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妖怪学級シリーズ

冬のかき氷

作者: 梨香

ひだまり童話館の『ひえひえな話』の参加作品です。


関西弁です。

 大きな町の一角にひっそりと佇むように氷屋さんが営業している。『霙屋』(みぞれや)という看板が控え目に建物につけてあり、軒先には夏にはよく見かける『氷』の青いのれんが、寒い冬風にひらひらしている。


「かき氷? こんな冬に?」通りかかった人達は怪訝な顔をするが、ちょくちょくお客も入っている。


「やっぱり、かき氷は霙屋にかぎるわ!」


 寒い冬なのに、霙屋のかき氷には熱烈なファンがついている。とはいえ、やっぱり夏の方が流行っている。夏には店の前に行列ができる時もあるのだ。


「おおきに」にっこりと微笑む女将さん目当ての常連客が多いのも確かだ。


 色白の細面に、今時珍しい黒いストレートの髪を後ろでキリリとくくっている。少し涼やかな瞳が影っているのは、ヒマラヤ登山に行ったきりの旦那さんが三年も帰って来ないからだ。


「雪さん、もう諦めて……」常連客の中には女将さんを口説く不届き者もいたが、キッと睨まれると身体の芯まで凍りつく気持ちになって、伸ばした手を引っ込めるのだ。


「お母ちゃん! ただいま!」


 元気よく、チビ雪ちゃんが帰ってきた。近所の月見ヶ丘小学校の六年生なのだが、背が低いので、友だちや近所の人からチビ雪と喚ばれている。小雪は、お母ちゃんの雪にそっくりだ。ただし、髪の毛は二つにくくって白いボンボンでくくっている。


「やっぱり、冬は気持ちええわ!」


 ランドセルを店の奥に置くと、小雪は店番をしながら宿題を済ませる。女将さんは、夕方からは近所の飲み屋に氷の配達に行くので、忙がしいのだ。


「お父ちゃんが早く帰って来んと、お母さん他の人と結婚してしまうで……」


 おませな小雪は、お母ちゃん目当てのお客さんが配達でいてないと知って、もろに残念そうな顔をするのにうんざりしながら、かき氷を作る。


 ガリガリガリ……夏には気持ちよく響くかき氷を作る音が、ひえびえとさせる。でも、霙屋のかき氷は、天然氷で作ってあり、口に含むとふぁあと溶けるので、熱烈なファンもいるのだ。


 冬には寒そうに見えるガラスの器に半分ほどかき氷がたまったら、透明のシロップをかける。こうしておくと、最後まで水くさくなく美味しく食べられるのだ。普通のかき氷屋さんだと、シロップでせっかくふあっと削ったかき氷が、少しへたってしまうが霙屋のはふあふあしたままだ。


 ガリガリガリ……器にこんもりとかき氷が山のように盛り上がる。その上からお客さんの注文に応じて、シロップをかける。霙屋で一番人気は『宇治金時』! 抹茶シロップも小豆も霙屋特製だ。


 小雪は、お母ちゃんファンには厳しいが、霙屋のかき氷ファンにはサービスして山盛りにしてあげる。


「ごめんなぁ、急に飾り氷を頼まれてん。晩ご飯、遅うなるわ」


 氷の配達から帰ったお母ちゃんの言葉に、小雪は頷く。


「ええよ、お店を閉めておくわ。それに、晩ご飯はかき氷でええから」


 大きな氷の塊を、ノミでガンガン削りながら、雪はかき氷だけでは成長期の子どもには栄養が足りないと首を横に振る。しかし、小雪は特大のかき氷をガシガシ食べながら、お母ちゃんは上手いなぁと見とれている。


「なぁ、私にも氷の彫刻をさせて」


 大まかな白鳥の形に削ったのを、少し離れてチェックしていたお母ちゃんは、店番ばかりで可哀想だと頷く。


「気ぃつけて、仕上げてな」


 お母ちゃんに仕上げを任されて、小雪は飛び上がる。


「やったぁ! この前みたいに失敗はせーへんわ」


 この前は、冷気を吹き付け過ぎて、バラの花が牡丹みたいにボテッとしてしまったのだ。小雪は、用心しながら冷気を吹き付けていく。


「小雪ちゃん、その羽はもう少し羽ばたいてるようにして」


 お母ちゃんの指示にしたがって、羽の前を伸ばす。


「これで、ええ?」


 目の前の氷の白鳥は、まるで生きているみたいに羽の先まで綺麗にできている。


「小雪ちゃんは、やっぱりお父ちゃんの子どもやねぇ。アーティストの血が流れているんやわ」


 言葉に出した瞬間、お母ちゃんは悲しそうな目をする。


「お母ちゃん、冬休みに探しに行こうよ」


 冬のヒマラヤなんて、普通の人には堪えられないが、この親子は大丈夫。何故なら、雪女だから。


「お父ちゃんは、行方不明になった親戚を探しに行ったのよ。無事に見つけたら、帰って来るわ」


 ヒマラヤへ行ったきりのお父ちゃんを心配するが、雪男の頑丈さを信じるしか無い。


 雪女の作った氷の白鳥は、暖房のきいたパーティ会場でも溶け難いので、これからの年末年始は忙しい。お母ちゃんは、白鳥を届けに行った。


 小雪は、細いお母ちゃんが、より細くなったような気がする。今年の夏は特別に暑く、小雪も夏休みはかき氷を作るのに忙がしかった。でも、お母ちゃんはお父ちゃんが居ないので、配達も全部しなくてはいけないのだ。


