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リアデイルの大地にて 作者:Ceez
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46話 日常に戻る時間と償う者

 パタパタ。

「あ”~~~~、いやされるわ~~」

 ケーナは緩みきったポヘ顔でテーブルに突っ伏していた。
 後顧の憂い無く、心配事のひとつが無事に片付いたせいもある。 【全ステータス上昇(フルブースト)】のデメリット、効果が切れた後は一日能力値半減のおかげで、テーブルの上でオプスの専属メイド『サイレン』に団扇で扇がれながら、その見た目は只のたれケーナに。

 何故か魔法における最大威力を叩き出す近接攻撃で追い掛け回された探し人のオプスは、至って健康そのものである。 三十階と二十九階をガレキに変えてから直ぐ【全ステータス上昇(フルブースト)】の効果が切れた上に、常時莫大な魔力を消費する【古代神の遺産(エンシェントブレード)】のお陰でMPが空になったケーナが使い物にならなくなった。 予め二十八階に設置してあった”地上までの直通通路”を使い、クロフとクロフィア同伴でダンジョン村まで帰還した。 地上に居た初日にクロフ達を見送った冒険者達は手ぶらながら、人数が二人も増えたPT(パーティ)に随分ヘンテコリンな視線を向けていたものだ。 一人は場違いに美しいメイド、一人は近寄りたくない雰囲気を宿した(周囲威嚇)魔人族だったのだから。

 今は全員宿屋に引っ込んでケーナを休ませ、クロフ達からオプスが事の経緯を聞いている所だ。 ゲーム中は魔法の威力が下がる、物理攻撃防御面が低下、などの弱体化を我慢すればよかった程度で済んでいたこの能力値半減。 しかし、ケーナが現状で体験しているのは全身弛緩に思考能力低下、つまり、だるいわ眠いわ動けないわで色々投げ槍になっている。




「そうか、それはケーナに無理をさせたようじゃな。 ヌシ達も危険に巻き込んだようでスマンかった」

 むしろお前の罠で危険がいっぱいだったとケーナは言いたい。 しかし、めんどくさいので寝た。 もふ~、と突っ伏したまま眠るケーナにサイレンはそっと毛布を掛ける。 それをチラリと見て口元を緩ませるオプス。 それからクロフの後ろで申し訳なさそうな顔をしているクロフィアを見る。

「そう恐縮するな。 我はアレの友人と言うだけでオウタロクエス王家には何のかかわりもない。 話を聞く限りではお主の行動は只の自殺行為であっただけじゃ。 ケーナが居なければ今頃はリザードマン共の腹に収まっていただろう。 もう少し周りの状況を考えて行動すると良いじゃろう? ま、我は特に責める気はないがの」
「すすす、す、すみませんっ!」

 クロフィアは緊張ガチガチになって頭を下げる。 クロフも似たような状態なので妹の緊張感も良く分かっていた。 何故かこのオプスと名乗った魔人族は、周囲を威圧するような覇気を常時放っているからだ。

 気配に敏感な種族である猫人族(ワーキャット)の二人は気を抜くと倒れそうになるので、さっきから体が強張りっぱなしだ。 それなのに平然としているメイドとその覇気の中寝入ったケーナ。 実の所、内心では「余計なオマケが着いて来おって……」と憤慨しているのがその覇気(【威圧】)の正体であったりする。 クロフ達は、『実はケーナ様も常時この覇気を纏っていたが、自分達の為に抑えていてくれた』とか斜め上の勘違いをしていた。



 その日はその村で一泊し、翌日には元の状態に戻ったケーナ。 三人はこのまま外殻通商路を通って北上し、辺境の村へ戻る予定でいる。 クロフ達とはココで別れる事となった。

「そういえば……、二人は私にくっ付いて来ただけで、骨折り損なんだよね?」
「まあ、違うとは言い切れませんが、無理を言ったのは此方ですし」

 その会話を聞いていたオプスはフムと頷き、アイテムボックスから袋を取り出しクロフへ差し出した。

「はい?」
「色々迷惑をかけたからのう、とりあえずこれでも受け取るがよい」
「はあ、それはどうもありがとうございます……?」

 狐につままれたような表情でずっしりと重い袋を受け取るクロフ。 別れてから袋の中を確認してみた所、銀貨が二万枚入っていて二人は気が遠くなったと言う。







 オプスとケーナが並んで歩き、後ろにサイレンが着いて行く。 特に声が掛からなければ何も発言しないし、何か行動を起こそうともしない。 ケーナ配下の二人と比べても随分と静か過ぎるので、時々後ろにちゃんと居るのか不安になる。 それで時々振り返っていたら、「どうぞお気になさらず」とでも言うように微笑まれてしまった。

