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タイムスリップ純文学カフェへようこそ!

作者:七沢ゆきの
「何を喧嘩しているんだ?女給さんが困っている」

 ざわざわとしたカフェの中、その中でもさらにざわついている場所に向けて4が歩いて行く。

「ああ、4か。なに、この痴愚の若造が文学について知ったような口をきくものでね」
「Aさん、黙ってくれませんか。文学に年齢は関係ない。そこにその見本がいる」
「4は別だ。彼は幼いころから、体内にアポロンのような騎士とその影にいるたおやかな少年を飼っているのだからね」
「そうでなければ文学を語る資格はないと?純文学を描く資格はないと?」
「ツカサ、そう興奮するもんじゃない。どうせ俺もAもきみよりずっと早くこうなるんだ」

 ゲクゲクと老人の真似をして首を振り、4が空いている席に腰かける。

「こうなっちゃおしまいさ。だから俺は体を鍛えてる。ツカサ、きみもそうしな」
「俺はきみを尊敬してるが、それにだけは賛成できないな。磨くべきは言葉。体じゃない」
「小説は果実……一行すらも腐っていてはならない……か。しかし、収穫する体が腐っていたら、果実も木の上で腐っていくだけじゃないか?」

 にこりと4に笑われてAががたりと椅子から立ち上がる。

「精神は腐らない!」

「ああ、もう、やめてくださいよ。喧嘩する人間が増えただけじゃないですか」

それまで激昂していたツカサだったが、4があらわれたことですこし落ち着いたのか、Aをなだめ、椅子に座らせる。

「あ、ああ、すまない」
「俺の言い方も悪かった」

 4は女給にコーヒーを頼みながらツカサに問うた。

「それでどうしてこうなった」
「クォ・ヴァディスは純文学か否かで論争になりました」
「ああ、あれはいい小説だ。ノーベル文学賞がはじめて面白い作品を認めたと思ったよ」

「それは私怨抜きでかい?」

 Aがその鋭い目で4を見る。
 けれど4は鷹揚に笑っただけだった。

「勿論。あの目と耳の大きい男なぞには一生たどりつけぬ境地だろうね」
「きみと彼の確執は知っているが、いまはそれを忘れてくれ」
「純文学の話に私怨を持ち込むほど愚かではないよ。あの男の作品がもし本当に良いものなら俺は激賞しただろう。だがそうでなかった。それだけのことさ」
「ならいいが」
「4先生はあれを認められるんですか?Aさんはあれを子供だましの面白いだけの冒険小説で純文学ではないと……」
「その中にくるまれた、宗教弾圧、身分制度、緻密な時代考証には価値はないと?A?」
「そうではない……そうでは……!」
「ではなぜ反対するんだ。あれが駄目なら火刑台のジャンヌ=ダルクや八甲田山死の彷徨も文学ではなくなってしまう。海と毒薬のような、美しいものだけが純文学ではない」
「……破滅だけで一つの文学を作れる4にそう言われれば一言もないね。美しい世界だけを愛してきた俺が痴愚に思えてきたよ」

 Aがふぅ、と息をついた。

「それはそれでいいのさ。きみは美しい純文学を書き続ける。そこにはきみの確固たる意思ある。
 それよりも俺が許せないのは、A」

 運ばれてきたコーヒーを一口くちに含み、4はいつものように皮肉めいた笑みを浮かべた。

「純文学と言う衣に包まれたニセモノだよ。
 クオ・バディスは素晴らしい。『クオ・バディス・ドミナ』あの一行だけで文学たりえる。『エリ・エリ・ラマ・サバタクニ』だけでもいい。
だがあのあと……蘇ったキリストが突然大工に戻り、酒屋で大工の仕事が最近うまくいかないとくだをまくような小説。そこにマグダラのマリアがあらわれて『ならばともに生きていきましょう』そんなことを言う小説。そう言ったものは俺は許せないね。単に奇をてらった物めずらしいだけのものを『純文学でござい』と皿に乗せられたら、Aの天帝も腹を壊すだろう」
「確かにな。大衆小説を馬鹿にするわけではないが、そう言ったものは平氏さんにでも書いてもらった方がいい」
「平氏さんが書けば俺たちが書くよりよほど売れるだろうし、買う読者も『大衆小説』だと自認して購入する。俺は別に純文学以外は文学じゃないと言う気はないからな。自分でも大衆文学を書くこともある。ただ、まがいものが嫌いなだけだ」

「単純な冒険小説を純文学だと言い張るようなものがあるということを御存じで、4先生はそう言うのですか?」

ツカサに無邪気な目で問われ、4は首を横にふった。

「いや、そのような醜悪で恥知らずなものは寡聞にして知らん。そんなひどいものがあるのか?
 誇りを持って冒険小説を書いておられる押川先生に説教をしていただきたいな」
「つまりそういう作家にはプライドがないのでしょう。自らの描くものはどうあがいても文学たりえない。けれど文学者の一端に加わりたい。ならば……自己の作品を純文学だと言い張ればいいのだと」

「ハ、愚か、痴愚。才能のないものの踏み込めない領域を見極めることもできないのか」

 Aが呵々大笑する。それは心の底から愉快そうだった。

「確かに、こればかりはAさんの言うとおりだと思います。ぼくはとうていあれを純文学として許したくはありません。
 4先生がしてはならないと言ったことを全てして、その上で純文学だと名乗り、反論も受け付けないのです」
「ツカサくんは随分、その小説を書いた人間にに対して怒りをいただいているようだな」
「ええ。ぼくが前衛詩を発表した時に『人間語で話せ』という講評をいただいたもので。
 しかしぼくが、『ならばあなたはこの前衛詩の作者を知っているか』と質問を投げかけた人物の中に、紅毛人のストリッパーの名前を混ぜ込んでも『知っていますよ。あなたよりは才能がありますね』と返事が来たもので。Aさんじゃありませんが、あんな痴愚にはもう関わりたくありません」
「ツカサくんの隠喩がわからないということは相手の知的レベルが低いのだよ。我慢したまえ」
「それは俺も4に同感だな。知能指数が20違うと会話が成立しないらしい。才能もそんなものだろう。それに……自己を至高と思う者はそれ以上にはたどりつけない。そんな痴愚は相手にしない方がいい。せっかく純文学を志すきみにとって、痴愚は有害なものにしかならない。むしろ、痴愚なのだと憐れんでやりたまえ」
「Aらしい言葉だ」
「4、きみだってそう思っているくせに」
「純文学を志す者はみなそう思っているさ。ほんの少しでもいい、数少ない人間でもいい、この迸りを受け止めてほしいと……」

 かたり、と4はカップをソーサーに置いた。

「だからこそ、純文学を騙り、自己の利益としようとする者が許せないんだ」

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