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最高のギフト

作者:加藤さとし
 読者の皆様。メリークリト○ス。
 素敵なクリスマスになるといいですね。
 僕が彼女に出来ることはただひたすらに飛ぶことなんだ。
 彼女の夢を叶える為に飛び続けることなんだ。
 慣れない体であったとしても、約束を守ってくれると信じて飛び続けるんだ。
 たとえ、僕の命のともしびを燃やすことになっても。
 それが、僕が彼女にしてやれるたった一つのギフトだから……。

 
 下界のビル群がかすんで見える遥か上空で僕とチョビン部長は宙に浮かんで佇んでいた。
 いや、実際に僕達の姿が見えるなら、浮かんでいるのは僕一人に見えたかも知れない。
 それはチョビン部長が僕の肩にちょこんと座っていたからだった。
「有紀よかったなぁ。昇級おめでとう! これで有紀も来年からは晴れて天使の仲間入りってもんだ」
 師走の寒空に肩を震わしながら、チョビン部長は微笑んで話しかけていた。
「はい。これもチョビンさんのおかげです。だって、この三年間手取り足取り仕事を教えてくださったからですよ」
 チョビンさんは、僕の言った事に対して満足そうな表情を浮かべてまんざらでもない様子に見えた。
「そう言ってくれてありがとう。確かに不慮の事故で亡くなって、この世を彷徨ってる有紀を初めて見つけた時はどうなるものかと思ったもんだよ」
「ですよね。僕も突然の出来事だったものですから、混乱してしまいまして危うく道を間違えるところでしたよ。ほんと、チョビンさえに逢っていなかったらと思うと……」
「まぁ、とにかく、カンパニーに入社して第二の人生を歩むことになったんだ。最初はショックだったと思うけど、意外に有紀も仕事を楽しんでやってるのじゃないかね」
「はい、道に迷ってる人たちを誘導する仕事にはやりがいを感じます。ほんとカンパニーに入ってよかったですよ」
 僕は、少し照れくさく思い、下を向いてチョビンさんにそう言っていた。
「カルマを全く背負ってない有紀だから出来る仕事なんだよ。お互い天職だと思って、これからも頑張っていこうな」
 チョビンさんは嬉しそうに僕の肩の上で体を弾ませていた。

 申し遅れたが、僕の名前は川島有紀。三年前に道に飛び出した子供を助けようとして、そのままトラックに轢かれてこの世を去ってしまった。ちょっとドン臭い天使見習い。歳は享年26歳、実際には24歳なのかな。事故死してフラフラと魂が彷徨っていたところを、チョビンさんに拾われて、そのまま天界カンパニーって会社に就職したってわけ。ふつうは、そのまま天国に行くわけなんだけど、僕みたいに善の心が多くてカルマの少ないものはカンパニーで仕事をするそうなんである。カンパニーでの仕事は亡くなった方の魂を救済して天国に導く仕事をしている。そして僕は天使見習いをカンパニーでしているのだが、一生懸命に日々の業務を励んだことが認められて来年から天使になることが内定しているのだった。そんな、第二の人生を謳歌しているのだが、最近はカルマを多く背負ってる人が多いので仕事は激減していた。下界同様に不景気なので仕方がないと思ってる。
「ところで、有紀、昇級祝いの休暇はどう過ごすんだ。確か三日あったよな」
「はい。明日から三連休です。ひさびさに気になる人のところに行って、見守っていたいと思ってるのですよ」
「気になる人って?」
 チョビンさんは興味があるのか、体を前のめりに乗り出して聞いてきた。
「あゆみって名前の人なんですけど。僕の生前の婚約者だった人なんですよ。事故で僕が突然いなくなったものですから、どうしてるのか気になって仕方ないのですよ」
「あぁ、なるほど、前に有紀が話してくれたピーターパンのようにお空を自由に飛ぶのが夢だって言っている女の子だね」
「ですです」
 僕は、まもなくあゆみの姿が見れると思うと、自然とチョビンさんに話しながら口元が緩んでしまう。
「そっかぁ。それは気になって仕方ないよな。じゃ、これから彼女のところに向かうって訳だ。ちょうど、明日はクリスマスイブでタイミングがいいし、有紀にとってはいい休みになりそうだな。ただし、カンパニーの規約に背いていけないよ。分かっていると思うが、有紀はもう下界には存在していない状態だから、あゆみちゃんの人生には干渉しちゃいけない。あくまで見守ってるだけだからね。一応、心配だから、最初だけ俺もついていってやるよ」
「分かってますよ。で……なんでついてくるのですか。ただ、チョビンさんが僕の彼女を見たいだけじゃないですか! 心配いりませんよ、一人で大丈夫ですから」
 僕は思わず、チョビンさんにつっこみを入れていた。
「エヘヘ、ばれたか。しかし、これは上司の業務命令だからな。ついて行くといったらついて行く。いや、冗談抜きで言うと、実際に彼女に会うと心が揺らいでしまう事があるんだよ。間違いがあったら手遅れになる事例も過去にあったので、最初だけお供させてもらうよ」
