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暁の魔術師
作:久浄要



幕合劇


15


おそらくは警察の人間と思われる二人の男達は事務所に入り、来栖の姿を見るなり驚きを隠せない様子だった。始めに入ってきた男は季節外れにもなんと白いコートまで着ている。
「久しぶりだな…早瀬」
眼鏡姿の白いコートの男を、来栖は僅かに微笑んで出迎えた。
「その様子じゃ、どうやら俺達が来るのはあらかじめ分かっていたらしいな。
抜目がないのは相変わらずだな…」
白いコートの男は低い声で居住まいを正すと眼鏡のフレームを三本の指でくいっと押し上げて微笑み、来栖に右手を差し出した。
来栖はニヤリと微笑み、彼と無言でがっちりと固い握手を交わす。
「六年ぶりだな、まさかこんな形で再会するとは思わなかったぞ」
「それは俺も同じだぜ。
警察が来るのはわかってたが、まさかお前が直接尋ねて来るとはな。嬉しい誤算というヤツだ。
それに…おやおや、こいつはまた懐かしい顔もいるもんだ」
勇樹は早瀬と呼ばれた男の後ろに控えていたもう一人の男の方を伺った。プロレスラーか柔道選手のような立派な体格をした大柄な男である。
「来栖…。お前…本当に、来栖要なのか?」
「久しぶりだな、花屋敷。その昔、テキーラの飲み比べで賭けをした悪友の顔も見忘れたか?
…六年経ってもお前はちっとも変わらないな」
来栖は花屋敷と呼ばれた、もう一人の大柄な刑事に向け悪戯っぽく微笑んだ。
「お前…その目と左手は?それにお前…」
花屋敷と呼ばれた男は大柄な身体に似合わぬ動揺ぶりである。彼にとっては旧友の変貌ぶりが相当、予想外なようなのだが、勇樹にそれを窺い知る事は出来なかった。
「ん…これの事か?
まぁ、訳ありって奴だ。
花屋敷、早瀬。見ての通り今日は他に客もいる。積もる話は座ってからだ。
…勤務時間は終わっているんだろう?狭い所だがゆっくりしていくといい」
その時、トレイになにやら料理を載せたアリサが部屋へと入ってきた。
「カナメ、ユウキ。晩御飯できたけど食べるでしょ?…あら、お客さん?」
彼女は占い師のドレス姿から、いつの間にか身体の線がはっきりと分かる、ラフな黒のシャツにジーンズ姿に変わっていた。おまけに赤いバンダナで長いブロンドの髪を留め、黒いエプロンまで掛けている。
これには意表を突かれたというべきか、勇樹も含め、早瀬も花屋敷も三人ともがいきなり目を丸くした。
花屋敷に到っては、あんぐりと口を開けて固まってさえいた。
勇樹は改めて流暢な日本語を話すアリサを眺める。
まるで絵画の中の人物のようだった彼女の不思議な幻想は消え、彼女がいきなり身近な存在に感じる。生活感漂うエプロン姿には理屈抜きな摩訶不思議な効果があるらしい。
「アリサ、紹介しよう。
俺の大学時代の友達で早瀬一郎と、そっちのデカイのが花屋敷優介だ。二人とも警察の人間だ」
「えっ!そうなの?やだ!アタシ何にも悪い事してないわよ」
「当たり前だ。そこにいる成瀬ともども、例の学園の事件の事で来たに決まっているだろう。お前みたいな場末の占い師を、誰が捕まえになど来るものか。日本の警察は忙しいんだ」
「相変わらず失礼な男!
