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リアデイルの大地にて 作者:Ceez
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42話 天の営み人の営み

 いちいち村に戻って一泊したケーナは、翌日にはとんぼ返りでフェルスケイロに戻ってきていた。 そういえばケイリックと交渉途中だったと思い出すものの、専門家がそこに居るのだから無駄足を踏んだときの保険と考える。 ケーナが息子のスカルゴに聞きたいのは、この世界の創世二神の片割れ『夢の神』についてだ。 別に世界の成り立ちを最初から説明して貰いたい訳でも、夢の神(夜神)について語って貰いたい訳でもない。 例のオプスの置き土産本。 あれの最後のページに書いてあった一文のせいである。

 そこにはただ───『夜神神殿』───、とだけ書き残されていた。

「よ、……よるかみ? 意味が分からないなあ、これ。 そこで待っているのか、そこまでたどり着くクエストなのかがさっぱりね」

 念の為、ロクシリウスやロクシーヌにも聞いてみたが、二人とも揃って首を振った。 村の人間は簡略化した創世神話(おとぎばなし)を知っている程度で、博識なスーニャも「それは神殿の人に聞くべきでしょう」と返してくれた。







 フェルスケイロに戻ると先ず最初にアービタ達の泊まる宿屋に顔を出した。 王都防衛で駆り出された時の報酬を貰うためである。 なんだか分からないが、炎の槍傭兵団と一緒としてギルドの方で一纏めにされているらしい。 別働隊もたいらげたのでケーナの貰う報酬はやや多めだ。 お金はあるに越したことはないが、ありすぎても困るので、よくよく考えた末……。

「じゃあ、ここの飲み代、私が出しますよ」

 王都防衛の報酬でパーっとやろう、とか言う名目で飲んでいたアービタ達に切り出した。 全員がギョっとした表情でケーナを注視する中、アービタと便乗して飲んでいたエーリネも驚いていた。

「いいんですか、ケーナ殿。 荒くれ男達の飲み代って結構掛かりますよ?」
「金貨一枚くらいにはなりますか?」
「いやいや、そんだけ飲むにはちーっとばかし人数が足りないな。 だいたい幾ら貰ったんだよ、嬢ちゃん?」
「金貨三枚ですねー」

 「おおーっ!」とか団員から感嘆の声が上がる。 これは別働隊の構成を聞いたシャイニングセイバーの口利きも過分に入っていて、あの場所にケーナが向かっていなかったらどうなっていたか? と言う憶測から王都の被害を想定した結果だ。 あの群れが丸ごと王都に侵入していれば、最悪フェルスケイロが地図上から消えていたかもしれないので、王や王女からの褒美の意味も含まれている。 ついでに別働隊の脅威を市民に隠しておきたいが為の口止めの意味もある。 ケーナの分と渡された袋の中に、報酬と今回のことに対してのアガイド宰相からの注釈が書き留められた手紙も入っていたからだ。 ちなみにアービタ達の報酬は一人当たり銀貨三十枚ほどだ。 差があるにも程がある。


 ケーナが指で弾いた金貨を受け取ったアービタは、手の中のモノを見つめ満足そうに頷いた。

「よおし、お前等! 今日は嬢ちゃんの奢りだそうだ、浴びる程に飲むぜえええぇっ!!」

 『おおおおおおおっ!!』と宿屋を揺るがすほどの大歓声が轟き、外に居た人々が何事かと酒場内を覗き込んでくる。 ケーナは度数の低い果実酒を傾けながらエーリネとの商売の話を再開する。 

「ふむ、定期的に麦の購入ですか?」
「加工品は堺屋に回すとしても、原材料は別に一店にばっかり頼らなくても良い訳だし。 外殻通商路を回るエーリネさんの商隊であれば村には時々寄れますでしょう?」
「まあ、村に立ち寄る前に仕入れておけば買い取りは確実なわけですね。 いいでしょう、その提案お引き受けしましょう。 ……しかし、初めて会った頃のケーナ殿を知っている身としては、今の状況は面白いですねえ」
「うっ……。 そ、そうですよねー。 現在の私があるのもエーリネさんやアービタさんに会えたからこそ、ですから。 最初の時の授業料を返す時期なんでしょうねー」
「持ちつ持たれつですねえ」