 都合が悪くなるとすぐに上司の顔を出し「業務命令だ!」という十八番が飛び出すのだけど、チョビンさんの言うことも一理あるので、僕は仕方なく一緒にあゆみのところに向かうことにした。

 僕達は都会の喧騒の中を高速で浮遊飛行しながら、あゆみを探していた。
 隣で飛んでる部長は、寒さの中、元々小さい体をさらに縮こませている。
 なんでも、天使を長くやってると体は小さくなっていくそうだ。
「有紀の彼女もカルマが少ないはずだから探すのは簡単だと思ったが、なかなか見つけられないね」
「ですよね。僕が生きてる頃のあゆみは、とても気配りの出来る優しい子だったので、すぐに見つかるはずなんですけど……」
 しかし、僕達の予想とは違い、それから二時間探しまわってもあゆみは見つからなかった。
「ここまで、見つからないとすると……。もしかしてあゆみちゃんはカルマに……」
 チョビンさんが気になることを言いだしてきた。
「なぁ有紀、ちょっと探し方を変えてみようか。悪いとは思うけど、人ってのは短期間に変わるものだしな」
「いえ、気にしないで下さい。チョビンさんの言うことはもっともだと思います。次からはカルマの気も含めて探して見ます」

 僕達天使には特殊な能力があって、人間の気を見ることが出来た。それは仕事をしているうちに先輩天使から徐々に見方を習っていくものなのであった。そして、気は僕達にとってその人の善悪を見るのに仕事上必要なものであってして、この仕事をするには必須なスキルなのである。
 気ってものは天使からの視野では体全体から色を出して映りだすものだった。その色は非常に分かり易いものであって、善なほど明るい色で目に映り、悪だと黒に近い色彩を放つものだった。それから、カルマって呼んでるのは人の業を表すものであって、これが多いと気はどうしても暗い色をしてしまうものだった。
 そうして、僕とチョビンさんは暗い気を放ってる人も視野に入れて、あゆみを探すことにしたのだった。
 そして……。気の見方を変えた途端に、すぐにあゆみを発見してしまったのだった。

 彼女はファミレスで女友達と食事をしていた。
 三年ぶりに見るあゆみは、少し痩せた感じはしたものの、相変わらずクリクリした大きな瞳をしていて可愛らしく、友達と話す口ぶりなどから、元気そうに見えた。
 でも、その元気さは、以前のあゆみの持つイメージとは少し違う感じがするものだった。声をうわずらせて話したり、突然、周りの目を気にせずに大声で笑い出す。僕の知ってるあゆみには無かった振る舞いが多く、どこか違和感を持ってしまうものだった。それと、さきほどから、テーブルの上にはあゆみが食べたであろうハンバーグやスパゲッティーが乗っていた皿が綺麗に平らげられて積まれていた。にもかかわらず、あゆみは呼び鈴で店員を呼ぶとグラタンを注文しているのだ。店員も言葉には出さないが首をかしげていた。痩せの大食いってのはあるけど、僕の知ってるあゆみは少食のはずだったのにと思う光景だった。
「なぁ、有紀。彼女かわいいのだけど……。ちょっと……」
 チョビンさんは始めて見る彼女を褒めてくれたのだが、その後に言葉を詰まらせた。
 すぐに、僕にはチョビンさんの言いたいことが分かってしまう。
「カルマですよね」
「あぁ、ちょっとキツメの色をしてるね」
 そう。チョビンさんの言うように、あゆみの気の色は黒に限りなく近い色をしていた。
 一体、僕が他界してからあゆみに何があったのだと思うぐらいの悪い色をしているのだった。
 それに、さっきからのあゆみのハイテンションぶりも気がかりに思える。そんなことを思いながらあゆみの動向を見守ってるうちに、すぐに答えが見つかってしまったのだった。
 それは、あゆみがグラタンを半分近く食べきった時に彼女に異変が現れたからだった。
 あゆみは、一緒にいる友人に「ちょっと気分が悪い」と言って立ち上がると、トイレに駆け込んだ。
 それから、彼女は便器に向かって、さっきまで食べていた物をすべてもどしたのだ。そして、吐いた後に、何食わぬ顔をして、ポーチから注射器を取り出すと、腕の血管に針を入れたのだった。腕には青いあざのような注射痕がたくさんみられて痛々しかった。
 その行為は。カルマが以上に高い彼女の気の色を見て伺いしれるものだった。
 それは、僕にとってはあまりにもショッキングで残酷なものであった。
「有紀の彼女は、残念ながら薬物中毒みたいだな。しかも、かなり依存してるみたいだ」
 僕と一緒にさきほどまでのあゆみの行動を見ていたチョビンさんが僕の心を代弁するかのように言っていた。
「チョビンさん、ちょっと一人になりたいです。悪いですけど、今日は帰ってもらえませんか」
 僕は悲しさのためか、自然と瞳から冷たいものがこぼれだし、チョビンさんにお願いしていた。
「有紀はこのあとどうするんだ?」
 僕の事を心配してチョビンさんは聞いてきた。
「分かりません。でも、もうちょっとあゆみの事を見ていたいと思います」
「そっか、有紀の気持ちは察っするよ。俺は明日も仕事なので帰るけど、ただし、何度も言うように彼女の人生には決して干渉はしてはいけないぞ。規約に反すると、とんでもないペナルティーが待っているからな。絶対に情に流されてはいけないよ」
