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人間相手に商売をしていたはずがいつの間にかモンスターがメインの客層になっていたのは何の因果か メイクアップモンスターズ

作者:テン
 さてさて、勇者が魔王を倒したので人間と魔王が率いていたモンスターが争う時代は終わり、平和な時代がやってきた。
 人語も話せるモンスターが町に溢れ出してから半年。
 私の美容院の客層も変わってきた。
 モンスターも美に対して並々ならぬ熱意を持っていると知り、そこで私はメイク、ネイルアートなど手広く覚える必要があった。
 今日も弟子のアリスと客を出迎える。
 どんな客がやってくるのやら。

【カルテ①】

「今日はどうカットしますか?」
「そ、それがですね……」
 その客はフードを被り、顔を下に向けて目を合わそうともしない。
「お客様?」
 その顔を見た瞬間、私は身動きが取れなくなった。
「ああ、師匠!」
 動けないが意識はある。硬直。いや石化か。
「あ、アリ、ス、軟、化の呪文、を」
 弟子のアリスが慣れない軟化の呪文を唱える。
 時間はかかるが、徐々に体に自由が戻る。
 顔を見ると体が石化する。そんなモンスターを私は知っている。
「――メデューサさんでしたか」
「ご、ごめんなさい」
 フードを脱ぐと、そこには髪ではなく無数に蠢く毒蛇が生えていた。
「カットしても大丈夫ですか?」
 無数の毒蛇が、顔を青くし必死に首を振る。
「カットではなくメイクを頼みたいんです」
 顔を見ずにメイクをすることなどできるのだろうか。
「師匠、モンスター図鑑によると鏡越しに見れば石化しないそうです」
「そうかでかしたぞアリス」
 数時間かけ、そこには絶世の美女が座っていた。
「ありがとうございます。これで愛しのあの方を振り向かせてみせます」
 そしてまたフードを深々と被り、店を去っていく。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「直視できないならメイクの意味ないですよね」
「言うな」

【カルテ②】

「今日は……」
 スライムがぬるぬると動く。
「今日は…………」
 スライムがぬるぬると動く。
「今日は………………」
 スライ――
「師匠、現実逃避しないでください」
 アリスが小声で話しかける。
「そうは言っても、どうすればいいんだ。カットか? カットすればいいのか?」
「あ、あの」
 喋りだしたスライムを見つめる。
「きょ、今日はどうしますか?」
「……実はですね」
「はい」
「彼女から体に清潔感がないと言われまして」
 スライムに清潔?
「特にお前の目は濁っていると言われまして」
 どこが目なんだ?
「だから、すっきりさっぱりさせてくれませんか!」
 火炎魔法がおすすめかな。
「師匠。お客さんを殺しちゃダメです」
 難しいことを言う。
「無理、でしょうか?」
 客を失望させるわけにもいかない。
「わかりました。濁りのない透き通るような姿に変えて見せます!」
「ああ、ありがとうございます」
 メモを書き、必要なモノをアリスに集めてきてもらう。
 『大きなガラス瓶』。『小石』、『炭』、『砂利』、『枯葉』。
 ガラス瓶の底に小さな穴をあけ、小石、炭、砂利、枯葉の順番で敷き詰めていく。そしてガラス瓶の下にはタライを置いておく。
「さあ、このガラス瓶の中に入って出てくるころには、あなたは生まれ変わったように透き通った姿になれます」
「ありがとうございます。これで彼女を見返せます」
 喜々としてガラス瓶に入っていくスライム。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「これって、ろ過装置ですよね」
「ああ、清潔な飲み水を作るのに使うやつだ」
「お客さん死にませんか?」
「言うな」

【カルテ③】

「ネイルアート頼めるかしら」
 今日の客はハーピーか。立派な鉤爪をお持ちで。
 軽く磨き、色を付ける。
「わぁ、立派な爪ですね」
 アリスがきゃっきゃと騒ぐ。
「ええ、戦争中も手入れは欠かさなかったから」
「へー」
 手入れとは、切れ味を保つために磨いていたと解釈してもいいだろうか。
「いつもは赤く染めていたんだけど、たまには違う色に変えてみたくてね」
「ああ、赤もお似合いですね」
「でもすぐに乾いてぼろぼろ剥がれちゃうから」
「染色に使う材料が悪かったんですね」
「ふふ、そうね。でも戦時中は簡単に手に入ったから便利だったんだけどね」
 そろそろツッコんでもいいのだろうか。
「まあ、平和になったからこそ、この爪でおしゃれできるんだけどね」
「ふふ、そうですね」
 ネイルアートに満足し、ハーピーは飛び立って行った。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「平和になって本当に良かったです……」
「……そうだな」

【カルテ④】

「最近、肩がガッチガチでさぁ。確かここサービスで肩もみあったよな」
 石のゴーレムが首をコキコキと鳴らしながら入店する。
「お向かいの整体師のお店に行ってください」
「餅は餅屋か。それもそうだな」
 後日、整体師のおじさんに唾を吐きつけられた。

【カルテ⑤】

「最近伸びてきたからバッサリ切ってくれ」
 今日の客は人間か珍しい種族だ。
「師匠。それが普通のお客さんです」
 さて、ダイヤモンドドラグーン用に作ったなんでも斬れる鋏の効力を試してみるか。
「師匠。普通の鋏でいいです」
 な、ただの鉄製の鋏でこんなにも簡単に切れるのか。人間とはなんて弱い種族なんだ。
「師匠。私たちも人間です」
 落ちた髪は念のため極大呪文で薙ぎ払っておくか。どんな能力を持っているかわからないからな。
「師匠……」
 さてどのくらい経験値が入っただろうか。何、経験値が0だと。だが金払いは良い。やはり変わったモンスターだな。
「……」
 店を閉め、夜空を見つめる。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「疲れてます?」
「……うん。明日は休もう」

【カルテ⑥】

「チョリチョリ、チョリリ―――スッ! 俺っちヴァンパイアが何でウィークポイントである灼熱の太陽がサンサン、テッテレー照ってる真昼間から、出歩いているかってゆーとぉ、夜は美容院閉店、閉まってる閉じてーん開いてへーん。だからこうやってサンサンサンサン死にかけ消えかけで来たわけDEAD! 良ければアリスちゃんの血もチューチューしちゃいたいんフランケンシュタインホルスタインでも彼女は貧乳DIEでもそれ大大大好物DEATH! されば一生の悔いなし。聖水で洗ったニンニクを十字架使って食べてやるよーん。さぁお世話になりま――んんん、なんだいこの張り紙HA?」
『本日は休業日です』
「ぅふッ!?」