 顔を見合わせて笑いあう。
 堺屋から麦の直接購入も出来る訳ではあるのだが、以前ケイリック自身が言った「この程度で堺屋は傾きませんよ」の発言もあったので、色々借りのあるエーリネに恩を返す意味で提案してみたのだ。 定期的に、と言う範囲からは外れるが、堺屋に収める期日に間に合わない場合、ちょっと【転移】して購入すれば良いだけの話だ。 造るのにも日数の掛かる物ではないので、麦だけはエーリネ商隊に任せることにした。 後でケイリックの方にもその旨を伝えてこなければならないだろう。





 ケーナが朝からアービタの所に身を寄せているのは理由があった。 本当は早朝から教会に行ってスカルゴと会うはずであったが、教会の神官長に「都合がついたら此方から使いを出します」と、言われたからだ。 あんなのでも国のトップスリーとしての仕事や重責もあるんだろうと、こうして迎えを待っている次第である。

 酔っ払いに絡まれて安酒を無理やり押し付けられたり、エーリネ商隊の面々と最近の商売の様子などを話していると、貸しきり状態な酒場兼宿屋に二人組みの女性がやってきた。 呼ばれた気がしたケーナが首をめぐらせると、女性二人が小走りに近寄ってくる。

「こんにちは、ケーナさん。 お久しぶりです」
「ん? 言う程お久しぶりってモンでもないんじゃない?」
「いいんですよー、只でさえめったに合えないんですから」
「そうなんだ。 じゃ、ご無沙汰ね、ロンティ、マイちゃん」

 ブ──────ッ!!?

 片割れのマイの顔を見たアービタが部下に向って勢い良く酒を噴いた。 それはそうだろう、誰がこんな下町酒場に王女がノコノコと護衛も着けずにやって来ると思うものか。 「わあっ!? キタねえっ!」「団長が酒噴いた!?」「どどどどどーしたんですか、いきなりぃ?」 その周囲では軽い騒動が持ち上がっているので、流石にケーナ目当てで一直線に突撃して来たマイも気付く。

「あ、アービタさん。 ご無沙汰しています」
「ひ、ひひひひ、ひめ……って……。 なんだってこんな所に護衛も付けず?」

 姫様と言い掛けた途中で声を小さくして聞き返す、それにニッコリと笑ったマイは酒場の戸口を振り返った。

「護衛なら居ますけど、騎士団長直々に」
「……どうも……」

 白鎧に帯剣した白銀竜人の巨体がのそりと入ってくる。 その姿勢はケーナがシャイニングセイバーと出会った中で、一番謙虚でおとなしめだ。 一瞬ケーナが『誰、これ?』とか思ってしまうほどに。 その軽く頭を下げたシャイニングセイバーに団員達が組み付いた。 日焼けしたぶっとい腕を首に回し、他の者より頭一つ高い竜人を無理やり屈ませる。

「ちょっ……!?」
「よお、元気かぁ大将?」
「最近は調子に乗っているそうじゃねえか、若造?」
「お前騎士団長ならもうちょっと部下の教育に礼儀ってモンを教えさせたらどうだぁ? 冒険者と見れば目の色変えて突っかかってきやがってよお、さかりのついた雌犬じゃねえんだぞ」
「いや、それは、まあ…………、スミマセン」

 絡み酒なのか素なのか、ガスガス突かれながら文句を言われまくるシャイニングセイバーがいた。 随分と親しそうと言うか、やたらと下っ端扱いされている。 目の前に居たロンティとマイも目を丸くしてその珍しい光景を眺めていた。 当然ケーナもだが。 苦笑していた副団長が小声で解説を入れてくれる。 

「実は我々の半数は元々騎士団にいたのですが、団長が抜ける時に一緒に着いて来た者達の集まりなのです。 シャイニングセイバー殿はアービタ団長の後継者でしたので、当時を知っている者は後輩として可愛がっていたのです」
「へー、……って、後継者? アービタさんって元騎士団長!?」
「ええ、先代の騎士団長でしたよ」

 こくーりと頷いたのは横でニコニコしながら聞いていたマイだ。 ロンティは当時騎士団にまで関われる状態だった訳ではなかったようで、ケーナと一緒に「えええっ!?」と驚いていた。 その噂の当人は何時の間にかシャイニングセイバーを小突く側に回っている。

 どう口を挟んだものかと思案するケーナの両腕を、ロンティとマイががっちりと捕獲した。 クエスチョンマークを飛ばすケーナに二人揃っていい笑顔で微笑み、「さあさあ行きましょう。 大司祭がお待ちですよ」とずるずる引きずっていく。