言っときますけどね、アタシの占いの客には政財界の要人や大企業の社長だっているのよ。
まったく…。飼い主の為に可哀相な迷子のペットを探したり、離婚夫婦の危機を救ったり、世間で探偵と呼ばれる人達は誰かさんと違って少しは勤勉に働いていてよ。
仕事もしないでフラフラしてる探偵なんかと一緒にしないでちょうだい」
「しないんじゃない。まともな依頼がないだけだ。
大体、人間に飼い馴らされて自ら餌を取る事も忘れた怠惰な犬猫を探したり、相手から慰謝料をいかに多くふんだくるかばかり考えてる欲の皮丸出しのバカ夫婦の離婚問題の為に、カメラ片手にコソコソとセコい証拠集めをするなんざ、そもそも探偵の仕事じゃないんだよ」
「聞いた、ユウキ?
親切ごかして気まぐれで人を助けたりもするけど、実際はこんないい加減な奴なのよ。刑事さん達も、こんな社会の屑は捕まえて牢屋にでもほうり込んだ方が世の中の為になってよ。構わないからさっさと連行してちょうだい」
「早瀬、花屋敷。
この小うるさいケルト系のイギリス女はアリサ・コールマン。一応、俺の助手をしている。
本業は政財界のお偉方をも骨抜きにしてる大変腕のいい占い師だそうだ」
「ちょっと!なによ、その紹介の仕方は!」
膨れっ面をするアリサをからかうのが常なのか、来栖はニヤニヤと微笑む。
勇樹に限らず早瀬も花屋敷も色々と問題発言が連発の二人の応酬を黙って…正直呆れながら見守っていた。二人の間では日常的な会話なのだろうが、国際結婚した夫婦の喧嘩か痴話喧嘩にしか見えない。旧友である早瀬達の心情はいかばかりであろうか。
「ユウキ、それに刑事さん達。今日はタイ料理に挑戦してみたの。
あんな馬鹿探偵はほっといて私達だけで出会いの晩餐を楽しみましょうよ。
…さ、どうぞ席について。飲み物はどうなさる?
ユウキはまだアルコールはダメだからね」
「おい!俺のトコの食材を使っといて俺の分はなしなのか?」
「今日の料理は自信作なのよ。左からトムヤンクンにこの鳥肉料理がカオマンガイ。パクチーと季節のサラダはナムプリックで召し上がれ。これがタイのイエローカレーでデーン・マッサマン。どれも辛いから気をつけてね」
「こら!無視すんな」
勇樹は思わず吹き出した。ようやく早瀬と花屋敷の顔にも笑みがこぼれる。
思わず二人の反応をなかば、悪戯小僧のように目を輝かせて見守っている自分に気付いた。変わった探偵と、その変わったパートナーから人間らしい表情が覗けたというだけで、場の雰囲気が自然と軟化したように感じるから不思議なものである。
二人は中へと通された。
革張りの黒いソファに学生と探偵と外国人と刑事が、膝を付き合わせて座っている座は、かなり珍妙な恰好ではある。
来栖の事務所に訪れた男達は、改めて見開きの警察手帳を取り出し、勇樹に示して見せた。
「警視庁捜査一課の早瀬一郎です。こちらが花屋敷優介巡査。川島由紀子さんの事件を担当しています」
学生の勇樹に対しても慇懃無礼な態度を崩さず早瀬は自己紹介した。傍らの花屋敷も勇樹に首をちょこんと下げて礼をした。
「な、成瀬勇樹です。聖真学園の2年B組で川島由紀子と同じクラスです」
勇樹も慌てて名乗る。
「そうか…。川島君と同じクラスなのか。ふむ、学生がこんな時間にこんな場所にいるのはあまり感心しないな。見た所、君は怪我までしているようだが…」