 夏は雪女には辛い季節だ。暑い街を氷の配達で駆け回るお母ちゃんが痩せていくのを、小雪は見ているだけしかできなかった。未だ子どもの自分が悔しい。


 




「お父ちゃん! 早よう帰って来て!」


 小雪は、二階の物干し台で、こっちがヒマラヤかな? と思いながら叫ぶ。近所迷惑だけど、みんなも事情は知っている。


「おおい! 小雪、戻って来たで」


 下から大きな声がする。「お父ちゃんや!」小雪は、慌てて階段を駈け下りる。ドンドンドンドンと階段を踏み外して、店の土間に転がり落ちた。


「おい、小雪! 大丈夫か?」


 髪の毛も髭ももじゃもじゃの大男が、ひょいと小雪を抱き上げる。


「お父ちゃんの馬鹿ぁ! もう帰って来んのかと心配したわ」


 髭もじゃの顔をクシュクシュにして、ごめんな! ごめんな! と謝る。


「私より、お母ちゃんに謝って! お父ちゃんが居てない間、ずっと一人で働いていたんやで」


 小雪は、フン! とそっぽを向くが、やっぱりお父ちゃんが帰って来てくれて、嬉しくて仕方ない。


「お母ちゃんを迎えに行こうよ!」


 お父ちゃんの手を引いて店の外に出た途端、お母ちゃんが帰って来た。


「あんた!」お母ちゃんの吹雪を身体に受けて、お父ちゃんは雪だるまになった。


「ごめんなぁ……アイツがなかなか見つからんかってん」


 お母ちゃんは、雪だるま相手に怒ってても仕方ないと、雪を吹き飛ばす。髭もじゃの雪男が小さくなって謝る。


「それで?」こんな店先でする話じゃないと、連れて入る。


「やっと見つけたら……ヒマラヤの雪女と一緒に暮らしていたんやで! 熱々の新婚さんで、ヒマラヤの雪も熔けそうやったわ。それなら、そうと一言ゆうてくれたら、俺かてなぁ、あんな苦労せんでも良かってん」


 女の人に振られて、自棄になり、ヒマラヤへ行くと書き置きを残したまま行方不明の親戚を連れ戻しに行ったのに、雪女とよろしくしていたと聞いて、お母ちゃんはプッと吹き出してしまう。


「なんや~! お父ちゃん、骨折り損のくたびれ儲けやなぁ」


 ガシガシ、頭を掻いていたお父ちゃんは、そうばかりではないと笑うが、清潔好きのお母ちゃんに水風呂に入るようにと叱られる。その夜は、家族そろって、ご馳走のコールドビーフをいっぱい食べた。





 お父ちゃんが三年かけて撮ってきたヒマラヤの写真は、大きな賞をとり、写真家をしながら氷の配達をするという忙しい日々を過ごしている。お母ちゃん目当ての客は、2メートルの大男の旦那が帰って来て諦めた。


 小雪は、毎日楽しく学校に通っているが、将来素敵な雪男が見つけられるか? と、少しおしゃまな心配をしている。


「日本で見つからなかったら、ヒマラヤにでも行ってみようかな?」


 お母ちゃんは、小雪の一人言を聞いて、ドッキンとした。お父ちゃんは、ヒマラヤに嫁に行かんといて! と今から泣いて止める。小雪は、お母ちゃんと自分を心配させたお父ちゃんに、ほんのちょっぴり罰を与えたのだ。


「夏は苦手やけど、やっぱりかき氷は夏が美味しいもん! 私は霙屋を継ぐつもりや」


 こっそりと、お母ちゃんにだけ教えてあげる。



            おしまい

「1年1組は妖怪学級」は、ここに出てきた小雪ちゃんが出てきます。


今は6年ですが、1年生の頃の話です。


月見が丘小学生の色々なお友だちも出てきます。


お暇でしたら、読んでみてください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冬にカキ氷たしかにヒエヒエでした^^ 登場人物の設定もいい感じです。 気になった部分 店番ばかりで[可愛そう]だと頷く。 店番ばかりで[可哀そう]だと頷く。 *店番ばかりで可愛らしいでなく…
[一言] すっきりとした文体で、グイグイ読める読める。 中盤、え?ファンタジーだったの!?と思ったけれど、関西弁の効果もあいまってか、凄いしっかりした人情物だった!! 本気で面白かったです!
[一言] 梨香様、こんばんは。先日は拙作へのご感想ありがとうございました。 冬なのに、思わずかき氷が食べたくなる!そんな魅力たっぷりのお話でした。とてもシンプルな料理(?)であるかき氷を、この季節に…
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