「え? って、もしかして使いって二人の事っ!? なんで神殿の使いで二人が?」
「丁度運よく手が空いていたのです。 そんな事はともかく、さあ!」
「はいはい、行くから引っ張らないで。 じゃあ、エーリネさんアービタさん、お邪魔しました~」
「ええ、また後日。 お気をつけてケーナ殿」
「おお、嬢ちゃん、またな~」

 ケーナに手を振る傭兵団員一同と商隊の面々。 捕まったままのシャイニングセイバーをそのままに、三人は酒場を後にした。

「って置いていくなっ!」
「ああん? おい若造。 お前、嬢ちゃんに不埒なことをするんじゃねえぞ?」
「団長のお気に入りなんだからなぁ? 後で裏通りに呼び出されたくはねえだろう、んん?」
「分かりました、分かりましたから離してくださいよっ!」

 というやり取りが延々と続き、シャイニングセイバーがケーナたちに追いつくのは随分と後になる。








 ロンティとマイの先導に着いて行ったケーナは、川岸で待っていた貴族専用と言う渡河船──白亜のクルーザーのような──に乗せられ、中州を経由せずに対岸の貴族街に降り立った。 その時点で脳内に嫌な予感MAX警報が鳴り響いていた、別にキーが鳴らしている訳ではない勘的なもので。 

「ねえ、なんかものすっごい嫌な目的地が幻視出来るんだけど……?」

 貴族街のメインストリートとも言うべき綺麗に石畳で舗装された道を真っ直ぐ進んでいる。 終点の真正面にででーんと存在している建物は、知る人ぞ知るこの王都のシンボルタワー、王城だ。 白い外観に青い尖塔を幾つか持つここの王城は、かつて何処かのギルドが建てた姿そのままに言い様もない威圧感でもって道行く人々を見下ろしている。 ゲンナリした表情で後ろを振り返ったケーナを、逃がさないように睨むやっと追いついて来たシャイニングセイバー。

「ねえ?」
「公式じゃない、私的なものだ。 大司祭殿も同席しているので安心するといい。 ……凄い文句言ってたけどな」
「まあ、あの子の性格じゃあねー」

 「逃げるなよ?」と付け加えられたことで大きな溜息を吐いたケーナ。 がっくりと肩を落とし、楽しそうに微笑むマイに腕を取られて王城の門をくぐる。 似たような光景が続く廊下を行ったり来たり、階段を幾つか上がってこぢんまりとした扉の前に連れて来られる。 城などと言うものは散々ゲーム中にクエストを受ける場だったり、数あるギルドが自分の本拠地として良く建築していた。 いまさらな場所だという感想しか持たないケーナの態度に、連れてきた方──ロンティとマイ──はちょっとがっかりしていた。

「ケーナさんってお城に興味ないんですかー?」
「え? ああ、昔は城なんてもうあちこちに建ってたからねー、特に興味はないかな」
「あううう……。 もう色々と説明したかったのにぃ」
「あはは、ごめんね」

 はふぅ、と溜息を吐いて肩を落としたマイに苦笑して謝るケーナ。 ロンティは扉をノックして顔を出した侍女に「案内して来ました」と伝える。 侍女が引っ込んでしばしの間が流れ、内側から扉が大きく開け放たれた。
 そこは大きく窓を取って外からの光を取り入れられる部屋で、内装は特に目立つような物はない。 それでいて白い清潔感のある部屋で、中央に大きな丸テーブルが備え付けられていた。 そこには先に三人の人物が待っていて、ケーナを立ち上がって出迎える。 一人は腕を組んで仏頂面をしたスカルゴで、ケーナを見るとほっとした表情を浮かべた。 一人は法衣に似た大きめのローブを纏った壮年の厳しめな目付きの男性。 最後の一人は柔らかな笑みを浮かべ、薄緑色のドレスを着たややふくよかな女性だった。 


 場所が場所だけにスカルゴと同席する人物なんて決まりきっている。 内心溜息を吐きたい気持ちを表に出さず、姿勢を正したケーナは一歩引き、芝居がかった仕草で小さく屈む程度に会釈した。 大仰にやらないのは、スカルゴの主張するケーナ自身がハイエルフ種族な為だ。 ここで頭を下げたら『エルフの王族が人族の王族に頭を下げる物ではありません!』とか息子が激昂しそうだったから。

「お初にお目にかかります。 いつも愚息がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。 ケーナと申します、以後よしなに」