「とりあえず、ちょっと離れたらグリーンドラゴン(ミドリちゃん)でも喚んで、飛んでいくね」
「つか村にか? そりゃあパニックになるであろう。 少しは常識を考えたらどうじゃ?」
「アンタが常識を説くな。 一回現地で喚んだ事もあるし」
「それはまた、豪気な者共だのう……」

 懐に手を入れたオプスはスクロールを取り出してケーナに渡す。

「ナニコレ?」
「最後のアップデートじゃな。 変更点は耐性がパーセンテージから無効にまた変更になったのと、技能(スキル)の種族制限が解除になったのと、召喚魔法の時間制限がなくなったのと、あとは……」

 受け取ったケーナは耳を傾けながらその場で使用。 スクロールは消えるものの、スカイグリーンのノイズがケーナの足元に発生し、魔法陣を形成して下から上に移動、彼女の身体を通り抜けた。 オプスが言い終わるよりも早く、トランペットに白い翼の生えたディフォルメキャラがケーナの頭上にポポンと出現。

 ぱーぱぱらぱーぱぱーぱらぱらぱーぱらぱー♪

 ファンファーレを奏でながらケーナの頭上をきっちり九回転、出現した時と同じように煙に紛れて姿を消した。 呆気にとられるケーナとしたり顔で頷くオプス。 ついでにステータス画面を呼び出して自身を確認したケーナは、眉をひそめてオプスに聞き返した。

「……あと、レベル上限の解除(フリー)?」
「うむ、未使用経験点がかなり残っておったろう?」
「たしか十四桁か十五桁くらいあったような……」

 ケーナのステータス画面にはレベル上昇により『Lv1109』と変化していた。 一応隣のオプスを【サーチ】してみるが、そちらは『Lv1103』でしかない。 ケーナよりオプスの方が半年ばっかりゲーム内に残っていた時間は多いはずだ。 ケーナが此方で目覚めてから得た経験値はほんの微々たる物でしかないので、オプスよりレベルが高いのはおかしいと思った。 その視線だけで何が言いたいか理解したオプスは肩をすくめる仕草だけで返し、召喚魔法を起動させる。

「うぬう。 召喚魔法の時間制限が無いって事は出しっぱなしで現界? 魔力消費どうなってんのよ……。 あと、魔族喚び出し可能になったんか。 しかし思いっきり煙に巻かれた気がするなあ」
「ケーナ様、主にも色々あったのですよ。 ココは後でゆっくり事情をお聞きください、ケーナ様の質問でしたら包み隠さず教えて頂けるかと」

 笑顔でまあまあと宥めるサイレンに免じて、追求は村に帰って一息ついてからと、妥協したケーナだった。 オプスが喚び出したグリーンドラゴンはレベル七百七十、以前ケーナが喚び出した個体より一回り大きい。 ケーナ単独であれば【転移】して帰れるのだが、辺境の村に一度も訪れたことの無いオプスは残されてしまうので、空から帰ることになった。 ちなみに徒歩だけならば村まで最低でも十五日程掛かる。

「それとケーナ様。 ロクシリウスとロクシーヌも一緒にお住みになっているとか。 二人ともどのような感じですか?」
「ああ、ロクスとシィ? なんか馬が合わないから喧嘩ばっかりで、ルカが時々調停してくれなきゃ村が滅びそうな決戦でも始まりそうよ。 いてくれるお陰で私もこうして出歩けるんだけど」
「そうですか、分かりました。 利点は兎も角、仲が悪いのはさぞお困りでしょう」

 苦笑するケーナの答えに少し考え込んだサイレンは、剣呑な光を帯びた瞳を空に向けて薄く嗤った。 その笑みが少しだけ怖いと思ったのはケーナだけの秘密である。 空の旅にしてほんの一日、天の半分が赤くなる時間帯にグリーンドラゴンは村へ辿り着いた。 道中村での生活ルールを二人に説明しておく。 オプスにだけは「村の人達に迷惑をかけるな」と、念の入った厳命をしておくのを忘れずに。





