「あ、雄二、今日うちに来ない? 雄二がやりたいって言ってたゲーム、昨日兄ちゃんが買ってきたんだ」
「お前の家か。んー……しかし……だが……まあいいや、行く!」
放課後の教室。
二人の生徒の何気ない会話から物語は音を立てて崩……もとい始まる。
「うおっ」
操作していたキャラクターが画面外に弾き飛ばされ、安藤雄二は思わず声を上げた。
短めの髪の下にある形のいい眉の間に皺を寄せて、隣でコントローラーを持つ森本芳樹を見る。
「また勝ったー」
どことなく幼い雰囲気の雄二は、のんびりとした口調で勝利の喜びを表した。
「お前……相当練習してるだろ」
雄二は悔しさをうまく隠すことができないまま芳樹をにらむ。
「昨日は寝るまでやったからね」
「何時間くらいやったんだ?」
「ご飯食べてからやりだして、九時に寝たから二時間かな」
「二時間か、そんなに……九時に寝た!?」
雄二が驚いて芳樹を見る。
「そうだよ」
芳樹は普通にさらりと答える。
「早すぎないか?」
「えー? いつもは八時に」
「早っ!」
軽い会話をはさみながらゲームに夢中になる二人。
ふと雄二が部屋の窓を見ると、そこはもうまっくらな夜の空。
「うわ、今何時だ?」
「七時半だね」
「やべ、俺もう帰るわ」
慌てて立ち上がる雄二。芳樹はその様子を見てのんびりとした声をだした。
「もう遅いし、せっかくだからご飯食べていったら?」
「え? いや、うーん、そうだなあ」
雄二が逡巡していると、部屋のドアがゆっくりと何かを招くように開いた。
雄二がその方向を見ると、ドアから少し長めの髪に男とは思えない綺麗な顔をした人物が部屋の中を覗いていた。
「雄二君久しぶり。ご飯食べていくんだって?」
「あ、司兄ちゃん」
「……いえ、もう帰ろうかと」
森本家の長男、できれば逢いたくなかった司の姿を見た雄二はやっとの思いで声を絞り出した。
「まあまあ、せっかくだから食べていきなよ」
そう言いながら部屋に入ってくる司。
「……いえ、そんな、悪いで」
軽やかな足取りの司の姿をよく見ると、腰周りのフリフリエプロンとしっかり締めたネクタイが素肌の上でひらひらと舞っていた。
あと乳首の上にガムテープが貼ってあった。
「……いえ、やっぱり帰ります」
そっと目をそらしながら呟く雄二。
「遠慮しなくていいって」
にこやかな表情で手をひらひらとふりながら雄二の前に正座する司。これで性別が逆なら一部の男性にとって夢のような光景だが、現実はそれなりに残酷だった。
「兄ちゃん、寒くないの?」
「はっはっは、さっきまではちょっと寒かったが、やっぱり家族以外に見られると違うね」
雄二は黙って立ち上がり、誰とも目をあわさないよううつむいたまま鞄を持って部屋を出ようとした。
「ごはん出来たわよー」
「あ、母ちゃん」
二つののんきな声に雄二が視線を上げると、司によく似た女性が、ドアから顔を出しているのが見えた。
「あら、芳樹君のお友達? せっかくだからご飯食べていく?」
高校生の子供がいるとは思えないその妙に若々しい風貌、二十代といっても通用しそうな母親に雄二が呆気に取られていると、その女性が部屋の中を覗いて眉をひそめた。
「司君ったら、またそんな格好をして」
「いや、ちゃんと乳首は隠したよ」
「ならいいわ」
よくねえだろ! という声が喉まで出かかった雄二は深呼吸をして落ち着いた。
「じゃあ、えーと雄二君だっけ? 遠慮しないで食べていってね」
「は、はあ」
深呼吸ついでにうっかり返事をしてしまった雄二。
不安という文字をそのまま擬人化したような雰囲気のまま、司と芳樹に導かれて食卓に向かうのだった。
「いっぱい食べてね」