 しばしの間が空く。 何故かあっけにとられていたような二人、王と王妃はケーナとの視線を交わすと慌てて右腕を胸に当て会釈を返す。 スカルゴは頭痛を押さえるようにして自分の席で脱力していた。  なんかマズい事をやったのかと自分の行いを振り返ってみるケーナだったが、「普通に挨拶をしただけだし、問題ないよね」と流した。 実際の所、招いた側が先に礼をする暗黙の了解がある場で、ケーナの行動は王達にかなりの動揺を与えていた。

 マイとロンティはこの場に同席する予定でないらしく、「ごゆっくり~」と言う言葉と残念そうな表情で部屋を後にした。 シャイニングセイバーは部屋の警備を部下に任せ、自分の仕事に戻るそうだ。 「帰りは送るからな」と呟き去って行った。









 王と王妃にどもられながら椅子を勧められ「失礼します」とテーブルの一角に座る。 右隣にはスカルゴで左隣には王妃が、真正面と相対するのは王だ。 なんとなく病院で医者に苦言を言われているような既視感(デジャビュ)を感じたケーナは、何でこんな場になったのかと訴える視線をスカルゴに飛ばした。 いきなり鋭い視線に晒された息子は、ビシィと姿勢を伸ばす。

「…………え、ええと、母上殿?」
「すみませんケーナ殿、我々が無理を言って同席させて貰っているのです。 大司祭殿を責めないで下さい」

 間を取り持ったのは王妃である。 その柔和な笑みに一瞬実の母親の影が()ぎって、ケーナは息を呑んだ。 直ぐに気を取り成して小さく深呼吸し、自分を落ち着ける。 

「私はスカルゴに少し聞きたい事があっただけなんですけど」
「それは大司祭殿から聞き及んでいる。 私達としては二度も王都を救ってくれた貴女に会いたかっただけなのでな、そちらの話が済んだのであれば此方の雑談にも少し付き合って頂きたい」

 上に立つ者として厳かな声を聞き、ケーナは叔父を思い出す。 家を飛び出した桂菜の父親が分家の各務母と籍入れをしたお陰で一族を追い出され、代わりに本家の”鏡”を継ぐ事になった伯父(父の兄)が、良く「仕事場は舞台だ」とか息抜き代わりにお見舞いに来てくれてたのを思い起こす。 その都度、口から飛び出すのは愚痴ばっかりだった。 動けない此方は甘んじて聞くしかなく、遅れてやって来た秘書の従姉妹(むすめ)に伯父が連行されるのは何時もの事だった。 

「普通に会話しません? その喋り方疲れるでしょう?」
「お、おお。 ケーナ殿は話の分かる方のようだな。 儂はトライストと言う、こっちは妻のアルナシィだ」
「ちょっ、母上殿っ!? いきなり砕けないで下さい、ハイエルフ族として矜持くらいは持ってください!」
「別にいいんじゃない? ここはハイエルフの集落でもないんだから」

 あっけらかんと素で返す母親に、頭を抱えてしまうスカルゴ。 多少なりとも今後交渉の場でケーナを有利に立たせるための思惑がガラガラと音を立てて崩れていく。 ケーナはシャイニングセイバーに「私的なもので」と伝えられた事もあり、友達(マイ)の親に会う程度の拘りしか持っていなかった。 正に子の心、親知らずである。
 逆にトライスト達は、事前にスカルゴやアガイドから聞いていたケーナの人物像に戦々恐々と言った思いを抱いていた。 王都に出現した巨大魔物に騎士団や魔法師団が苦戦する中、たった二発の魔法で沈める威力。 娘や息子から聞き及んだ、強大な召喚獣を意のままに操る手段。 スカルゴがしぶしぶと語った過去の超越者(スキルマスター)としての役目などからである。 そんな思いは直に会ったケーナの飄々とした素を見て杞憂だったと判明する。




 部屋内で静かに命を待っていた侍女が各自にお茶を淹れる。 彼女は配り終えると、一礼して部屋を出て行った。 改めて四人だけになった所でトライストが深々と頭を下げた。

「先ずは以前の巨大魔物の件と今回の事、改めて礼をしよう。 真に有難く思う。 あとは娘と息子が色々と迷惑をかけた。 申し訳ない」
「んん~、頭を下げられる覚えもありませんが? デカペンギンは息子達に害をなそうとしたからぶっ飛ばしましたし、魔物の侵攻だって友人のシャイニングセイバーに要請を受けたからですよ。 それについては危険手当込みの報酬も貰っていますしね。 とても一国の主が冒険者程度に頭を下げるような事態とは思えないですね。 マイちゃんは友人だし、デン助はアガイドさんから頼まれてますし」