【カルテ⑦】

「師匠も髪が伸びましたね」
「そうだな。今日は休みだし、実験台になってやるから切ってみるか?」
「良いんですか?」
「いつかは独り立ちさせてやらないといけないしな」
 さてさて、教え始めて数年になるがどう進歩したか。
 ジャキ、ジャキ、と恐る恐る切る音がするが、数分もすればジャッ、ジャッと快活な音に変わる。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「今までで一番苦労したお客さんってどんな方です?」
 余裕が出てきたのか、口も動くようになった。客と話すのも大切な仕事。髪切ってる時まで魔導書なんか読んでるやつには話しかけない方がいいが。
「そうだな。刃物を怖がる女の子がいてな、鋏を見せると泣いちゃうんだよ」
「あ、人間なんですね」
「意外か?」
「はい。最近はいろいろなお客様が多かったので」
 喋りながらも手は止まらない。成長したな。
「それでどうしたんですか?」
「嘘ついた」
「え?」
「この鋏は特別な魔法がかけられていて、髪以外の物は一切切れないって」
 もちろんそんな魔法はない。刃物は自分よりもろい物は何でも切ってしまう。
「信じたんですか?」
「うん。こっそり自分に硬化の呪文をかけて鋏で切るフリまでして見せたらね。魔法を覚えたいとまで言われたよ」
「上手く逃げましたね。でもそこまで苦労してないじゃないですか」
「その子が後に勇者の付き人になった大魔法使いでもか?」
 ジャキン、と大きな音がする。ああ、これは後頭部の一部が禿げたな。
「ねえ師匠……」
「言うな……。いくら探してもそんな魔法見つからないって激怒された」
「嘘が生んだ大魔法使いか」
 まぁ世界平和につなげたと思えば嘘も悪くない。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「その人、一度切った髪を元に戻す呪文とか知ってませんかね」
「そうだなぁ……」

【カルテ⑧】

「キマイラさんが入りたそうにこっちを見てますけど」
「やだよ。あいつらデカいんだもん」

【カルテ⑨】

「ダイヤモンドドラグーンさんが来ましたよ」
「宝石商呼んでおいて」

【カルテ⑩】

「俺さ、死んだ時、蘇生術かけてもらったんだけど失敗しちゃってさ。そのままアンデットになっちゃったんだ」
 ぷしゅ、ぷしゅと香水を自分の身体に吹きかける。
「アンデットというよりゾンビですね」
「まぁ、そうなんだよね、実際。最近、節々の傷みが激しくてさ、気分転換にお温泉につかりに行きたいんだけど、人様に迷惑かけたくないからなぁ。いっそのことマグマにでも浸かっちまうか」
「そう人生、悲観しなくても」
「うーん。まぁ生きたいように生きて、死んだ結果がこれだし、今度はちゃんと生きてみるかな」
「ところで髪切っちゃってもいいんですか。再生しないんじゃ?」
「やー、なんか一回虫が卵とか産んで、ひどい目にあったから巣にならないよう、スキンヘッドの方がいいかなって」
「日に当たる面積が増えたら、腐敗がすすみませんか?」
「いいよ、いいよ。いっそのこと骸骨騎士にでもなった方が体臭気にしなくて済むからさ」
 そう言ってもう一度、香水を自分の身体に吹きかけた。
 アンデットが満足そうにニット帽を被って去っていくとアリスが寄ってきた。
「なんか普通に良い人でしたね」
「香水のセンス最悪だけどな」

【カルテ⑪】

「あ、エルフさん。お久しぶりですね」
「戦時中はどうも」
「耳長いですね」
「あーやっぱ髪を切る時邪魔になりますよね」
「アレをやってくれませんか」
「はいはい。まず耳たぶを上に折り曲げます。耳の穴の中に入れるような感覚です。そしてエルフ耳の特徴である上部の長いところを下に向かって折る。これぞエルフ直伝『おりたたみみみ~』」
「おお、キモイ」
「ちなみに人間の耳でやるとオークみたいな耳になれるよ」
「なんですかこの茶番」

【カルテ⑫】

「あ、ダークエルフさん。お久しぶりですね」
「戦時中はどうも」
「耳長いですね」
「あーやっぱ髪を切る時邪魔になりますよね」
「アレをやってくれませんか」
「はいはい。まず耳たぶを上に折り曲げます。耳の穴の中に入れるような感覚です。そしてエルフ耳の特徴である上部の長いところを下に向かって折る。これぞダークエルフ直伝『おりたたみみみ~』」
「おお、キモイ」
「ちなみに人間の耳でやるとオークみたいな耳になれるよ」
「またですか……」

【カルテ⑬】

「あ、ハーフエルフさん。お久しぶりですね」
「戦時中はどうも」
「耳短いですね」
「父親がエルフなんですけど、母側が人間なんで、そっちの血が強く出ちゃったみたいで」
「アレをやってくれませんか」
「はいはい。まず耳たぶを上に折り曲げます。耳の穴の中に入れるような感覚です。そして上部を耳たぶに覆い被すように下に向かって折る。これぞハーフエルフ直伝『おりたたみみみ~』」
「おお、キモイ。オークみたい」
「いい加減にしてください!」

【カルテ⑭】

「あ、フランケンシュタインの怪物さんお久しぶりです」
「……ど、ども」
 アリスの二倍近い巨体であるにも関わらず彼は、人見知りが激しく美容院にはめったに来ない。
「フランケンシュタインの怪物さん。どうしたんだい今日は?」
「この前……血迷ったヴァンパイアが太陽浴びて死んだ……。今日、教会で復活する。祝う。その会出る、から」
「死んでたんですねヴァンパイアさん」
「それでフランケンシュタインの怪物さんは今日はどうカットしましょうか?」
 フランケンシュタインの怪物はもじもじと動く。アリスに照れてるんだろうか。
「……」
「フランケンシュタインの怪物さん?」
「どうしたんだフランケンシュタインの怪物さん?」
「おおおおお」
 フランケンシュタインの怪物は頭のボルトを外し、私の喉元に突きつける。
「ふ、フランケンシュタインの怪物さん?」
「……誤用でも、侮辱でもいいから。フランケンシュタインか、怪物、って呼べ――しつこいぞ人間」
 散髪後、礼儀正しく一礼して去っていくフランケンシュタインの怪物。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「今度からフラちゃんでいいですか?」
「私はケンちゃんでいいと思う」

【カルテ⑮】

「あーた、この化粧品は原材料に何を使ってるざます?」
「は、はあ、ハラミツキの花粉ですが」
「あらあ、あららあああ、ハラミツキ!? あーた、どうりでお肌にチクチク来るわけざます。お肌の弱いワタクシになんてものを」
「苦手な方も居られるとは聞きますが、肌をしっとりさせ照りを出すのに優れてまして」
「それは人間に限った話ざーます。種別くらい確認しなさいな。あああ、ワタクシの美しい肌が」
 肌についたパウダーを必死に払う。
「今度からマンドラゴくらい用意しとくざますね」
 愚痴ぐち小言を言ってゾンビの貴婦人は去っていった。
「腐れババアが」
「しー、ダメ、師匠。しー」

【カルテ⑯】

「いくよ、兄ちゃん姉ちゃん」
「うん。じゃあ掛け声を兄ちゃん」
「おう、せーの」
「「「トリミングしてください」」」
 今日は朝から盛況だな。
「いらっしゃいませー、あらカッコイイ、キレイ、カワイイお客さんですねー」
「ん? アリスどんな人たちだ?」
 見てみて納得した。三つ首のケルベロスの子供だ。
「今日はお母さんとは一緒じゃないのかい?」
「うん」
「独り立ちの練習」
「してこいだって」
 ふふ、常に三匹一緒にいるようなモノなのに独り立ちか。
「それで今日はどう切ろうか?」
「カッコよく!」
「キレイに!」
「カワイク!」
「「「うううううう」」」
「わかった、わかった。それぞれ頭はそうしてあげるから。体はどうしようか?」
「「「全体的に短く、軽く流す感じで、少しすいてください」」」
「あ、はい」
 ケルベロスの子供は会計を終えて嬉しそうに帰っていった。
「師匠苦戦してましたね」
「わんぱくだからなぁ」
「ねぇ師匠」
「なんだいアリス?」
「結局一人分の値段なんですよね」
「多頭のモンスターはワリにあわないんだよな……」