 まるで、チョビンさんの言ったことは、今後の僕が起こす行動を予兆しているかのように聞こえてきた。
「じゃ、こんなことになってしまったけど、お決まりの言葉で、いいクリスマスを!」
 別れ際にチョビンさんは僕を励ますためか冗談っぽくウインクをすると、西の空に飛び立っていった。
 僕は、再びあゆみを見守ることにした。
 トイレから出てきたあゆみは、大きな瞳がトロンと虚ろで、口が半開きの状態でさきほどまで座っていた席についた。
 すぐに、友人が「大丈夫?」と声をかけてくる。
「うん、私、もしかしてつわりかも知れない」とあゆみは大声で笑った。
 心配して聞いてくれてる友人に対して、とても返せるような言葉ではないと思ってしまう。
「あゆみ、つわりって……あなた、憶えがあるの?」
「あるわけないじゃん。ちゃんとHする時はゴムしてもらってるし、冗談だって、ジョークだよ」
 とても、面前で話すような内容では無いことを平気で言うあゆみだった。隣で食事をしていた家族連れなどは明らかに不快な表情をしているのが見てとれた。
「あたし、なんだか、トイレで用足したら、またお腹すいちゃった」
 そう言って、あゆみが店員を呼ぼうとした時、彼女の携帯が鳴った。
 あゆみは、即座に液晶ディスプレイに目を通し、相手を確認してから電話に出た。
 そして、友人に聞こえるような大きな声で話しだした。
「踊りにこないかって……今はダメだってば、友達とご飯食べてるし。それに、あたし、明日仕事だし」
 僕もあゆみの友人も会話内容に耳を澄ました。
「え!? それほんと。だったら行くかも――じゃ、また後で」
 そう言ってあゆみは電話を切った。
「剛からなんでしょ? 私のことはいいから楽しんでこなよ」
「だって悪いよ。今日誘ったのあたしだし……」
「気にしないでいいよ。踊りに行きたいのでしょ」
「うん」
 あゆみは、少し申し訳なさそうな表情をして友人の目を見つめていた。
「ほんと、そんな悲しそうな顔しないでいいよ。早く、剛のとこに行ってあげなよ」
「うん、ごめんね。じゃ、あたし行くわ。今度、お詫びに何か奢るからさ」
 あゆみは伝票を持ってレジに行き勘定をすませると、店をあとにして夜の街に飛び出していった。
 もちろん、僕もあゆみの後を追った。

 あゆみは、ロングのブーツを軽快に弾ませながら、無邪気にスキップをしていた。
 クリスマスのイルミネーションで着飾った街は、あゆみの楽しそうな姿でより一層に映えて見える。
 あゆみのその姿は、一年ほど前にカンパニーの規約を破ったおかげで懲戒免職になったセフィロスという名の天使が負け惜しみのように堕天使となって下界に踊りながら降りていった姿を僕に彷彿とさせた。
 あゆみは、彼女の姿を見て振り向く人たちなど、どこいく風で流行の歌を口ずさみながら、さらにスキップをして街の中に溶けつつあった。僕は見失わないように、あゆみの弾む体の後を尾行した。
 ほどなくして、あゆみはメトロと書かれた交差点脇にあった出入り口から階段を下り、地下鉄に乗り込むと、そこから二つ先の駅で降りた。その後、再び地上に出たあゆみは、またスキップをしながら街をねり歩き、雑居ビルの地下にある「ギルド」と看板に出てる店舗の中に吸い込まれていった。僕もそのまま閉められた扉を体を半透明にして中に入っていった。
 店内に入ると、イヤホンでもしたくなるような耳障りな大音響が僕に襲ってきた。
 そんな状態なのに、店内にいる人たちは混雑している人ごみの中で狂ったように音楽にあわせて体をくねらせて踊っていた。それと、この店に入ってから、僕は胸が締め付けられるような不快感にも襲われた。恐らく、この店にいるほとんどの客が高いカルマを背負ってるからに違いないと思ってしまう。一刻も早く、こんな場所から飛び出してしまいたいと願ってしまうのだが、あゆみの事が気になるから、そういうわけにもいかない。
 僕は踊ってる人の体をすり抜けてあゆみを探した。
 しかし、踊ってる人の中にはあゆみの姿は見当たらない。
 目で探しても埒があかないと思ったので、気であゆみの姿を感じることにした。
 すると、VIPと書かれた四方を壁で囲まれた個室からあゆみの気を強く感じることが出来たのだ。なるほど、いくら目で探しても見つからないわけだと納得しながら、僕は壁をすり抜けて室内に入った。
 部屋の中には、あゆみと見知らぬ男が、ソファにー腰を深く落としカクテルで乾杯している姿があった。
「これ、手に入れるの苦労したんだぜ!」
 顔のあちこちにピアスをした男性が、ポケットから袋に白い粉末の入った物を自慢げにあゆみに見せていた。
「ねぇ、剛。どうやって手に入れたのよ」
 あゆみは興味津々で袋に目をやりながら男性に詰め寄っている。
 なるほど、先ほど、あゆみに電話をかけてきたのは、この男性だとその時思った。剛はあゆみの彼氏なのだろうか? と少し僕は嫉妬めいた気持ちになってしまう。だが、そんな事を考えても実体の無い僕には無縁なことも同時に覚えてしまう。