 ドラゴンの図体が流石にちょっと大き過ぎたので、主に皮翼が。 着陸は村の外へ。 上空を横切ったモノがモノだけに、村に入った所でメイドと執事に付き添われたルカが出迎える。 その後ろにも村人が幾人か、マレールやリットやラテムの姿もある。

「ケーナ、お母さん、おかえりなさ、……い?」
「ん~、ただいまルカ。 寂しくなかった?」

 初めて見るのかもしれない魔人族の姿にちょっと怯えるルカを、安心させる意味も込めて、ひしぃっ! と抱きしめるケーナの姿に何故か笑いを堪えるオプス。 背後に控えていたサイレンが「失礼ですよ」と小さく呟いて、脇腹をギリギリと抓った。 くぐもった悲鳴を押し殺すオプスはまだいいとして、サイレンの姿を視界に入れたロクシーヌとロクシリウスの表情が驚愕で固まる。 いや、どちらかと言うと苦手な人物に予想もしない所で会い、恐怖で引きつったと言った方が正しいか。

 ケーナの博愛固めを上目遣いの懇願で何とか抜け出したルカは、オプスとサイレンを不思議そうに見つめた。 事前に人を探しにいくことは聞いていたが、恐そうな容姿の魔人族と、静かで優しそうなエルフ族のペアに戸惑う。 サイレンが真っ先に腰を下ろして視線を合わせ、自己紹介をする。

「初めましてルカ様、サイレンと申します。 此方の魔人族の方が私の主、オペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバー様。 自分の自己紹介もひとりで出来ないようなモノグサな方ですけれど、親しみと哀れみを込めてオプス様とお呼び下さい。 ああ、ルカ様は呼び捨てで「オプス」で宜しいかと。 もしよければ語尾に「オジサン」や頭に「クズ」を付けて呼んで頂いた方がもっと哀れになると存じます」

 聞いていたケーナも眉をひそませる、言葉使いは丁寧ではあるもののロクシーヌ並に性質が悪い。 なんで召喚メイドは皆オカシイのだろうかと、何処かの誰かを問い詰めたい思いに駆られる。 直接的に貶されたオプス本人は特に思うところは無いのか、飄々とした態度を崩してはいない。 首を傾げて言われた意味の半分も理解していないルカはケーナを見上げた。 

「ルカは普通にオプスって呼べば良いよ、私の古い友人なんだ。 二人とも今日からここに住むからね」
「うん。 ……よろしく、お願い、します?」
「ああ、宜しく頼むぞ」
「宜しくお願い致します、ルカ様」

 身内で紹介が済むと、今迄遠巻きに遠慮していた村人達が寄ってくる。 今の会話はキチンと聞いていたようで、特に人種差別する者は居ない。

「おかえり、ケーナ。 長い留守だったじゃないか、リット達が随分と心配してたんだよ」
「おかーさん!」
「ああ、ゴメンねリットちゃん、ラテム君も。 ちょっと人を探しに出掛けて、ちゃんと見付けたんだけど、お土産とか探してきた方がよかったのかな?」
「ううん、お話が聞ければそれでいいの。 おかえり、ケーナお姉ちゃん」

「へー、兄ちゃん魔人族かー。 俺はラテム、ドワーフ族だ!」
「うむ、威勢の良い坊主じゃのう。 我はオペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバーじゃ」
「お、……おぺけて?」
「ククク、長いのでオプスと呼べばよい。 よろしく頼むぞ」
「だったら先に略称を言ってくれよ……。 よろしくな、オプス兄ちゃん!」

 オプスも分け隔てなく挨拶(多少は偉そうだが)を交わしていた。 村長宅まで移住の挨拶をしにオプスを連れて行く。 ルカも自分からケーナと嬉しそうに手を繋ぎ、一緒に着いて行く。 それを見てちょっと村を空け過ぎたかと反省するケーナ。 それに続こうとしたロクシリウスだったが、鋭い眼光で睨むサイレンに歩みを止められた。 家に戻ろうとしたロクシーヌの頭を引っつかみ、自分の前に二人を並べる。