【カルテ⑰】

「「「「「「「「八岐大蛇っす俺達も一人分すか?」」」」」」」」
「あああああ、もおおおおお」

【カルテ⑱】

「会計3ゴールドになります」
「ぬ、不覚。財布を無くしたでござる」
「あら、どうしましょう」
 ワイバーンが肩掛け鞄から短刀を取り出す。
「かくなるうえは、拙者腹を切って責をとるでござる。その際、ドロップするコインと経験値でまかなっていただきたく候。しからば御免」
「きゃーやめてー! 師匠とめて――!!」
「ツケでいいから早まるな――!」

【カルテ⑲】

「――というわけで切腹ワイバーンさんには苦労しましたよ」
 今日はモンスター界のドンであるドラゴンが来ている。ちらり、と喉元に目がいく。
「舎弟が迷惑かけたみたいで申し訳ないです」
「いえいえ、しかし持ってもいないコインはドロップ出来ないのに。死に損だとは思わないんですかね」
 笑いつつも喉元に目がいく。
「はは、確かにそうですね」
 静かで愛嬌もあるドラゴンは皆に好かれている。やはり喉元に目がいく。
「時に、店主」
「なんですか?」
「逆鱗というものをご存知ですか?」
 ドキッ。
「――ドラゴン種族のあごの下に一枚だけ逆さに生えている鱗のこと。……ですよね」
「ええ、他の鱗とは逆さに生える鱗、俗に逆鱗」
「そ、それが?」
「ニキビや口内炎」
「はい?」
「つついてはならない。でも気になってしまい、どうしても触れてみたくなる存在」
 ドキドキ。
「しかし触れれば激痛が伴うため、自分はおろか他人には絶対触らせたくないものだ」
 ドキドキドキドキ。
「――それでも触ってみたいですか?」
 ゴクリ。

【カルマ●】

「久しぶりーアリスちゃん」
「骸骨騎士さんとは初めて会いますけど」
「ああ、俺だよ元アンデットだよ。常夏のビーチで焼きすぎちゃってさ。見事に骸骨騎士に転生しちゃったわけ」
「ああっ。念願の無臭に近い体質になれたわけですね」
「そうそうー。それで久々に来たけどお店はどこいっちゃったの?」
「師匠がお客様の逆鱗に触れちゃいまして……」

【カルテ⑳】

「チョリチョリ、チョリリ―――スッ! 見事この世に再生を遂げた俺っちヴァンパイアが何でウィークポイントである灼熱の太陽がサンサン、テッテレー照ってる真昼間から、出歩いているかってゆーとぉ、夜は美容院閉店、閉まってる閉じてーん開いてへーん。だからこうやってサンサンサンサン死にかけ消えかけで来たわけDEAD! 良ければアリスちゃんの血もチューチューしちゃいたいんフランケンシュタインホルスタインでも彼女は貧乳DIEでもそれ大大大好物DEATH! されば一生の悔いなし。聖水で煮込んだニンニクを十字架使って食べてやるよーん。さぁお世話になりま――んんん、なんだいこの立て看板HA?」
『店舗立て直しのためしばらく休業いたします』
「ぅふッ!?」

【カルテ㉑】

「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「海綺麗ですね」
「ああ、綺麗だな」
 私たちは今船に乗っている。以前、サービスで尾っぽの異物除去をしてあげた八岐大蛇が、お礼として東洋の国に招待してくれたのだ。店もあのざまだし、良い機会なので師弟共々お招きに預かっている。
「アリス船酔いしてないか?」
「少しふらつくくらいですかね。寝てるよりは外の空気を吸っている方が落ち着きますから」
「まだまだ長いから気をつけてな」
「はい! あ、師匠! あそこ、あそこの岩場にマーメイドがいますよ!」
 心配は杞憂か。元気いっぱいだな。
「どれどれ。おー美人さんがいっぱいだな」
「ほんと! おっぱい大きくて羨ましいですー」
 アリス……。
「綺麗な金髪ですね。塩水にずーっと使ってるのに痛まないんですかね」
「まぁそこらへんは人間とは違うんだろう」
「そうですかー」
 アリスが自分の髪をくるくる回してみる。見比べているのだろう。
「本当に綺麗」
「ああ。――切りたいな」
「そうですねぇ。――切りたいですね」
「ザックリと」
「バッサリと」
「「切りたーい」」
 会話が聞こえてしまったのかマーメイドたちはいっせいに海に潜り、姿を見せなくなった。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「亜人系のお客さん増えませんかね」
「もう人間だけがいいよ」

【カルテ㉒】

「切りたいか?」
「……」
「髪切りたいのか?」
「……」
「ワシは海坊主」
「はい……」
「つまり坊主」
「……はい」
「とどのつまりハゲ頭」
「……」
「切りたいか?」
「……」
 …………。

【カルテ㉓】

「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「海坊主さんに船沈められちゃいましたね」
「そうだなぁ」
 どこかの島に流れ着いたみたいだが、いったいここはどこだろうか。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「なんか毛むくじゃらな方が私たちを見てますけど」
「ああ、そうだな」
 見たことがないが亜人系のモンスターだろうか。
「名前は何と言うんですか?」
 アリスが毛むくじゃらの生物に話しかける。
 言葉が通じないのか首をかしげる。
 相手の脳に思いを伝えられる意思疎通の呪文をアリスにかけてやる。久々だがうまくいったみたいだ。アリスと謎の生物はキャッキャッと意気投合している。
「なんて?」
「キジムナーさんというモンスターだそうです」
「キジムナー? あ、思い出したで。こちらさん、モンスターやないで。妖怪または精霊の類や」
 どうやら東洋の島ではあるようなので、さっそく東洋語を使う。キジムナーが睨んできたのですぐにやめた。
「そうだ、髪を切ってあげましょうか。私達美容師なんです。ま、私はまだ見習いなんですけどね」
 アリスの提案にキジムナーが歓喜の声を上げる。
「他にも髪を切って欲しい人がいたら呼んでもいいぞ。最近仕事をしてなくて腕が鈍ってしまいそうだ」
 愛用の鋏は肌身離さず持っているので大丈夫である。
 しばらくすると、わいわいとキジムナーがいっぱいあらわれた。
 ここで開業しても良いかもな。
「師匠。髪を切ったお礼に魚をいっぱいとってきてくれるそうです」
「そうか。当分は食事にはありつけそうだな」
 私達二人の前に盛沢山の魚が置かれた。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「なんでこのお魚さんたち、全部目玉がくり抜かれてるんですか?」
「キジムナーの大好物が目玉らしいからさ」
「グロいですね」
「グロいなあ」

【カルテ㉔】

「人魚にボートを引っ張ってもらって、大きい島国には着けそうですけど。八岐大蛇さん居ますかね?」
「そうだな……」
 しかし、マーメイドと人魚は種族としては一緒みたいだが、人間と同じように地域によって顔つきや髪の色も変わるみたいだ。
「綺麗な黒髪ですね」
「ああ、アレは禁句な」
「言いませんよ」
 ああ、切りたい。
 私も切りたいです師匠。
 うわっ。
「まだ意思疎通の呪文切れてなかったのか」
「しー『切る』は禁句です」
 幸い人魚たちには聞かれていないみたいだ。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「人魚とマーメイドの違いって見た目だけですかね」
「うーん。東洋には八百比丘尼って人がいて、人魚を食べて長生きした伝説があるって聞いたな。観賞用か食用の違いじゃないのか?」
「食用ですか」
「うん、食用」
 気づいた時にはボートは、ただ波に流されるだけの箱と化していた。