「兄貴から、買ったんだよ。なんでも最高にトリップできるそうだぜ。これ使ったら、おまえが前から言ってたピーターパンのように空を飛べるんじゃないか。それと、大好きな死んじゃった彼氏とも逢えるかもな」
 剛の放った言葉に僕はハットした。もしかして、あゆみが薬に依存するようになったのは……。
 また、僕は目頭が熱くなってしまった。それと、ピーターパンの事も……。
僕は剛の言った事をきっかけに、三年前のあゆみにプロポーズした夜のことを思い出していた。
 そう、あの夜はちょうどクリスマスイブの日だった。
 その日は、少し早めの夕食をあゆみと一緒にとってから、前から彼女が行きたがっていたディズニーランドに向かったのだった。ジャケットの右ポケットに婚約指輪をしのばせて。
 そして、アトラクションをいくつか回った後に、シンデレラ城の広場で、その日最後のショーを見たのだった。そのショーで盛大な花火をバックにピーターパンが優雅に空中を泳いでいた。あゆみは、目を輝かせながら彼の姿を追っていた。僕は、あゆみの肩を抱きながら「いつか一緒に空に飛べたらいいね」なんて事を口にしたのだった。それは、とてもロマンチックな夜であって、僕はその後、あゆみにプロポーズしたのだった。それからというもの、あゆみは口癖のように空を飛んでみたいと言う様になった。
 そんな、思いにふけっていると、あゆみが剛に薬をせがんでいる姿が素敵な思い出をかき消してくれた。
「ちょうだいよ。それ」
 あゆみは、剛から袋を奪い取ろうとしたが、そう易々と剛も袋を渡すわけもなく、あゆみの手は空振りを見せていた。
「ダメだよ。そんな簡単にやれるわけないよ。相場はグラム3万だ」
「あたし、そんなお金持ってないよ。いつもの値段で分けてよ」
「だったらよ」
 剛は、そう言いながら、あゆみのミニスカートに手を伸ばした。
「ちょっと、何すんのよ! 一回寝たぐらいで、彼氏づらすんなよ。汚い手で触らないで」
 あゆみは、目をつり上げさせ剛の手を払いのけると、汚い言葉で罵った。
 すると、剛はいきなり、あゆみのほっぺたに平手うちをした。
「何言ってんだ。このアマぁ。現に、のこのこと店にまで来たのも薬が欲しくてたまらないのだろ? どうせ、薬が切れたら、前みたいに何でもしますってお願いしてくるのじゃないのかよ!」
 その剛の言ったことを聞いて、あゆみは「うわぁ」と叫んで剛に殴りかかったのだが、すぐに腕をつかまれ、そのままソファーに押し倒されてしまった。そして、剛はあゆみの体に馬乗りになり乱暴に服を脱がそうとしていた。
「何するのよ。もう嫌だってぇ。止めないと声上げるからね」
「やってみろよ。誰も声あげたって助けにこねぇからよ。だってこの店は兄貴から俺が仕切りを任せてるからな」
 それでも、あゆみは必死に抵抗を見せて、「誰か、助けてぇ」と大声を張りあげた。
 すると剛は、その声を消すために、あゆみの喉に手をかけた。
 このままでは、あゆみが危ない。
 いったい、僕はどうすればいいのだ。
 僕は、何とかしなければいけないと思い、気がつくと、やってはいけないカンパニーの規約に反する事を犯してしまった。その行為とは、剛の体に憑依してしまったのだ。
 剛の体に入った瞬間に、僕の体は引き裂かれそうな痛みに襲われる。それは、恐らく、剛の心と邪悪なカルマが僕という異物を排出しようと抵抗しているのだと思われた。僕は痛みと戦いながら、必死に剛の体を制御するのに努めた。その甲斐あってか、数分もしないうちに、剛の心をある程度押さえ込むことに成功したのだった。しかし、初めて行ってしまった憑依なので、どれくらいの時間持つのか想像すらつかない。ただ、分かっているのはそんなに長い間憑依が続けられないということだった。それは、僕自身の体力の著しい消耗から伺い知れるからだ。とにかく、早くあゆみを逃がさないと、いつ憑依が解けてしまうか分からない。
 僕は、剛の体を操りながら、あゆみの首にかかった手を払いのけさせた。それから、あゆみの体から離れて、「早く逃げろ」と叫んでいた。
 あゆみは、最初、突然の剛の変化にきょとんとした表情をしていたが、ただならぬ気配を感じたのか、すぐに「あなた、一体誰よ? 剛と感じが違う」と僕によって憑依された剛の体に聞いてきた。
 僕は、痛みと戦いながら「いいから、早くここから立ち去れ!」と叫んでいた。
 その声を聞いて、あゆみは「うん。誰だか分からないけど、ありがとう」と言うと、室内から急いで飛び出していった。僕は、あゆみの気配が消えるのを確認してから、剛の体から抜け出した。剛は、僕に憑依された後遺症からか失神してしまいソファーに倒れこんでいた。
 僕は、そんな剛の姿を見て、咄嗟の事とはいえ、とんでもない事をしてしまったと自らの行為を反省した。どんな事情があったにしろ、カンパニーの規約に反してしまった。とにかく、規約に反してしまった事を上司のチョビン部長に報告しないといけないのだった。
 そして、僕は店から出ると、チョビンさんに報告するために一旦、カンパニーに戻ることにした。