「二人は此方に、先ずは私に申し開きをすることがあるでしょう、それからケーナ様の邸宅に案内なさい」
「は? ええと、私にはルカ様の護衛と言う役目があるのですが……」
「ロクシリウス、貴方は馬鹿ですか? ケーナ様と我が主が揃っていてルカお嬢様に何の危険があるというのです? あの方々が一緒に居るということは即ち、世界の危機も裸足で逃げ出すのですよ。 むしろお二方が揃うと世界征服も実現可能だと言うのに」

 ロクシーヌからロクシリウスへ「余計な事を言うな阿呆」とアイコンタクトが飛ぶ。 しかしもう遅い。

「道中二人の事を聞きました。 なんと嘆かわしいことか。 二人とも主を持つ者としてまるでなっていないそうですね?」
「いえ、特には……」
「ケーナ様やルカ様には何時も感謝の言葉を頂いており……」

 否定する二人、くわっと【威圧】を振りまいて黙らせるサイレン。

「問題はそちらではありません。 主の前だというのに自分を律することもせず、醜い喧嘩を繰り広げていると言うではありませんか? しかもその仲裁をルカお嬢様にさせていると聞き及びました。 仕える者として恥ずかしい醜態です、性根を鍛え直してやる必要がありますね」

 ドロドロと不気味な雰囲気をかもし出しているサイレン。 恐怖に引きつり腰の引ける二人。 『夜の墓地』をバックに三角吊り上げの『光る瞳』に『耳まで裂けた』赤い半円状の口をした『鬼婆』が二人の顔面をがっしと掴み、有無を言わさずずるずると引きずって行った。 集まっていた村人はエフェクト効果に全員ドン引きである。
 村長に村に住む旨を報告して快く歓迎され、途中マレールに宴会に誘われて、一度自宅に戻ったケーナとオプスとルカが見たものは、氷の座布団の上に正座させられたロクシーヌとロクシリウスだ。 その胸に氷の彫像を抱き、サイレンに続いて『主に仕える為の必須十五カ条』を延々と復唱させられている異様な光景であった。 オプスは慣れた様子でスルー、ケーナは頭を抱え、ルカはしばし呆然としていたが慌てて制裁を止めに入る。 教育と言う名の愛の鞭学習が終了したのは夜もとっぷりと暮れ、マレールが中々やって来ないケーナ一家を迎えに来た頃であった。







「新しくやってきた人がケーナちゃんのいい人だというのに乾杯!」
『かんぱ~い!!』

「ってちょっとまってえええええっ!?」
「うむ、乾杯」
「オプスものほほーんと同意してるんじゃないっ!!」
「宴会でカリカリしていても致し方なかろう、少し落ち着くがよい」
「だ・れ・の・せいよっ!?」

 バンバンとテーブルを叩いて抗議したケーナだったが、周囲に居た村人のびっくりした顔に気恥ずかしくなり、オプスの向かい側にすとんと腰を下ろす。 そこへ酒や料理を運んできたマレールがやって来て、テーブルの上に酒やサラダや卵料理などを並べ、ケーナの背中を笑いながらポンと叩いた。

「いつもすましてるからケーナが叫ぶことなんて無いと思っていたけど、ニイさんが居ると随分と表情が出るじゃないか。 こりゃ、イイ人は確定なのかい?」
「腐れ縁の古い友人ってだけですよ。 そんな関係になるなんてあんまり想像できません」
「ま、腐れ縁も続くとアタシとダンナのように自然と一緒になるもんさ。 ケーナも気負いしないでいるといいさ」
「マレールさああああん……」
「アッハッハ、ニイさんも歓迎だのなんだと気にしないでのんびりやっとくれ」
「うむ、気遣い感謝する、マレール殿」

 「殿なんて柄じゃないよ」とオプスに告げると厨房まで戻っていく。 サイレンが何故かメイド長に納まったケーナ家お世話隊は、リットやルイネの代わりに酒場のお手伝いを申し出た。 本当は全部引き受けるつもりで交渉したのだが、厨房は外部の者立ち入り禁止と主張するガットと、「酒場にオカミさんが居なくちゃ本末転倒だろう」と主張するマレールによってウェイトレス以外の手伝いを断られた。 そのお陰でルイネは旦那さんとサシで飲んでるし、リットは子供達だけで固まってわいわいとやっている。 

「まったくもう、昔っから私とオプスが揃っていると皆ニヤニヤ顔で寄って来てからかう事ばっかり。 アンタも否定くらいはしなさいよね!」
「別にアイツ等にも悪気はなかったろうに」
「ウルサイ」
「やれやれ、堅苦しいのは抜けたようじゃな」
「アンタと話してると大体こんな調子でしょーに」