【カルテ㉕】

「喰いたいか?」
「……」
「これ喰いたいのか?」
「……」
「ワシは豆腐小僧」
「はい……」
「つまり豆腐を持っている」
「……はい」
「とどのつまり豆腐を持っている小僧」
「……」
「喰いたいか?」
「……食えるんですかその白い物体?」
 どうにか大きい方の島国に辿り着けたようだ。

【カルテ㉖】

「こっちにも色々なモンスターがいるんですね」
「こっちでは妖怪って言うらしい」
「そっか。キジムナーさんや人魚さんも妖怪でしたね」
 モンスターも妖怪もやはりその国の文化に沿った姿になるようだ。先ほどの豆腐小僧がいい例である。
「あ、骸骨騎士さんだ!」
 てってって、とアリスが駆け寄っていく。
「骸骨騎士さんもこっちに来てたんですか」
 待て。アリス。
「あれ背高くなりました?」
 行くな。アリス。
「見上げないといけないくらい大きくなっちゃったんですねー」
 戻れ。アリス。
「わぁ、片手で持ち上げられちゃった。手も大きいですね」
 正気か。アリス。
「骸骨騎士さん?」
「お嬢さん。わし、『がしゃどくろ』いいます。生きてる人間見たら握りつぶして喰います。ほんのちょっとですがお見知りおきを」
 ぐぐぐ、と拳が握りしめられていくのが、傍から見ていてもわかる。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「うぅ、だずげて師匠」
「アリスウゥ――――!!」

【カルテ㉗】

「大変でしたね、それは」
 べろりと手をなめられる。
 不快に思いながらも髪を切る手は止めない。少しでも稼ごうと簡易的な散髪屋を開いて必死である。
「こっちには死人を生き返らす教会が少ないって聞いてたので、覚えてる限りの回復呪文を瀕死のアリスにかけ続けましたよ」
 無事に蘇生したアリスに手を拭いてもらう。
「ただ完全回復している状態で回復呪文を使い続けると若返るとは思いませんでした」
 五歳ほどの少女になってしまったアリスがニマッと笑顔で見つめてくる。
 またべロリと手をなめられる。
「ししょー。お手てもっかいふこうか!」
「ああ、頼むアリス」
「えへへー」
「良く拭けました」
 頭を撫でてあげたかったが、実を言うとまだ手に唾液がついてたのでヨシヨシはまたの機会だ。
「カワイイ娘ねー。食べちゃいたいくらい」
 そう言い、二口女は頭の後ろにある口で舌なめずりをした。きゃう、とアリスが怖がって私の後ろに隠れてしまった。アリスを怖がらせた罰として後ろの口に切った髪を放り込む。
「ぺっぺっ! ちょ、ちょっと口に毛が入ってるわよ」
「これは失礼しました」
 謝りつつも私は切った髪を度々後ろの口に放り込み続けた。

【カルテ㉘】

「何ですか?」
 ジャッ、ジャッ。
「何か用ですか?」
 ジャッ、ジャッ、ジャッ。
「み、見られても困るんですけど」
 ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ。
「私たちは見ているんじゃない」
「きいているのだー!」
「は、はぁ?」
 ジャッ、ジャッ。ジャッ、ジャッ、ジャッ。
「良いかアリスこの音だ。このテンポだ!」
「はい、ししょー!」
「な、何なんですかあんた達!?」
 ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ。
「ありがとう小豆洗い」
「ありがとー」
「だから何が!?」

【休憩】

 貰った賃金でアリスとかけそばという食べ物を食べている。
「ねえししょー」
「なんだいアリス?」
「わたし、1から10までかぞえられるよー」
「おーすごいなー」
「えっとね。1、2、3、4、5。――おやじ、今なんじでい?」
「六時だよ」
「7、8、9、10!! できたー」
「良く出来ました」
「わーい」
 今度こそ頭を撫でてあげる。ズルしてるのは知っているが可愛いもんだ。
「ねえししょー」
「なんだいアリス?」
「私ずっとこのままの姿でいても良いですか?」
「元に戻る方法探すぞアホ弟子」

【カルテ㉙】

「うう師匠」
「なんだいアリス?」
「お鼻とお目目が辛いの」
「いい加減、話し方を戻せ」
 だが確かにこのお客が来てから鼻水が止まらない。お客自身も目を真っ赤に充血させ、常に鼻をかんでいる。風邪をうつされたか。
「あー。どうしましょうか今日は。ずいぶん伸ばしましたね」
「全て刈上げてください」
 坊主頭にするのか? そう言えば、この島国では髪をすべて切って信仰に専念すると聞いたが、この人もその類だろうか。
「良いんですか?」
「これさえ、これさえ無ければ。うあああああああ」
 言うなり、嗚咽を交えて唸る。
 世を恨み、人を恨み。恨みによって生きる自分を恥ずかしくなり信仰の道を選んだのだろう。
「出家、でしたっけ?」
「――はい?」
 哭くのをやめる。
「そうなんでしょう、ウッドゴーレムさん」
「自分、スギの木で出来てるんで、常に花粉症に悩まされているだけですけど」
 ふけのごとく、スギ花粉をあたりにまき散らす。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「火炎魔法が見たいです」
「ちょうど私も見せたかったところだ」
「そういう奴がいるから刈上げるんだよ!」

【カルテ㉚】

「「「「「「「「お、やっと来たんすね」」」」」」」」
「ああ、八岐大蛇さん。やっと会えた」
 アリスが安堵の表情をする。ちっこいってめんこい。
「「「「「「「「あれ、ちっちゃくなっちゃったんすね」」」」」」」」
 この圧迫感は何だ。
「この国にアリスを元に戻せそうな方はいませんか?」
 戻したくない気もするが、大切な弟子だ。
「「「「「「「「良い機会っす。ちょうどこの国の神様がこの地方に集う時期なんすよ」」」」」」」」
 後ろに見える方たちがそうなのだろうか。しかし、この国に神様はどれだけいるんだ。今まで出会った人間の数よりも多くないか?
「「「「「「「「神様の皆さん、この前話していた美容師さんです。困ってるみたいなので助けてあげられませんか」」」」」」」」
 皆がワイワイと議論する。
「「「「「「「「「(省略)「「「「「「いいよ」」」」」(省略)」」」」」」」」
「ありがとうございます」
 良いんだ。
「あ、戻った。戻りましたよ師匠」
 術式も呪文を唱える声もモーションすらもなかったのに、一瞬で戻っただと。
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいことやら」
「「「「「「「「その代わりお願いがあるそうっすよ」」」」」」」」
「何ですか?」
 あ、やばそう。
「「「「「「「「ここにいる皆の髪を切って欲しいそうっす」」」」」」」」
「……どのくらいいるの?」
 やばい。
「「「「「「「「八百万と書いてやおよろずの神様っすからね。まぁ八百万は確実に――」」」」」」」」
「師匠ー!!」
「アリスー!!」