「……はあ」
芳樹の母の言葉に雄二はあいまいに頷いた。
食卓の上にはもういっぱいいっぱいの料理が所狭しと並べられている。
「……おい」
雄二は隣に座っている芳樹に小声で話し掛けた。
「いつもこんなに多いのか?」
「うーん、いつもよりちょっと多いかな」
よく分からないという雰囲気の芳樹。
「うちはあの筋肉姉貴がよく食べるからね、大体こんなもんだよ。雄二君お茶どうぞ」
司が笑いながらコップに入ったお茶を渡してきた。いつの間にかアノ格好から普通の服装になっている。
「あれ? 兄ちゃん、若奥様セットは?」
「母さんに返した」
「……?」
よく分からないという雰囲気で雄二がコップのお茶に口をつけると、芳樹の母が素肌の上にフリフリエプロンとネクタイ、意外と大きかった胸の乳首の上にガムテープという格好で現れた。
「はい、ご飯お代わりあるから遠慮しなくていいわよー」
飲んでいたお茶を噴出しそうになった雄二は、我慢しようと口を硬く閉じた結果、鼻から豪快に噴出させてしまった。
「あらあら大変、ふきん持ってこなきゃ」
そう言って振り向いた背中からはお尻が丸見えだった。
「どうしたのさ雄二」
「げーっほ! ごほっ! ごほっ!」
芳樹の言葉に、激しくむせながら、芳樹の母が消えた方向を指差す事しか出来ない雄二。
「若奥様セットで来るってことは、母さん雄二君のことを気に入ったみたいだ」
司は腕組みしながら呟いている。
「負けてられないな……」
「げほっ、ごほっ」
よく分からないがどっちも負けてください! と言おうとするも、気管は持ち主の意思を無視しつづけた。
そこへアホな格好の芳樹の母親がふきんを持って戻ってきた。
「今すぐ拭くからじっとしててねー」
じりじりと近づいてくる芳樹の母親の息が妙に荒い。雄二は奇妙な圧力を感じて少しあとずさった。
「母さん、僕が拭くよ」
司が立ち上がった。
「あなた拭く物持ってないじゃない」
「じゃあ吸う」
雄二は耳をふさぎ、背後を見ずに駆け出した。
もう少しでこの部屋から出られると言う所で、何か硬くて大きな壁のような物にぶつかり部屋の中に跳ね飛ばされた。
「いたた……」
尻餅をついた雄二が前方を見上げると、そこには大きな何かがいた。
全身を筋肉のシルエットに覆われた巨体、ベリーショートの髪にきりっとした顔。
「香澄姉ちゃんおかえり」
「ただいま芳樹……いらっしゃい雄二」
香澄は尻餅をついたままぽかんとしている雄二を軽々と抱えあげて、椅子の上に戻した。
「それじゃご飯ちょうだい。お腹すいたわ」
香澄が椅子に座ると、何かに耐え忍ぶようなギシギシという音がした。
「そうね、パパはちょっと遅くなるそうだし、食べちゃいますか」
司と対峙していた芳樹の母は、にこやかな表情で言い放った。
「それじゃみんな食卓について」
五人(一人放心中)はテーブルを囲むように座った。芳樹の母が、乳首以外丸見えの胸の前で手を合わせる。
「それじゃいただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「おかわり」
「えっ?」
声に驚いた雄二が香澄を見ると、空のどんぶりを掲げていた。
「雄二君、かすみちゃんの一日の摂取カロリーしってる? 五千だよ五千。バカみたいだよね」
笑っていた司の頭に二リットルの水が充満したペットボトルが命中した。
「あんたこそ、たまにはまともな方にカロリーを回しなさいよ」
和やかな雰囲気で進む食事。雄二がようやくこの家族に慣れてきた頃、玄関の方で音がした。
「あら、パパが帰ってきたみたい」
バカみたいな格好をした芳樹の母が、尻と胸を震わせながら玄関に向かって行った。