 料理を摘んで口に放り込み、マレールの持ってきた果実酒で喉を潤す。 同じように杯を傾けたオプスはその味が酷くなじんだ物に気付き、目を丸くしてコップを覗き込んだ。 気にはしなかったが漂ってくるのは香ばしい麦の匂い。 ケーナの作ったビールである。

「何をびっくりしてんの。 アナタも技能(スキル)で持ってるでしょ【酒作成】、ビールとウィスキー。 今は主にこの村で酒作ってるわよ、時々冒険者もやるけど」
「オフラインクエストみたいにこの村を要塞化するつもりかの?」
「守護像は置いたけど、今の所はそれくらいね。 村の人もそれ以上は望まないみたいだし。 ああ、あと浴場も作ったわよ」
「充分好き勝手やっとるではないか……」
「引き篭もりに言われたかぁないわ。 ある程度馴染むまでは色々苦労したんだからね、最初は他にプレイヤーも見当たらなかったし、二百年も経ってるし、未だに【銀環の魔女】とか残ってるし、守護者の塔を見つけたと思ったらどっかの誰かさんは本だけ残して姿も見えないし、イベントモンスターは徘徊してるし、タルタロスはいるわお爺ちゃんは居たけど姿隠すわ、やたら権力者に縁があるわ、挙句の果てにダンジョン潜ったら馬鹿があられもない格好で出迎えるわ、ナメてんのアンタ!」
「待てケーナ、殺気がだだ漏れになっておるぞ」

 ガッターン、と椅子を蹴倒して立ち上がって早口で不満を述べるケーナ。 ケーナ周囲に感情の暴走から自動起動した【能動技能(アクティブスキル):死神の衣】(近接専用:施行者の周囲に即死効果五十%の煙)が見た目からも体に悪そうな黒煙に包まれる。 それを見たオプスが慌てて【特殊技能(エクストラスキル):聖蓮の息吹】(対象の【能動技能(アクティブスキル)】を解除する)を発動させ、碧く輝く風がケーナの周囲を一蹴して黒煙を浄化した。 宴会を楽しんでいた村人達はケーナのただならぬ剣幕に一瞬動きを止めたが、碧く輝く風巻きの中から変わった様子の無い彼女が姿を見せると拍手喝采をして喜んだ。 どうやら大道芸のようなものだと勘違いされたらしい。 つい愚痴から頭に血が上ってカッとなり、本気の抗議にまで発展したケーナは拍手を聞いて正気に戻る。
 隣のテーブルからルカが心配そうな視線を向けてくるのに気付いて、さらに頭を冷やす。 八つ当たりしたい訳じゃないのにと、自分で自分の頭を小突いた。

「……すまん」
「え? ……オプス?」

 対面のオプスに目を向けると、彼はテーブルに額を擦り付けるくらいまで頭を下げていた。 戸惑うケーナと、一言の謝罪以外は無言で頭を下げたままのオプス。 しばし、その一角だけ静かに沈黙の時間が流れる。 少し酒場の天井に目をやって考えるケーナ。 サイレンが村に戻る前に言っていたことを思い出す。

 オプスもオプスなりに色々とやらなければいけない事情があったのかもしれない。 だったら事情を聞いてから怒るか怒らないか決めればいいかと、結論を出す。 そしてオプスの此方に向きっぱなしになっている角を掴み、ちょいと上に引いてから短い勢いでテーブルに叩き付けた。 ゴヅッ! って音と「ぶっ!」と言う呻き声が同時に響き、オプスが眉をひそめて頭を上げた。 褐色のせいで目立たないが、赤くなった(ていると思われる)額を押さえ、その目はひじょーに釣り上がっている。

「ひ、人が折角誠意を込めて謝ってやったというのに、この仕打ちはなんじゃ?」
「誠意? 人を二重三重と罠にハメて薄ら笑いを浮かべる奴が”誠意”?」

 ハッ と鼻で笑ったケーナにオプスの周囲の空間がギシリと鳴った。 呆れた表情のルカは友人二人の手を取り、カウンターの方まで移動した。 さっきまでの思いつめた顔を一転させた義母は実に生き生きとした表情で友人との言葉の応酬をしている。