 カンパニーは天界にあるため、上空に向かって飛ばないといけないのだが、先ほどの憑依のダメージの為か、うまく飛ぶことが難しくなってしまっていた。それでも、僕は残りの力を振り絞ってカンパニーに向かったのだった。いつもより、三倍近くの時間をかけてカンパニーに戻ると、チョビンさんが、心配そうにカンパニーの玄関先で僕を待っていてくれた。
 すぐに、チョビンさんは、僕の体の異変に気づき駆け寄ってきてくれた。
「有紀、一体何があった?」
「す、すみませんチョビンさん。僕は規約を破ってしまって……」
「とにかく、話は後だ。今は休息をとれ」
 そう言うと、チョビンさんは、小さかった体を変化させ、僕よりも一回り大きな体に変わると、僕を背中に抱えて自室まで運んでくれた。僕は体力を消耗していたためにチョビンさんの背中で眠りについた。
 気がつくと、僕は自室のベッドで目を覚ましていた。
「おお。だいぶ顔色がよくなったな」
 目を開けた先には、元の体の大きさに戻ったチョビンさんが心配そうな顔で覗きこんでいた。
「どうも、すみませんでした」
「それで、一体、俺と別れてから何があった?」
 僕は、このような体になってしまった経緯を包み隠さずに、チョビンさんに報告した。
 僕の話を聞きながら、チョビンさんは悔しそうな表情をして「俺がついていれば……」と呟いた。
 チョビンさん話では、憑依と言う行為は非常に重い規約違反なのだそうだ。それは、取り付いた方も取り付かれた方も存在そのものが消え去る危険性が高いからでそうである。今回のように短い時間だからこそ、お互いに大事にまではいたらなかったが、もし長時間にわたって、憑依していたら、相手を取り殺してしまったり、自分自身が激しい体力の消耗から、取り付いた体から抜け出せなくなり、最終的にはカルマに取り込まれて悪魔化してしまうか、もしくは存在自体が消滅してしまうのだそうだ。それいえに、憑依は重大な規約違反になってるとのことだった。
 それから、チョビンさんは、とりあえずの規約違反に対してのペナルティーを言い渡した。
 それは、当分の間の出社自粛というものであってして、これは、あくまでの仮処分ということだった。本当の処分については、CEOというカンパニーにおいての最高責任者と協議して決めるというものだった。場合によっては、懲戒免職になる可能性もあるとのことである。僕は、それを聞いた時に一瞬セフィロスさんの事を思い出してしまっていた。セフィロスさんのようにカンパニーを追放されて堕天使になってしまうのだろうかとも考えてしまうのだった。
「とりあえず、処分が下るまでは部屋でおとなしくしておけ。個人的には、有紀の取った行動は分からないまでもないので穏便な処置になるようにCEOに話してやるから。もう決して無茶をしてはいけないぞ」
 そう言って、チョビンさんは部屋を出ていった。

 部屋に一人っきりになってから、僕の頭の中はあゆみの事でいっぱいだった。
 とてもじゃないが、あゆみのこれからの事が心配で部屋でじっとなどしてられない心境だった。
 そんな訳で、僕は、すぐにチョビンさんのいいつけを破って部屋から飛び出し、あゆみのいる下界に向かって飛び立っていた。さきほど、休息をとったので、体力もすっかり回復している。
 僕は、すっかり日が昇り、明るくなった蒼穹の空を飛びながら、どうやって、あゆみの薬物依存を断ち切らすかばかり思案していた。しかし、あまり考えてる時間もないわけで、部屋から飛び出したことが、いつチョビンさんに発覚してしまい、連れ戻しにくるか分からない。そんな状況の中、あゆみのために出来ることを考えるのだった。そうして、導きだした答えが、薬物依存に落とし入れたであろう剛と言う男に再度、憑依して、彼の口から関係を絶つような事を言うしかないと思ったのだ。まずは、薬の入手経路を絶とういう考えなのだ。
 ぐずぐずしている時間はないので、僕は空中浮遊しながら剛の気を探し始めた。
 昨日、憑依したばかりってこともあるのか、すぐに剛のカルマに満ち溢れた負の気をすぐに感じとることが出来た。
 僕は、剛の気を頼りに上空から彼を探索した。
 ほどなくして、剛の気は上空からでもはっきりと分かる派手な客寄せ看板のあるパチンコ屋の建物の中から強く感じた。
 早速、地上に降りると、パチンコ店に入り剛の姿を探した。
 すぐに、僕は剛の姿を店内で発見した。
 剛は、慣れた手つきでスロットにコインを投入してゲームに興じていた。
 剛は負けこんでいるのだろうかイライラしていて、時折、スロット機を手のひらで叩いていた。
 剛の体全体からは見てるだけで、気分が悪くなるようなカルマが感じ取れた。
 僕は、また、剛の体に憑依しないといけないと思うと気分が乗らない。
 それでも、剛に憑依しない限り、あゆみを助けてやる術は無いと思えるので躊躇しながらも彼の体に入り込むしかないのだ。
 そして、いよいよ憑依しようと行動に移るときだった。
 剛を呼ぶ聞き覚えのある声がして、彼はスロット機のリールから目を反らして、声のする方に振り返った。
 僕も、剛と同じように声の主に視線をやった。
 そこには、あゆみが手を振りながら立っていたのだった。