司は母親似、とすると父親は誰に似ているのだろう。雄二はご飯をほおばりながらそんな事をぼんやり考えていた。
「おお、お客様とは珍しいな。いらっしゃい」
渋い声に雄二が振り向くと、そこにはスーツをビシッと着こなし、オールバックの髪に鼻の下には髭をたくわえた、いかにも紳士と言ったダンディーな人物が立っていた。
「お、御邪魔しています」
「はっは、そう緊張せずに。ゆっくりしていってくれたまえ」
雄二にそれだけいうと、紳士的な父はまた出て行った。
これまでの経過から、とんでもない父を覚悟していたが、意外とまともだった事に雄二は安堵していた。
安心して食欲が湧いた雄二はおかわりをした。突拍子も無い格好の芳樹の母から茶碗を受け取りかき込んだところで、食卓に新たな戦士が現れた。
「私も夕食をいただこうかな」
オールバックの髪に鼻の下には髭をたくわえ、むやみやたらと面積の小さいレインボー柄のビキニパンツ一丁で締まった身体を存分に見せつけている(元)紳士的な父。Tバックで尻も丸見え。
雄二はかきこんだ米をそのまま茶碗に吹いて戻した。
「ファイナルレインボーで来るってことは、父さん雄二君のことを気に入ったみたいだ」
司は腕組みしながら呟いている。
「負けられないな……」
「げほっ、ごほっ」
もういいからお前ら全員帰れ! と錯乱した雄二が言おうとするも、気管は持ち主の意思を無視しつづけるのだった。
大過なく夕食は終わり、二階の芳樹の部屋に戻った雄二は急いで帰ろうとしていた。
「あれ? 雄二帰るの?」
芳樹は意外そうな声で訊ねる。
「いや、お邪魔したな、また明日!」
鞄を持ち、芳樹に向かって片手を挙げる雄二。
「さっき母さんが雄二の家に泊まらせますって電話してたけど」
「なんだとおおお」
思わず叫んだ雄二は背後に気配を感じた。おそるおそる振り向いた雄二の視界に、Tシャツ一枚の芳樹の母親が立っていた。
「それじゃ雄二君、お風呂入ってくれる?」
「いえ、あの、もう帰ろうかと」
「着替えは司君のだけどいいよね」
「長くお邪魔するのも」
「お風呂は階段下りて右ね」
「えーとあの」
「ごゆっくりー」
人の話を全く聞かない人妻は、足丸出しで階段を下りていった。
「……どうする? 俺」
雄二は持たされた着替えを抱えたまま呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
「ふー」
湯船の中で雄二は一息ついていた。
なんとなく流されてこんな事になってしまった、いい加減なんとかせねば。そんな事を考えていると、脱衣所のあたりが騒がしくなっている。
何事かと思った雄二が湯船から出て様子をみようとした時、風呂場の戸が開いて芳樹の母が入ってきた。全身裸で臍の下にタオルを当てて、なぜか乳首にガムテープ。
「おわっ!」
雄二は慌てて湯船に飛び込んだ。
「お背中を流しますよー」
「いいいいいいや結構です」
全力をもって断る雄二。
「お客様なんだから遠慮せずに」
ゆっくりと湯船に近づくガムテープ。さあどうすると雄二が迷っていると、また風呂場の戸が開いた。
「雄二君の背中を流すのは僕だ」
司が入り口で仁王立ちしていた。乳首にはもちろんガムテープ、さらに局部にもガムテープが貼ってあった。
「やるわね司君。そんな所にまで貼るなんて」
「僕は負けないよ」
ガムテープで勝負と言う全く想像の埒外の奇現象に、雄二はただ二人のガムテープをみる事しか出来なかった。
そこへさらに風呂場の戸が開き、新たな戦士が現れた。
「前が見えん!」