「御止め致しましょうか?」

 いつの間にか隣にサイレンが佇んでいたので、子供達は飛び上がって驚いた。 主と同じく悪戯が成功したような笑みを浮かべたメイド長は静かにルカの命令を待っている。 その向こうでは舌戦が加速していた。

「そっちこそ、毎回毎回力技で吹っ飛ばすことしか出来ぬ癖に、少しは頭脳戦とかやったらどうじゃ?」
「アンタみたいに長く生きてませんですよーだ。 経験が浅くて悪かったですねー、おっさんめ」
「誰が年寄りじゃと、この小娘め!」
「いまどきの小娘は小娘なりにしぶとく太く生きてますよー。 モグラになっていたロートルは引っ込んでいなさい」
「横に広がってると申したか、ハッハッハ」
「ちょっ、何処を見て横に体積が増えたと思うのよっ! これでもシャイニングセイバーには軽すぎるって言われたんだからー!」
「くっ、もう他に男を作ったのか!? この尻軽め!」
「男イコール恋人と結びつけるのがおかしい、アンタは私の親か! これだから古代生まれは……」
「艶羽根を失った老カラスじゃと!?」
「誰もそんな単語を出してないわよっ!」

 もはや只の子供の口喧嘩である。 結局ルカからのお願いでサイレンが出動する前にマレールのお盆が飛んだ。 二人の実態(レベル)を知っているロクシーヌとロクシリウスだけが沈静化するまで心臓バクバクの状態だったと言っておこう。








 ─── ヘルシュペル。

 護衛の騎士を六人引き連れたケイリナは鉱山前で足を止めた。
 ヘルシュペル国でも奥地にある山脈地帯は良質の鉱物が産出される地域ではあるが、幾つかの鉱山は犯罪者の奉仕地区となっている。 彼女が部下を連れて足を運んだのは、その中でも奥地に位置する重犯罪者の拘留されている鉱山だ。 入り口に辿り着く前から堅固な牢屋のような鉄格子に囲まれたそこは、何者も寄せ付けぬ冷たい拒否感に包まれていた。
 先触れによって通達が来ていたので、内側から門番兼鉱夫兼その他色々な役目を持つドワーフ族の騎士が鍵を開け、ケイリナ一行を招き入れる。 辺りを見渡したケイリナは目当ての人物が居ないのを見て、脇に控えるドワーフの騎士へと問い掛けた。

「通達は来ている筈だが?」
「……それが、伝えはしたのですが、当人は今も鉱山の中です」

 なにやら一心不乱にツルハシを振るっているらしい、随分前に来たときと全く変わっていない。 一度掘っている現場を見たが、心ここにあらずといった感じで逃げ道を探すため、と言うような感じを受けた。 鉱山内に詰めている別のドワーフの案内で中に入る。 幾つも枝分かれした坑道を抜け、梯子を下ると以前に奴が掘っていた部分の更に先から音と声が聞こえてきた。 手前には監視役のドワーフが眉をひそめて坑道の奥を凝視していたが、ケイリナの姿を見ると胸に手を当てて騎士礼を取った。

 ガチンガチンガチン!「ええいもうレベル足んなくてこのスキル使えねえっ!」ガチンガチンガチン「いや待てよ、この魔法ならどうだろう?」キュルキュルキュル「だーっ!遅っ!?」ガチンガチン「クソッこの首輪のせいで大規模魔法使えねえ!」ゴガララララッ「うわ崩れたナニコレマジモロ過ぎるだろ」ガチンガチンガチン「ええいまたやり直しじゃねえかっ!誰のせいかっつーと俺だ!」ガチインガッチン「自分で自分に突っ込むとかハハッハ……」ガキィン「……クソッ何やってんだよ俺…………」…………「うわあああああああっ!!」ガギンガギンガギンガギンガギンガギン……。

 なんと言えばいいのか、悲痛な叫びの後はもうメチャクチャにツルハシを打ち付ける音だけが鳴り響く。 遠い目をして暗闇を見るドワーフ騎士は、憐憫を込めた視線をケイリナに向けた。

「連れて行きますか?」
「ああ、……連れて行く」

 監視をしていた同僚と肩を並べて暗闇に踏み込むドワーフ騎士達を見ながら、ケイリナは呟いた。

「それも全てはヘルシュペルの為だ」

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