「てめぇ~、何しにきた。それと昨日、俺に何しやがった?」
 あゆみの姿を確認した剛は口をとがらしてわめいている。
「剛君、何怒ってるのよ。今日はお願いがあってきたのよ――昨日の事はあたしもよく分からないの」
 あゆみは、昨日とはうって変わって、甘えた声を出している。
「お願いって。どうせ、薬の持ち合わせが無くなって困ってるのだろう。お前は正真正銘の薬チュウだからな」
 剛は、そう言って鼻で笑った。
「剛君ったら、ひどーい。でも、薬が欲しいのは図星なんだなぁ。ねぇ、持ってるのでしょう? 少しでいいから分けてよ」
 あゆみの言ってる事に、僕は耳を塞ぎたくなってしまう。
 剛の方は逆に、してやったりと言う顔をしていた。
「まぁ、薬がないわけでもない。でも、買う金持ってるのかよ?」
 あゆみは、金のことを聞かれて、少し困った表情をしたが、すぐに「お金はないのだけど、代わりにあたしの体で払いたいと思ってるの。ね、いいでしょう? もう、あたし、したくてしたくてたまらないの」
「どっちがしたいんだ。薬かHなのか? どっちにしても、どうしようもない女だな。まぁ、いいだろう。俺もちょうどムラムラしていたところだし、お前の体を買ってやるよ」
「ほんとに、買ってくれるの。やったぁ、やっぱり剛君は話が分かるよね」
 あゆみは、後ろから剛の背中に抱きついて喜んでいた。
 僕は、耳だけでなく、目さえも塞ぎたくなる光景を目の当たりにして悲しみを通りこした怒りにも似た感情が巻き起こった。
 こんなことは、絶対に許せない。早いところ剛の体に憑依しなければ……。
 そう思った時、僕はある閃きが浮かんだので、もう少し様子を伺うことにしたのだった。
「じゃ、そろそろ行くとするか」
 剛はスロット機の席から立つと、あゆみの手を引っ張って店の外に出た。
「ね、剛君。どこで薬くれるの?」
「そう、焦るなってぇ。今から俺のアパートに行ってそこで打ってやるよ。それからお互い気持ちよくなったところで楽しもうぜ」
 どうやら、二人の会話のやり取りから剛の住んでるところに行くみたいだった。
 パチンコ屋のガレージを剛の車に向かって歩く二人の姿は、腕を組み、はたから見たら中むつまじき、クリスマスイブを過ごすカップルにしか見えなかった。僕は悔しい思いをしながら二人の跡をつけた。
 剛は歳相応じゃない黒のセダンの前に立ちどまり、エンジンキーでドアのロックを解除すると、あゆみを車に押し込みエンジンをかけた。僕はエンジンをかけてる隙に、後部座席にもぐりこんだ。こういう時、実体のない体はつくづく便利だと思ってしまう。霊感のある人以外は僕の存在など気づくはずもないからだ。
 30分ほど、剛は車を走らせてから、貸しガレージに剛は車を止めた。
 車から降りた二人は徒歩で剛の住んでるところに向かった。
 ほどなく歩いたら、剛の住む二階建ての木造アパートについた。
 剛の住んでるアパートは高級車に乗ってる割には、質素そのものな感じがする。
 剛の部屋は二階にあるようで、二人が階段を昇っていった。段を昇るたびに、木造の階段がギシっと悲鳴を上げている。そして、階段を上りきった二人は玄関口に洗濯機が部屋ごとに並んだ細い通路を抜けて、剛の玄関先についた。剛はポケットから部屋の鍵を出すと立て付けの悪いドアを開けて室内にあゆみを招き入れた。
 部屋の中は、非常に簡素なつくりをしていて、台所もどきの狭い洗い場とトイレ、その横に6畳ほどの和室があるだけのものだった。しかも、ただでさえ狭い部屋の中は万年床が敷かれていて、その周囲には足の踏み場がないぐらいに雑誌やゴミが散乱している有様である。
 剛は、部屋につくと時計を見て、「もう、こんな時間かとつぶやいた」
 時計の針は四時を少しすぎたところを指していた。
 そして、布団の横に散乱してるゴミを足で蹴飛ばすと、そこに着ていた上着を放りなげた。
「剛君、掃除ぐらいしたらいいのに」
 あゆみは、見かねて剛にそう言っていた。
「うるせぇなぁ。男の部屋ってこんなものなんだよ。そんなことはいいから、お前は早く服を脱いで、布団の上で待ってろよ」
「ねぇ。その前に早く、薬打ってよ。もう、あたし昨日から切れちゃっておかしくなっちゃいそうなんだよ」
「あぁ、そうだったな。忘れてたよ。せっかく家まできてくれたから、サービスで兄貴から買った、新しいやつ打ってやるよ。俺も、まだ打ったことないけど、むちゃくちゃ気持ちいいらしいぜ」
 あゆみは、それを聞いて、腕をまくり上げた。
「ちょっと待ってろよ」
 剛はさきほど投げ捨てた上着から、白い粉を取り出すと、それを水に溶かして注射器に注入しだした。
 僕は、その様子を見て、憑依するのは今しかないと思い、行動にうつした。
 剛は、僕に体の中に入られると、一瞬動きが止まってしまい、注射器を手から落としてしまう。
 僕自身も、昨日ほどではないが、体中に痛みが走ってくる。それでも、昨日ほどもがくことなく、剛の体を制御することが出来た。だいぶ、僕自身の体も、剛の体に馴染んできてるのかも知れない。