紳士だった芳樹の父が、目をはじめとする全身あちこちにガムテープを貼った姿で突入してきた。
元紳士は視界不良を存分に生かした突進で湯船に特攻。雄二と衝突して二人仲良く悶絶した。
「よく分からんが、怖い家だな、ここは」
司のパジャマに着替えた雄二が、芳樹の部屋の床に敷いた布団の上で呟いていた。
「どうしたの雄二」
ベッドの上で早くも眠そうな顔をしている芳樹が、あくびをかみ殺しながら訊ねた。
「いや、もう寝よう。早く明日が来るように」
雄二が布団に入ろうとすると、部屋のドアが勢いよく開いた。
「雄二君、一緒にDVD見ない?」
そこには下に何も着ていない事がうっすらと分かるスケスケのネグリジェを着た司が立っていた。雄二は何もいわずに布団に入って目を閉じた。
「雄二君、夜はまだこれからだって。起きて起きて、ほら『東京排泄倶楽部』のDVD見ようよ」
雄二の身体を揺さぶる司、しかしぴくりも反応しない。
「しょうがないな。じゃあ僕も寝よう」
そう言って司は雄二の布団にもぐりこんできた。
「のわっ」
雄二は慌てて布団から飛び出した。
「自分の部屋で寝てください!」
「えー」
「えーじゃなくて!」
そこへまた部屋のドアが開く。現れたるは下に何も着ていない事がうっすらと分かるスケスケのネグリジェを着た芳樹の母。
「一人で寝るのは寂しくない? 添い寝はいかが?」
「寂しくありません!」
「えー」
「えーじゃなくて!」
顔だけじゃなくて思考もそっくりの母と子。この状況をどうしようかと雄二が考えていると、ドアの向こうから新たな戦士が現れた。
「男でも妊娠するかどうか実験したいんで協力してくれないか」
そこには何も着ていない事がはっきりと分かる元紳士の現鬼畜が立っていた。
「するわけねーだろ!」
さすがに雄二は突っ込んでおいた。
「夢がないよ雄二君」
「するかもしれないじゃない」
母子兼魂の双子が世の理に異をとなえる。
「お前らいい加減に」
雄二が特大の突っ込みを入れようとした次の瞬間、芳樹の部屋の壁が崩れた。
もうもうと立つ埃の向こうから現れたのは、全身筋肉の巨体。香澄だった。
ただ、いつもの筋肉と違うのは、股間に黒い棒のようなものがあることだった。
「あっ、あれ僕の(バキューン)付きビキニパンツ! かすみちゃん、勝手に取らないでよ」
司がネグリジェ姿で抗議する。香澄はその声を無視して腰を抜かしている雄二の前に立った。
「これでようやく一つに……」
なんか絶対的に間違っている! そう叫ぶ雄二の脳髄とは裏腹に、肉体は酸欠の鯉のように口をパクパクさせるだけ。
「ちょっとかすみちゃん、(ドキューン)付きビキニパンツ返して」
「そうよ、私も狙ってたのよ(ダダダダ)付きビキニパンツ」
二人の抗議も無視して香澄は雄二に迫る。絶体絶命。
「両手を伸ばしてのびのびと背伸びの運動〜」
その時、場違いなラジオ体操の音が部屋に流れてきた。
雄二に向かって手を伸ばしていた香澄は、その音に合わせて全身を伸ばす。
「ふっ、娘の弱点などお見通しだ」
香澄の後ろで、ラジカセを持った全裸の紳士だった何かが不敵に笑っていた。
「香澄はラジオ体操の音を聞くと条件反射でぼごおっ!」
香澄の大気を切り裂く手足の運動が全裸にスマッシュ。全裸は吹っ飛んだ。
「うわっ!」
「きゃあ!」
魂の双子も吹っ飛んで悶絶。最後に香澄はその場飛びで天井に頭をぶつけてその場に崩れ落ちた。
「……えーと」
その場に残された雄二はしばらく考え込んでいたが、ため息を一つつくと布団に入った。
明日はいい日になりますように。
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