早瀬は勇樹を刑事の目で観察してか、早くも何かに感づいたらしい。
まさか同じクラスの男と喧嘩していたとは言えない。「その…成り行きで…」
どういう偶然か三人は同じ大学の同窓生らしい。
二人の刑事…殊に花屋敷は旧友との再会を喜んではいるのだろうが、来栖を見る表情はまだどこか腑に落ちない固い様子である。
返す返すも謎の多い男である。
早瀬はおそらくは警察の階級でもかなり上の方であろう。眼鏡の奥の目が怜悧な、知性的な感じのする優男である。
夏場だというのに象牙色の白いコートに何かしら強いこだわりでもあるものか、事務所に入っても一向に脱ごうとはせず、到って涼しい顔をしている。
ぱっと見はエリートサラリーマン然とした風貌だが、物腰や態度にどことなく気品があり、普段から人に命令しなれた者が放つような独特の威厳がある。まだ若いが、キャリア組という奴なのかもしれない。
一方の花屋敷刑事は、これまた特徴的な顔立ちの刑事だった。入口のドアから入ってきた瞬間、勇樹は暴力団組員か何かだと思った。名前は忘れたが、ヤクザ映画に数多く出演している、厳つい顔立ちをした俳優に似ている。
細い目と不機嫌そうな表情が、無言で初対面の勇樹やアリサ、旧友である来栖を交互にジロジロと威嚇しているように感じた。
「さて、ここに来た目的はお前ならある程度は察していると思う…」
早瀬は鋭い眼差しで来栖を見つめると、開口一番そう言った。
「俺を捕まえに来た…って訳じゃなさそうだな」
来栖は皿の上の唐揚げを手づかみで取って食べた。
「うん、旨い。しかし辛いな、これ」
「ヒンとコリアンダーを合わせてみたの。スパイシーでイケるでしょ?
…それはそうとカナメ、行儀悪いわよ」
「へいへい…」
アリサが母親のように来栖を窘める。彼女は酒を固辞した早瀬達の為にコーヒーを入れていた。
早瀬は人を馬鹿にしたような来栖の言動にあからさまに眉をひそめた。
「化かし合いは嫌いだ。
単刀直入に言おう。そこの成瀬君も無関係ではなさそうだしな。渋谷の不良共を痛めつけて、自分からわざわざ警察にタレ込んで我々を呼び出した、その真意を聞こう」
来栖はニヤリと微笑んで、聡明な旧友を見返した。
「バレバレか。
…なぜ通報したのが俺だとわかった?」
「警察を見損なうなよ。
今の110番電話センターは通報者の声は必ず録音するんだ。便利で人を信用しない世の中なんだよ。第一発見者こそが犯人なんて事件がざらにあるせいでな。
まぁそれはさておき…大体、仕事が丁寧過ぎる。
あれほどの騒ぎで目撃者めいた人物は他になく、不良達や親達から今の所、一切の苦情や被害届けも出ていない。
…なぜか?この犯人は知っていたんだ。たとえ誰かに痛めつけられたんだとしても本人や親が警察にわざわざ自白する訳がない事を。何せドラッグに凶器…指紋でも出れば決定的だ。
…小細工をする時間的な余裕など最初からないにもかかわらず、この犯人はわざわざ不良達を断罪するかのようにナイフやスタンガンといった凶器だの、ドラッグだのをご丁寧にも一まとめにして逃げおおせているんだな。
…始めは暴力団絡みのいざこざかと思われたが、どうも管轄も場所も違う。不良達が素手で痛めつけられているのも理由の一つだ。
この犯人は信じられない事だが…単独犯で、おまけに素手で突発的な犯行の下に暴力行為を行った…という仮説が成り立つのは当然の事だろう?