 僕は、剛の体を使って落とした注射器とテーブルの上にあった白い粉を手にとると、トイレに向かった。それを見て、注射を早く打ってもらいたいあゆみもついてきた。
 そして、僕は注射器を便器のふちで叩き割ると、白い粉と一緒に便器の中に投げ入れた。
「ちょっと、剛。何してるのよ。もったいないじゃない」
 あゆみは、剛の思いもよらない行動に驚きふためいている。
 そんな声を気にすることなく、僕はトイレの水を流す。みるみるうちに、うずの中に白い粉は吸い込まれて流れていった。
「悪い冗談はやめてよ! なに、もったいないことしてるのよ」
 あゆみは、ヒステリックな声を上げて詰め寄ってきた。
「なぁ、あゆみ。もう薬はやめようよ」
「はぁ? あんた、頭おかしくなったのじゃない。だいたい、あんたがあたしに薬薦めてきたのじゃないのよ」
 やはり、僕の思った通りにあゆみを薬漬けにしたのは剛のようだった。
「それよか、まだ、薬持ってるのでしょ? 意地悪しないで、早く頂戴よ! 打ってくれたら何でもするからさ」
 もはや、あゆみの言動は昔の面影など微塵もないものだった。
 僕は、このままでは埒が開かないと思い、意を決して、あゆみに自分の正体を話す決心をした。
「あゆみ、俺は剛の体をしてるけど、剛じゃないんだ」
「ちょっと、何言い出すかと思ったら――幻覚でも見てるのじゃない。それに、剛じゃないのだったら、あんたは一体誰なのよ」
「信じてくれなくてもいいけど、俺は有紀だ」
 僕の言ったことに対して、あゆみは完全に言葉を失ったようだった。
「死んだはずの俺がここにいる詳しい理由は説明できないけど、俺はあゆみに薬をやめて欲しいんだ。このままでは愛しているあゆみが廃人になってしまう姿なんか見ていられない。だから、俺の為だと思って薬をやめてくれ」
「そんな事、急に言われても信じられるわけないじゃん。それに、あたしにしたら、何をいまさらって感じなのよ。それに、もし、本当に有紀だとしたら、あたしがどんな気持ちで有紀の死を受け入れたと思ってるのよ。もう、有紀が突然いなくなって、寂しくて、寂しくて……。薬をやったのも、幻覚で有紀に逢えたからなの。せめて、幻覚でもいいから、有紀に逢いたいと気持ち、分かるわけないでしょ」
 そういい終わると、あゆみは泣き崩れてしまった。
 僕は、あゆみの姿を見ていたたまれない気持ちになってしまう。
 そして、あゆみの肩を抱いていた。
「なぁ、あゆみ。夢が叶ったら、薬止めることって出来ないかい?」
「夢って」
 あゆみは嗚咽を漏らしながら聞き返してきた。
「ほら、ピーターパンのように空を自由に飛びたいって言ってたじゃないか。もし、その夢が叶ったら、薬を止める努力をして欲しいんだ」
「あなた、もしかして、ほんとに有紀なの?」
 あゆみは、僕の言葉を聞いて、少し信じてくれてるような素振りを見せてくれた。
「でも、いくら有紀だとしても、空なんか飛べるわけないよ。もし、叶えてくれたら薬を止めれるかもしれない。だって、これからは、その夢で生きていけそうな気がするもん」
「本当か、あゆみ。だったら、今から空を飛ぼう。さぁ、そこにある上着を羽織って、しっかり防寒するんだ。上空は物凄く寒いからさ」
 僕は、そう言って、あゆみに剛が投げ捨てた上着を渡していた。
 あゆみは、半信半疑で上着をきた。
「それじゃ、あゆみの夢を叶えに行こうとしようじゃないか」
 僕は、あゆみの手を強く握ると、彼女をアパートの外に連れ出した。
 そして、彼女の背中から腰に手を回して空に上る準備をした。
 あゆみは、これから始まることに緊張しているのか、回した手から、胸の鼓動が伝わってくる。
「じゃ、行くよ!」
「うん」
 僕は、精神をコントロールして少しずつ、あゆみと一緒に空に舞い上がっていった。
 二人で飛ぶのと、剛の体のためか、物凄い負荷が精神コントロールの邪魔をしてくる。
 でも、そんなことも、あゆみの「わぁ、凄い綺麗だし素敵」という声を聞いたので我慢できるってものである。
 上空高く、舞い上がった僕とあゆみの視界の下には、街のイルミネーションが冬の空に見事に映しだされ、幻想的な夢の空間をつくりあげてくれていた。
「なぁ、あゆみ、どこに行きたい」
 あゆみは、少し悩んでから、シンデレラ城と答えていた。
「よし、分かった。じゃ、もっと飛び易いように両手を前に広げて」
 僕は、あゆみに万歳のポーズをさせると、ディズニーランドに向かって北の方向に飛んだ。
 ディズニーランドに向かってる間、僕達は、無くしていた時間を取り戻すように、いろいろな話をした。それは、とても幸せな時間であってして、このまま、永遠に続けばいいと願いたいものであった。
 しかし、そんな幸せな時間も長くは続いてくれなかった。
 それは、シンデレラ城が目前に見えた時ぐらいから、僕の体に異変が生じ始めたからである。
 それは、激しい胸の動悸を伴って、僕に襲いかかってくるものだった。