【カエル◎】

「なせば成りましたね」
「一人。いや神様だから一柱が一時間として、八百万時間。二人で割って四百万時間。寝食抜きで続けて四百五十年くらいたってないか?」
「やだなー。そんなに時間がたってたら師匠、死んで後世の人たちに脚色されて女体化してますよー」
「とにかく帰ろう。新しい店舗も出来ただろうし。営業再開だ。八岐大蛇さんから貰った運賃は持ってるよな?」
「無くしました」
「そうか。船に乗れないな」
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「お金無くしましたぁッ!!」
「そうかぁッ!! 船に乗れないなぁッ!!」
 そのまま、行く当てもないままふらついていると突然アリスが、あっ、と声をあげる。
「師匠あの人、切腹ワイバーンさんに似てませんか?」
 確かに、腹部に夥しい数の切腹の痕がある。
 この世で切腹するモンスターが他にいるとは思いたくない。
「もしかして切っぷ……ワイバーンさんですか?」
 アリスが問うと切腹ワイバーンと思わしきモンスターは目を大きく開く。
「ぬ、ぬぬ。おお、ご両人も此方に来ておったか」
「やはりワイバーンさんでしたか!」
 何という僥倖。幸せ。
「ワイバーンさんって人を乗せて長い距離運べますよね?」
「確かに拙者、運行を生業にしておるが?」
 アリスとアイコンタクトする。
「ツケはなかったことにしますし戻れたらその余剰分をお支払いしますので、私たちをあのお店のある町まで連れていってくれませんか!」
「おお、それはありがたい。よし、拙者がご両人を送り届けて進ぜよう」
 上から目線な話し方は少々イラつくが、帰る方法が見つかり安堵する。
「良かったなアリス」
「うう、良かったです」
 帰れる。帰ることができる。あの場所に。
「されば、今から賭場で負けた代金を、切腹しドロップしたコインと経験値でまかなうので、教会で再生していただけぬか?」
 言うなり短刀を鞄から取り出した。

【カルテ㉛】

「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「移動呪文使えたんですね」
「忘れてたんだ」
 昔取った杵柄と言う奴だ。アリスの手を握り、空に浮かぶ。行きは海を渡り、帰りは魔法で空を飛んで帰る。もう海坊主には会いたくなかった。
「わ、人間が空にいる」
 声に気づき横を見つめる。
「蛇?」
 細長く、緑色をしたモンスターが横を並んで飛んでいる。
「アタシは龍。ねえねえ、なんで人間が空を飛んでるの?」
 龍。竜。ドラゴン!?
 喉元を見つめる。――ある。在るっ!
「あ、ああ。私たちの国では魔法という呪術が盛んなんだ。飛ぶ呪文もいくつかあって」
 喉元から目が離せない。
「へー。カッコイイなー」
 アリスがダメダメ、と俺の肩を掴む。
「アタシ、暇だからついていってもいい?」
「あ、ああ。かまわないけど」
 これ以上、見つめていると。私は、私はきっと……。
「なあアリス」
「なんです師匠?」
「こんな、こんな師匠でごめんな」
「師匠……。それでも、それでも私ついていきますよ」
「アタシもついていくよー」

「っあん」

「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「悶えて海に落ちていきましたね」
「性感帯っていう奴だったんだな」

【カルテ㉜】

「師匠! お店が出来てます」
「ああ、これで今日からでも営業再開できるな!」
 ようやく帰ってこられた。そんな感慨で胸がいっぱいだった。一周ぐるりと回って見つめる。
 すると奇異なものが目に入った。
「あれ、師匠。お店の裏に墓地が出来てるんですけど?」
「帰っていない間に区画整理でもあったのか。ついてないな」
 縁起が悪いというか、視覚的にも美しくない。
「アリスちゃーん」
 件の墓地の方から声が聞こえる。
「んー、この声は元アンデットの骸骨騎士さんですか?」
「そうそう」
 アリスが必死に声の主を探すが視界に入っていない。
「どこにいるんですか?」
「もー目の前にいるじゃない?」
「えっ、えっ?」
 そうか、アリスは。
「アリスが見えないのも無理ないか。骸骨騎士さんはどうしてゴーストになったんですか?」
 あまり霊感がないのか。
「ゴースト? 師匠は見えるんですか?」
「おぼろげだけど」
「やー、風の便りでアリスちゃんが東洋でがしゃどくろに襲われたって聞いたからさ、俺のこと見たら思い出して怖がっちゃうんじゃないかと思って。イメチェンしてみましたー、ってとこ」
「私のためにゴーストに」
「そう、良いよー。完全に無臭になれたんだ。なにせ、実体が無いからね」
「じゃあ、もうお店に来る意味ないんじゃ……?」
「えっ」

【カルテ㉝】

「鬼ーのパンツはいいパンツー。つよいぞ、つよいぞー」
「オーガ、オーガ、オーガ、オーガ」
 再開初日。オーガと東洋の妖怪である鬼が来店した。
「店主。今日は向こうの友達連れてきた」
「初めまして、鬼でーす。天パがもうくるくるなんでストレートあててくれませんか?」
 確かに癖のある髪だ。しかし、問題は。
「お客様。失礼ですが、下着一枚での入店はご遠慮願いたいのですが」
「え?」
 トラ柄の下着一丁。アリスが突然の変質者の登場に店の奥に隠れる。
「ちょ、え? これ俺の正装なんだけど。一張羅だよ」
「ですが、他のお客様にもご迷惑になりますし、それにうちのスタッフが怯えてしまってまして」
「待って待って待って。ならオーガ君見てよ。もう全裸だよ! ぶらんぶらんしてるよ!」
 ちらりとオーガを見つめる。再び鬼を見返す。
「オーガさんはそういう種族なので。でも鬼さんのそれは趣味嗜好でしょう?」
「おい、全鬼の一族に謝れよ」
「鬼ぃ。ドレスアップしてやるからまた来ようや」
「納得いかねえよ!」
 渋々鬼とオーガは帰って行った。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「さすがにトラ柄の紐パン一丁は」
「ないよな」

【カルテ㉞】

「お客さん初めて見ますね」
 人型をしているが、人間というには翼があったり、突起があるなど、亜人系のモンスターで思い当たるモノを探すが一向に浮かばない。
「突然で失礼ですが。種族はなんですか?」
「昔は魔王をやってたので種族は魔王と言えたのですが。今じゃ元魔王とでも」
「あ、復活してらしたんですね」
「はい。部下が復活の呪文をかけてくれたので」
 椅子に案内する。そうか。太陽で死んだヴァンパイアや切腹したワイバーンも復活するくらいだから、魔王も復活できるよな。
「今日はどうしましょうか?」
「勇者にお礼参りに行きたいので、長い髪をバッサリ切ってくれませんか」
 確かに髪が長すぎて前が見づらそうだ。
「普段からこの姿で?」
「お恥ずかしながら、第三形体の時にこの髪が目に入ってしまい、痛がっているうちに切り殺されまして。次こそ本気を見せてあげたいと思います」
「ああ、第一、第二と段階があったんですね」
「第二形態だとこの店よりも大きいですよ」
「へえ、見たくないですね」
「はは、私も見せたくないです」
 髪を切っていくと、若い美男子な顔つきが見えてくる。
「わぁ、カッコいいじゃないですか。なんで普段は隠してたんですか?」
 アリスが剃刀のセットを持って、興奮して言う。
「魔王は怖そうじゃないと務まらないんですよ」
「大変なんですね」
「まぁ今はプータローですから、威厳もなにもないですけどね」
「あはは」
 散髪後、魔王は爽やかな笑顔で去っていった。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「私達、魔王の協力者になっちゃったんじゃ……」
「敵も味方も、人種も概念も関係なく、髪は切ってやらなきゃならないものさ」
「本音は?」
「やっちまったよ……」