目撃者がいない時間と場所をこれ幸いにと狙ったが、困った事に犯人にも何か手を離せない重大な事が…たとえば怪我人を抱えていたとかな。そうした事があったに違いない。
不良達が目を覚ませば証拠を隠滅される怖れもある。仕方なしに自分で通報する事にした訳だ。
あとは想像と当て推量さ。犯人は素手で不良達を痛めつけられるほど馬鹿みたいに腕っぷしが強い単独犯で、ドラッグを毛嫌いしており、尚且つ警察に貸しを作りたがっている人物…としか思えない」
来栖はよく出来ましたとでも言うようにゆっくりパチパチと拍手した。
「お見事!さすがは竹馬の友。そこまで見越しているとは恐れ入ったぜ。
…お察しの通り、俺こそ悪ガキ共にやむなくキツイお灸を据えた張本人だよ」
早瀬は目を細めた。いつの間にか、まるで取調室のような緊迫した空気が辺りに漂っている。
「最初の質問に答えろ。
なぜ回りくどい真似までして警察を…いや、猿芝居はもう終わりだ。お前は捜査責任者が俺だと知っていて呼び出したのだろう。
…なぜだ?」
「決まってるだろう。お前に、こちらの事情を短切に伝えたかったのさ」
「不良を痛めつける事で俺達に何を伝えたつもりだ?…訳がわからんぞ。どういう事だ?」
今度は傍らにいた花屋敷が来栖に問い質した。
「少しは頭を使えよ。
俺も今や学園で調査してる人間なんだぜ。お前達に、ばれないように柄にもなくコソコソとな。
早瀬は回りくどいと言ったが、とんでもない!この俺のスタンスと事件の隠された動機を警察に手っ取り早く、最短の方法で示したつもりなんだがな」
「司法取引をする…そう言いたいのか?」
「ああ…残念ながら今回の事件を依頼人の望む形で終わらせる為には警察の力がいる。
警察の言葉で言おう。俺は事件に関して、警察も知りえない、ある重大な事実を握っている。警察が俺に協力してくれるなら、俺の方も知っている事実を教えて捜査協力する事もやぶさかではない」
「これは大きく出たものだな。言っておくが正当防衛とはいえ少年達を痛めつけた傷害容疑の男を放っておくつもりなどない」
「なんだと…」
怪しい雲行きだった。勇樹は金縛りにあったように固唾を呑んで見守る事しかできない。アリサも黙って様子を窺っていた。
「お前が何を知っていようと市民が警察に協力するのは当然の義務だろう。
それに警察を嘗めてもらっては困る。
訳のわからない名探偵が灰色の脳細胞とやらを駆使して幅を利かせて犯人を逮捕するなどという、古き良き絵空事など、どこにも入り込む余地はないな。
…申請は却下する」
「…本気で言ってるのか?…見損なったぜ、早瀬。
お前だけは話の通じる相手だと思っていたのに…」
早瀬は立ち上がり、花屋敷に目配せした。
「花屋敷、緊急逮捕だ。
傷害容疑で身許不明の男を確保。目黒管内の傷害事件の容疑者だと新宿西署には伝えて一次的に身柄を拘束させる。明日には目黒署に移送だ。ついでに本部に身柄を照会させろ。
来栖要…お前には聞きたい事が山ほどある」
「早瀬!事は急を要する。チンピラのガキ共を傷つけたのとは話が違う。
…放っておけば間違いなくまた人が死ぬぞ。
川島由紀子の事件は言ってみれば呼び水のようなものだ。お前達にはまだ事件の底に流れるいびつな憎しみが見えていない」
「話はゆっくり署で聞こうじゃないか」
花屋敷も立ち上がった。

「手荒な真似はさせてくれるなよ。
来栖要…いや、お前はそもそも一体誰だ?なぜ6年前と変わらない姿(!)で俺達の前にいられる?」

来栖は黙って花屋敷を睨みつけた。予想外の展開に勇樹は思わず口を押さえた。「アリサ…しばらく留守にするから事務所を頼む。
成瀬…すまないな。
分からず屋の馬鹿どもに、事情を説明してやらなきゃならなくなった。
…楽園の花園からお迎えが来たらしい。お前も夜道と満月には気をつけろよ」
その謎の言葉が合図だったかのように、花屋敷と早瀬は来栖を両側から抑え込むようにして出て行った。
勇樹は事情聴取も兼ねて、重要参考人として警察に連行された。
これが鈴木貴子が何者かに襲撃される三日前の…予期せぬ幕合劇の顛末である。












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