 やはり、他人の体に憑依して、飛行するのには無理があったのである。どんどんと体から熱を奪い去り体が冷えてきて、全身が痛みだしてきたのだ。それでも、僕はあゆみに楽しい時間を過ごしてもらうために我慢して飛び続けた。しかし、ディズニーランドを一周した時には、僕の体力はほとんど残されてなく、飛んでる高度がみりみる下がっていくのだった。このままでは、完全にコントロールを失い、あゆみもろとも、墜落してしまうので、僕はやもえず、人気のいない場所に下りることにしようと思ったのである。
 そして、少しずつ高度を下げていた時に、前方から、凄い速度で迫ってくるものが現れた。
 目を凝らしてよく見ると、それはチョビン部長だった。
 僕は、それが妖精のティンカーベルだったら、どれだけ良かったことかと思うのだった。
「おーい、有紀。もういいだろう。早く地上に降りろ。でないと、お前そのものの存在が消滅してしまうぞ」
 しかし、僕にはチョビンさんの声を聞いた時から、体力に限界が来てしまい、完全にコントロールを失うところであった。だから、地上に自らの意思で降りるというよりは、墜落といっていいほどに、急角度に地面に向かっていたのだ。もう、ダメだと思った時、僕の体はふわっと浮いて、バランスが元に戻った。見ると、隣でチョビンさんが苦しそうな表情をして、僕達の体を支えてくれたのだった。
 そして、そのまま、サポートする形でチョビンさんは、僕達を地上に降ろしてくれた。
 地上に降り、肩で息をする僕にチョビンさんは激しく叱責してきた。
「有紀、お前はとんでもないことをしてしまったな。いいか、勘違いするなよ。お前を地上に無事降ろしたのは有紀のためじゃない。お前が憑依した体の持ち主とあゆみちゃんの為だ」
 僕は、素直にチョビンさんの言ったことを受け入れるしかなかった。
「それとな。先ほどCEOと有紀に処罰が決定されたから、報告しておく。有紀、お前をカンパニーから解雇する。それと、もう一つ……」
 そう、チョビンさんが言った時、天空から眩い光が立ちこめ、僕の心に声が響いてきた。
「有紀よ。私はカンパニーの最高責任者であるミカエルである。そなたは、チョビンの忠告も聞かずに、勝手にカンパニーの規約に背き憑依を繰り返した。これは大変重大なことであり、恐らく、そなたに憑依されたものは、今後まっとうな生活を送れないことになってしまっただろう。よって。そなたには解雇だけにとどまらず、これから厳しい罰を受けないといけない」
 僕は自分のしてしまった事を十分分かっているので、素直にミカエルCEOの裁定を待った。
「いいか、有紀よ。今後、そなたは、その憑依したものの体の中で天寿をまっとうするまで、カルマを背負って生きていくのだ。人間でいることの辛さが、そなたに対する罰だ。そなたの憑依したものは、今までの行いを見る限り、この世を去ってもまちがいなく地獄行きになる。そのことを分かったゆえで生きていく辛さを味わうのだ。ただし、それでは、あまりにも残酷だと思うので、そなたのこれまでの功績を加味して救済処置だけは残しておく。それは、すなわち、これから先の人生において、他の人のために生きていくことだ。さすれば、おのずとカルマも浄化されるであろう。では、健闘を祈る」
 そうミカエルCEOは僕に告げると、上空の神々しい光はおさまり、心の声もやんだ。
「有紀、それではお前に憑依されたものの魂を回収するよ。このものは、今後、我々が再教育して天使にするつもりだ。魂を抜いた瞬間から、有紀の今までの特殊能力はすべてなくなるから、これからは、ただの人として頑張って生きていくんだぞ」
 チョビンさんは、僕にそう告げると、剛の体に手をあてて、魂を抜きに入った。
 僕によって憑依された体の胸のあたりから、どす黒い色をした球状の玉みたいなものが姿を現した。
 その時であった。空中から、大きな鎌を持った者が現れ、剛の魂を刈り取ってしまったのだ。
 その鎌を持った者には見覚えがあった。そう、そのものは以前、カンパニーを追放され堕天使になったセフィロスさんであった。
「悪いね、チョビン。わが社もノルマが大変でね。この魂は、我々ルシフェル協会が貰っていくよ」
 そう、セフィロスさんは、チョビンさんに告げると、剛の魂を刈り取ったまま、高速で姿をくらましてしまった。
「あぁ。また始末書を書かないといけないぞ。有紀の件といい、今回の不始末でボーナス査定が下がるだろうな」
 チョビンさんは、そう言うと、頭を掻いて苦笑いしていた。
「ほんとにすいませんでした」
 僕は素直にチョビンさんに謝った。
「まぁ、いいってことよ。有紀にはいろいろと世話になったこともあったしね。これで、今日限り会うこともないが、しっかりカルマをなくして、あゆみちゃんを幸せにしてやれよ。それと有紀、CEOから、いいクリスマスプレゼント貰ったな。じゃ、最後にメリークリスマス!」
 チョビンさんは、そうして、いつものように愛嬌のウインクをすると西の空に消えていった。
 僕はチョビンさんが視界から消えるまで見送り続けた。
 そして、本当に最高のクリスマスプレゼントを貰った事を神に感謝するのであった。

  

 






 
 

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