 拍子抜けした意外な表情をして顔を上げたトライストと視線を交わし、ニヤリと笑みを浮かべるケーナ。 国自体に借りも貸しもない立場のままでいたいと遠回しに主張してみた。 トライストはしっかり意図を受け取ってくれたようで、頭を上げると満足げな笑みを浮かべて頷く。

「そうか、ならば我々は立場が同じ友人と言う意味に取っていいのだな?」
「出来れば王族とか身分のある人とかには関わり合いになりたくなかったんですけどねー……。 スカルゴがトップスリーだとそれも難しいか」
「って母上殿!? さも私の責任だとか風に言うのはやめて下さい!」
「実際の所良く知らないんですが、この子役に立っています?」
「ちょっ……!?」
「ええ、国内外の神職を良く纏めてくれているわ。 演説の時などにも輝いたり花が舞ったりするのも国民に人気なのよ」

 ケーナのド直球な質問に苦笑したトライスト。 彼の代わりにアルナシィが返答する。 ごくごく普通にまともな回答が得られ、「へー」と意外そうな顔でケーナは息子を見た。

「な、何ですか母上殿……、その疑り深い目は?」
「いや、なんでもないわよ。 国のトップがそこまで言うんだから事実と受け止めておくわ」
「…………母上殿が自分をどう思っているのか、詳しく聞きたいことではありますが……」
「普段の行いから改めるのをお勧めするよ?」

 泣きながら遠くに行きそうな息子を襟首掴んで止めるケーナ。 斜め上を行く親子の会話に王と王妃は目を丸くしていた。

「待て待て、スカルゴに聞きたい事があるから私がここまで来たんでしょーに」
「ハァ……、自分に母上殿の納得できる答えが出せるか分かりませんが、聞きましょう」
「夢の神とかについて聞きたいんだけど?」

 目が点になるスカルゴ、青天の霹靂以上に予想外の問いかけに思考が止まる。

「どういった風の吹き回しですか? 母上殿が神について興味を持つなどと……」
「ん、夢の神神殿って言うのはあるのかなあ? と」
「夢の神を崇め、た…………。 いや、もしかして母上殿が知りたいのは夢の神を祭る神殿、じゃなくて夢の神がおわす神殿って意味で?」
「うん、そう。 知ってる?」
「ど、どどどど、何処の世界に神に直接お目通りを願う者が居ると言うんですかっ!?」

 興奮して唾を飛ばしながら立ち上がる息子を見て、首を捻ったケーナは足りない言葉に気付く。

「スカルゴ……、私は神様に用があるんじゃなくて、神殿に用があるの。 そこの所間違えないでね? できれば夜神(よるかみ)神殿って所に」  
「夢の神ではなくて対の方ですかっ!?」
「「ッ!?」」

 これには静かに二人の会話を聞いていた王と王妃も驚く。 夢の神は陽の神の片割れで夜を守護する女性神である。 それと対になっているのが、苛烈な側面を持っている夜神としての顔だ。 魔を纏める神として人心に恐怖を振りまく悪鬼羅刹のようなモノである。 それについて知りたいとなれば、悪魔崇拝者のレッテルを貼られても仕方のないことであろう。 この場にいる三人にはその認識はないが。

「夢の神でしたら、夢の中に居を構えるという説があるのですが……。 夜神(やしん)となりますとー」

 無言で直上を指差すスカルゴ。 それの意味するところが月だと言うのを察したケーナは脱力する。 どうやっても月に到達できるスキルなど無いからだ。 ゲーム中と同じく、この世界にも月は存在する。 二つあったり紫だったり超巨大だったりはしない、地球と同じように満ち欠けする白い月が夜天を彩る。 それはそれとして息子の言葉に引っかかりを覚えたケーナは聞き返した。

夜神(やしん)……? 夜神(よるかみ)って言うんじゃないんだ?」
「この際読み方などはどちらでもかまいませんが、一般的には前者ですね。 そうホイホイと口に出されても異端審問が待っていますので、気をつけてくださいよ、母上殿?」
「うーん、まあ、善処するよ。 ヤシン、やしん、やしん神殿? …………なんか聞き覚えがあるなあ、なんだっけ?」


