか分からないので、目の届く範囲に置いておきたい。 なので今日はココで野宿確定だ。

「……にしても、湿地帯じゃ野宿し辛いから少し動くしかないわ」
「先に行っても良いんじゃぞ? 遠慮なく置いていくがいい」
「却下。 オプスを放置するとこの国に悪い気がするから」
「……なにやら遠回しに悪口を言われたような気がするのう」

 召喚魔法で【炎精霊:Lv1】と【雷精霊:Lv1】を喚ぶ。 出現したのは二匹とも大きさは子犬程度、炎の猿と雷の小獅子だ。 ちょろちょろと召喚主であるケーナの足元に付いて回り、そのデフォルメされたような可愛さにルカも顔をほころばせる。 マスコット的な癒しを持つ容姿ではあるが、その辺の冒険者を遥かに上回る百十レベルの精霊獣だ。 ルカを怖がらせない為にと喚び出しはしたものの、周囲を明るく照らす炎の揺らぎと雷の閃光は一般人には手を出しにくい。 それでも警戒心は薄れたようで、移動している最中、ルカの視線は二匹に釘付けであった。 

 木々が乱立する林の開けた所に移動し、野営地とする。 途中、いきなり姿を消したオプスは薪になる枯れ木を持って戻ってきた。 それに炎猿がちょんと突いただけで火が付き、焚き火となる。 (まじな)い結界はケーナ達には使えないので、『自分達を害する物を排除』という設定の【遮断結界】を巨大なドーム状に展開した。 アイテムボックスから食事の材料を取り出したケーナは調理をオプスに任せ、ついでに引っ張り出した毛布をルカと自分に掛け、オプスにも渡す。

「アイテムボックスん中、野営に使える道具とか入れといてよかった。 怪我の功名って言うか殆どオプスのせいだけど!」
「なんかやたらと怒りっぽくなっておるの」
「ルカまで巻き込むからでしょう。 ……ったくもう!」

 オプスがその辺の木から即席加工した桶に【潤う水(オウタ・レスト)】───容器を満タンにさせる湧き水の魔法、主にダンジョン内の湖や城の池等を作るのに用いられる───、で水を満たした。 コップで水を汲んでも減らない桶を覗き込んだルカは、真上から覗き込んだり、ちょっと零してみたりして興味津々だ。 その足元では炎猿と雷小獅子が取っ組み合いをしてじゃれている。 ぶちぶちと文句を零しながらも楽しそうなケーナと、それを聞き流しながら余裕の表情で料理を作り上げていくオプス。 二人の仲が良いのか悪いのか、首を傾げるルカと共に夜は更けていった。







 ─── その夜のこと。

 丸く青白い月が夜天を象徴するように、幻想的な光を大地へ降り注ぐ。 全てを照らすとは言いがたいが、ケーナ達が野営地に選んだここには枝葉にさえぎられて優しい光もほんの微かに。 普通の旅人であればここまで無防備な野営はどうかと思い、頭を抱えて理解不能と言いそうなこの状況で。 義理の親子は仲良く毛布に包まって、静かな寝息を立てていた。
 燃える物が無くなった焚き火は既に炭だけと成り果てたが、中央には勢いよく炎を立ち上らせる炎猿精霊獣がキッとした瞳で周囲を睨みつけていた。 まあ、見事にその容姿が幼いせいで威嚇も威厳もなくなっているという。 ついでに雷精霊子獅子もピンと伸ばした尻尾を立てて、炎猿を中心としたケーナとオプスの周囲をゆっくり見回っている。 きちんとその身から発するスパークが彼女等の眠りを妨げないように距離を置いて。 しかしこちらもその幼い容姿のせいで黄色いぬいぐるみのようにしか見えない。 こんなのでもクロフィアクラスの冒険者を一蹴出来る強者である、一応念の為。

 穏やかに警戒心も無く眠るケーナとルカ。 焚き火代わりの炎猿を挟んだ反対側、片膝を付いた姿勢のオプスがいた。 こちらは先程の食事時とは違い、やたらと真面目な表情で毛布に包まる二人を見ていた。 その瞳に浮かぶ感情は、保護者が子供を見守るソレに近い。

「やれやれ、ずいぶんと文句を言われてしまったの。 呆れられていないとよいのだが……。 どう思うかの、ヌシは?」

 誰かに語りかける言葉ではあるものの、オプスの前にいるのは寝入ったケーナとルカ、それと炎猿くらいなものだ。 それでもオプスが無言で見つめる先の、毛布に包まるケーナよりやや上の空間がぐにゃりと歪んだ。 空間からにじむように、産み落とされるように零れ出したものは燐光。 その場で重力に従わず停滞し、凝り固まっておぼろげな光が形を成す。 先端に膨らみのある太い紐、分かりやすく言えば蛇である。 長さ半分辺りでその身を捻らせとぐろを巻き、ちろりと舌を出す。

『主ニ対シテ些カ慣レ合イガ過ギヤシナイカ、(カラス)ヨ』

 声は声にあらず、ソレは頭の中に響くように。

『マア、此度ノ主ハ従者ニ敬ワレルナド望ンデナイデアロウナ。 無論、ぺっとニモ』
「自分をペットと卑下するオヌシの態度こそ望んでなかろうに……。 なあ蛇よ」

 蛇と呼ばれた燐光の固まりは鎌首をもたげ、チロチロ出し入れしていた舌を止める。 

『此度ニ会ウノハ初メテニナルカ、……確カ今ハ”オプス”デアッタナ、烏ヨ』
「ああ、蛇よ。 そちらは”キー”であったか? 病室で一度邂逅したと思ったが、部外者が居たせいで会話までには至らなかったのう」
『気ニスルマデモナイ。 コウヤッテ言葉ヲ交ワスコトスラ、マレデアルカラナ』

 燐光の蛇、”キー”の視線はその真下へ、ケーナへ向けられる。 その感情は慈しみ、同様の視線はオプスからも注がれるが、敵意のある視線ではないので彼女の警戒用常用技能(パッシブスキル)には引っかからない。

『ケーナ様ニハ、我ノコトナド気ニナサラズニ過ゴシテ貰イタイモノヨ』
「アフターケアを我一人に押し付ける気か……」
『ソレヲ望ンダノハオヌ……、オプスデアロウ。 タマニハ苦労ヲ味ワウガイイ』
「世界は厳しいものよ、誰かに優しい言葉一つでも掛けて貰いたいものだ」
『ケーナ様ニオ願イシテミレバドウダ?』
「…………魔法が飛んできそうだな」

 道端に落ちていたお菓子を食べたナニカを見るような目付きで、「しょうがないなあ」と呟きつつ高位雷撃魔法を準備するケーナの姿が思い浮かび、ぶるりと身震いするオプス。 クックック、と含み笑いを零すキー。 ちなみに出現している(キー)に精霊獣たちが敵意を向けることは無い。 燐光の蛇の姿はここに在ってここに無い、彼を視認出来るのはオプスとケーナの二人だけだからだ。 ぶっちゃけここに第三者が居た場合、中空に向けて和気藹々と話しかけているオプスが可哀相な人扱いされるだけだ。
 彼等の会談はそれからまもなくして終わりを告げた。 単にオプスが眠くなっただけである。

『デハナ、オプス』
「ああ、いつかまた」

 残滓すら残さずにその場から掻き消える燐光。 完全に何も見えなくなったのを確認した後、懐からずるりと人間大で幅広の大剣を引き抜き、地面に深く斜めにぶっ刺した。 それを背もたれにして毛布を掛け、寝る態勢に入る。 営業疲れで車内で寝るサラリーマンのおっさんのように。



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