【カルテ㉟】

「お客さんどこか痒いところありますか?」
「んーそうだね。背中が痒いかな」
「背中ですか。おーいアリス背中掻いてあげて」
「はーい」
 店の外で待機していたアリスが店に入りきらなかったお客の背中を掻く。
「やー、自分じゃ掻けないからさー。難儀な身体してるよね、キリンは」
 今日のお客さんはキリンである。
「本当に首が長いですね」
「そうさねー。あー美容師さん、東洋行ってきたって聞いたけど?」
「はい。新しく店が出来上がるまでのはずが、完成までに帰れませんでしたね」
「はっはっは。大変だったねぇ。それでさ向こうの方じゃ、短足で短首の牛みてえな奴を麒麟って言うらしいんだよ」
「一度向こうでカットを依頼されたときにお会いしましたよ」
「おー会ってるの。ということはわかるよね。あーんなちびと一緒にされちゃ敵わんのよ」
「まぁまぁ、悪口はやめましょうよ」
「へへ、やっぱキリンは首が長くなきゃねぇ」
 長い首をブンブン揺らしながらキリンは帰っていった。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「とうとう動物まで来店するようになりましたね」
「普通に話しかけてくるからわからなかった」

【カルテ㊱】

「でさ、でさでさ。復活してきた魔王を返り討ちにしてやったのよ」
 勇者が豪快に笑いながら話す。
「いやーうちのパーティは本当に優秀。うん、最高」
 髪を切っている時にやたらと頷くので、やりづらくてしかたがない。
「あまり動かれると後頭部が肌色になりますよ」
「それは困る。今度プロポーズしようと思っててさ」
「お相手は?」
「結婚式に招待してあげるから、その目で確かめるといいよ」
 もう一度、豪快に笑う。
 とりあえず今出来た毛髪寒冷地帯は他の部分で隠すことにした。
 意気揚々と帰る勇者の後頭部。私は目が離せない。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「やっぱ大魔法使いさんに、切った髪の毛を元に戻す魔法とか聞いた方が良くないですか?」
「そうだなぁ」

【カルテ㊲】

「最近さー奥さんが冷たいのよ」
「何かあったんですか?」
 今日のお客さんはオークである。
「家に帰るたび、くさい、臭い、姫騎士臭いって」
「あれ? まだ人間と戦争してるんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどさー」
 はぁ、とため息を吐く。
「娘も抱っこしようとするたびに『とうちゃん姫騎士臭いから嫌い』だってさ」
「大変ですね」
「こっちだって好きで姫騎士臭くなってるんじゃないんだよ! でもな、家族を食わすには、泥水すすってでも姫騎士臭くなってでも頑張らにゃならんのよ」
 はぁ、と項垂れるオーク。
 『おりたたみみみ』を実践してオークの耳と見比べているアリスに、奥の棚にある小瓶を持ってこさせる。
「お客さんこれをどうぞ」
「なんだい? 香水?」
「長年染みついてしまった姫騎士臭さは中々とれるもんじゃありませんからね。誤魔化すというわけでもないですが、少しは緩和するかと」
「へへ、ありがとう。あんたみたいな人なら歓迎だぜ」
「ご勘弁を」
「冗談だよ」
 オークは小瓶を大切そうに抱えて去っていった。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「ナニをしたらあんなに姫騎士臭くなるんですかね?」
「アリスにはまだ知って欲しくないな」

【カルテ㊳

「旦那ー! 東洋に言ってサムライ見てこなかったってマジなのかー?」
 東洋かぶれのサイクロプスが、開店してすぐにお店のドアに頭をぶつけ、入店した。
「もったいねー。もったいねーよ旦那」
 どっちを向いている。それは植木だ。私はこっちだ。
「出会った人間の数より神様の方が多かったからね」
「マジもったいねーなー。いいよーサムライ」
「もう切腹ワイバーンさんで懲りたよ」
「あれは偽物。本物はもっといい。眼帯つけてるサムライがマジカッコいいんだから。『ドク・ガン・リュウ』って言うんだってさ」
 毒癌瘤?
「見てみ。俺も憧れて眼帯付けてるんだぜ! マジでイカすぜ」
 大切な一つ目を無意味な眼帯で覆ったサイクロプスは営業時間中延々と植木に話しかけ続けていた。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「お、アリスちゃんもいたのか!」
「閉店時間ですし、追い出しませんか?」
「そうしようか」
「おいおいツレないぜー」

【カルテ㊴】

「イカれたメンバーを紹介するぜ」
 その客は来店するなり叫ぶ。
「単眼のモンスターと言えばこの男。サイクロプス!」
 眼帯付き。
「名前から溢れる単眼感。一つ目小僧!」
 眼帯付き。
「へーお前も単眼なんだね。唐傘お化け!」
 眼帯付き。
「そしてこの私、のっぺらぼう! 以上だ。もちろん私も」
 眼帯付き。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「何からツッコみを入れるべきでしょうか?」
「青春という大切な時間を、そんな無駄なことに使わなくて良いんだよアリス」

【カルテ㊵】

「単眼か」
 バックベアード様がつぶらな瞳を閉じて思考する。
「――単眼で一発ネタ」
 またか。
「バックベアード様。眼帯とか、マスカラつけてとか、ドライアイで困ってるとかありがちなネタですし、度の合う眼鏡作ってくれとか、巨大なコンタクトレンズ作ってくれとか、今の技術だと作れない要求は困りますからね」
「すまん、何と言った? 最近耳が遠くてな。補聴器を作ってくれんか?」
「そう来たか」

【カルテ㊶】

「おーピッカピカだー」
 ミミックが鏡の前ではしゃぐ。
「最近は汚い宝箱にしか見えなくてさ。誰も近寄って開けようとしてくれなかったから助かったよー」
 財宝が沢山入っていそうな宝箱にするのは大変だったが、満足のいく出来だ。これで不用意に近づいて箱を開けた人をバクンといくのだろう。
「お値段いくらになる?」
「会計、装飾の宝石含め9ゴールドになります」
「あ、いけねコインが足りない」
「ツケでも良いですよ」
「いやたしか箱の中にあるから、開けて中確かめてもらっても良いかな」
「どれどれ――」
 バクン。
「師匠ぉ――――――!!」

【カルテ㊷】

「砥いでくれんか?」
 さ迷える刃が来店する。
「砥いでくれんのか?」
「鍛冶屋に行ってください」
「今日休みなんよ」
「今日じゃなきゃダメなんですか?」
「ワイバーンが切腹するから介錯してやらにゃならん」
「またやらかしたのか切腹ワイバーン!?」

【カルテ㊸】

「私臭いですか!?」
 姫騎士さんが来店するなり私に詰め寄ってきた。
「ほら、嗅いでみてください! 私臭いですか!?」
 胸元をぐいっとあけ、私の鼻に近づけさせる。
 こんな場面をアリスに見られたら、何と思われるだろうか。幸い、彼女は買い物に行っている最中だ。
「どうなんです? しっかり嗅いでください」
「そ、そんなこと、ないですって」
「本当に? 本当に臭くない?」
 顔が胸で圧迫される。苦しい。
「え、ええ本当です」
「良かった。うう。うええ。良かったぁ、私臭くない。臭くないんだ。良かったよぉ」
 密着状態から解放されたときに、お店のドアが開く。
「師匠、何だかお店の中が姫騎士臭いですけど、またオークさんが来てるんですか?」
「あ」