 ─── も…… し わ ……かけ───
 ─── それ ま 、……ひど …… だ───


「キー!!」
『ナンデショウ?』

 深く深く考え込む姿勢に入ったケーナに配慮して静まり返る部屋。 脳裏に閃いた、過去に聞き覚えのあると思われる断片的な会話が思い出せず、外部記憶(キー)を呼ぶ。 呼び出すも何も常に傍に控えているというか、一心同体なのだからそこの所は横に置いておいて。 勿論、キーの発言はケーナ以外には聞こえないので、突然何者かを大声で呼んだケーナに王と王妃は困惑顔だ。

「ログ検索して! ”やしんしんでん”でお願い」
『了解シマシタ。 シバシオ待チヲ』

「あのー、ケーナ殿は何を?」
「母上殿は聖霊を従えていますので、それに頼み事をしてるのです。 何を頼んでいるのかは見当もつきませんが」
「……聖霊? 良く神の使徒として物語に出てくるあの聖霊か?」
「自分も見たことはありませんがね」

 大司祭と王と王妃がボソボソと会話する中、視線を独り占めにしているケーナにはキーからのログが提示されていた。 音声無しの会話ログが目の前の空間に羅列される。 見えているのがケーナだけなので、第三者からは何も無い空間を睨んでどんどん険しい顔になっていく彼女が確認されるだけだ。 流石のスカルゴでも、理不尽な怒りの矛先が来るのではないかと、嫌な予感に身を震わせていた。


 ───その文章は以下の通り


 『うむ、ようやく完成したぞ。 この一ヶ月長かったのう』
 『あのね……、固定されてたのは私だけなんだけど。 ほぼベッドから動けない入院患者をゲーム内でも拘束するってどーゆー嫌がらせよっ!』
 『まあ、些細な言い分は横に置いて早速式典を執り行おうぞ。 『乾杯』』
  ちん
 『ゲームの飲み物ってなんとなくな味しかしないからなあ。 この辺改善してほしい』
 『フィードバックを全開にすれば万事解決であろう』
 『んなクソヤバい事ができるかああああっ!!』
  何かの吠え声と打撃音爆発音がしばし羅列
 『……にしても随分と悪趣味なダンジョンになったわね~、全面金色とか』
 『限界突破&スキルマスター二名の労力が集大成されただけではないか。 きっとGホイホイのように若い欲にまみれたプレイヤーが引っ掛かるであろうて』
 『表現が生々しい、減点いち。 しょーもない罠もどっさり仕掛けちゃってもお……』
 『きっと一儲けしようとしたマヌケがバタバタ倒れていくぞ。 自分の野心に溺れるがいい。 は! よし、このダンジョンを”野心ダンジョン”と名付けてやろう!』
 『すっげー語呂が悪い』
 『ならば”野心神殿”とかで』
 『まあ、最下層に訳の分からん神像(フィギュア)設置しちゃったからそんなもんでしょ』
 『まずは噂から流すとしようぞ。 どいつが最初に地獄を見るか楽しみだ』
 『噂くらいならうちのコミュが妥当でしょ、数も少ないし』
 『よし、それでは戻るぞケーナ』
 『ギルマスにも拘束解禁とか言っておいてよね、オプス』



「……ってえっ、夜神神殿じゃなくて野心神殿のことかあああああっ!!? 紛らわしいわクソオプスっ!!」

 怒りの叫びに連動した幾つかの【能動技能(アクティブスキル)】が起動し、周囲にドカンと濃密な気配がばら撒かれた。 のほほんとたわいない雑談をしていた三人は、突然のケーナの激昂に飛び上がって驚く。 それでも突然な母親の奇行に比較的慣れていたスカルゴが、なんとか宥めすかせてその場は落ち着いた。



「失礼、取り乱しました。 驚かせて申し訳ありません」

 年上には素直に謝罪するケーナ。 向こうはこちらを長命種の大御所と思っているので、その辺りの事情がひじょーにややこしい所ではある。

 確認したいところも何故か自己完結し──スカルゴが爆涙していたが──そのまま王族との雑談に一日を費やすこととなった。 娘の育て方についてアルナシィに相談したケーナは彼女と意気投合し、マイリーネのお古のドレスを譲ってもらうのを条件に、時々お茶会に顔を出す事となった。 まあ、後で自分の発言を撤回させられたのに気付き、後悔する事になったのだが。 とばっちりは帰って来たケーナから大量のドレスを差し出されたルカにも向かう。






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