【カルテ㊹】

「チョリチョリ、チョリリ―――スッ! 見事この世に再再再再再再再再再再再再生を遂げた俺っちヴァンパイアが何でウィークポイントである灼熱の太陽がサンサン、テッテレー照ってる真昼間から、出歩いているかってゆーとぉ、夜は美容院閉店、閉まってる閉じてーん開いてへーん。だからこうやってサンサンサンサン死にかけ消えかけで来たわけDEAD! 良ければアリスちゃんの血もチューチューしちゃいたいんフランケンシュタインホルスタインでも彼女は貧乳DIEでもそれ大大大好物DEATH! されば一生の悔いなし。聖水で蒸したニンニクを十字架使って食べてやるよーん。さぁお世話になりま――んんん、なんだいこの立て札HA?」
『王族侮辱罪で捕らえられたため、しばらく休業いたします』
「……いい加減にしろよ……」

【カルマ再び】

「ねえ師匠。
 なんだいアリス?
 牢獄って狭いんですね。
 ああ、そうだな……。
 ねえ師匠。
 なんだいアリス?
 私達あとどのくらいで出られるんですかね。
 そうだなぁ……。
 ねえ師匠。
 なんだいアリス?
 テレパシーの呪文の使い方を聞いておけば、こんな独り言で気を紛らわせなくても別の牢獄にいる師匠と会話できたのに。寂しいですよ師匠おおぉ――――!!」
「さっきから、うるせーぞ新入り!!」
「あ、すみません」

【カルマみたび】

「なんで私まで」
 牢獄で膝を抱える。
「はぁ。しかしこの牢屋姫騎士臭いな?」
「すみません。俺です」
 オークさんがずーんと項垂れた状態でこちらに向かってくる。
「うわ、匂いが強くなった」
「本当すみません。姫騎士臭くてすみません」
 オークさんも王室侮辱罪とやらで捕まったのだろうか。
「この前あげた香水はどうしたんですか?」
「俺には意味がないみたいです」
 どうやって持ち込んだのだろうか、香水の入った小瓶を指で掴んで揺らす。少ししか使われていないみたいだ。
「もう俺には染みついちまったみたいだ。離れないんだよ、この匂いが」
「オークさん……」
 項垂れるオークさんに元気を出してもらいたい。
「オークさん。それ、使わないのなら姫騎士さんにあげてしまいましょうよ」
「え?」
「どうせ捕まっている身。『お前の匂いのせいで俺は四六時中落ち着かないんだ』とでも罵って、香水渡してやったらいいんじゃないですか。「その匂いのもとを消してやる」ってね」
「は、はは。そりゃあ良い王族馬鹿にして捕まってるんだ。もう怖いものなんてないしな。ありがとうよ」
 良い笑顔になった。
 それなりに良いことをしたようだ。
 その時、憲兵が牢の前にあらわれる。
「おい、オーク。姫様がお呼びだ」
「へへ、向こうからお呼びか。やってやるぜ旦那」
「吉報待ってますよ」
 はにかみの笑顔でオークは連行されていった。
 本当にいい笑顔だ。私はオークの帰りを楽しみに待った。

「姫様がオークに求婚されて駆け落ちしたぞー!」
「え、ええ……」

【カルテ㊺】

「愚痴を聞いてくれんか……」
 白髪の老人の髪は、ところどころ薄くなっており、丁寧に切っていく必要があった。
「なんでしょうか――国王様」
 お抱えの美容師とかいるだろ。なんで私に髪を切らせる。文句はあるが、アリスも一緒に釈放するとの条件を出されては仕方がない。
「ワシは男の子供に恵まれなかった」
 ああ、本当に愚痴だ。
「ようやく生まれたのは女の子。ワシは男のように育ててしまった。だから姫なのに騎士を名乗っている。だから姫騎士臭いと罵られてしまう」
 うーん、姫騎士様が臭いというか。
「血にまみれた匂いに娘はいつも恐怖していた」
 姫騎士臭いって別にそういう匂いじゃないんですが。
「臭い。臭いとね。そんな娘に、いがみあっていたはずのオークが『お前の匂いで俺は四六時中、興奮する』と姫である部分を肯定し、『汚れてしまった匂いを消してやる』と騎士である部分を否定した。そして香水の入った瓶を手渡す……惚れてしまうのは仕方がないだろう」
 解釈が、解釈が絶望的に違う。
「なんでもオークには奥さんや娘さんがいたらしい。だが、それらを投げ捨てでも娘を……娘を愛してくれているそうだ」
 私の軽はずみな行動のせいで誰も幸せになれそうにないぞ。
「娘を幸せにしてくれるのなら、駆け落ちだろうと、ワシは応援するしかないではないか。例え種族が違おうと、身分の差があろうと」
 良い話でしめようとしてるけど、良い話になろうとしてるけども。
「で、出来ました」
 出来は上々だが、震える手を抑え手鏡を渡す。
「ん、おお。さすが人間だけでなくモンスターにも評判が良いお主だ。余の男ぶりが上がったようだ。これからも娘やオークのように両者をつなぐ架け橋でいてくれ」
「……はい、国王様のご期待に沿えるよう、粉骨砕身励んでまいります」
「うむ。期待しておるぞ」
 ……。

【カルテ㊻】

「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「何でもありません」
 ふふ、と嬉しそうにアリスは笑う。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「何でもありませーん」
 牢獄で辛い目にあったのだろうか。さっきから私が返事をするのを楽しそうに聞いている。
 王様の髪を切った後、すぐに私たちは釈放された。
 心は晴れないが、まぁこの笑顔でいささか救われる。
 同じような会話を続ける私たちの前に、巨体が立ちふさがる。
「……二人とも、久し、ぶり」
「フラちゃん!」
「ケンちゃん!」
 フランケンシュタインの怪物である。
「……名前は、統一して。でも……あだ名、嬉しい」
 照れ隠しに頭を掻く。もう片方の手は棺桶を抱えていた。
「今日は髪を切りに来たんですか?」
「……違う」
 ずい、と片手で棺を持ち上げ、中身をこぼすかの様に逆さにする。
 ボド、と何かが落ちる。人? いや牙がある。
「……愚かなヴァンパイア、また太陽浴びて死んだ。今日、また葬るから、死に化粧を頼みたい。これコイツの望み。待ってた。ずっと、二人のこと。待ってた」
「そうか……」
 普段は生きている物専門なんだが、遺言となると仕方がない。
「アリス手伝ってくれ」
「はい」
「……ありがとう、コイツ、幸せ。喜ぶ」
 腐敗は進んでいない。死んでからそんなに立っていないようだ。
 青白い点と牙を除けば、人間とさほど変わらない。
 だが、ここで人間のように頬を赤く染めさせてしまってはヴァンパイアとして生き、ヴァンパイアの宿命を帯びて死んだ彼に無礼だった。
 なるほど。難しいものだ。出来るだろうか、私に。
 思いのほか時間がかかる。
 生きていた時の彼を私はあまり知らない。
 白く、白く。だがこれでは。
「これでは、ただの死体だ」
 何かが、後一点何かが足りない。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス」
「私、この人に会ったことがあります。前にストーカーされました」
「なら、何が足りないかわからないか?」
「……怖さだと思います」
「怖さ?」
「追いかけられてすごく怖かったんです」
 そうか。
 そうだった。
 モンスターも美を求めると知り、ただただ美しさを追求してきた。だが、メイクとはその人の良さ、らしさを生かすものだ。
 彼に必要なのは、私が排除しようとした怖さではないか。
 だが、それがわかっても何が足りないのか私にはわからない。
「師匠、仕上げを私にさせてくれませんか」
「アリスが?」
「はい」
 思うところがあるのだろう。
「見せてくれ。お前の力」
「はい!」
 意外な行動をとりだした。小ぶりのナイフで自身の小指を割いたのだ。
「アリス?」
「仕上げです」
 そして割いた小指でヴァンパイアの唇をなぞった。
「ああ」
 血が、ヴァンパイアの唇を血で潤す。血の口紅。
 それだけで、まるで生きているかのように綺麗な顔になった。今までメイクしてきた中で一番、上手くいったような気さえする。
 怖い。だが、それで良いんだな。
「ありがとうアリス。お前がいてくれて良かった」
「師匠の腕前があったからです」
 アリスが、ケガをした指を口にくわえようとするのを止め、魔法をかける。
「死体ってのは病原菌が多いんだ。大切な弟子に倒れられちゃ困る」
「ありがとうございます。……危うく関節キスするところでした」
 それを止めたかったなんて死んでも言わない。
 フランケンシュタインの怪物が出来上がったメイクを見つめ、
「……これでコイツ、報われる。アリスさんの血も吸えた、し」
 と言うなり寂しく微笑を浮かべた。
「フラちゃん……」
「ケンちゃん……」
 彼はヴァンパイアをうちの裏の墓地に埋葬すると静かに去っていった。
 その墓地でアリスと二人肩を並べる。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「この墓地のお墓、名前が全てヴァンパイアなんですよね……」
「ああ、コイツ死ぬたびにうちに墓作って行きやがったな」

【カルテ・ラスト】

「おひさー」
「おお、元気してたか?」
「うん、そっちこそ歳のわりには元気そうね」
「まだまだ若造だよ」
 アリスが驚愕のあまり持っていた聖水を生き返ったヴァンパイアに落とす。
「ま、まさかこのお方は大魔法使いさんじゃ」
 喘ぐヴァンパイアにすりおろしたニンニクをかける。
「そ、あの有名で高名な大魔法使いさんです」
「やだ、照れるなー」
「お会いできて光栄です!」
 アリスが握手を求めると、大魔法使いは胸元から十字架を取り出し、足元で蠢くヴァンパイアに投げつけてから、握手に応じた。
「今日はどうしたんだ?」
「新装開店したって聞いたのと、今度結婚するからさ」
「ほー、そりゃめでたい。勇者とか?」
「ううん、リベンジに来た魔王。一途な彼に惚れちゃった」
「ははっ相変わらずだな。ちょっと待っててくれ。先客がいるから」
 ヴァンパイアを棺に入れ、胸元に杭を打っているとアリスと大魔法使いは楽しそうに談笑していた。
「で、私の魔法でケガをした魔王の看病してたら勇者が家に来て、彼の目の前だって言うのに私にプロポーズするんだもん。断ってたのにさ。二人でボッコボコにしちゃった」
「じゃあ、勇者さんの告白を断って魔王さんと結婚するんですか」
「だって興味を持ったモノには夢中になっちゃうのが私だもの。ね、師匠」
「え、師匠? 師匠、師匠って何なんです師匠?」
「お前に言われると恥ずかしいな。あとアリスは少し落ち着きなさい」
 間をとってあだ名が『フラちゃんケンちゃん』になったフランケンシュタインの怪物に、棺桶の埋葬をお願いして私も会話に加わる。
「昔師匠って呼ばれてたんだ。少しの間だけどな」
「私が最初に魔法を習ったのが師匠なの」
「師匠の嘘で魔法使いを目指したのは知ってたけど、まさか師匠が大魔法使いさんの師匠をしていたなんて」
「ま、すぐ追い抜いちゃったんだけどね。それにしても……」
 大魔法使いが私の顔をニヤニヤ見つめてくる。
「まだ師匠って呼ばれてるんだ。し、しょ、う」
「私が呼ぶように言ったわけじゃないからな」
 必死に言い訳をしていると、アリスが何か思案顔で呟き始める。
「ということは大魔法使いさんは私の兄弟子になるんですか」
「そうね。そうなるわね弟弟子さん」
「兄さん!」
「弟よ!」
 はっし、と抱き合う女性二人。
「二人とも何がしたいの?」
「「師匠!」」
「はいはい。それでどうするんだ今日は」
 んー、と考え始め、少しすると大魔法使いはアリスを見つめる。
「この娘の腕前ってどうなの?」
「アリスか。もう少しで免許皆伝ってとこだな」
「ならこの娘に頼もうかな」
「え、私ですか! でも、でも結婚式ですよね。人生で一番良い髪型にしないと!」
「そう。だからあなたに頼むの。弟子の門出も祝いたいから」
「そりゃあ良い。アリス、これをこなせば独立も許すぞ」
「し、師匠。大魔法使いさん。でも私……」
「アリス。やれるな?」
 酷かもしれない。だが見たかった。アリスの成長した姿を。
「師匠……」
「大丈夫」
 今までいろいろな人間。モンスター。妖怪。動物。死体。精霊。私。神々等。様々な難題もクリアしてきたのだから。
「やります! やらせてください。認めてもらって独立します」
「それでこそだ、アリス」
 ふふ、と大魔法使いは笑いながら椅子に座る。
「今日はどうしましょうか?」
「それじゃあ、彼氏をメロメロにしちゃう髪型にしてもらおうかな」
「はい!」
 霧吹きで髪に水をかけ、櫛を入れ、すー、と流す。そして鋏を手に取る。本当に手際が良くなった。
 ジャッ、ジャッ。以前よりもいい音だ。これでは私もすぐに抜かれてしまいそうだ。
「あ、そうだ大魔法使いさん」
 ジャッ、ジャッ。
「んー」
「以前から聞きたかったんですけど」
 ジャッ、ジャッ。
「ふふ、なーに?」
「一度切った髪を元に戻す呪文って知ってますか?」
 ジャキンッ!!
「アリス!?」
「ちぇ、チェーンジ!! チェンジして師匠! この娘に任すの怖い!」
「え、え! なんで?」
「アリス! なんで今聞いた!?」
「え、え、お客様との会話も重要かなって」
「タイミングが悪すぎるんだよ!」
「もうやだあああ。魔王第二形体より怖いよおお」
「え、ええ??」
「わああああああん」
「お前も泣くなあああ!」
 時間はかかったが、何とか大魔法使いが満足する髪型になり、意気揚々として帰っていった。結婚おめでとう。
 感慨深く昔を思い出していると、アリスが横に座る。
「ねえ師匠」
「なんだいアリス?」
「免許皆伝は……?」
「……言わなくてもわかるだろ」
 目に見えて落ち込むアリス。
「なら師匠」
「なんだいアリス?」
「もうしばらく師匠の傍にいても良いですか?」
「ああ」

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